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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FIVE:バーニーの半生05


~承前






「最初は何が起きたのか分からなかった。だた、気が付いた時には大混乱だった。改めて指折り数えたが……16の春だったな――」


 どこでもないどこか遠くを見ながら、バーニーはそっとそう呟いた。

 手にしていた紙コップを握り潰し、一つ息をこぼして目を閉じた。


「――どこからか怒声が聞こえた。なんと言ったのかまでは聞き取れなかったが、ペテン師と叫んだのは分かった。もういい歳の、いま思えば60近い歳の男だ。手には複数の爆薬を持っていて、その発火装置は口に咥えていたのさ」


 バーニーはグッと前歯を噛んで上唇を持ち上げて見せた。

 鋭い前歯が丸見えになり、リディアはそのシーンをイメージした。


「シリウス軍も地球軍も同時に銃を構えた。撃つのか?と思う前に誰かが射撃を始めていた。バラバラと銃弾が飛び交い、男の身体を銃弾が幾つも貫いた。飛び散る血は真っ白だった。その時思ったさ。例えレプリでもアレは痛いだろうって」


 思わず首肯を返したリディアは、自分の両肩を抱くように手を回した。

 余りに凄惨なシーンだと思ったのだが、冷静に考えれば当たり前でもある。


 銃で撃たれた程度で即死するほどレプリは弱くない。

 ならば死にきるまで撃つしかないのだ。


 リディアの中に全身穴だらけになったレプリの男が現れた。

 白い血を流しながらも笑っている姿だった。

 そして……


「その直後、その男は口から発火装置を離した。次の瞬間、両手にあった爆薬が大爆発を起こした。ズンと鈍い音が響き、凄まじい衝撃波がやって来た。容赦無く吹き飛ばされ、地面を転げたよ。まだあの頃は花も恥じらう乙女だったからさ。何とも恥ずかしいもんだった」


 噛み殺した笑いをクククとこぼし、バーニーは楽しげな表情を浮かべた。

 それを聞くリディアは驚いた表情だが、遠慮無くバーニーは続けた。


「ただね。その男は囮だったんだ。本当の実行犯はシリウス軍の内部に居たのさ。私を含め、見習い兵士を引率してきた担当の教官は、何を思ったか突然刃物を抜いたんだ。そしてそのまま、脇目もふらずに駆け出した。危ない!って思ったけど、それ以上の事は出来なかった。ただただ、呆然と見ていたよ」


 息を呑み、話をジッと聞いていたリディア。

 バーニーは間を開けてシーンの切り替えに時間を取った。


 恐らくは何度もしている話なのだろう。

 それ故に、こう言った演出にも慣れているのだろう。

 リディアはそう分析したのだが、実情は微妙に違っていた。


「改めて思い出してみても……凄い光景だった」


 僅かにウンザリとした調子で溜息をこぼしたバーニー。

 その様子にリディアは何かを確信した。

 少なくとも、これを話すのは初めてかそれに近い……と。


 女の直感は核心を貫く事が多い。

 そして、そうやって射貫いた正鵠は、相手の最も痛い部分でもある。

 誰にも言えないデリケートなゾーンを遠慮無くえぐるのはマナー違反だ。


 心を整え、覚悟を決め、自分に言い聞かすようにしなければならない。

 なぜならそれは、自分との対話であり、また、自分への懺悔でもある。


 ――――あの時ああしていれば……


 如何ともし難い後悔を抱え、それに押し潰されないように抗う。

 その思考の積み重ねこそ、子供から大人への成長そのものだ。


「その時ね、黒人の少年が飛び出してきたんだよ」

「……黒人?」

「あぁ。地球軍の制服を着た、たぶん年端の変わらない少年だ」


 バーニーの表情に和らぎが混ざった。

 まだ子供と言える年齢の少年が振り絞った勇気と自己犠牲の精神。

 それは、何よりも尊い輝きを放ちつつ、今もバーニーの胸中に輝いていた。


「最初の一撃で脇腹を刺されたはずだ。鮮血が飛び散り、思わずその場にペタリとへたり込んだ。けどね、その少年は上半身をひねって、教官を殴りつけたんだ」


 僅かに身体を振り、そのシーンを再現したバーニー。

 ピーカーブ-に構え、頭だけを護るようにして襲い掛かった。


 相手を真正面から最大効率で殴りつけるファイティングスタイル。

 それは、ボディのガードががら空きになる諸刃の剣だった。


「あの太い腕が容赦無く教官を殴りつけた。額や頬や顎を殴りつけ、教官は強い衝撃にフラフラしていたよ。だが、その状態でなお少年を執拗に斬りつけていた。やがてあの少年は一歩踏み込んで鋭くフィニッシュブローを入れたのさ」


 ゆっくりと右腕を伸ばし、腰をひねりながら一撃を再現したバーニー。

 その拳は空中で何かを捉えた可能に止まっていた。


「一撃で喉を潰されたらしい教官は、そのまま力が抜けたように地面へと倒れた。思わずやった!と叫び掛けた。だが、すぐに気が付いたんだ。倒れたのは自分の教官だと。そして、斬りつけられた少年は、内臓をぶちまけて倒れ込んだ」


 バーニーは自分の腹を押さえるようにして、状況を再現して見せた。

 それを見ているリディアは両手で口を押さえていた。

 少なくとも、それは致命傷以外の何ものでもない姿だった。


 最大効率で一撃を入れるには、捨て身の攻撃が必要だった。

 リディアはそれに気が付き、そして一つ理解した。


 あの、ワルキューレとして戦線で暴れ回るバーニーの目標とする姿。

 自らへの一撃を恐れる事無く、果敢に踏み込んで行くファイティングスタイル。

 確実に敵を屠ろうとするその敢闘精神の根本は、まさにコレだった。


「その時……私は光を見た。それは神に愛された存在の放つ神々しい眩さだった。倒れ込んだ少年の元へビギンズが近づいた。そして、その御手から放たれる、奇蹟の癒やしを見たんだ。この目で……見たんだよ」


 天井を見上げながら、バーニーはまるで賛美歌でも唱うかのようにそう言った。


「何がどうって説明出来るようなものじゃ無い。ただ、あの後、ウソみたいに傷が治っていて、そこへノア様が行ったんだ。で――」


 ――バーニー


 リディアは思わず笑みを浮かべていた。

 ビギンズを語るバーニーの姿は、文字通りに恋する乙女だった。

 うっとりとするような柔らかな表情は、こんな貌が出来るのかと驚くレベル。

 そして、細めた目の中には、僅かに並だがたまっていた。


「――それを見ていた私は、何がどうと言う事では無く、フラフラとそこへ歩いて行ったんだ。その時……ビギンズが……エディが私に話しかけてきた」


 嬉しそうに語り続けるバーニーを、リディアは微笑ましく眺めていた。

 これはバーニーのストレス解消でもあるのだと、そう直感しながら。


「あなたは……ビギンズなのですか? それ以上の言葉が無かった。ただ、その時のビギンズは黙って頷いたよ。その瞬間、腰が抜けたようにへたり込んだのさ。一晩中ずっと男と遊んだ朝は腰が立たないだろ? あんな状態だ。一瞬で10回はイッたようなもんさ」


 僅かに下卑た笑みを浮かべつつ、それでもバーニーは嬉しそうだ。

 その正体が分かるだけに、リディアは黙ってそれを聞きつつ首肯していた。


「あの時、ビギンズは言ったんだ。地球へ行って協力者を作ってくるって。このシリウスにはびこる簒奪者を根絶やしにする為に、強力な組織を作る為にって。で、その時――」


 バーニーは天井を見上げたなら両手を前に突き出した。

 誰かの手を取るように突き出していた。


「――この手を取って言ったんだ。君に期待しているって」


 ふと顔を下げたバーニーは、真正面からリディアを見た。

 これ以上ないくらいの真面目な顔だった。


「その後になっていったと思う?」

「……わからない」

「だろうね。私も驚いたからね」


 クククと笑いを噛み殺して、顔をクシャクシャにしているバーニー。

 何がそんなに面白いんだろう?と、そうは思いつつもリディアもつられていた。


「まぁ、その種明かしは後でも良いか……」


 突きだしてた手を下ろし、胸の前で揉み手をしたバーニー。

 その楽しそうな姿は、普段のそれと大きく異なっている。


「……しばらくはビギンズと話をし、その後でヘカトンケイルと話をした。恐らくは楽しそうにしていたんだろうな。後になって軍官舎に帰った後、事情聴取が待っていたよ。そこでね、私は愚かにも洗いざらい喋ってしまったんだ。ヘカトンケイルの孤児院で育ったとか。生まれが何処だか一切分からないとか、そう言う話だ」


 その言葉を吐きながら、バーニーの表情が段々と暗くなっていった。

 リディアはそれを見取って、再び話が重くなる覚悟を決めた。


 だが、そんな覚悟など何の意味もない事だとリディアは知ることになった……


「それからね、軍内部に居て妙に風当たりが強くなり始めた。最初は些細な事だったのさ。敬礼の角度が悪いとか、背中がちゃんと伸びてないとか、そんなものだった。だが、それは全て政治担当将校である委員会の手先のカリキュラムだった」


 ニヤリと笑ったバーニーは上目遣いにリディアを見ていた。


「シリウス社会の本当に腐っている部分。つまりは、上のものが絶対的な権力を持ち、下の者を力で従えると言う事を嫌と言う程味わった。シリウス軍の中だけじゃ無く、社会に居たってそれは変わらない。対等や平等なんて言葉だけだろ?」


 そう問いかけられ、リディアは頷くしか出来なかった。

 その通りだと首肯するしか無かった。


 そして、話のオチがなんとなく想像ついてしまった。


「上手く行ったときだけ褒められる。上手に出来たときだけ賞賛される。受けた指示を100パーセント達成したときだけは、インセンティブが与えられた。それも些細な事ばかりだ。休憩時間が延びるとか、自由外出を許可されるとか、或いは、教官食堂に招待されて特別食を与えられるとか」


 シリウスの社会で昔からある懐柔策がそれだった。

 だが、リディアはそれが罠だと言う事を知っていた。

 だからこそ、怪訝な表情になってバーニーを見ているのだった。


「けどね、なんだかんだで1年が過ぎる頃には、私もそれに慣れていた。それが当たり前だし、ご褒美慣れもしていたし、もっと言えば賞賛を受ける事に飢えていたのさ。まぁ今風に言えば、調教完了と言う所だな」


 ――あ……これ……


 リディアの表情が曇った。

 調教完了とは洗脳完了を指す隠語だ。


 地球連邦軍兵士を再教育する専門機関がシリウス軍には存在する。

 その内部で行なわれている事は、リディア自身が良くわかっていた。

 薬物と精神的な苦痛と、そして自己否定を強要される毎日。


 その中で根本人格そのもが作り直されてしまう現象を指すのだった。


「ある日、同じ兵舎に居た同じ女子生徒出身の女が一日中泣いている事があった。だが、私はそれに大して気を止めなかった。どうせ褒められ損ねたんだろうと、そう思った。実際、私にだってそんな事が何度もあったし、一日中ふさぎ込んでいた事だってあったのさ。けどね――」


 スコッチのビンを手に取ったバーニーは、ラッパで一気に煽った。

 まるで水でも飲むかのように、グビリグビリと一気に飲んでいた。


「――2~3日した頃だったか。その女が兵舎の中から消えたんだよ。何処へ行ったんだろう?って普通なら思うだろう。だけどね、私は普通に異動でもしたんだろうと思ったのさ。16才で志願した子供たちは18才で正式に任務に就く。それまでは見習いの勉強生扱いだろ?」


 首肯を返したリディアの脳裏に幾つもの顔が浮かび上がった。

 ワルキューレの隊舎にいるシリウス軍見習いは、ワルキューレの雑用係だ。


 そんな少年少女たちは、士官である彼女たちの身の回りの世話をする。

 些細な事だが、とても大事な事をその中で学んで行くのだ。

 つまり、先を予測する事や状況を客観的に判断する事。


 況や要するに、隊を率いる統率者としての資質を磨いて行く事になる。

 だが、一般兵舎に送り込まれたバーニーの運命は相当ハードだ。

 なんせ目の前には、女に餓えた若い男が沢山いる状況だからだ……


「しばらくして……夏前だったかな。割と仲が良くて年中話をしてた隣の隊の女が突然消えた。行方を聞いたんだが、答えられないと言う回答だった。その時も正直に言えば、そんなものかと思ってた。秘密の任務をこなす部隊に栄転でもしたんだろうさ。私より優秀だったからなと割り切った――」


 再びラッパでスコッチを煽ったバーニーは、口元を袖で拭って目を伏せた。


「――自分より優秀だった彼女が疎ましかったんだ。よく比べられたよ、同じ隊の上官にね。あいつは優秀なのに、お前は努力が足りないって」


 比較される事を恐れていては成長など出来ない。

 だが、比較されて負けを突きつけられる事は、事更に劣等感を煽られる。


 そこで何糞!と奮発出来る者だけが伸びて行く。成長して行く。

 比較される事を嫌い楽な道へ逃げる者は、成長せず負け組みへと堕ちる。

 穏やかな海は船乗りを鍛えないと言うように、困難を乗り越えてこそ成長する。


 だが……


「誰だって比較されるのは嫌だし、負けるのも嫌だ。どうせ勝てないって捨て鉢になった時には、比較される事そのものを拒否するだろ? 私もそれだった」


 学校とは、困難を乗り越えるトレーニングの場。

 だが、その経験すらなく軍と言う組織に加入した者の悲劇がそこにあった。


「ある日、夕方の教練を終え食事を取った後で上官に呼び止められた。シャワータイムの後の自習時間に上官室まで来いとね。なんでしょうか?と中身を訊ねたら、その上官は真面目な顔でお前にチャンスを与えるって言われた。上手くいけば栄転のチャンスだってね。舞い上がったよ。愚かにもね」


 ――あぁ……


 リディアの顔から表情が消えた。そして、硬く強張っていった。

 シリウス軍の最も酷い部分が明るみに出始めた。

 それは、遠い遠い昔にソヴィエト赤軍や人民解放軍などで問題になった行為だ。


「バカな私は何時もより念入りにシャワーを浴びてから、事業服で教官室へと向かった。上官は副官と一緒になって書類を読んでいたが、私が行った時点でその書類を見せた。そこに書かれていたのは、機密保持命令書と口外禁止を厳命する指示書だ。それにサインしろと言われ、中身も大して読まないでサインを入れた――」


 硬い表情のリディアは話の続きを待った。

 その眼差しの強さに、バーニーが笑みを浮かべた。


「――強い女になったね。リディ」

「……えぇ」

「私も……あの夜から自分の中身が変わったと思うよ」


 フフフと笑ったバーニーは、残っていたスコッチを飲み干した。

 そして、空っぽのビンを手にとって弄びながら、話を再会した」


「最初に切り出したのは副官だった。単刀直入に服を脱げといわれた。意味が分からずそのまま事業服を脱いだら、お前はまだ言葉の意味も解らん馬鹿者かと罵られた。そして、だからお前は負け組みなんだと罵倒されたよ――」


 カミソリの様に鋭い視線がリディアに突きつけられた。

 その眼差しの強さに、思わず背筋を寒くするほどに……


「――私は慌てて下着も靴下も全部脱いだ。本当に裸になったんだ。そして、その時点で全部繋がったんだ。泣いてた女の理由とか、急に姿を消した理由とかね。悔しくて悲しくて、でも、とにかく怖くて、朝まで奉仕しろと命令され、そのまま朝まで頑張ったんだよ。次の日は……私も一日中泣いていたさ……

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