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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FIVE:バーニーの半生04

~承前






「……おかしな話だろ?」


 自嘲気味に呟いたバーニーは力無く笑っていた。

 ただ、その表情の裏にあるものをリディアは気が付いた。


 長年胸につかえていたモノをやっと吐き出したという安堵。

 そして、立派な上官を演じてきた自分の弱さをさらけ出したと言う開放感。

 信頼と憧憬とを集めてきた鉄の女が見せた乙女の部分だ。


「人並みな部分があったって事じゃない」


 その言葉の本質とはつまり、長年無理をし続けてきたバーニーへの労いだ。

 ビギンズの相方としてふさわしい人間であろうと努力し続けてきたのだろう。

 通らぬ無理を通す為に、時には高圧的になり、また時には独善的に振る舞った。


 だがそれは、決して自分の意志では無かった。

 特定の目的を果たす為に。目標とするゴールへ辿り着く為に。

 なにより、孤独な戦いをし続けているはずのビギンズを助ける為に。


 その為に、嫌な女と誹られても、芯の強い人間を演じてきた。

 バーニーはいま、その仮面を取って一人の人間にかえっている。

 或いは、酒の力もあるのかも知れないが、それは些細な事だ。


「そう言ってくれるのは少ないよ」


 フフフ……

 ションボリと肩を落としつつ、それでもバーニーは意地を張っていた。

 自分の弱さを認めつつも、そんな自分を自分で否定する強さの部分だ。


 それは間違いだった。或いは、もっと明確に言えば過ちであった。

 多くの人間にとって己の過ちを認めることは、自死に等しい行為だ。

 例えそれがどれ程論理的に誤っていようと、頑なに認めない者の方が多いのだ。


 だからこそ……


「どこまで行っても、所詮女は男の道具だ。だから女は上手く立ち回らなきゃいけないし、上手く振る舞わなきゃいけない。時には上手に折れてやって、恩を売ってやらなきゃいけない。女は損だって思っていたら、出来ない事さ」


 わかるだろ?

 同意を求めるようなバーニーの眼差しに、リディアはニコリと笑みを返した。

 今のリディアにしてみれば、それは痛いほど良く分かる話だった。


 摩擦で動くローラーは、時には異音を放って滑ることがある。

 歯車は歯がガッチリ噛み合って、滑らかに動きを伝える。


 相手が出っ張れば、それに合わせて受け入れる。

 だが、その次はこちらが出っ張る状態になる。

 それを交互に行うからこそ、歯車はその役目を果たす。


 お互い様の精神を忘れた者に、滑らかな動きは無い。


「で、その中等学校は?」


 リディアは自分に経験が無い中等学校の続きを求めた。

 話を振ったと言う方が近いのだろう。

 このまま行けば、自分の内側へと落っこちてしまうと思ったのだ。


 バーニーは溜息混じりに『そうだね……』と呟き、再び天井を見上げた。

 瞑った瞼の裏に描くのは、子供時代の楽しい日々だろうか。


 学校生活を殆どしたことの無いリディアには、その中身など見えない事だ。

 そして、シリウスの子供達が経験するはずの人生選択を一切知らない。

 シリウス社会の苛酷さが詰まっているとされる『15才の試練』


 バーニーが経験したそれを聞きたかったのだった。


「……テロと騒乱と授業妨害を受けつつ中等部を卒業した。3年の間に7回も学校が変わったよ。まぁ、それ自体は驚くことじゃない。あれは官製テロさ。社会の緊張感を失わせない為に、公安部がテロを企画していた。犯罪者をでっち上げる為のいかれたやり方だよ」


 それ自体は大して珍しい事では無い。

 内部の不満を効率よくガス抜きするなら、外に共通の敵を作るのが最良だ。

 不平不満を押し殺し、一致団結して事に当たる。そんな社会にしてしまうのだ。


「あそこに地球政府の手先が居る…… コッチには地球軍のスパイが居る…… あの家は地球から送り込まれた工作員だったらしい…… そんな噂が一人歩きしていた。あれは…… 本当に酷い社会だった」


 ただ、その手段には致命的なアキレス腱がある。

 その不平不満が臨界点を超えたとき、外部の敵を招き入れてしまうのだ。

 市民が現状政権よりも敵の方がマシと判断した瞬間、悲劇は始まる……


「ただね、その中に明らかな冤罪があった。誰もがおかしいと政府機関へ陳情に行った。それは冤罪だと。誰もがそう口を揃えた。そして、アレが起きた……


 政権を手放したくない愚かな指導部は、力による支配と弾圧を始める。

 そして、往々にしてこの手の指導者たちは、同じ過ちを繰り返すのだ。


 つまり、思想統制と粛正とを柱とした、暗黒支配こそ最良と考えてしまう。

 自分たちが支配者層に留まる事を最優先した結果、社会を殺してしまうのだ。


「目の前で治安部隊が銃を撃った。次々と市民が斃れ、それを戦車が踏みつぶしていた。主導者は誰だと繰り返しスピーカーが叫んでいた。恐ろしい光景さ――」


 小さく息をこぼしたバーニーは俯いたままだった


「――ただ、その時は誰が主導という事は無かったんだ。自然発生的に起きた事だからね。そして結果的に……全員殺された。反対する者は殺されるんだ。人よりも社会を優先する仕組み。個人の不満を押しつぶして全体を優先する仕組み。社会主義や共産主義ってシステムの根幹はそこなんだ」


 バーニーの吐き出す怒りの聖句は、己の無力さから来る贖罪の意識だ。

 社会主義の世界では、治安維持の為、往々にして密告が奨励される事に成る。

 そして、その行為が行き着く所はひとつしかない。


 恐怖と、疑心暗鬼と、相互監視。

 微罪で連行された市民は、自分の身の安寧の為に誰かを()()

 その売られた者は、文字通りの魔女裁判で裁かれ、悲惨な人生の最期を迎える。


 中世の暗黒時代と同じく、街の広場で見せしめに殺された者は多い。

 それは、銃殺だったり縛り首だったり、或いは、火炙りだったり……だ。


 ――――この者はシリウスの社会を乱し市民を殺そうとしたテロリストである


 その大義名分には誰も逆らえない。

 異議を唱えた瞬間から、その存在もテロリスト扱いされるからだ。


 そして、官製テロの首謀者がでっち上げられ、社会の為に殺される。

 いや、支配者たちの身の安寧の為に、人身御供とされるのだった。


「ただね、私にはそんな事に構ってる余裕なんか無かった」

「自分の身が危なかった……でしょ?」

「そうさ」


 バーニーに遠慮無く突っ込みを入れたリディア。

 そんなリディアに少し救われたのか、バーニーは表情を崩した。


「15才の試練。誰がそう呼んだか知らないけどね、あの何とかって男は笑いながら言ったよ。俺の女になれって」


 社会主義であるシリウス連邦は、個人の希望をより社会の調和を大切にする。

 そんな建前で突きつけられる将来の選択肢は、女性の場合3つしかない。


 ひとつは、国の推薦する複数の男の中から夫を選び結婚する。

 ただし、専業主婦はシリウスではあり得ない。

 出産を前提に結婚し、産んだ子供の数で社会的な待遇が向上する。


 その為に出産適齢期となる18才までの間は、職業訓練が優先されるのだ。

 出産を終え、初期育児の終わった女達も社会の歯車に組みこまれる。

 それに向けた処置だった。


 ただ、夫を選ぶなど、ただの建前なのは言うまでも無い。

 男の側にも都合があり、家や仕事を優先して支給される為に勝負に出る。


 それは、往々にして夜這いと変わらないシステム。

 いわゆる、ショットガンマリッジ(出来ちゃった婚)を狙うことになる。

 何故なら、子供が先に出来た夫婦は、子育ての為に優先されるからだ。


「街の有力者や治安関係の実力者や、そう言った支配側の息子たちは、ありとあらゆる手段を使って女を確保に走るのさ。配給の積み増しとか、でっち上げられた微罪を見なかった事にするとか、そう言う言葉で小娘にそれを選ばせる。で、そっから先は言うまでも無いだろ? 知らない男になめ回されて、股を開いて、さぁどうぞってね。酷い世の中だよ」


 バーニーの顔に浮き上がった表情を、リディアは正視できなかった。

 学校に行っていた女達は、その多くがこの選択肢を選ばざるを得なかった。


 力尽くで男に姦られるなんて事は、シリウスの社会では珍しくない。

 むしろ、それは女にとっての処世術とも言える部分だ。

 貧しいシリウスの社会で少しでも安定を求めるなら、それは必要悪だった。


「ちなみにさ、それを選ばなかった場合って、やっぱり軍に志願しかないの?」


 リディアが知る限り、ワルキューレに来た女達の多くが志願者だった。

 それは、夫と死別したとか、どうしてもそりが合わなくて志願したとか。

 現状から脱出するには、死ぬか、軍に志願するしか無いのだ。


「いや、結婚以外にも道はある。キャリアウーマンを目指して進学するのさ。将来的には科学者だったり研究者だったり、エンジニアとかを目指すのも居た。ただまぁ、この場合は結婚が難しいし、それに、馬鹿じゃ勤まらないってのもある」


 小さな声で『だよね……』とリディアは呟いた。

 つまりは、一握りの選ばれた存在が進む道だ。


 持って生まれた特殊な才能を生かすのだが、それは文字通り修羅の道だった。

 何故なら、シリウスの社会において結果を出せない研究者に存在意義は無い。

 それこそ何処かの有力者に飼われる生き方でも選ばない限りは……だ。


「で――」


 小さく両手を広げ、解るだろ?とポーズになったバーニー。

 それは彼女が見せる最上級の戯けたポーズだった。


「私はそのどれもが嫌だった。そこから逃げ出すことが最優先だった。あのイカレ男の手駒になんて為るつもりもなかった。だから軍に志願した。あの時、女子生徒は220人居たが、志願したのは私を含めて6人だった。16才の春だったよ」


 『へぇ……』と笑ったリディア。バーニーの人生に転機が来たと思ったのだ。

 ただ、そこから先駆けして平坦では無かった事も良く理解していた。

 シリウス軍のシステムは、貴族的な特権階級を徹底して排除していたからだ。


 どんな士官であっても、最低6ヶ月は一兵士として配属される。

 その中で叩き上げに軍人根性を叩き込まれ、その中で適性を見いだされる。


 ――――お前は士官向きだ


 その言葉が出ない限り、士官学校へ進むことは出来ない。

 兵学校と呼ばれる士官教育機関は、シリウス全土にたった三カ所だった。


「ただね、知ってると思うが、シリウス士官は全部たたき上げだ」


 バーニーに首肯を返したリディア。

 多くのシリウス軍人がたどる道は長く果しなく険しい。


「最初の3ヶ月はずっと訓練だ。軍人らしい振る舞いや受け答え、軍の仕組みを教えられる。四ヶ月目から小さい任務が与えられ、様々な現場で雑役につく。私が最初にやったのは、歩哨に立つ兵士に水を運ぶ役立った。だけどね……」


 雲行きが怪しくなってきた……

 表情を曇らせたリディア、怪訝な顔でバーニーを見ていた。

 なんとなく笑いを噛み殺したような顔だが、呆れているようでもある。


「ある日、ヘカトンケイルが出掛けると言うことで警備に狩り出された。あの頃は曲がりなりにも社会が小康状態で、ヘカトンケイルの警備はシリウス軍と地球軍が共同という事になっていたんだ。ただ、行った先が問題だった。どこだと思う?」


 バーニーがいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 リディアは自らの記憶を遡り、様々な事をイメージするのだが……


「うーん…… 何処かの宮殿か回廊か……」

「惜しいね。リディは本当に良い読みをする。正解はね、セント・ゼロだ」

「え?」


 驚きの余りに変な声を漏らしたリディア。

 僅かに酔ったらしいバーニーは、楽しそうに笑っている。


「セント・ゼロにヘカトンケイルが来る。何か特別な目的らしい。それは聞いていたんだけどね、その目的については一切教えられなかった。ただまぁ――」


 それは、リディアにとって新鮮な話だ。

 地球軍とシリウス軍が共存している世界など、想像も付かないことだから。


「――最初はヘカトンケイルが来ると言うことで舞い上がってたよ。久しぶりに顔を合わせるのだから、楽しみだったんだ。だけどね、いざ現場に行ってみたら異常な空気だったのさ。シリウス軍も地球軍も異常にピリピリしてて、現場で最初に言われたのは、地球軍の兵士と目を合わせるなだった」


 わかるかい?と、そう言いたげなバーニーの目がリディアを貫いた。

 リディアは首肯を返し、話の続きをせがむように視線を返した。


「やがてね、ティルトローター機がやって来てノア様が降りてこられた。ややあってオデッセイア様が到着されて、それから続々とヘカトンケイルの始まりの8人が集まったのさ。そりゃぁもう、壮観な光景だったね」


 身振り手振りを添え雄弁に語るバーニー。

 その仕草をみれば、まだ幼かった日のバーニーが何を思ったかが解る。

 時には早口でまくし立て、時には言葉を選び、自分の興奮を再現していた。


「あの時の私は……地球軍と対峙するシリウス軍の中で連絡役として走り回っていたのさ。だけどね、フィッシャー様に呼び止められて、しばらく話し込んだのさ」


 ヘカトンケイルに直接育てられた娘だ。

 それについて違和感は全くなかったのだろう。

 だが、だからといって看過できる問題では無い。


 シリウス軍の上層部や参謀本部。そして、独立闘争委員会の面々。

 そんな、全てがライバルである大人たちから目を付けられる迂闊な行為だ。


「迂闊だって思うだろ? 後になって私もそう思ったよ。余りに迂闊な振る舞いだったとね。だが、あの時はそれに付いて疑問を持たなかったのさ。そして、単刀直入に聞いてしまった。今日はなんのイベントですか?ってね」


 軽い調子で言っているバーニーだが、それは軍人として最も迂闊な一言だ。

 本来であれば絶対に明かされない任務の全体像を、バーニーは遠慮無く問うた。

 そして……


「その時ね、フィット様が言ったんだ。もうすぐここに特殊なゲストが来るって」

「特殊?」


 我慢ならずそう聞き返したリディア。

 バーニーは彼女を指さした。


「な? 疑問に思うだろ? 私もそうだった。疑問を持ったのさ。そしたら――」


 ウフフと妖艶に笑ったバーニーは、リディアを見ながら言った。

 それは、ここまでで最もインパクトのあるモノだった。


「――これから地球軍の将軍が来るって言うのさ。そして、地球へと帰る事になっているが、そんな将軍にあるものを託す事になっている。だから安心して持ち場に戻りなさい……ってね。なんだと思う?」


 勿体ぶるように一度言葉を切ったバーニーは、そっと言葉を付け加えた。


「ビギンズだよ」

「……えっ」


 柔らかに微笑んだバーニーは目を閉じて天井を見上げた。

 その目蓋の裏に描いたのは、まだ少年の日を送っていたビギンズだと思った。


「何度も死にかけていたビギンズが地球へ行くことになった。その旅立ちだって言う事で、全員が見送りに集まったのさ。ただ、そこでも起きたんだよ。テロが……

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