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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FIVE:バーニーの半生01

 ――フゥ……


 悶々とした溜息をこぼしつつ、バーニーは書類をテーブルへと投げた。

 軍隊とは高度に官僚化した組織だが、ことシリウス軍はそれが病的なレベルだ。


「こいつら……」


 ボソリとこぼしたバーニーは気を取り直し、テーブルの上の書類を取った。

 そこに並んでいるのは、リディアへの対応についてだ。


 シリウス軍は、その出自と発展過程において幾多の混乱を経験していた。

 そして、その結果として指揮命令系統が複雑に発達した組織になってしまった。

 軍たたき上げの者たちが就任する元帥と、議会の狗である参謀本部。

 そして、政治闘争を旨とする政治将校の存在だ。


 地域軍区を掌握する元帥会議は垂直系統の命令指揮を目指している。

 特権を持つ貴族的な制度を認めないシリウスは、ほぼ全ての元帥が叩き上げだ。

 軍のあれこれを知り尽くした元帥団は、軍を最も効率的に使う事を信条とした。


 だが、民衆から選ばれた議員による議会は、シビリアンコントロールを求めた。

 シリウス軍の参謀職は、高級将校の中から議会によって任命を受ける特認階級。

 それにより議会は参謀本部を武器にしてシリウス軍をコントロールしたがる。


「まるで他人事だな……」


 イライラとしつつもバーニーはその書類をシュレッダーに掛けた。

 恐ろしいほどに細かく裁断されるその書類には、二大勢力による言葉が踊った。


 それは、その二つの勢力が一定以上の配慮をせねばならない存在への対応。

 シリウス軍の効率的な運用を阻む存在。そして、ある意味で民衆最大の敵。

 独立闘争委員会と言う名の特権集団が送り込んだ、政治将校への対応だった。


 ――――元帥団事務局はリディア少尉に付いて消毒済みと認識する

 ――――参謀本部は元帥団の認識に異論を唱えず、また承認もしない

 ――――政治将校による査察は独立親衛隊においての対処を求める


 要するに、丸投げ。

 元帥団も参謀本部も、政治将校を使い魔とする闘争委員会とは争いたくない。

 ヘカトンケイルの親衛隊は、シリウス軍や議会から独立した組織なのだ。

 その親衛隊は、闘争委員会と対等に戦える唯一無二の組織だった。


 ――つまり……


 二つの組織がバーニーに求めているモノは、ある意味で最も難しいもの。

 それは、鼻持ちならない独立闘争委員会のメンツを圧し折ってほしい……


 その為に出来る最大の譲歩は、リディアの件に関し無関係を貫くこと。

 メディアに姿を見せ、独立闘争委員会の腐敗振りを世間の耳目に曝したのだ。

 軍は関与しないし、してもいないと言う責任逃れのようでもあるが……


 デスクの引き出しを開け、バーニーは小さなスキットルを取り出した。

 中に入っているのは、遥々地球から運ばれてきたスコッチだ。


 一口だけ口を湿らせ、椅子の背に身体を預けた。

 胸に去来するのは、自分自身の打つ手が正しいかどうかの逡巡だ。


 ――コレで良いのかな……


 一般的に『鉄の女』と認識されているバーニーだが、その中身はやはり女だ。

 逢いたいと願う存在は遥か遠くにあり、架せられた使命からは逃げられない。


 遥か遠い日。まだ恋に恋する乙女だった日。

 初めて出会ったその存在は、この世界で最高の存在だった。


 ――――シリウスを開放したいんだ

 ――――その為に……


 真正面からそう口説かれたバーニーの心は、その時から(しもべ)となった。


 ――エディ……


 遠い日、バーニーの両手を握り締めエディは懇々と説いた。

 なぜ、このシリウスを開放せねばならないのかを……だ。


 地球人類史を紐解けば、その歴史の中に出て来る拭いがたい苦い記憶がある。

 それは、鉄火と闘争と権力の暴走した時代であり、忘れがたい苦悩の歴史。

 19世紀の終りに萌芽した、人類史上最悪の経験。


 つまり、ファシズム(わがまま)コミュニズム(かんしゃく)の歴史だ。


 ただ、その中身を精査すれば、そこにはある一定の線引きが見えてくる。

 ファシズムは選挙によって生まれ、コミュニズムは革命によって生まれた。

 ただ、辿る結末はどちらにしても悲惨であった。


 選挙の果てに生まれたファシズムは、民意の暴走と言う形で純粋さを求めた。

 やがてその多くが無謀な戦争へと駆り立てられ、滅亡一歩前で闘争を終えた。

 脈々と築きあけてきた全てが灰燼に帰し、民族は苦悩の十字架を背負わされた。

 いつ終るかも知れぬ劣等感の中で、次第に卑屈な民族性へと堕ちてしまうのだ。


 だが、ある意味でファシズムは幸せであった。

 なぜなら、それ自体が人類の敵と認識され、より大きな力の修正を得たから。

 ファシズムはより大きな力によって滅ぼされ、血と涙の試練を持って再生した。


 だが、コミュニズムによる革命は悲惨だった。

 革命の課程において、コミュニズム側が行なった事は、一方的な権力の暴走だ。

 己の意のままに全てが動かねば癇癪を爆発させ、全ての階級を粛清したのだ。


 反対意見は全て抹殺される。社会主義、共産主義の本質とはそこにある。

 暴力機関と言う力を持った同調圧力に従わねば、死ぬしかない暗黒世界だった。











 ――――――――リョーガー大陸西部 シリウス軍 ライジング基地 

         独立親衛隊向け庁舎 通称:ワルキューレ(魔女)の台所

         シリウス標準時間 2251年 2月18日 午後11時











「私は正しいのかな……」


 答えの返ってこない問いを幾度しただろう。

 バーニーは窓辺に立ち、漆黒の闇へ向かって溜息をこぼした。


 場数を踏むに連れ、背負う責任は重くなっていった。

 そしていまは、後進たちの命や生活をも背負っている。

 だが……


 ――ビギンズはシリウスの未来を背負っている


 その事実がバーニーを追い詰めていた。

 とんでもない重責を背負わされ、その中で苦しんでいるはずだ。

 ただ、ビギンズはそれでも飄々とした姿をしているのだろう。


 苦しみもがき、救いを求めて叫ぶような無様は曝してない筈だ。

 どんな局面になっても、土壇場のピンチに立っても……だ。


 自分も、自分以外の何者をも、恐れず、怯まず、退かず。

 理不尽な地球連邦軍の中にあって理解者を増やし、協力者を作っているはず。

 そしていつの日か、その手はこの惑星へと届くのだろう。


 生まれながらにして世界の王となる宿命を背負った存在なのだから。


 バーニーは懐から小さなコンパクトを取り出した。

 女である以上、身だしなみには必要なものだ。


 開いたコンパクトを窓際のテーブルへ置き、鏡の部分に指で文字を書く。

 そして、鏡をなぞる指先が7文字目に達した時、コンパクトが僅かに震えた。

 ミラーの脇にある小さな照明部分からホログラムが浮き上がった。


 まだ幼かった日。12歳の春の日。

 同じような年齢のビギンズと並んで撮った立体写真。


 ――エディ……

 ――ビギンズ……


 バーニーの両目に涙が溜まり始めた。

 右手を口にあて、声を押し殺し嗚咽した。


 誰かに助けてほしい。或いは、誰かに声を掛けてほしい。

 お前は良くやっている……と、そう慰めてほしい。

 その言葉を聞きたい存在は、手を伸ばしても届かない距離にいるのだが……


 その涙が眦から溢れた。

 床の上にポタリポタリとしみを作り、バーニーは嗚咽し続けた。

 そんなときだった。


 ――ッ!


 レプリカントの身体は並の人間を遥かに超える能力を持っている。

 その耳が何かの音を捉え、慌ててコンパクトをたたみ、懐へとしまいこむ。

 バーニーが見つけたのは、送迎の車から降りるリディアだった。


 庁舎の下に着いた車を降りるリディアは、走り去る車に手を振った。

 最近とみに女らしくなってきた彼女は、逢引を終え宿舎へと帰還してきた。


 ――あの()はもう大丈夫だね……


 その姿が余りにウキウキトしたモノだったので、バーニーも目を細めた。

 あの、クシャトリアと言う名の中佐と上手くやっているのだろう。


 そもそも、シリウス独立の為の協力者を作る為に、ビギンズは出ていった。

 バーニーはここシリウスに残り、この中で協力者を作る事を本義としている。

 そして、このワルキューレと言う組織は、その為の道具だった。


「あれ? バーニーまだ起きてたの?」


 バーニーの部屋がまだ明るいのを下から見つけたリディア。

 その内心が僅かに震えたのか、様子を見にやって来ていた。


「アンタの帰りを待ってたんだよ」


 それがただの出任せなのは、リディアにだってすぐに解る。

 泣き顔の様にも見える姿だが、この鉄面皮に涙などある訳も無い。


「……どうしたの?」


 僅かに首を傾げてバーニーを見たリディア。

 バーニーは苦笑いで椅子を勧めた。


「いつの間にか勘の鋭い女になったね」


 リディアを椅子に座らせ、ウォーターサーバーから水を用意したバーニー。

 コップに入った冷たい水へ先ほどのスキットルからスコッチを注ぎ勧めた。


「やるかい?」


 建前上、基地の中は禁酒禁煙だ。

 だが、軍の中で最もアンチャッチャブルな存在は、不可能を可能にする。


「いいの?」

「私を誰だと思ってるんだい?」


 バーニーの浮かべた笑みは、妖艶を通り越し恐ろしさすらあった。

 それは、幾多の試練を踏み越えてきた人間だけが持つ、余裕と諦観だった。


「問題はそれに当たったときに解決すれば良いのさ」


 グイッと紙コップを煽り、スコッチを流し込んだバーニー。

 その飲みっぷりは実にさまになっているのだが、やはり紙コップなのだ……


「なんだか間抜けなシーンね」


 同じように紙コップを煽ったリディア。

 自分でも知らぬうちに、酒も美味く飲めるようになった。


「もう何年だい?」

「なにが?」

「……そうなってからさ」


 リディアは指を折って数えた。

 あのザリシャグラードの艦砲射撃の中、重傷を負って生死の境を彷徨った。

 気が付いた時には蒼宮殿にある治療施設の中で、レプリの身体に入っていた。


 あり合わせの身体を使ったので、半年としないウチに身体を乗り換えた。

 かつての自分の映し身だが、それなりに加齢感があった。


「うーん……5年ちょっとね」

「人間が成長するには十分な時間だ」

「そうね。色々と学んだし、それに……」


 リディアはニコリと笑ってバーニーを見た。

 その眼差しには敬意と感謝があった。


「沢山の人に助けてもらって、手を差し伸べてもらって、それで……今がある」


 リディアの素直な物言いは、バーニーを幾度も頷かせるモノだった。

 駄目な人間の第一歩は、感謝を忘れたときから始まるのだ。


 リディアはそれを忘れてはいない。

 そう言う育ち方をしたのだろうけど、でも。


「ところで……」


 話を変えたリディアは不思議そうにバーニーを見た。


「どうしたの? もう消灯時間は過ぎてるのに」

「……眠れないのさ」


 不思議そうに首を傾げたリディア。

 バーニーは背にあるカレンダーを指さして言った。


「もう半年になる。音沙汰が無いのは些か心配だろう?」

「……そうね」


 改めて言われれば、サミーとキャシーが出て行って既に半年だ。

 フィット・ノアの手引きによる治療の為とは言え、快速船に乗ったはず。


「もう戻ってきても良い頃よね」

「あの娘は……」


 小さく息を吐き戻したバーニーは、沈痛な表情を浮かべていた。


「あの娘も辛い責務を背負ってしまったのかも知れない」

「……え? どういう事なの??」

「ノア様が地球へ送り出した一番の理由は、生きる意味なのさ」

「生きる意味……」


 まだ全体像を理解出来ないリディアだが、バーニーはそれを語って聞かせた。

 フィットがキャサリンに課した特別な任務。それはキャサリンの為だ。


 だが、それを聞いて『ハイそうですか』と納得出来るようなものではない。

 それは、ある意味で命の冒涜であり、また、生命の道具化だった。

 なによりも……


「ビギンズの……胚って」


 言葉を失って話を聞いているリディアを余所に、バーニーは涼しい顔だ。

 ビギンズ=エディなのはワルキューレなら誰でも知っている事。

 だが、もっと深い所にある封印された真実は、誰も知らない事だった。


「ビギンズの胚は幾つもあるのさ。で、定期的に何らかの形で産まれて来ている」


 バーニーの語る内容は、驚愕を通り越すモノだった。

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