サザンクロス市街戦 後編
――――サザンクロス中心部
5月29日 夕方
断続的に響く野砲の音に肩をすくめる501中隊の面々。
撃退した筈のシリウス軍ロボットが12機ほどやって来て断続的に砲撃を加えていた。連邦側には砲撃を行える野砲が存在せず、断続的に砲撃を受ける中でジリジリと守備側の頭数を減らしていた。
「なんかひでぇぜ!」
大通りを横切りまだ崩れていないビルの中へと飛び込んだ士官候補生イノーとジョニーのふたりは、肩に担いだバックパックの中の戦闘糧食を確かめた。
「こいつがなくなったら中隊全員に恨まれる」
「ですね!」
「行くぞ!」
甲高い音を立てて落下してくる砲弾を横目に、イノーは必死になって走っていた。午後一番で行われた両軍首脳による直接交渉は見事に失敗し、ロイエンタール将軍は連邦軍の兵士全員に徹底抗戦を命じていた。
「あとどれくらい残ってるんですかね?」
「なにが?」
「市民ですよ! し! み! ん!」
「しらねーよ!」
アハハハと笑いながら走るイノー。ジョニーもその後ろに続いて、背嚢を背負い走っていた。たっぷりと詰まった野戦用食料を抱えて。
降り注ぐ砲弾の雨を交わし、501中隊が立て篭もっているビルへと到達したふたり。シリウス軍の砲撃はこれといって狙いを定めるわけではなく、サザンクロス市街部のなかを満遍なく砲撃し続けていた。
「随分親切じゃねぇか! なぁ!」
肩で息をしながら建物の中に入ったジョニー。高層建築になったビルの中は直接砲弾を撃ち込まれない限り安全だ。時々は至近弾によって地響きを感じるのだが、建物が基礎から壊れるという程でもない。
全員にパウチの食料を配った後、ジョニーもやっと食事にありつく事が出来た。いつの間にか嫌がらせのような砲撃は終わっていて、その後には何処からか妙に甲高い声での放送が始まっていた。
――地球から来た諸君!
――我々は君らを同志として歓迎する用意がある!
――遠く離れたこの地で血を流し汗を流し苦しむ諸君らは
――地球を支配する者たちに騙されている
――彼らは君たちから搾取しかしない
――そして君達に嘘をついている
――君らは騙されているんだ
なんとも陳腐なフレーズが続き、地球から来た下士官たちは皆ニヤニヤと笑っていた。
「何時の時代もあるもんだが、もう少しマシな事は言えないもんかね?」
「全くだな。善良なる無知な人々を騙すには常套手段だしな」
「騙されている! って必死に言う奴は、だいたい騙しに掛かってんのさ」
ヘラヘラと笑っているクイックとヤング。その向こうでは医療兵であるウェイドが頭を掻きながらせせら笑っていた。
「これで騙される奴ているのかね?」
「居るんだろうな。もし居なけりゃとっくに止めてるだろうし」
「そうだな。これも成功体験だよな」
それぞれに言いたい事を言って食事をとり始めるのだが、ジョニーはなんとなく放送を聞き続けていた。
――諸君らは望まぬ戦いへと駆り立てられ死のうとしている
――それは無駄な死だ そして顧みられぬ死だ
――だがまだ間に合う まだ間に合うのだよ
――諸君らを騙し戦いへと駆り立てる者達に立ち向かおう
――我々と一緒に立ち向かおうでは無いか!
呆れた表情で聞いていたジョニーの肩を誰かが叩いた。
驚いて振り返ったジョニーの目の前にエディが立っていた。
「下手な工作など聞くだけ無駄だ。先に飯を喰え」
「……はい」
エディも小さなパウチを開けて食事を始めた。
そんな仕草を見ながらジョニーは恐る恐る話を切りだした。
「今日の昼間の話しって、何だったんですか?」
「……ロイエンタール将軍の会談か?」
「そうです」
クラッカーに蜂蜜を塗って食べているエディはニヤリと笑ってジョニーを見た。
「簡単に言えば、武装したままで良いから、降伏調停の席に着けって事を言い出したわけだ」
「武装したまま?」
「そうだ。昔から言う様に、帯剣したままの騎士に交渉の席に着けって言うって事さ。騎士から剣を取り上げるのは最大の侮辱に当たる。だから、それをせず帯剣したままで良い。そうやってこっちの名誉を守るって言ったのさ」
判ったような判らないような妙な顔をしていたジョニー。
エディはそんなジョニーを見ていた。
「で、結局ロイエンタール将軍は話しを断った。降伏など話しが通らんとな。実はいま、ニューホライズンの周りに輸送船が周回していてな。近日中に重機材の陸揚げを始める。シリウス側もそれを阻止しようとあの手この手で必死だって事だ」
エディをジッと見つめたジョニー。その表情には安堵とも落胆とも付かない物があった。今すぐに重機材の補給が行われる事は無い。だが、少なくともこうやって食料や弾薬の補給は始まるだろうと思われた。
「ロイエンタール将軍は徹底抗戦を指示した。市民の脱出が完了するまで。最後の一兵まで闘えって通告した。所が、ここには脱出しない市民が山ほど居る訳で、つまりここが死に場所だって遠回しに言ったわけだ」
「じゃぁ、ここで全滅するまで戦うんですか?」
「いや、そんな事は無い。市民が居なくなれば良いわけだからな」
ボソリと言ったエディは笑っていた。
「護るべき市民が居なくなれば、我々は撤退する。そこに間違いは無いだろ?」
「……そうですね」
「そして、俺たちは後方へ一旦下がり、戦線を立て直して徹底抗戦する」
「徹底抗戦?」
「土台勝てるとは思ってない。だが、『はい、そうですか』と負けるつもりもないって事だ。負けるなら負けるで仕方が無いと諦めるだけの負けで無いとな」
ニコリと笑ってジョニーの肩をポンと叩き、エディは歩き出した。
「たまには負けるってのも良いもんだぞ。負けた方がより多くの事を学べる」
そのまま歩み去ったエディの背中を見送り、ジョニーは言い様の知れない不安を覚えた。だが、それと同時に『なんとかなる』という部分をも感じた。上手く負けて上手く振る舞う事により前進する。シリウスはどっちに転んでも損をしないと、ふと、そんな事を思うのだった。
――――サザンクロス中心部
5月31日 午前中
シリウス軍のレプリカント歩兵部隊が大挙してやって来たサザンクロス中心部。通り一本、建物一つ。部屋一つを争う壮絶な地上戦が行われ、一進一退の攻防が続いた。練度と組織戦闘でシリウスを何度も撃退している連邦軍だが、圧倒的な物量で力攻めを続けるシリウス軍はジワジワと連邦を圧していく。
そんな中。501中隊は市街地中心部を目指して後退を続けていた。サザンクロス中心部にある行政府守備を命じられたからだ。40名以上居た501中隊も櫛の歯が欠ける様に戦死者を出し始めていて、この後退戦の中でも激しい銃撃戦を行い、死者を出しつつあった。
「ウェイド。楽にしてやれ」
「……サー」
持っていたモルヒネを数本ずつ打ち込まれた一等兵曹クリスと二等兵曹ハンス。その隣にはほぼ逝ってしまった状態の二等軍曹ヤングとウォレスが居た。至近距離でホーミング迫撃砲弾を受け全身がバラバラになる直前の状態だった。装甲の付いた戦闘服を着ていなかったら、原形を留めていなかったのだろう。
だが……
「装甲服も良し悪しだな」
「あぁ。一撃で死んだほうが楽だったろうにな」
モルヒネ投与の後、末期の酒を一口ずつ飲んだクリスとハンスは笑っていた。何事かをエディに伝えたあと、力が抜けていって動かなくなった。エディはその首元からドッグタグを引きちぎると、大切そうにポケットの中へとしまった。
「ご苦労だった。先に地球へ帰ると良い……」
背筋を伸ばして敬礼したエディ。横たわる中間達の遺骸に銃を載せ、その上で両手を組ませ顔にはヘルメットを乗せた。これでシリウス軍にも死者だと分かるだろう。ただ、死者の尊厳を護るかどうかは、わからない事だが。
「仲間の死を無駄には出来ないな。このまま後退する」
エディの指示で501中隊は再びサザンクロスの街を走り出した。南部市街へ逃げ込んで徹底抗戦するためだ。残り19名になった501中隊だが、まだまだ意気軒昂と言える状態で、ウォレスのポケットからスキットルを回収したタックは、封をあけ一口味わっていた。
「おぃタック。一人で飲むとは良い度胸だ」
「なに言ってんすか! 毒見っすよ! 毒見!」
もう一口グビリと飲んでからマイクにスキットルを渡したタック。マイクもグビリとやってから酒臭い息を吐いた。
「スコッチの上ものじゃないか! ウォレスの奴め!」
「隠してやがりましたね」
「今度会うときはしっかり文句を言ってやる」
ふたりしてニヤリと笑い、そんな状態でも走っていたのだが、ややあってエディはふと足を止めた。裏通りの奥で言い争う男の声が聞こえたのだ。
「やめろ! やめてくれ!」
「うるさい! 黙れ!」
そして何かを殴る音。
中隊の足を止めたエディはアレックスとウェイドのふたりに様子を見に行けとハンドサインを出した。頷いて裏通りへ入っていくふたりを見送ったジョニーは、不意に不安を覚えてエディの姿を見た。厳しい表情のエディがそこにいた。
「何だてめぇら!」
「邪魔すん……
その直後に銃声がいくつか聞こえ、そしてウェイドの声が響く。
「ちょっと手伝ってくれ!」
その声を聞いたエディが中隊に前進を指示。ジョニーもゆっくりと近づいていくのだが、そこには何人もの男が街灯の支柱から吊られていた。首には『敗北主義者』とか『裏切り者』と書かれたプラカードを下げて。
「良く見ておけ。これも戦争の真実だ」
そう呟いたエディがロープを打ち抜いた。やや距離があったはずなのだが、性格にロープだけ打ち抜く技量は恐ろしい限りだった。鈍い音を立てて地面へと降り立った男たちはみな完全に絶命している。
「何で殺されたんですか?」
「簡単な話さ。住民の中に二つのグループがある。徹底抗戦派と降伏派だ。まだ抗戦派の方が強いから降伏派はこうやって粛清される。だが、この逆もありうる。何処かでパワーバランスがひっくり返ると、今度は徹底抗戦派が粛清されるのさ」
エディの言葉には隠し様の無い不快感があった。だが、これも現実なんだとエディは割り切っていた。怒っても仕方がない事だが、それでも人は不安に駆られると想像も付かない非道を行う。ジョニーの想像が及ばなかった現実は、いま目の前で無造作に展開されているのだった。
「プラカードをつけたまま中心へ並べておけ」
エディの指示に一瞬首をかしげたものの、ヴァルターと一緒になって遺体を並べたジョニー。並んだ遺体は全部で22もあった。
「シリウス側はこれを見たときに思うのさ。サザンクロスにいる人間は徹底抗戦する気だってな」
「そう思わせてどうするんですか?」
「銃でちょっと脅せば腰砕けになって降伏する連中と、銃で打ち返す気まんまんな連中。お前はどっちと戦いたい?」
「……あ、そうか」
また一つ教えられたジョニー。その背をアレックスがポンと叩いて行く。士官たちが走り出し、中隊は再び後退の為に進み始めた。川の向こうまで後退しきらなければならないからだ。
「しかしまぁ…… ひでぇ戦だな」
そんな事をぼやいたマイクは殿を走っていた。後方からシュンシュンと音を立てて銃弾が飛んでくるなか、度胸満点に走るマイクをジョニーが振り返った。
「小僧! よそ見してる暇があったら走れ!」
「サー!」
大通りを折れて行政府へと続く並木道を走り、幾つも設置されている対シリウスロボ用の誘導障害となるロープを掻い潜っていく。高さも幅もばらばらに設置された幾本ものロープには、対戦車ロケット弾の発射トリガーが縛り付けられていた。
「なんとも酷いもんだな」
「ゲリラ相手にゲリラ戦挑むんだからな」
マイクに続きぼやいたアレックス。そのアレックスをエディが宥める。
並木道を走りきり行政府の立派な建物に到着した501中隊を行政府の守備隊が出迎えた。みな、悲壮な表情で立て篭もる覚悟だった。
「ご苦労。早速で悪いが第二庁舎のバリケード部分を頼む」
守備隊長の命により本庁舎東側の第二庁舎付近へとやって来たエディ。そんな501中隊を出迎えたのは、総勢僅か9名になっていた寄せ集めの下士官ばかりだった。
「ご苦労様です。少佐殿」
「エイダン・マーキュリーだ。リーダーは?」
「あなたであります。少佐殿」
敬礼している男は緊張した面持ちだった。
「名は?」
「ミハエル・ヴェルガー。階級は二等軍曹です」
「……そうか」
軍曹と兵曹の混在する分かりにくい階級制度を持つ地球連邦軍だが、寄せ集めの軍隊という側面はこんな時にも顔を出す。やや英語の不得意なヴェルガーゆえに、エディは意思の疎通を危惧した。
「アレックス。後でヴェルガーとしっかり打ち合わせしてくれ」
「りょうかい!」
19名の501中隊に敗残兵9名をあわせた28名の守備隊は、第二庁舎前の広場へバリケードを作り始めた。言うまでもなく徹底抗戦だ。一分一秒でも長く抵抗すること。それこそがいま現状の使命だ。その為に、出来る事をしておくのだ。
「エディ。連中がロボで来た場合はどうする?」
「まともな方法じゃやりあえない。こっちもロープを使って足を引っ掛けるか、通り過ぎてからケツに特大の奴をぶちこむしかないな」
ここ数日、サザンクロス戦闘に従事しているロボは12機と思われていた。対戦車ロケット弾はまだまだ数がある。これなら遅れは取らないだろうと皆が思っているのだが、対策を取られていたらアウトだ。
「まぁ、これしかない戦力で土台勝とうというのが無理なんだ。だが、やってみようじゃ無いか。ただ大人しく磨り潰されて負けるのだけはゴメン被る」
自嘲気味に笑っていたエディ。
そんな第二庁舎守備隊のところへ、聞き覚えのある音が響き始めた。
思わず身を硬くしたジョニー。ヴァルターも青褪めている。
「早速おいでなすったか!」
ハッ!と笑ったマイク。
市街中心部の大通りにシリウス軍のロボット隊が現れたのだった。残されていた僅かな数の連邦軍戦闘車両が迎撃したのだが、その全てを一方的に殲滅したロボ。
第二庁舎前で迎撃準備を急いでいたエディは、無線の中で守備隊長に呼び出された。
「少佐、すまないが本庁舎まで来てくれ」
「どうしました?」
「シリウス側が再び降伏勧告を出してきた」
「……随分と仕事熱心ですな」
引きつった表情で最期の時を待っていた守備隊だが、エディの言葉を聞いて少しだけ安堵したらしい。
「ちょっと行って来る。余裕があるなら早めに飯を済ませておけ」
銃を片手に歩き去ったエディ。
その後姿にはいささかの緊張感も無かった。
ジョニーはそんなシーンを見ながら『さすがだ』と、感心するのだった。




