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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FOUR:ジャンの献身09

~承前





 それはルーシディティが6才になろうかという春の出来事だった。


「ねぇパパ。ママは?」


 ルーシディティは利発な子供だった。

 俗に、1を聞いて10を知ると言うが、この子は少なくとも5か6を理解した。

 そして、特筆するべき事に、その真意や裏側、行間というモノを読み取った。


「ママは病院だよ。ちょっとした検査だ」

「弟か妹が出来るの?」

「それは難しいなぁ」

「じゃぁ、病気になっちゃった?」


 ルーシーは心配している様で、事態を探っている様でもある。

 僅か6才にしてこの才能なのだから、コレは末恐ろしいとジャンは思った。


 少なくとも、日が暮れるまでの山を駆け巡った自分の少年時代とは雲泥の差。

 ならばこの子を一人前に。いや、一人前以上に育てるのが自分の任務だ……


 ――いや……任務じゃねぇ……


 ジャンの無骨な手がルーシーの頭を撫でた。

 ルーシーは無邪気に笑いながら、父親の手に自分の手を重ねた。


「パパの手、ちょっと調子悪いね」

「そうか?」

「ガチャガチャって音がする」


 優しい子だ……と、ジャンは胸が一杯になる思いだ。

 ルーシーは父親がサイボーグである事に違和感を感じていない。

 この環境で育ったのだから、ある意味でそれが当たり前だった。


 幼稚園から小学校へと進学した頃、自分が特別な事をルーシーは理解した。

 余りに特殊な環境で育っていることを幼いながらに理解したのだ。


「ママは明後日には帰ってくるよ」

「ふーん」


 ルーシーの出産から7年。キャサリンの身体は限界を迎えていた。

 レプリカントの宿命として、強すぎる免疫抗体が自分自身を攻撃し始めたのだ。

 生身なら膠原病に相当するが、なまじ免疫が強いだけに洒落では済まない。


 新しい身体へと乗り換える事になったキャサリンは、タイレルの病院だった。

 失われていた脳の前頭葉部分は完全に再生し、今は健常者と変わらないらしい。

 フィット・ノアの考えた算段は、完璧な結果を出していた……


「ねぇパパ。ママの所に行って」

「どうしてだい?ルーシー」

「うーんとねぇ――」


 ルーシーはどこか虚空の彼方を見つめるようにした後、ジャンを見て言った。

 その表情はあどけない少女そのものだが、真剣な眼差しに違和感を覚える。


「――ママが危ないの」

「危ない?」

「うん。危ない」


 真剣な眼差しで母キャサリンに危機を訴えたルーシー。

 それを聞いたジャンは、詳細を聞く前に愛娘を抱え上げて走り出した。


「パパ。てっぽー持ってって」

「大丈夫だ。パパは何時も持っている」


 ガレージへと飛び込みエレカーを起動させる。

 そのまま車庫を飛び出し、アクセルを蹴りつけた瞬間だった。


 ――え?


 通りへと出たジャンが見たモノは、自宅の裏手がいきなり炎上するシーンだ。

 その直後、自宅の地下が大爆発を起こした。7年住んだ家が木っ端微塵だ。


『おいおい……』と悪態を吐いたジャンの目が何かを捉えた。

 通りの反対側に停まっていた車には、大の男が2人で乗車していた。


 窓を開けつつグッとアクセルを踏み、加速したジャン。

『ゲイのカップルってか?』と呟きつつ、左手は懐の拳銃を握り締めた。


「ルー! 椅子から降りて足元で小さくなるんだ。かくれんぼしてなさい」

「はーい!」


 こんな時のルーシーは徹底的に素直だ。

 察しの良い子だと驚きつつ、ジャンはYeacのセレクターを連射にした。

 毎秒15発を撃てる銃だけに、ロングマガジンで2秒掛からず撃ちつくす。

 だが……


 ――コンマ3秒だな


 すれ違いざま、ジャンは男たちに銃を向けトリガーを引いた。

 まるでチャックを開け閉めするかのような高サイクル射撃音が響いた。

 激しいフラッシュハイダーの向こうでは、13ミリを喰らった肉塊が崩れた。


 ――ごくろうさん……


「ルー! もう良いぞ! 今度はシートベルトだ!」


 大通りへと出たジャンは車をタイレル病院へと向けた。

 流れは悪くなく、相変わらず交通量も多い。


『ドッド!』

『把握してるよ。マイホームが木っ端微塵だぜ』

『危うく火星辺りまでぶっ飛ばされるところだった』


 遠慮抜く軽口を叩くのだが、実際問題としては……


『設置時期は分からないが、先週の水道点検以外考えられない』

やさ()が割れたのはそこだろうな』

『同感だ。奴等の目と手は予想以上だ』


 ドッドはリアルタイムでジャンの車輌周辺を監視していた。

 大通りから脇道へとそれたジャンは、車一台がやっと通れる細道へ出た。


『襲撃が恐いぜ』

『いや、周辺に襲撃を受けるような危険は無いな』

『マジでか?』

『あぁ。病院までは大丈夫だ。ただ……』


 いつものアジトで周辺を検めるドッドは、声音を変えて言った。


『急いだ方が良さそうだ。一個小隊ほどが病院へ突入する準備をしている』

『……正体は分かるか?』

『恐らくは……ただの工作員だな。ただ……予想以上に重武装だ』


 ドッドの声音にジャンは警戒のレベルをひとつ上げた。

 そして、同時に助手席のルーシーを見た。


「急がなくても大丈夫だよパパ。私が行くの待ってるから」


 ルーシーはニコリと笑い、サラッととんでも無い事を言った。

 息を呑んでいるジャンを余所に、ルーシーが笑っている。


 背中がざわつくような焦燥感を抱えつつ、ジャンも鷹揚と振る舞った。

 まだ幼い娘に不安を与えないように……だ。


「大丈夫大丈夫! ママも大丈夫!」


 ルーシーには見えているのだろうとジャンは思った。

 だが、それで安心して良いと言う事では無い。


 なんとなく落ち着かないまま病院へと到着したジャン。

 拳銃のマガジンを代え、車から降りようとしたときだった。


「ルー!」


 ジャンが車から降りる前にルーシーは車を降りていた。

 そして、一目散に走って病院のエントランスへと向かった。


 ロックを確認する暇すらなく、ジャンは車を離れてルーシーを追った。

 まだ小さなルーシーは左右を確認すること無く駐車場を走った。


「待ちなさい!」


 慌ててその後を追うジャンは見た。

 ルーシーは的確に車を躱し、横断歩道の上を最短距離で走って行く。

 サイボーグの脚力は常人を遙かに凌ぐが、ルーシーを捕まえられないのだ。


 ――くそっ!


 悪態を吐いて追跡するジャンの視界にエマージェンシー警告が浮かび上がった。

 その警告を読む暇など無く、指示された方向へ顔を向ける。

 だが、それと同時にジャンは拳銃を抜いていた。そこには理屈など無かった。


「ルーッ!」


 娘の名前を叫ぶと同時。ジャンはYeckのトリガーを引き絞った。

 13ミリの巨大な弾頭を火薬で打ち出す銃には、55連装のロングマガジン。

 だが、高サイクル射撃を可能とするその銃は4秒足らずで前段を撃ち尽くす。


 だが、激しいマズルフラッシュと反動により銃口は嫌でも暴れてしまう。

 サイボーグの強靱な身体と油圧で強引に押さえつけようとしても……だ。


『ドッド! 応援を呼んでくれ! ヤベェ!』

『オーケー!』


 ジャンの視界を共有するドッドは、その視界に浮かぶ敵を数えた。

 どれもが高初速小口径な自動小銃を構えていたのだ。

 しかも、その銃には大型のドラムマガジンが入っている。


『やる気満々だな!』

『冗談じゃねぇ! ルーシーが危ない!』


 そう叫んだ刹那、視界の彼方に幾つもの眩い鉄火が見えた。

 小口径ながらも高初速で放たれた銃弾は、至近距離では凶悪な威力を見せる。

 一般的な常識として、銃弾が持つ力はF=maの運動方程式その物だ。


 つまり、大口径低初速と小口径高初速の銃弾は、結果論として同じ力を持つ。

 そしてその銃弾が小口径であれば、接する面積が狭いほど威力は増す。

 サイボーグとは言え、銃弾で撃たれれば痛みは感じるし機材は壊れるのだ。


 ――勘弁しろよ!


 内心でそう叫んだジャンは、Yeckで撃ち返すことを選んでいた。だが……


「あっ!」


 身体にブツブツと被弾した感触があった。

 同時に視界の中へ凄まじい速度での被害報告が流れる。

 メインリアクターとバッテリーは無事だが、脳殻へ酸素を送る系統が止まった。


 ――やべぇ! やべぇぞ!


 脳内でそう叫びつつも、ジャンは銃口を向けたままだった。

 あっという間に55発の銃弾を撃ち付くし、素早くマガジンを代えて射撃した。

 少々撃たれても死なないサイボーグ故に、痛みは無視しての射撃だった。


 ――ルーシー……

 ――出てくるなよ……


 ジャンの目は病院の中へと吸い込まれていくルーシーを見た。

 そして、どこか安心して射撃を続けた。


『脳殻のバックアップを切り替えた! ロス市警のSWAT到着まで180秒!』

『サンキュー! 恩に切るぜ!』


 4つめのマガジンを詰めたジャンは、一歩踏み出そうとして膝を付いた。

 あれ?と思う前に、視界へ左膝関節不良の表示が浮いた。

 思わず膝へと目を落としたジャンは、膝から下を失った事に気が付いた。


『ドッド! ここで言うのも何だが色々世話になったな』

『馬鹿言うな! あと35秒だ!』

『いや……』


 ジャンの視界には頸椎部分への直撃弾が報告されていた。

 つまりそれは、これ以上の行動が不可能という事だ。

『クソッ!』と、悪態を吐いて敵を見据えたジャン。

 その視線の先には残り5人のテロリスト。


 どうにかならないモノかと思ったとき、そのテロリストが次々と弾けた。

 慌てて周辺を確かめたジャンは、SWATの到着を知った。


 次々と血煙が上がり、残り僅かだったテロリストが死んでいった。

 ざまぁ見ろと喚こうとしたとき、病院からルーシーが出てきた。

 バカ!何で出てきた!隠れろ!と叫びたくても叫べないジャン。


「ママ大丈夫だよ! パパだいじょう――


 満面の笑みを浮かべ、大きな声でそう言ったルーシー。

 それはまさに天使の笑顔だと思ったジャンは、怒るのも忘れて笑った。

 だが、そのジャンの笑みは、一瞬にして凍り付いた。


 ――――フリーシリウス!


 死にきっていなかったテロリストが大声で叫んだ。

 そして、次の瞬間には病院の前が炎に包まれていた。

 仕掛けられていた爆弾は、テルミット系の高温燃焼爆弾だった。

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