ROAD-FOUR:ジャンの献身08
~承前
『終わったか?』
『見てたろ?』
『そうだけどさ』
緩い会話が続くが、ジャンの視界は真っ赤に染まっていた。
廃工場の事務室に立て籠もっていたテロリストは7人。
レプリが5体と人間が2人だ。
『証拠画像はしっかり録れたよ』
『じゃ、NSAのお偉方には問題ないな』
『あぁ、それは平気だ』
ジャンは改めて自分が見ていた視界を再確認した。
鉄製な事務室の扉を文字通りにけり破って突入したジャン。
けちなテロリストは慌てて銃を構え、警告抜きで発砲してきた。
『改めて見るとヤベェな』
『あぁ。当らなかっただけラッキーだ』
テロリストが構えていたのは小口径の拳銃だ。
割と至近距離だったが、それでも外したのは訓練が足らないから。
ただ、当らなかったから結果オーライと言う事では無い。
『Yeacの威力は凄まじいな』
ボソリとこぼしたジャンは、テロリストの死体を検めた。
至近距離で13ミリの銃弾を喰らったレプリは、頭蓋が吹き飛んでいる。
生身の方は胸に大穴を開け、胸腔内の内蔵を一瞬にして全て破壊された。
そのどれもが即死か、ほぼ即死。生存者は無し。
死体は黒幕を吐かないので、できれば生け取りが望ましいのだが……
『ぺらぺらと良くうたってくれたぜ』
『手間が省けるよ』
無線越しに2人してクククと笑いあう。
射殺寸前だった生身の男は怨嗟の言葉を残していった。
曰く『ロスには100人の協力者が居る』と。
そして『間もなく次の裁きがある』と。
『仕事が忙しくなりそうだぜ』
『とりあえず、明日の朝には報告書ださねぇとな』
軍隊とは究極の官僚組織だ。
モノを知らず思慮も浅い者は、愚かにもただの暴力機関だと勘違いする。
だが、軍隊は極限までシビリアンコントロールされる事を旨とする組織。
そしてこの場合は、微に入り細を穿つ綿密な報告書の提出が求められる。
そこで一体何が起きたのか?を関係各所へ通達し、情報を共有する為だ。
『ロス市警から横槍入るぞ?』
『良いんじゃねぇの。出向いて説明するだけだ』
関係機関への連絡により現場に応援が入った。
担当者と僅かな引継ぎチェックを済ませ、ジャンは再び歩き出す。
ただ、サイボーグであるから、歩くのも自動処理できるのだ。
――さて。かえってもう一寝入り……
キャサリンの眠るベッドの脇へともぐりこみ、惰眠を貪るイメージ。
そこにはジャンの理想とする夫婦生活があった。
自宅への道を設定し、考えるのをとめて脳だけ睡眠モードに落ちる。
サブコンの処理能力はますます向上し、こんなシーンでは安心して任せられる。
自宅へと到着したら覚醒するようにタイマーを仕掛け、後は意識を手放すだけ。
――ふぅ……
能動的に呼吸を必要とする訳ではないが、サイボーグにだって息は吐ける。
周辺警戒のアプリを立ち上げ、ある意味で臨戦体制だ。
だが……
「え?」
素っ頓狂な声を出したジャンはポケットをまさぐる。
スティック状になった携帯電話のアダプターが着信を告げていた。
『もしもし?』
近接無線で接続するその電話は、仲間内の無線通話と変わらない。
ゆえに、電話が掛かってくると言うのはメンバー以外で確定している。
出来る限り他所行きな声で電話に出たジャンだが……
『ジャン! ルーシーが大変なの!』
その言葉に返答する前にジャンは走り出していた。
未明のロス市街はまだ薄暗いが、十分な明るさはある。
戦闘用サイボーグが持つ脚力はトップスピード100キロを軽く超えるのだ。
『何があった!』
『ルーシーが熱を出してるみたい! さっきトイレに行ったら酷く戻して……』
その声を聞きながら、ジャンはドッドを呼んだ。
『ドッド! ルーシーが発病したらしい! タイレル病院へつないでくれ!』
『オーケー! 任せろ!』
ドッドは無線の向こうで早速手続きを開始した。
あっという間に緊急診察の手続きが完了し、そのデータがジャンへと送られた。
『行けるか?』
『自宅まであと4分だな』
市街地におけるトップスピードは20マイルに自主規制している。
その関係で大幅に時間を食うのだが、こういう時は安全第一だ。
『ルーシーの状況は?』
『現在体温は37度少々。意識はハッキリしているが、眠そうだ』
その答えが負傷者のトリアージにも聞こえ、ジャンはほくそえむ。
『あと2分で到着する。病院へ連れて行こう』
『……そうね』
生垣を飛び越え、板の壁を跳び越し、最短距離を走ってジャンは帰宅した。
自動帰宅のアプリを解除し、自宅のガレージにあったマイカーを起動させる。
「キャシー! 支度は!」
「オッケー!」
「行こう!」
キャサリンが抱かかえるルーシーは、朦朧とした表情になっていた。
そんな2人を助手席に乗せ、ジャンはマイカーを走らせる。
燃料電池を使ったエレカー故か、その速度は自分で走った方が速い。
「ルーシー? 大丈夫かい??」
ジャンの問いかけにルーシーが頷く。
そして『パパ』と呟いて再び眠ってしまった。
「……どうしよう」
「慌てるなって。まだ眠いのさ」
「でもっ!」
いつの間にかキャサリンは立派な母親になっていた。
ジャンはそれがどこか誇らしかった。
ただ、病院へと向かう道すがら……
『次は?』
『イーストストリートの信号を右だ。トータル5秒早い』
『オーケー』
ドッドの調べるデータを見ながら、ジャンは最短経路最短時間を計算している。
そのジャンをチラリと見たキャサリンは、横顔がまるで戦闘中だと思った。
シェルのコックピットではどんな表情なのか。それを知る術は無い。
だが、少なくとも自分が知るあのコックピットは、究極の環境だ。
戦闘速度であれば冗談を言うような余裕などある訳が無い。
――集中してる
娘の様子を確かめながらも、キャサリンは夫であり敵でもある男を見ていた。
『ドッド。渋滞は?』
『問題ない。流れている』
『オーケー』
運転中にもかかわらず、ジャンは助手席を見た。
キャサリンはルーシーを抱きしめたまま様子を伺っていた。
「到着まで170秒だ」
「……うん」
所要時間を瞬時に計算したジャン。
その能力は、歩くコンピューターだけの事はあると舌を巻くレベルだ。
曲がり角を二つほど折れ、最後の上り坂を駆け上がってエントランスへ着ける。
ここから先は母親の仕事だった。
「車を棄ててくる。ルーシーを頼む」
キャサリンは無言で頷き車を降りる。
病院へと吸い込まれて行くその後姿は、母親のそれだった。
――母親だな……
ジャンはすっかり遠くなってしまった故郷を思い出した。
そして、母親の作ってくれたラザニアの味を思い出す。
――ルーシーが問題なければ帰り道にでも……
ジャンの脳内には周辺の店がいくつか浮かび上がった。
ただ、世間はこれから朝食の時間だと気が付き、苦笑いを浮かべる。
時間的に如何ともし難いのだから次の機会だ。
車を駐め病院へ向かったジャンは、そこでルーシーの容態を聞いた。
「……一時的な風邪ですって」
ルーシーを抱きかかえたままホッとした表情のキャサリン。
相当心配したらしく、その表情には疲れが色濃く出ている。
レプリの身体とは言え、肉体的には人間と変わらないのだろう。
「よしよし。じゃぁ、帰ろうか」
「そうね」
ジャンはキャサリンへと手を伸ばした。
それは、ルーシーを寄こせという意思表示だ。
キャサリンはなんら迷う事無くルーシーを手渡す。
「大きくなってきたなぁ」
ボソリと呟いたジャンは、視界に浮かぶデータに目を細めた。
この4週間で既に1キロ増えているのだ。
「順調に成長中ね」
「あぁ。大者に育って欲しいよ」
「それは心配ないわ。だって――」
キャサリンはルーシーの衣服を整えた。
ジャンの腕の中で天使のように眠っている。
「――この子は特別なのよ?」
「そうだな。なんせトンデモねぇエース級が二人掛かりで育ててるからな」
ジャンの軽口にキャサリンがウフフと笑う。
「腕が鈍ってなきゃ良いけどね」
「すぐに思い出すさ。身体が覚えてる」
「あなたはそれで良いけど、私は『大してかわんねぇだろ』
ジャンは自嘲気味に笑ってから、キャサリンの耳元で言った。
「どうせ俺たちは作られた……デザインされた存在さ」
デザインされた存在……
その言葉にキャサリンがグッと来ている。
好むと好まざるとに関わらず、キャサリンは人間を辞めていた。
誰かの思惑と、後ろめたい欲望と、そして何より、ただの思いつきだった。
だが……
「例え何であっても――」
キャサリンはジャンの腕に手を回した。
遠い日、父親の腕に手を回した時を思い出した。
そして同時に、今は父親の気持ちが分かった。
ジャンの見せる献身的な姿に、親という存在を理解したのだ。
「――あなたに出会えて良かった」




