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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FOUR:ジャンの献身07

~承前






 ――案外寒いな……


 内心でボソリとこぼしたジャンは、コートの襟を立てて歩いた。

 温暖なロサンゼルスの郊外とは言え、さすがに3月初頭の深夜となれば寒い。


 視界には、3℃の表示が浮かんでいて、その下には37.4の文字。

 欧州人であるからして、ジャンは華氏表示に馴染みが無い。

 だが、小隊を率いる可能性もある士官なのだから、それは絶対的に必要だ。

 なぜなら、華氏表示圏出身者から温度を問われる場合の備えだから。


「さて……」


 小さく呟き、懐の拳銃を確かめる。

 連邦軍の北米情報センターが支給したのは、マシンピストルだった。


 ――爆弾野郎はどこだ?


 深夜3時を回った通りには人影など無い。

 だが、パトカーと消防車の集まったエリアは、まだ焦げ臭い状態だ。


『ドッド。現場に到着。状況を』


 無線を使ってジャンは呼びかけた。

 先ずは現場へ。それこそがエディの教えだった。


『オーライ。予想より早いな』

『仕事熱心と言ってくれ』


 ジャンは軽いジョークを飛ばして笑う。

 だが、無線の向こうに居るドッドの声もまた笑っていた。


『オーケーオーケー。そういう事にしておこう』

『なんだよそれ』

『良いって事よ!』


 気持ち悪い声で笑うドッドにジャンは内心複雑だ。

 遊びでやってる訳じゃ無いのだが、どうにもそれが伝わらない。


 だが、それはジャンの思い込みなだけで、ドッドにはキチンと伝わっていた。


 大切な家族を護る為、ジャンは身を挺して危険に立ち向かっている。

 つまりそれは、家族を護る夫の役目だった。


『で、ターゲットは?』

『そこから南西に凡そ3キロ。今は無人の雑居ビルに動体反応がある』

『……アジトか?』

『いや、どっちかと言えば前線基地だろうな』


 クルリと踵を返し、ジャンは黙って歩き始めた。

 パトカーの集まっていた事件現場からスッと離れた不審者一歩前の動き。


 だが、現場に居る警察官にはジャンの情報が流れている。

 地球へと送り込まれたテロリストを処分して歩く特捜官がジャンの肩書きだ。


『で、こんな時にどうでも良い話だが』


 ドッドは唐突にそう切り出した。

 通りを歩くジャンは周囲を警戒しつつ、無線にも聞き耳を立てる。


『うん。どうした?』

『NSAって組織解るだろ?』

『あぁ。教育を受けた』

『そのNSAの中にレプリ狩り専門の機関が作られるらしい』

『……へぇ』


 やや鈍い反応を返したジャン。

 だが、ドッドの言いたいことは手に取るように解る。

 自分とドッドと組んで行っているテロリスト狩りの難しい部分だ。


『俺たちはドジ踏めねぇってか?』

『そう言うこったな』


 二人の声が沈む。

 その実とはつまり、テロリストのアジトを探し、事前にテロを防ぐ。

 つまり、防御的では無く攻撃的な動きに出ると言う事だ。


 だが、そこには暗い影がつきまとう。

 基本的人権という錦の御旗を楯に、絶対にそれを認めないと言う層が居るのだ。

 内心の自由や行動の自由は誰にでも認められた権利。神が与えた権利。


 そこを調査の対象に含めるのは人権の侵害だと主張するのだ。


『で、俺たちか?』

『あぁ。要するに……死人が多すぎるって話だ』

『死人ねぇ……』

『向こうも必死って事だな』


 お互い、相手が言いたい事はよく解る。

 シリウスの攻勢はとにかく手段を選ばない。

 それは、目的の為なら手段を選ばないと言うケースでは無い。


 人道的、道徳的に見て『それはいくらなんでも拙かろう』をやって来る。

 ベビーカーの下に強力なプラスチック爆薬を仕込んだケースがあった。

 子供の背負うザックの中に仕込んだケースもあった。

 妊婦状態になるまで胎内にエマルジョン爆薬を仕込んだケースすらあった。


『女と子供には……』

『手を出しにくいからな』

『だろ?』


 一人の兵士としてそれをやりたくないと言う意味では無い。

 万が一、それが偽情報で関係無い人を殺してしまった場合の対策だ。


 シリウスシンパが浸透した報道機関や関係各所は枚挙に暇が無い。

 彼らはその僅かなチャンスを使って、徹底的に抗議活動を行うのだ。

 それも、抗議では無く、事実の報道という形で。


『映像記録するにはカメラが必要だものな』

『街中でカメラなんか持ってたらすぐにばれるぜ』


 サイボーグが見たモノ聞いたモノは、全て自動的に記録できる。

 後になって裁判沙汰となった場合でも、証拠映像として突き出せる。


 それが偽造されたモノでは無いと証明せねばならないのだが……


『サイボーグが歓迎される現場ってのもなぁ』


 ジャンは溜息混じりにそう呟いた。

 望まぬ形で機械化される人間が出てくるかも知れない。

 或いは、名ばかりの志願制で募集されるのかも知れない。


 現場を支える者に犠牲が出始めるとき、必ずその声は出るのだろう。

 実際の話として、容疑者を射殺するかの瀬戸際で出る一瞬の迷いが命取りだ。

 その為に現場担当者ごと爆殺されたケースは多々あるのだ。


『そろそろ到着か?』


 まるで秒数を計っていたかのようにドッドが言った。

 見事なまでのタイミングで出た言葉は、ジャンの立つ場所とシンクロした。


『すげぇな。こりゃスゲェ』

『何がだ?』

『映像送ってやるよ』


 ジャンは自分の視野をドッドへと転送した。

 一般の公衆無線LANに乗っているが、高度なデジタル暗号処理中だ。


『……なるほどな』


 ジャンが見上げているのは、文字通りそびえ立つレベルの廃墟だ。

 雑居ビルと聞いていたが、それはビルなどでは無く巨大なプラントだった。


『これ、何の工場だ?』

『データに因れば宇宙船などの組み立て工場だそうだ』

『するってぇと何か? ボーイングとか?』

『多分そうだろうな』


 完全に寂れている外観とは裏腹に、その敷地には草一つ生えていない。

 定期的に人が入っているか、若しくは有害な成分により草が生えないか……


『毒かな?』

『俺たちには関係ねぇって』


 不安げなジャンの言葉にドッドが笑う。

 だが、その笑い声はスッと消えた。


『そっか……子供が』

『そう言う事だ。ルーシーに影響が出ると……困る』


 ジャンは全てのセンサーを総動員して様子を探った。

 工場の中にこれと言った動きは無いが、少なくとも気配はある。

 建物の各部にあるセンサーは生きている状態で、レーザーセンサーだらけだ。


 ――マジかよ……


 内心でぼやきつつも、腹をくくるしか無いとジャンは割り切った。

 そして、視野の中に普通では見えない波長のレーザーをオーバーレイさせる。

 行くしか無いのだから、気合いを入れて突入するだけだ。


『じゃぁ、突入する。サポートを頼む』

『オーケー。ただ、ちょっとチラつきそうだな』


 無線の回線状況が悪くなってきたが、後戻りは出来ない。

 ジャンは銃を抜いて工場へと突入を開始した。


『どっかにブースター入れとくべきだったな』

『もう遅いぜ。無線の出力を上げてくれ。こっちで取れねぇ』


 ジャンの視界にノイズが入り始めた。

 ドッドは手持ちのノイズクリーナーをフルパワーで走らせて視界を確保する。

 だが、電波の細さは如何ともし難く、時々は視界が途切れていた。


『取れてるか?』

『映像は無理だな』

『そりゃ拙いな』


 ジャンとドッドのコンビでは、映像の同時録画が肝なのだ。

 ドッドは使えそうな地域のアンテナを総動員して受信状況を改善する。

 ただ、地球における公衆無線LANの状況はかなり悪いのだ。


 もともとの回線はとにかく太いのだが、それに乗るユーザーの数も多い。

 基本的な頭数が違いすぎるので、必然的に帯域も細くなってしまう。


『工場のアンテナは使えないか?』

『いま同時進行でハッキング仕掛けてるが……』


 ドッドは米陸軍偵察局提供のハッキングツールを使って地域制圧を進めている。

 一般家庭の回線まで乗っ取って帯域確保に努めるも、正直どうしようも無い。


『……やめとくか?』


 ジャンは突入の中止を提案した。

 正直に言えば、複数から抵抗された場合には一人という状況が困る。


『いや、続けようぜ。NSAが期待してる』

『……あんまり期待されても困るけどな』

『けど、色々義理もあるぜ?』

『そうだけどよぉ……』


 珍しくジャンが尻込みしている。ドッドはそれをリスクと考えた。

 そして、突入の失敗を恐れた。正確に追跡していって取りこぼしは拙い。

 ここはひとつ、しっかりとやってもらわねばならない。


『そういや、さっきの話だが』

『……NSAのってか?』

『あぁ。レプリハント専門組織の件な。コールネームはブレードランナーらしい』


 ドッドの言葉に僅かな間を開けてジャンは返答した。


『ブレードランナー? なんだそりゃ。刃物もって走るのか?』

『そうじゃねぇ。20世紀に作られた映画のタイトルだよ』

『……映画ねぇ』


 ネット動画全盛時代がもたらしたモノは、映画産業の断片化だ。

 長編物語では無く、短編をつなぎ合わせてみる仕組みだった。

 ダウンロード前提の時代では、長編映像が好まれないのだ。


 故に、映画というモノは暇人のメディアに成り下がりつつあった。

 2時間も3時間も劇場に縛り付けられるのは、好まれないのだった。


『でな。そのブレードランナーって映画は、要するに奴隷となっているレプリカントがもっと寿命寄こせって地球に乗り込んでくるンだけどな……』


 ドッドがそれを説明したとき、無線の向こうでジャンが吹き出した。

 それは、この現状その物じゃ無いかと笑ったのだ。


 シリウスから送り込まれてくるのは、レプリを含めたテロリストだ。

 彼らは地球上の協力者から助力を得て、目的の施設を破壊するのが任務だ。


『じゃぁ、最初のブレードランナーは俺だな』

『そうだな。しっかりやろうぜ』


 ジャンが再びやる気になった……と、ドッドは胸をなで下ろしていた。

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