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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-FOUR:ジャンの献身04

~承前






「……で、惚れちまったってか?」


 ドッドは作り物然とした顔のまま、ジャンに鋭い直球を返した。

 一瞬だけ口ごもったジャンは、なんと言おうかと口をパクパクさせている。


 ロサンゼルスから960マイル北西へと進んだ先。

 ワシントン州シアトルにあるサイバーダイン社の研究室に二人は居た。


「いや……惚れた訳じゃねぇけど」

「ウソ付け。顔に書いてあるぜ」


 まだ表情筋を動かせないドッドの顔は、キャストオフしたままの状態だ。

 硬い表情のまま、口だけが動いて声を発していた。






 ――――――――2251年 8月 5日

           ワシントン州 シアトル郊外

           サイバーダイン社 中央本部 研究練






 サイバーダイン社はサイボーグ系産業最大手の巨大コングロリマットだ。

 レプリカント製造業最大手なタイレル社と互角の規模を誇る企業でもある。


 タイレル社は伝統的にバイオ系が強く、生物産業に強みを発揮している。

 その対抗馬と言うべきサイバーダイン社は、高精密装置産業から成長していた。


 だが、一口に精密装置と言っても、その中身は多岐に亘るもの。

 サイバーダイン社が最も得意にしているのは、サイボーグ系技術だった。


「……そうか?」

「あぁ。彼女が心配だってな」


 脳の再生がなったドッドは、その脳を新規開発した脳殻に納めていた。

 サイボーグ向けのモノでは無く、全く新しいアーキテクチャーのモノだ。


 脳に流れる微細な電流である脳波を直接拾い、直接増幅して処理する仕組み。

 それは、従来のブリッジチップによるサイボーグ制御とは一線を画すモノだ。

 ブリッジチップ方式は、サブコンのクロック以上の事が出来ない欠陥がある。


 だが、この方式は脳波を直接的に増幅し、その欠陥を克服していた。

 身体の各パーツそれぞれにサブコンがあり、直接指令を受けて処理するのだ。

 つまり、まだまだ実験段階なクロックアップによる高速処理が不要になる。


 そしてそれは、ブリッジチップとの相性から解放される事を意味していた。

 つまり、サイボーグ適応率という軛から解放されると言う事だ。


「心配は心配だけどな……それより――」


 腕を組んでドッドと話をするジャン。

 そのドッドはサイバーダイン社のラボの中で、組み上げ途中な状態だった。

 大型の精密作業向け定盤の上で各パーツが手作業により組み上げられている。


 熟練エンジニアによる丁寧な作業は、それなりに時間を要するモノだ。

 それ故に、ジャンはドッドの暇潰しに付き合っていた。


「――ドッドの件で借りがあるだろ?」


 ジャンは真面目な顔でドッドを見ながら言った。

 その借りの中身は、ドッド自身が一番よくわかっていた。


「……だよな」

「それに、こんな言い方は間違ってるかも知れねぇが――」


 ジャンはやや表情を曇らせつつ、何処でも無い床の辺りを見ながら言った。

 言いにくそうにしているのは、それ自体が微妙な意味を含んでいるからだ。


「――彼女との関係を上手く作っておけば、将来役に立つと思うんだ」

「将来?」

「あぁ。なんせほら。彼女達は……最強のライバルでもあるだろ?」


 シリウス軍と言う表現を回避しつつ、ジャンは精一杯に言いにくいことを言う。

 ドッドもドッドで、そんなジャンの本音を正確に読み取っていた。


「……そうだな」

「恩を売るって言うつもりは無い。むしろ――」


 椅子に座ったままだったジャンは、スッと立ち上がって室内を一周した。

 3名の組み上げエンジニアと9名のアシスタント。

 そして、チーフマネージャーがジャンに目をやること無く作業を続けていた。


「――恩は返すもんだろ? 彼女はそれだけの働きをしたんだ」

「それについての異論はない。ジャンがそれをやるなら、俺もそれに加わる」

「あぁ。それが良いな」


 ドッドの表情がフワリと動き、その頬が大きく動いて笑顔を作った。

 顔面を制御する部品が組みあがった。従来のサイボーグならそう言う解釈だ。


 だが、このシステムは違うのだ。

 顔面を制御するチップへの電源が開通したということだ。


「いきなり笑ったな」

「悪くねぇな」


 大の大人がふたりして顔を見合わせ、クククと鈍い笑いをこぼす。

 想像以上に精密で複雑なシステムだが、その反応性は実に素晴らしい。


「あとどれ位で組み上がりますか?」


 ドッドは作業ベッドの上でそう訊ねた。

 頭蓋部分を連結する頚椎トラスは完全にマウントを終了している。

 今はそこから下、胸骨部分にあたるフレームを組み上げていた。


 ――――そうですね……

 ――――推定で8時間くらいです


 組み上げつつあるエンジニアの隣。

 作業責任者となるリーダー役の男は真顔でそう言った。


「そうですか」


 穏やかな声でドッドはそう言った。

 生身ならば脊椎に当るメインピラーには、夥しい数のケーブルが通っている。


 まだ外部から給電されて居る状態だが、やがては内部電源で完結する筈。

 サイボーグ時代の身体に比べ、ドッドは二回り以上細身に仕上げられていた。


「しかし…… スゲー構造だ」

「だろ? 俺もワクワクするよ」


 その身体の中身は、従来型のサイボーグとは一線を画すつくり込みだ。

 そもそもが作業向けアンドロイドなどとの共通な、ワンピース構造のボディ。

 つまり、サイボーグの様に『骨格』と『中身』と言う区分けが無い。


 胸骨部分のパーツはそれ自体が外装を兼ねている。

 最重要パーツを護るバイタルプレートの役割だ。


 そして、その外側には二次装甲、三次装甲となる各種パーツが重ねられた。

 サイボーグとは違い、アンドロイドは発熱量が一桁違う燃料電池駆動だ。

 ヒートパイプが張り巡らされ、発生する熱は最大限回収されて再利用される。


 熱効率という観点から見れば、サイボーグは本質的にアンドロイドに劣るのだ。

 深部余熱は外部装甲を焼くこと無く、穏やかな放熱に置き換えられていた。


「これだと……食事の必要が無いんだな」

「そうらしいな。固形カロリーを熱転換で溶解しながら脳殻が消費するらしい」

「ただ、なんか……味気ねぇな」

「それはまぁ、これから考えるよ。それに――」


 表情の動くようになったドッドは、ニヤリと笑って言った。

 それは、何とも皮肉っぽい悪意の混じった笑みだった。


「――俺はもう公的には死んだ存在だからだ」

「……そうだった」


 そもそも、負傷したドッドには死亡宣告が出されてしまっていた。

 死亡除隊となった以上、見つかりましたんで再登録とは行かないのだ。


 背乗りなどの戸籍ロンダリングによる、工作員送り込みの常套手段。

 テロを行う工作員が入り込まぬよう、厳密な処置が執られるのだ。


「しかし、厳しいよな」

「でも仕方がねぇ」

「生きてたらダメって、普通はこんな事考え無いぜ」


 ジャンは溜息を混ぜつつ本音をこぼした。

 シリウス製レプリが地球に入り込まぬよう、非情な取り決めが策定された。

 つまり、生きたまま再発見され、なお軍に戻りたい者には死んでもらう。


 戸籍を抹消し、肉体を失い、本部からの自爆指令で自動自爆する存在。

 サイボーグ化などによる、純粋な戦闘マシーンへの変貌だった。


 瀕死の重傷から再起する場合は、再生カプセルによる肉体の再構築が基本だ。

 その途中で意思疎通が可能な場合に、サイボーグ化が選択肢に登場する。

 本人がサイボーグに志願するか、予想適応率などから本部が勧誘する形だ。


 そして、ドッドの場合はそのサイボーグ化の後の大破擱座からの再起だ。

 この場合、軍本部が恐れたのは、脳本体が何者かにより入れ替えられる事。

 ドッドの後に続くケースとして想定されたのは、シリウス軍による工作だ。


 サイボーグを大破擱座させ、その間に脳を入れ替えて工作員を送り込むのだ。

 本人は大破の影響を受け、記憶が断片的だとか或いは喪ったと言えば良い。

 そして、シリウス軍に復讐したいから軍に復帰したいと願いを出す。


 結果、地球連邦軍はその内側に工作員を抱え込む事になる。

 しかもその工作員は、地球製の高性能なサイボーグと言う事だ。


「まぁ、俺が前例になって厳しい処置の改善に繋げるさ」


 ドッドは強気の表情でジャンにそう言った。

 ただ、それ自体がドッドの強がりなんだとジャンは解っていた。


「……実績積み上げようぜ。いつか胸を張って言えるようによ」

「あぁ。そうしたいよ。俺が歴史を作るさ。それより……」


 ドッドは急に下世話な笑みになってジャンを見た。

 何を言い出すのか検討が付いたジャンも、笑っていた


「そろそろ行った方が良いんじゃ無いか?」

「……そうだな」

「ハンガーアウトしたら俺もロスへ行くよ。連絡先を教えといてくれ」

「わかった」


 やっと右腕の基礎マウントが出来当たったドッドの右目が光った。

 一瞬理解出来なかったが、その光を見た瞬間にジャンの視界が切り替わった。

 焦点のやや横辺りにテキストボックスが浮かび上がっていた。


【取れるか?】


 テキストで表示された情報は、ドッドの言葉だった。


【なんだこれ?】

【あれ? 聞いてないか? 赤外通信だよ】

【赤外だって? いつの間に?】

【最初から付いてたらしい。ただ、現状ではまだ通信速度が遅いので――】


 視野の中のテキストがスクロールして行き、長いセンテンスが繋がっていく。

 焦点をずらす事無く文字を読むという作業は、割と集中力を要求されていた。


【――音声変換が出来ないらしい】

【へぇ 知らなかったよ】


 無言でニヤリと笑ったジャン。

 ドッドの作業主任は少し気持ち悪そうな顔でジャンを見ていた。


 大の男が無言で笑みを交わしている。

 正直、それはあまり良い光景では無かった。


【彼女によろしく伝えてくれ】

【あぁ。そうしよう】

【いっそ結婚したらどうだ?】

【はぁ?】


 スッと表情が締まったジャン。

 ドッドは遠慮無く笑っていた。


「まぁ、将来的に検討すれば良い」

「……あぁ、そうだな」


 いきなり音声モードに戻った会話だが、それはドッドなりの気遣いだった。

 右手を挙げてラボを出て行くジャンだが、ドッドの言葉が胸に蘇った。


 ――――彼女によろしく伝えてくれ

 ――――いっそ結婚したらどうだ?


 そんなモノは俺には似合わない。

 なんとなくそんな事を思ったジャンだが、胸の内のどこかに引っかかった。

 まだ上手く形にはなっていないが、目指すべき未来がなんとなく見えていた。

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