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黒い炎  作者: 陸奥守
第二章 後退の始まり
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サザンクロス市街戦 中編

 ――――サザンクロス中心部

      5月29日 午後





 サザンクロスの入り口でロボを撃退してから早くも2週間少々が過ぎた。

 あれだけ猛威をふるったシリウスの戦闘兵器だったのだが、やはり完全撃退した戦果は大きいようで、それ以後、サザンクロスの街で行われる戦闘ではレプリカントの兵士による白兵戦が主だった。

 こうなると、一つ一つを指示しなければ戦えないレプリカントは不利になる。小隊や中隊規模に複数のシリウス人を付け、消耗品としてレプリカントを配置するケースが多い。ただ、その小隊なり中隊なりを指揮する人間が戦死した場合、レプリの兵士は一瞬で虚脱状態になり、その後、後先を考えずに連邦側陣地へ突っ込んでくるケースが多かった。


「今日はレプリ爆弾来ないよな?」

「来たらまたヘッドショットかますだけだぜ」

「だな」


 冗談めかした口調で話し込むヴァルターとジョニー。半分崩れたデパートの中で携帯食料を広げ、ささやかなランチタイムを楽しんでいた。


「しかしよぉ、シリウスの奴らも昼飯時って言うと攻撃してこねぇよな」

「全くだ。連中も飯の時間は大事なんだろ」

「だけどなんか変じゃね? 妙な戦争だぜ」

「いいじゃねぇか 飯がのんびり喰えンのはありがてぇってもんだ」

「だよな」


 501中隊の面々が三々五々と陣取ったイートゾーンには、埃を被ったテーブルが並んでいた。椅子はどこかへ片付けられたらしく、適当なモノを椅子代わりにして腰を下ろし飯の時間にしているのだった。


「しかしよぉ……」


 ちょっと不安そうなヴァルターの声が漂う。

 ジョニーは自己発熱機能付きのパウチを暖め、チキンコンソメスープを飲んでいた。遙か遠く、地球から運ばれてきたこの食料は、シリウス製の食品と比べ大幅に味が良いのだった。


「なんだよ、最後まで言えって」

「……どうなっちまうんだろうな。サザンクロスは」

「そんな事俺に聞かれたって」


 何とも微妙な言葉で不安を打ち消しに掛かったジョニー。

 ニューアメリカ州の州都であるサザンクロスの街は、中央を流れるグローリー川を挟んで北部のアッパータウンと南側のダウンタウンにわかれている構造だった。


 ただ、そもそもが貧しいシリウスの場合は一口に上流階級向け(アッパータウン)と言ってもそれほど高級住宅街と言う事は無い。ダウンタウンに比べれば街がよく整備され、また商店街なども高級で上品と言うだけだ。


「やっぱサザンクロスはスゲ―よな」


 サクサクと飯を食い終わったジョニーは店内をグルリと見回した。灯りが消えて寂しい限りとは言え、半分崩れかけた大型総合デパートの中は様々なモノであふれかえっていた。

 イートゾーンからガラスの壁を隔てた反対側の辺りには、紳士服売り場が大きく広がっている。そこには品の良いジャケットが埃を被った状態で並んでいて、それを見ているジョニーは複雑な表情だった。


「あんな服を着て歩くシリウスの男も居たんだよな」

「ビジネスマンとかだろ? 商売をしている連中だよ」

「だな」


 こんな仕立ての良いジャケットを着て、颯爽とビジネスに出向く者達もシリウスには居たのだ。来る日も来る日も牛の世話をし、育った肉牛を出荷し、乳牛の乳を搾り、牛糞を発電用のバイオマスエネルギーに転換するべく片付けた日々。身体中を牛臭くしながら過ごした毎日は、どこかもう前世の記憶のような状態になって居た。


「俺はそんなシーンを見た事が無いし、生活もした事が無い」


 ボソリと呟いたジョニーは、ガックリと肩を落としていた。カウボーイが安い仕事だと言うつもりは無い。生き物を育てて人の命を繋ぐべく食べ物を供給するのは崇高な仕事だとジョニーの父親はよく言っていた。

 だが、ジョニーが暮らしてきたグレータウンの街と比べ、ここサザンクロスは、余りに住んでいる世界が違いすぎるのだ。オシャレなシティボーイとモダンガールが街を闊歩し、小洒落たカフェで優雅な午後を過ごし、夜は品の良いレストランで食事する。

 そんな先進的で文化的で余裕のある日々をジョニーは知らない。来る日も来る日も牛の世話をし続けて、牛の糞の臭いにイライラしながらの毎日だった。


「戦争が終わったらビジネスマンやれよ。背広着て歩けるぜ」

「……そんな生活知らねぇからなぁ」


 食事を終えたジョニーもコーヒーを飲み始めた。まだまだ時間を掛けて食べている501中隊の下士官を横目に見ながら、ジョニーは窓の外遠くを見ていた。


「さて、午後はどうなんだろうな」

「さぁな。今日も嫌と言うほど白い血を見そうだ」

「まったくだな」

「夜まで退屈しないぜ」

「退屈させてくれって気もするけどな」

「ちげえねぇ!」


 ジョニーとヴァルターのふたりは屈託無く話しをしながら、デパートの中を横切って窓辺へと陣取り、割れたガラスの隙間から下を見た。サザンクロスの北側エリアでシリウス軍と対峙している連邦軍は、いつの間にか歩兵8万少々が残存兵力の全てになってしまっていた。

 そんなサザンクロスへと押し寄せてくるシリウス軍は、総勢で20万を超えるレプリカントの大軍団だ。犠牲を顧みずとにかく力で押し込んでくる戦闘は恐ろしいの一言で、とにかく撃っても撃っても敵が尽きない状態だった。


「レプリカントって恐怖が無いんだな」

「あぁ、見てるとそんな感じだ」


 連日の戦闘で色々と経験したふたりだが、本当に怖い思いをしなければ場数を踏んだとは言えないとエディは漏らしていた。つまり、このふたりを死なない程度に危ない目に遭わせたい。そんな思惑をアレックスとマイクは感じている。ただ……


「まぁだけど、なんとかなんだろ」

「だな。エディ少佐と居ると生き残る気がするんだ」

「俺もそう思う」

「実はさ、グレータウンで殺され掛けて、少佐に助けてもらったんだよ」

「へぇー そいつはスゲ―な」

「だろ?」


 当の本人達はエディ達の思惑を露とも思っていないらしい。

 それもそのはず。土壇場の危険を何度もかい潜って生き残っている者の多い501中隊では、エディ少佐と一緒に居る限りは死なないというのが共通認識だ。

 先のブーステッドの生き残りであるアンディー中尉達などは、単に『運が悪かった』とされてしまっている位だ。中隊長の持つ運の強さは常識では計れない。火と鉄の試練を潜り抜けた者達は、ここに居る限り安全だと盲目的に思っていた。


「おぃ! 小僧コンビ!」

「はい!」


 やっと食事を終えたマイクに呼ばれ一度窓から離れたふたりは、デパートの中を走って行ってマイク達士官の前に出頭する。


「このデパートに宝探しが来るらしいから、間違って撃つなよ!」

「サー! イエッサー!」


 敬礼をおくってからもう一度窓の下を見たふたりは、小汚い格好でデパートへと入っていく貧民街の住人を見ていた。埃まみれになって歩く彼らは着の身着のままの姿で他には何も持ってない状態だ。

 デパートの中にある保存食を漁り、まだ食べられそうな物を集めて帰っていく。彼らは何処で寝泊りしているかをジョニーもヴァルターも知らないし、もうそんな事に興味すらも持たなくなっている。

 連日の極限的な戦闘で段々と感情が麻痺し始め、人の死に対してすら何の感慨も沸かなくなり始めた。人間の死ではなく精神の死を迎えた状態でいるふたりだが、それでも貧民外に暮らす者たちの中に女を見れば感情がまだ滾るようだ。


「おぃ! 女だぜ!」

「ほんとだ!」


 一瞬ジョニーの顔を見たヴァルター。

 何かを言おうとしたその顔をジョニーが小突いた。


「バカな事するよなよそうぜ。エディ少佐に撃ち殺される」

「……だな」


 デパートの中に妙な音が響き渡り、あちこちで歓声が上がる。保存食であるパウチ物やミネラルウォーターや。それだけでなくドライフードとフリーズドライの食品を見つけたのだろう。乾麺類などはお湯戻しすればすぐに食べられカロリーもある。逃げる事も出来ず貧民外で暮らすものにしてみれば、それだけでありがたいのだろうが……


「なんかさぁ」


 ボソリとヴァルターが切り出した。


「あの人達ってどっちからも疎まれてねぇか?」

「どっちからもって?」

「シリウスからも地球からも捨てられてる気がするだ」


 ヴァルターは遠い目をしながらそんな事を言い出した。


「シリウスだって地球だって、面倒な貧乏人の面倒は見たくないって訳だろ」

「……あぁ。そうかも知れない」

「じゃぁ、あの人達って誰が面倒見るんだ?」


 そんな事を言い出したヴァルター。ジョニーは二の句を付けなかった。

 だが、そんなところにエディは顔を出した。窓の下を眺めながら、小さく溜息をついた。文字通り、着の身着のままで逃げている人々だ。明日無き命で今を生きるしか無い人々だった。


「連邦側に付いたのは失敗かな」

「失敗かどうかは死ぬときに考えるさ。ただ……」


 ジョニーは窓の下を見ながらつぶやいた。不安に駆られ弱気の虫が顔を出す。圧倒的な兵力で圧してくるシリウス軍は、じりじりと包囲網を狭めつつあった。昨日までは連邦軍の勢力圏にあった区画や通りが今日にはシリウス軍の手に落ちている。文字通りに通り一本、区画一つを取り合う激しい戦闘だ。

 重厚な火線を敷いて待ち構える連邦軍だが、弾薬や食料や医薬品と言った消耗品が底を突きつつある。そして補給はなかなか来ない。遠く地球からの輸送船団は宇宙をすすんでいるのだろうが、ここニューホライズンには到着していないのだ。


「シリウスが正しいってのは無いと思うな。だって、シリウスが正しいなら、あんな貧民が暮らす貧民街なんか無かったはずだよ」


 ジョニーはそれがただのきれい事だと分かっていて、それでもその言葉を吐いた。それは、遠い日に父が言った言葉だった。絶対の正義など無いが、弱者を救う手は有るはずだ……と。だが。


「そうだな。その通りだ」


 いきなりエディの声が響いたので、ジョニーもヴァルターも驚いて背筋を伸ばしていた。そんな中、エディは若者たちの率直な言葉を満足そうに繰り返して、そして手近な瓦礫に腰を下ろした。


「今のシリウス上層部は、結局のところ誰かの涙とか悔しさの上に居座ってるだけなのさ。金持ちが貧乏人を虐げる図式は地球もシリウスも変わらない」


 淡々としたエディの言葉には静かな怒りがあった。その怒りにヴァルターとジョニーのふたりはエディが経験した筈の言葉ならない悔しさを垣間見た。

 この士官はどんな経験をしたのだろう? ふとそんな事を思ったジョニーは、あのグレータウンの中で聞いた『救いの御子』という言葉を思い出していた。


「地球が悪い、地球が悪いって散々言ってきたシリウスの上層部だが、その彼らは何であんなに贅沢してるんだ? シリウス市民から集めた税金や寄付金を使って。彼らだって市民が苦しんでるのを知ってるんだから、自分たちが使う金を市民に回せば良いはずなのに、それは全く行わずに居るんだ。しかも、まだ足りないからもっと寄こせと言い始める。金が足りないのは地球が悪いっておかしいだろ?」


 気がつけばエディの言葉にジョニーやヴァルターが圧されていた。静かな怒りと虐げられる悲しみをジョニーはよく知っていた。ジョニーの父がかつて戦った敵の正体。つまりそれこそがシリウスとニューホライズンを蝕む敵の正体だ。


「小僧! 宝探しはまだそこにいるか?」


 ドッドの声がデパートの中に響いた。

 ジョニーとヴァルターはデパートの中を確かめてから報告を返した。


「見える範囲には居ません。建物内にも居ません」

「そうか、了解した。シリウス側が軍使を立ててきた。罠かもしれないから迂闊に首を出すなよ」

「イエッサー!」


 ジョニーとヴァルターの目がエディを見ている。軍使という言葉に怪訝な顔をしながら……だ。


「さて、何の用事があるのかね? 興味深いじゃないか」


 ニヤリと笑ったエディが歩み去っていき、ジョニーはヴァルターと共にドッドが居た兵員の集合場所へと集まった。銃を持ったまま遠巻きに眺めている下士官や兵員が眺める中、シリウスの軍使と名乗った壮年の男はロイエンタール伯と握手をしているところだった。


「シリウス人民軍サザンクロス方面派遣軍団元帥のザリーチャ・グロズノフだ。連邦軍切っての猛将と名高いロイエンタール元帥とお会いできるとは実に光栄だね」

「なにを仰るか。グロズノフ元帥といえば連邦軍に知らぬ者は居ない名将ですな。こちらこそお会いできて身に余る光栄だ」


 にこやかな笑顔で会話する老人ふたりだが、その目には全くと言って良いほど隙が無かった。双方がジッと相手の目を見つめていて、その腹を探り合う緊迫した空気だった。ロイエンタール将軍の周辺には士官が勢ぞろいしていて、ジッとふたりの会話を確かめている。


「何の話してるんだろうな?」


 ボソッと呟いたジョニー。ヴァルターは僅かに首を振って『わからない』の意思表示をしていた。耳は良いはずの若いふたりだが、会話の内容までは全く聞き取れない。遠すぎると思っていたジョニーの耳元へグーフィーが囁いた。


「降伏しろって言いに来たんだよ。賭けても良い」

「降伏?」

「そうさ。向こうだって余裕があるわけじゃねぇし、こっちの補給船がそろそろ到着してるってのも知ってる筈だ。だから向こうも焦ってる。多少有利な条件を示して『ここで降伏しないと損だ』ぐらいの事を吹っかけてるさ」


 グーフィーの言葉を聞いたジョニーが振り返った。ヴァルターも驚きの表情を浮かべていた。そんなふたりの耳元で、今度はドッドが囁く。


「よくあるケースは『同志として迎え入れる』とか『名誉ある降伏ではない。客人としてもてなす事を約束する』とかだ。そして、大体最初は良い待遇だ。まぁ、いいとこ3ヶ月はな」


 ドッドの言葉に続きウォレスが喋りだす。


「だけど三ヶ月を過ぎると『()()()()()()()()()()()()()()』って言い出す。そして、裏切り者なんか居ないと言い返すと、今度はそれを証明しろって言われる。そして、いちばんの激戦地の最前線へと送り出され、シリウスのために戦ってみろって始まるのさ。多少戦闘をして帰ってくると『()()()()』と罵られ、敵を撃ち漏らすと『()()()()()()()()()()()()()()?』と疑われる。最後の一兵まで戦って全滅したら『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』って言われるのさ」


 唖然としながらその話を聞いていた小僧ふたりは顔から血の気が引いた。戦っていれば磨り潰され死に、降伏すれば敵に利用され今まで味方だった者から裏切り者呼ばわれされ死に、そして、降伏後に戦闘を拒否すれば、敵前逃亡で銃殺されて死ぬ事になる。

 つまり、どう転んでも降伏する事に旨みなど無いし、思うようにはならないということだ。ならば降伏などしないほうが良いのは明らかで、戦闘続行を決意するに足りるだけの判断条件となる。


「つまり降伏するなら戦って死ねって事ですね」


 ジョニーの言葉が震えた。

 その言葉にロージーが笑った。


「戦闘中に両手を挙げて降伏したら、大体その場で射殺される。だから、出来るもんなら苦しまずに死ねるように神様に祈っとけ」

「神様ってどこに居るんですか?」

「どっかに居るさ。ただ、俺が知ってる限り戦場にはいそうにねぇけどな」


 ヘラヘラと笑ったロージーも元帥ふたりの会話に聞き耳を立てていた。老人ふたりは終始にこやかな調子で身振り手振りを交え言葉を交わしている。だが、ややあってシリウス側の老人は激こうしたように拳を振り上げた。


「我々にも騎士道の精神はある! 嘘などつかん!」

「あなたの嘘は無いでしょう。()()()()()。ですが、後方の皆様方や参謀の皆様はどうでしょうかね? 過去に見られたケースでは、最終的に待ち受けるのは死だけですからなぁ」


 チクチクと遠まわしに嫌味を言い合っているようで、そんな会話を聞いている士官たちが薄笑いを浮かべていた。やがてシリウスの将軍は数歩下がり、サーベルを抜いて騎士の礼を贈り、背を向けて帰っていった。

 その背を見送りながら、連邦軍の士官たちが空に向かって銃を撃っている。礼砲を撃って送り返したのだが、それは戦意を示すものでもあった。


「交渉は決裂だな。明日からじゃなくここから酷い事になるぞ。覚悟しておけよ」


 ニヤッと笑ったドッドは小僧ふたりの頭をグリグリと押さえつけた。

 そんな『愛情表現』を感じながら、ジョニーとヴァルターは薄笑いで談笑している士官たちを見ていた。自らの死が確定した筈ともいえるのだが、徹底抗戦の意思を再確認し安心したといわんばかりの姿だった。

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