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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
256/425

ROAD-THREE:キャサリンの試練05

~承前






 キャサリンがタイレルのラボに来て1週間が経過した21日。

 サンフランシスコでは、クリスマスに向けた支度が着々と進んでいる。

 街には巨大なクリスマスツリーが飾られ、華やいだ空気になっていた。


「やぁ。調子はどうだい?」


 ノックと共に病室に入ってきたリャンは、気安い調子で話し掛けた。

 『快調です』と言葉を返したキャサリンは、ベッドサイドの椅子を勧めた。


 事前に製作が開始されていた新しいレプリボディは、驚くほど快調だ。

 根本的な部分での技術力が全く違うのだと痛感する快適さ。

 シリウス製のレプリボディは、脳移植後に様々な抑制薬を必要とするのだ。


 それは、拒絶反応などを力尽くで押さえ込む為の行為。

 脳と身体のフィッティングを半ば強制的に行い、双方に折り合いを求めるのだ。


 だが、地球製のこの身体は、まるでスポッと嵌るかのように違和感が無い。

 はじめから自分の身体だったかのように、それこそ、何から何まで快適なのだ。

 寝起きに感じる胸焼けや、目のかすみまで自然だった。


 ――――技術とは挑戦と失敗の記憶の事を言うのだよ


 リャンはそんな言葉で説明した。

 挑み、失敗し、改善策を考え、それをまた試し、成功するまで続ける。

 新しい技術の開発と言うモノは、そのトライアンドエラーの蓄積だった。


 ――凄いな……


 ただただ、その圧倒的な技術力の差に驚いていたキャサリン。

 だが、それと同時に驚いているものがあった。


 クリスマスを前にした華やぎの中に、鋭く尖った空気が混じっているのだ。

 その正体を探ろうと、キャサリンは様々なメディアをチェックしていた。

 一言でいえば戦争中と言う所なのだろうが、どうもそれだけでは無い。


 地上波に流れる映像系メディアでは、盛んに燃えさかる街の映像が出た。

 それは、この地球にある連邦国家に非加盟な巨大国家だという。


「……これはどういう事なんですか?」


 とうとう我慢ならず、キャサリンはリャンに訊ねた。知らぬ事は恥では無い。

 ただ、知らぬ事を知ろうとしない事はダメだ。

 先ずは識者に教えを請う。全ての進歩はそこから始まる。


「まぁ、掻い摘んで言うとね、シリウスから戻ってきたシリウスシンパの派遣船が連邦軍の軍艦と砲撃戦をしたんだよ」

「……シリウスシンパ? 砲撃戦?」

「あぁ。シリウス領域で何か面倒があったようだね」


 含み笑いなリャンの表情が何とも厭らしい。

 それを見ていたキャサリンは、自らが知る限りの情報を思い出した。

 そして、小さく『あぁ…… そうか……』と呟いた。


 フィット・ノアが命じた出撃と、そして、自分自身との対話。

 シーアンとか言う船に乗っていたシリウス軍内部に浸透している地球人。

 そして、シリウス軍と対峙する連邦軍関係者の裏切り者。


 出撃して言った先で遭遇したのは、新たに編成された戦闘集団だ。

 そのどれもがとんでもない腕効きで、ワルキューレのサポートチームらしい。


 出撃直後に自分自身が帰ってきた彼女は、フィットが眠ったことを知った。

 ただ、戦闘終了直前にフッと意識が遠くなり、気が付いた時には蒼宮殿にいた。

 その間に何があったのかは全く覚えていないし、関知しない主義だ。


 自分の身体が自分の意識から離れている間は、完全にフィットの持ち物。

 キャサリン自身がそれを良しとしているし、どこか誇りにもしていた。


「砲撃戦ですか……」

「そう。地球の近軌道で砲撃戦をやったんだ」

「……え?」

「まぁ、なんだ。双方共に、口封じが必要だったと言う事だな」


 軽い調子のリャンだが、その目は何処とは無しに見るでもなく宙を泳いだ。

 それは、どうにも処しきれない忸怩たる内心が漏れ出た証左だった。


「で、あの」

「……何を聞きたい?」

「……………………」


 リャンの言葉に口ごもったキャサリンは、どう聞けば良いのかを迷っていた。

 その姿にキャサリンの内心を察したリャンは、手順を追って説明を始めた。


「シリウスからやって来た地球派遣団は独立闘争委員会の走狗ばかりだ。それに同行したのは連邦軍のシリウス派遣艦隊で帰還組みばかり。シリウス周回軌道上での大喧嘩をこっちに持ち込んでの戦闘だったが、結果として連邦軍サイドが勝ち、負けたシリウス艦隊の多くの艦船が完全にコントロールを失って地球へと落下した」


 リャンは事も無げに言ったが、キャサリンは唖然とした表情のままだった。

 シリウス製のレプリボディは、ややもすれば表情が硬いと言われる事がある。

 だが、地球製のレプリボディは、完全な人間と同じように自在に動かせた。


 ただ、この時ばかりはキャサリンの表情が凍り付いていた。

 リャンの吐き出した言葉は、余りにショッキングなモノだった。


「宇宙船が地上に落下したのですか?」

「あぁ。その通りだ。本当に酷い事になった」


 事も無げにそう言ったリャン。

 キャサリンはニューホライズンで経験している。

 大気圏外から落ちてくる物体の持つエネルギーや、その破壊力に付いてだ。


「では、相当な犠牲者が……」

「そうだね。聞いた話だけど、軽く2億が死傷してる」

「はい?」


 涼しい表情で『2億だよ』と答えたリャン。

 そして『地球の総人口は150億だから』と付け加えた。


 シリウス側の総人口は50億に満たない数でしかない。

 しかもそれは拓殖活動に使われるレプリまで入れての数だ。

 根本的な部分での馬力が違う事をキャサリンは知った。


 そしてそもそも、シリウス人は地球からの棄民でしかない。

 低階層出身ばかりの社会は、学問的な部分での厚みが全く違う。

 そして、科学力の違いとなり、国力の違いとなり、絶望的な実力差に繋がる。


「まぁ仕方がない。ただね、悪い面ばかりでもない。実力的に劣っている事を痛感すれば、向上心がそこから芽生えてくる。それで腐る奴は、消耗品として最前線にどんどん送り出せば良い。奇麗事を許さない社会ってのは、大きく前進する契機にもなるって事だよ」


 何とも恐ろしい事をサラッと言ったリャンは、キャサリンをチラリと見た。

 そして、チョイチョイと窓の外を指差した。


「地球の歴史は闘争と淘汰の歴史だ。どんなに奇麗事を並べたって。友愛だの博愛だのと言った甘っちょろい精神は、散々とやった闘争の末に勝った側が見せる余裕の現れに過ぎないって事さ」


 リャンは徹底して現実主義に立っている。

 理想論や奇麗事や、自己弁護的な言い訳など並べない。


 良く言えばプリンシプルのしっかりしている人間。

 だが、その逆を言えば自分が生き残る事最優先なタイプともいえる。


「ですが…… なぜ砲撃戦を……」

「まぁ幾つか理由はあるが――」


 リャンは簡潔に流れの再確認を行なった。

 そもそも地球に来る筈だったシリウス船が行方不明になった経緯だ。

 同行していたはずの連邦軍艦艇が撮影した映像にはシェルが見えた。


「――つまり、連邦軍の振る舞いには疑うべき点が多すぎると言う事だ。要するに詰めが甘い。こう言う部分でビギンズはもっと学ばなきゃいかん」


 映像を撮影した連邦軍艦艇は、その後にも様々な工作をしている。

 証拠こそないが、シリウス側だってそれ位はするだろうと認識していた。

 つまり、シリウスから来たシリウス軍艦艇は、罠にはめられたのだ。


 シリウスでワイプアウトした後、シリウス何が起きたのかを知る術は無い。

 光より早く地球へ到達したのだから、その時点での手持ち情報で判断する。

 そして、見事に騙され、激しい砲撃戦を演じて撃ち負けていた……


「でも、コレって罠じゃ――『罠だよ? もちろんその通りさ』


 あっさりとそう認めたリャンは、セラセラと笑いながら手を振った。

 そして、キャサリンをジッと見つつ言った。


「君が思うほど、ヘカトンケイルと言う集団は聖人君子の集まりではない」


 ――えっ?


 キャサリンは再び唖然としていた。

 リャンの口から漏れたのは、公然と吐き出されたヘカトンケイル批判だ。


「そもそもね、ヘカトンケイルと言う集団は地球内部で選抜されたシリウス管理委員会のための工作集団だ。彼らはシリウスを開拓し、入植を斡旋し、来るべきシリウス独立へ向けた政治工作を専門とする集団なんだ。そして――」


 リャンはスイッとキャサリンを指差した。

 その指の先にいる彼女は、豊かに膨らんだ胸元を上下させ呼吸していた。

 ゲル状の身体は必要が無かった行為だ。


「――君も…… 君の身体ですらも道具として使う事を求められているんだろ? まだ解らないのかい? あの連中にしてみれば、全てのシリウス人はただの道具でしかないし、或いはそれ以下かも知れないね」


 ハッハッハと笑いつつ、リャンは恐ろしい言葉を平然と吐いていた。

 途端に表情を曇らせたキャサリンは、鋭い表情でリャンを睨みつける。

 だが、リャンは平然とした表情で言いはなった。


「生理的に好き嫌いがあるのは仕方がない。ただ、好き嫌いとは別の次元で、実質や実態だ、それこそ、その本性をキチンと把握しておく必要があるって事さ」

「ですが――


 反論し掛けたキャサリンを制し、リャンは静かな声で言った。

 それは、幾多の経験を積み重ねてきた者だけが持つ、虚無感そのものだ。


「どんな人間にだって暗部がある。そこまで含めて人間だ。ヘカトンケイルは神でも救世主でも何でも無い。特定の目的と信念と、そして、彼らの夢を実現する為に行動しているに過ぎないって事さ」


 釈然としない表情のキャサリンは、リャンから目を背け窓の外を見た。

 全てのシリウス人にとって、ヘカトンケイルと言う存在は特別だ。

 人民を導き、護り、見守る存在。

 支配者ではなく、共存し、寄り添ってくれる存在の筈。


「……そういえば、リャンさんはヘカトンケイルに送り込まれたって」

「そうだよ。自分も彼らの駒の一つに過ぎない。彼らが目指す最終目標は――


 リャンを見ていたキャサリンに対し、リャンはいかにも腹黒そうに笑った。


「――私にとっても最終目標たりうるものだ」

「……え?」


 驚くキャサリンは、少々抜けた表情でリャンを見た。

 それは、驚くと言うよりも呆れたと言う方が正確な事態だった。


「その最終目標とは、いったい何ですか?」

「簡単さ。シリウスの完全なる独立。そして、地球との連携」

「……なぜ?」


 そう。多くのシリウス人にとっては『なぜ?』なのだ。

 独立を勝ち取って、それでなぜ連携せねばならないのか。

 その理由がいまいち理解出来ない。


「そうだな。それはきっと、これから君自身が経験することだろう。だが、その大前提となる事を一つ知っておくと良い。このまま行けば、シリウスは間違いなく滅ぼされるだろう。地球ではない、もう一つの勢力にね」


 もう一つの勢力とリャンは言った。

 だが、それが何を意味するのかキャサリンには理解出来ない。


 シリウス人の大半が知らない事があるのは知っている。

 公開するよりも伏せられたままの方が都合が良いと言う案件だ。


「……ヘカトンケイルのメンバーは、その事態を把握しているのですか?」

「もちろんだとも。だから彼らは恨まれ役を買って出てまで動いているのさ」

「恨まれ役?」

「そうさ。独立闘争委員会は、そんな案件など関係なく自分たちの権利拡大と支配欲を満たす為だけに動いている。ヘカトンケイルはそれを逆手に取り、シリウス軍を組織し、装備を洗練させ、来るべき破局に備えている」


 キャサリンは表情を失ってリャンを見た。

 その口から出た言葉は『破局』だ。


「もう一つ教えてください。破局とは何を意味するのですか?」


 キャサリンの表情に厳しさが混じった。

 鋭い視線をリャンに投げかけ、緊迫の表情で迫っていた。


「……残念だがそれを言う事は出来ない。それはシリウスの支配階層にとってすれば、最大級の禁忌案件だ。だがね、ヘカトンケイルの面々が君に依頼してきた件。あれを君が引き受けるなら、嫌でも知る事になるだろう」


 リャンの言葉にキャサリンの表情が曇る。

 指令書の形を取っているが、命令ではなく依頼と言う形のそれだ。


「あの胚はレプリカント育成ベッドでは育たない。そう言う風に細工がしてあるのだよ。あの胚を育成するには、それ相応に作った女性の子宮が必要だ。いま、君が入ったその身体は、それ用に作られたものなんだよ」


 息を呑んで話を聞いているキャサリンは、己に降りかかる仕打ちに震えた。

 ヘカトンケイルが依頼してきた内容。それは、9人目のクローンの母の役だ。


「現状のビギンズはただの機械だ。故に、遺伝子を残す事は出来ない。だが、必要な時にはこの胚のまま保管されていたビギンズを生み出す事で、カバーする事になっていたんだよ。そして、本来それはバーニーの役目になる筈だった」


 リャンはキャサリンをジッと見ながら言った。

 その眼差しには、冷淡さと優しさとが共存していた。


「そもそも、これを言い出したのはビギンズ自身なんだ。いつか、いつの日か安定したなら、その9人目をヒトの形に生み出させ、自らの実子として育てるのだとビギンズは言った。正当なるビギンズとして……ね」


 その言葉を聞いていたキャサリンの顔は真っ青になっていた。。

 ビギンズが背負っているモノ。覚悟したモノに打ち震えていた。


 そんなキャサリンをリャンはジッと見ていた。

 正当なるシリウス王の母となる存在をジッと見ていたのだった。


「君にとっては辛い話かも知れない。或いは、思想の根幹を、感情的な柱をへし折るような話かも知れない。だがね、コレは純粋に君の為を思って言う言葉だ。どうか冷静に、真っ直ぐに聞いてもらいたい」


 リャンはやや声音を変えて切り出した。

 真剣さを感じさせる鋭い表情で……だ。


「君はヘカトンケイルの…… 況んや要するに、フィット・ノアという男の役に立つことを望んでいるのだろう。だがね、それは端から見れば依存しているに過ぎない事だ。誰かの役に立つことで、自分の存在価値を確かめる。或いは誰かに認めさせる。それは誰しも思う事なのだけどね――」


 リャンは再びスイッとキャサリンを指さした。

 そして、好々爺の笑みを浮かべて言った。


「――君は君の人生を生きるべきだ。君に課せられた任務や使命は拒否も出来る事だ。もしそれを果たすと言うなら、それは自分自身の決断として行う事だ。つまりは何が言いたいのかというと…… 独り立ちしなさいと、そう言う事だな」


 リャンは笑みを浮かべたまま、そう言った。

 ただ、キャサリンにはそれがまるで、脅迫するような言葉に聞こえていた。


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