ROAD-THREE:キャサリンの試練04
~承前
それは、あまりにも唐突な出会いだった。
「へぇ~ こりゃ驚いたな」
何とも妙なその声にキャサリンは振り返った。
地球へと降りてから早くも3日が経過した、12月14日の午後。
この日、地上へと降りていた彼女は、サンフランシスコと言う街の郊外に居た。
「あの…… なにか?」
太陽系最大と聞いたレプリ工場は、シリウスと比べ実に小規模だった。
だが、その工場でラインオフされるレプリの出来映えは、見事の一言だ。
事実、キャサリンもサミールも感嘆の余りに言葉が無かった。。
パッと見で解るほどにレベルの違う『製品』がラインオフしている。
それは、一定の乱数を織り交ぜられる大量生産品ではないモノばかりだ。
世界最大のレプリカント製造企業<タイレル>の本社は研究ラボを兼ねている。
そして、そのラボのスタッフはある意味で、医師の頂点が揃っている。
様々な遺伝子疾患や死を待つ患者に、レプリの身体を提供しているのだった。
「君のソレ、サイボーグじゃないよね?」
キャサリンに声を掛けてきたのは、全身黒尽くめの黒人系な大男だった。
ただ、その黒尽くめの身体は、その全てがプラスティックと軽金属だ。
首元までその素材で覆われた男は、顔だけが素肌に見える。
だが、キャサリンの目には分かっている。その顔ですらも作り物だと言う事が。
どうみても普通ではない、まるでAIで動くロボットのような姿だ。
「えぇ…… そうです」
その迫力に飲み込まれたのか、キャサリンは生返事を返した。
正直に言えば、どう返答して良いのか解らなかった。
コレまでも興味本位で近づいてくる者はたくさん居た。
そのどれもが、キャサリンを哀れむ目で見ていたのだ。
「凄いね! ちょっと見て良い? これ、何で出来てるの?」
そう言うが早いか、キャサリンはその大男に手を取られ凝視された。
パイプの中では細くなったゲルがウネウネと動いている。
かつてはみっちりと詰まっていた筈なのに、今は随分と細いのだ。
試料として少々抜き取られたとは言え、加速度的に細くなり続けている。
その事実に狼狽えるキャサリンは、自らが消滅する恐怖を感じていた。
「……これ、なに?」
「実は、私も良く解らないんです」
率直に回答したキャサリンだが、それについて一切嘘はない。
自分自身でもよくわかってないのだから、仕方が無い。
その為に地球まで来ているとも言えるし、次の一手を探す為とも言える。
レプリカントを発明したタイレル社は、それに伴った付属病院を持っている。
その奥深くにある研究エリアは、一般人の立ち入りを禁じた実験エリアだ。
ある意味で地球最高の頭脳が集まるそこで、彼女は自分自身を差し出した。
自らを研究材料に提供し、その正体を探ろうと分析結果を待っていたのだ。
「わからない?」
「えぇ……」
黒人の大男は、やや首を傾げてキャサリンを見た。
2世紀ほど前の、AI型アンドロイドが登場した頃のような姿だ。
ただ、顔だけは人間で、表情の多彩さはキャサリンが恥かしさを覚える程だ。
「……そうだよな。普通は怖いよな」
苦笑いを浮かべた大男は、キャサリンの向かいからややずれた椅子に座った。
そして、両手を見せて他意が無い事を誓う仕草だ。
「私はドナルド。こう見えてもシリウス人だ。シリウス紛争に参加して、で、まぁドジを踏み、こんな形になった。前はちゃんとしたサイボーグだったんだけどね、あ、いや、前はちゃんとした生身だったんだけどね、サイボーグになってから戦闘中にちょいとやらかして…… 修理が出来ずこんな形で地球へ送り込まれたって訳なんだ」
一方的に喋る黒人の大男――ドナルド――は、そう言って笑った。
良く喋る人だとキャサリンも思うのだか、ドナルドの言葉は止まらなかった。
「そのパイプの中のゲル状のものって、素材的に何になるんだい?」
「……それが、私も全然解らないんです」
「自分の身体だろ?」
「……そうなんですけどね」
困ったように言葉を搾り出したキャサリン。だが、ドナルドは楽しそうだ。
それを一言でいえば、作り物的な姿でいるのが自分だけでは無いと言うものだ。
勝手に同じような存在と括ってしまったかのような、そんな姿勢だった。
「おぃドッド! 何やってんだよ!」
唐突な声にキャサリンは顔を上げた。ドッドと呼ばれた黒人の大男もだ。
二人の視線の先には、連邦軍の制服を着た白人系の男が立っていた。
驚く程長身な姿をした、何ともチャライ雰囲気の男。
だが、その身のこなしは、間違い無く軍人だった。
そして、身にまとう連邦軍の軍服には士官を示すマークがあった。
――連邦軍……
キャサリンは一瞬にしてグッと緊張の度合いを増した。
一分の隙も無く周囲に注意を払いながらも悠然としている。
だが、ドッドと呼ばれ振り返った大男は手招きしていた。
それに招かれ、その連邦軍の男は歩み寄った。
よく見れば、キャサリンと同じ少尉だった。
「おぃ見ろよジャン!」
「何がだよ。彼女嫌がってんぜ」
手招きにひかれやって来た男は、胸のネームシールにジャンの文字があった。
――ジャン……
内心でそう呟いたキャサリンの表情は硬い。
ジャンはニコリと人当たりの良さそうな笑顔で歩み寄った。
「……へぇ」
ジャンもまたキャサリンのパイプの中身をじっと見た。
ただ、その直後にハッとした表情になって言った。
「あぁ、ゴメン。ちょっとデリカシーがなかったな」
ぺこりと頭を下げ、申し訳ないと右手を上げる。
その姿が余りに可愛くて、楽しくて、キャサリンは久しぶりに笑った。
作り笑顔や挨拶としての笑顔ではなく、楽しいと思う笑顔だった。
「良いんです。もう慣れてますから」
「申し訳ない……」
ドッドと呼ばれたドナルドの隣に座ったジャン。
南ヨーロッパ系と思われるその姿には、大人の余裕があった。
「しかし、なんでまたそんな身体に?」
遠慮なく危険な一撃を叩き込んでくるドッド。
ジャンは違う角度で遠慮なくドッドの肩を叩いた。
プラスティックを金属で叩く音が響き、ドッドは笑った。
だが、その音でキャサリンは気がついた。
このジャンと言う男もサイボーグだと。
そして、ある可能性に気がついた。
「色々あったんですが、要するに――
やや俯いた姿勢になり、キャサリンは覚悟を決めた。
口中に歯がある訳でもないので、グッと歯を食いしばる事も出来ない。
しかし、その姿を見れば言い難い事を言おうとしているのだと解る。
ドッドとジャンは顔を見合わせ、その言葉を待った。
「――いや、順を追うべきですね。実は…… 私もシリウス人です」
「……そうなんだ」
ドッドはそこにまず相槌を打った。
この場に居てシリウス人をカミングアウトするには相当勇気が要る。
地球へと脱出した民間シリウス人は、基本的に居ないはず。
つまり、ドッドから見たキャサリンは、民間人ではないと言う事になる。
キャサリンはドッドがスパッとそこまで見抜いたのを確かめ、続けた。
「ニューホライズンの地上で激しい戦闘に巻き込まれ、重傷を負いまして生死の境をさまよったのですが、運良く…… シリウス軍の負傷者収容センターに担ぎ込まれまして、まだ何とか生命反応があったので――」
キャサリンは自分の頭をトントンと叩いて見せた。
「――脳だけが取り出され、レプリカントをベースにした身体に移植を受け、そのままシリウス人民軍に取り込まれました」
シリウス人民軍の言葉がキャサリンの口から漏れた。
キャサリンはドッドとジャンの表情をじっと見ていた。
僅かでも厳しさが増すようなら、ここで一戦交えるかも知れない。
丸腰でやりうあのは歓迎しない。
シェルで撃ち合うなら少々手強くとも何とかなるのだが……
「そうか…… やっぱりシリウス人は翻弄されるんだな」
ドッドが漏らしたのは意外な言葉だった。
そして、両肘を両膝につけていたドッドは、その手を広げて言った。
「俺は全く逆の展開だな――」
え?と言う表情になったキャサリン。
ドッドはとぼけたような顔で切り出した。
「――独立派の爆弾テロで酷い目にあっていた街中で、天涯孤独だった時にスカウトされて、それで地球側に入った。いつも腹をすかしていた16の小僧は、地球軍の中で警備隊に配属された。そんでまぁ、色々と紆余曲折あって何回か死に掛けたが、とどのつまりはシリウス軍の戦闘機と派手にやりあって、そんでまぁ、マニューバをドジって直撃弾貰っちまって、サイボーグさ。ところが――」
随分と饒舌だな……とキャサリンは思った。
ドッドことドナルドは、会話のなかで正体を明かしつつあった。
「――サイボーグになってから、これまた戦闘中にシリウス側のトンデモねえ腕利きとやりあって、そんで見事に死にかけた。サイボーグで一番大事な脳の部分に損傷を受け、生死の境を半年近くフラフラしたのさ。シリウスも連邦も持ってるトンデモねえ高機動兵器の遠心力で脳が潰れ掛けた。自分で言うのもなんだが、よく死ななかったと思うよ」
軽い調子でペラペラと喋ってしまったドッド。
キャサリンはその向かいで唖然としていた。
女の勘は鋭く深く、そして、大概が正鵠を射抜く。
この目の前に居る二人の男こそ……と、キャサリンは確信していた。
このふたりが、自分たちワルキューレ最大の敵であると言うことに……だ。
だが、キャサリンはどう振る舞って良いのか分からず混乱した。
いま自分の目の前に居る男達こそ、ある意味ではシリウス最大の障害だ。
もし可能なら、ここで排除してしまいたい。
ひと思いに殺してしまいたい。そうすれば後顧の憂いもない。
こういう面でのキャサリンは、全くもって真面目で勤勉な性格だった。
だが、そんなキャサリンの内心は、隠しきれずに外へと漏れだした。
それを見抜いたのか、ジャンは僅かに異なる声音で言った。
「おいおい、あんましペラペラと喋らねえ方が良いんじゃねえ?」
「そんな事ねぇさ。だって、ここにはその当事者が居るんだぜ?」
――見抜かれていた!
キャサリンはまずそれに狼狽した。そして、見抜かれた理由を必死で考えた。
瞬間的に動転していたキャサリンは、自分自身を見失っていたようだ。
自分の額についたオーナメント状の飾りに、狼マークが有るのを忘れていた。
だが、そんなキャサリンの内心を他所に、ジャンの表情がガラリと変わった。
怪訝な色を帯び、ジッとキャサリンを見ていた。
「……それさ」
ジャンの指がさしたのは、パイプの中でウネウネと動くキャサリンのゲルだ。
まるで意思を持つスライムのように動き、パイプの中で力を伝えている。
「……色々あってゲル化しちゃって、その治療に」
取り繕う様に言葉を発したキャサリン。
だが、その声は僅かに上ずり、そして、震えた。
「でも、何故パイプに? 剥き出しでは形が取れない?」
「閉じ込めてるんです。有機体に触れると、何でも取り込んで消化しちゃうから」
キャサリンは正直にそう答えていた。
自分でも何故か解らないけど、率直な回答を返していた。
下手な策を弄するよりも、正直に振る舞って裏表なく応対するべきだ。
理由はともかくとして、キャサリンはそう直感していた。
だが、その向かいに居るジャンは、ハッとした表情でキャサリンを見た。
何を言い出すのかと思っていたキャサリンは、次の一言に驚く。
「ひょっとしてさ…… 君、テッドの姉さんかい?」
『え?』と、何よりも雄弁に内心を物語る表情が漏れた。
ジャンはその表情に図星を知る。
「やっぱそうか!」
パチンと手を叩いてから両手を広げたジャン。
その表情は、晴れやかなほどに楽しそうだった。
「俺はジャン。ジャン・ヴァンダム。見れば解ると思うが、こう見えてもサイボーグだ。そして実は『ジョンと同じチームね』
ジャンとドッドが顔を見合わせる。ドッドは笑っていた。
「いま、君の弟はもっぱらジョニーでは無くテッドと呼ばれている」
「……そうね。そうだった。リディアの大事なテッドだから」
話しが繋がったらしいジャンは、あぁそうか!と言わんばかりに手を広げる。
「ここでそのリディアが。テッドの大事なリディアが治療を受けたんだよ」
「……そうらしいですね。私も聞きました」
キャサリンの態度が硬くなり、ジャンは僅かに表情を変えた。
『俺たちの正体がばれたぜ』
『仕方ねぇさ。それに変に取り繕わねぇ方が良い。最初からかもしれねぇ』
『……だな』
無線の中でそう打ち合わせした二人は、方針を変えること無く続行した。
ただ、ごく僅かなその沈黙が、より一層にキャサリンの緊張を上げた。
「私は――『解ってるよ。俺たちのライバルだろ?』
ジャンは『敵』ではなく『ライバル』と表現した。
その咄嗟の気遣いにドッドが驚く。
なんともナチュラルな人誑しだ。
だが、驚いたのはドッドばかりじゃなく、キャサリンもだ。
ジャンはワルキューレについて、敵では無く良き友だと言った様なモノだった。




