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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
251/425

ROAD-TWO:ドッドの旅09

~承前






「ところでそのレプリって?」


 ジャンは首をかしげてドッドに聞いた。

 一言でいえば、余りに話のつじつまが合わないのだ。


 先の戦闘ではシリウス船籍の超光速船から大量のレプリが出てきた。

 2245年の早々に、地球上でのレプリカント製造は禁止されている。

 それ故に、2250年の段階でシリウス製レプリが現れてもおかしくない。


 だが、話を聞く限りは2240年前後のエピソードの筈だ。

 つまり、未だに地球上には最大手タイレルを始めとする複数の企業があった筈。

 月面の大型拠点へ運び込まれる理由は……


「言うまでも無いさ。地球上にある重汚染地帯の85%が中国だ」


 ドッドはハッと笑った。鼻にかけるように、心底バカにするようにだ。

 その笑いにはジャンも同意するしか無いのだが……


「そんな中国じゃ、育たずに死んじまう子供が余りに多い。指導者層の子弟は完全隔離環境で育てられるか、風上にある特別都市へと送り込まれる。中国って国は共産党の上層部以外にまともな人間扱いされる連中は居ないんだよ」


 ドッドは楽しげに言葉を吐きつつ、自分の手を見た。

 強化プラスティックの指先には鈍い光があった。


 死に掛けて生き残る手段としての機械化。

 これは地球上の多くの国家で行なわれていることだ。

 地球上における各種汚染物質放出元の大半が中国なのだった。


 その中国では、機械化される事は最大の屈辱と呼ばれて居るらしい。

 中国共産党指導部以外の富裕者層や成功者たちは、機械化を嫌うのだ。

 そして彼らは、競うようにしてレプリの身体を求めている。


 元の身体の顔やスタイルをベースに、完全デザインされた人造人間だ。


「あの時点で、ざっくり言えばレプリ一体500万シリウスドルの価値があった。ベースになる祖体を選び、カスタマイズして製作を依頼する。それをシリウスから中国に運び、闇病院で脳移植って寸法さ」


 ドッドは平然とそう言いきり、そして、楽しげに笑った。

 そのいたずらの色を帯びた笑みは、どこか狂気を孕んでいた。


「エディは全部承知でやったのさ。地球側が内輪揉めするのを承知で、中国を焚きつけたんだ」


 そう付け加えたドッドは、デッキの窓から見える地球を見た。

 蒼く美しい星だが、その内情はエゴとエゴのぶつかり合いだ。


「で、それって2239年?」


 ジャンは指を折りながら数字的な辻褄を考えた。

 ドッドの経験は時間的な尺度が飛びまくっている事がある。

 超光速飛行の代償として、時間を喰われてしまうが故の事象だ。


「そう。2239年の…… 7月だったかな」


 ドッドも指を折りながら数えていた。

 僅か20年とは言え、一人の人間にとっての20年は長い。


「中国の領事館がある中国エリアでレプリカプセルを査察し、ややあってそれが脳移植向けの闇レプリだと判明した。中国側は火消しに躍起になったが、何故か国連機関によるレプリの接収には頑として応じなかった」


 ドッドは唇を片方だけ釣り上げて、何とも嫌な笑みを浮かべた。

 生理的な嫌悪感を覚える笑みとも言えるが、ジャンは同じように笑っていた。


「つまり、脳移植以外のレプリがいた……と」

「そう言う事さ。シリウス政府による工作員レプリが中国政府の手引きで地球の地上に入っていた。それを何とかしようって事になるのは自明の理って事さ」


 ドッドの言葉を聞いていたジャンは、僅かに首を傾げ『しかしなぁ』と呟く。

 ジャンから見れば、なぜ中国がシリウス独立派のケツを持つのかが解らない。


「要するに――」


 ジャンの顔を見ていたドッドは、何度も首肯しながら言った。

 それは、想像を遙かに超えるモノだった。


「――中国は国家ごとニューホライズンへ行きたかったのさ」

「国家ごと…… だって??」

「あぁ。中国本土の環境が、もはや土壌汚染の自力改善など土台無理なレベルまで進んでいたのさ。だから、中国共産党政府は、国家単位でのシリウス入植を検討したってことだ。それでついでに――」


 続きを言いかけたドッドに対し、ジャンはスパッと指を指して口を開けた。

 その続きが解ったと言い出さんばかりのジャンは、口をパクパクとさせてた。


「反国家敵な連中を切り捨てるって部分も込みだろ?」

「その通りだ。あの時点で中国ももはや共産党による支配の限界だった」


 こればかりは仕方が無い事なのかも知れない。

 一党独裁国家が長続きするには、鞭と飴のバランスが重要だ。

 そのギリギリのバランスで中国はやって来た。急激な経済成長と共にだ。


 だが、そのバランスももはや限界だった。

 共産主義を標榜しつつ、貧富の格差は資本主義国家の比では無かった。

 富と権力とを独占した一握りの支配者層は、もはや中国本土を見限っていた。


 その時点で本土に住む者は、貧しい農民層か、世界の工場を支える単純労働者。

 彼らは環境汚染に毒され、汚れた空気と水の中で生活し、ゴミ溜めの中で死ぬ。


 権力を持つ層に対し挑戦し、デモや暴動一歩前の騒乱を起こしている。

 そんな者達を国家に従順にさせる最大の切り札。

 シリウスへの入植と国家移転は、それこそが目的だった。


「でも、出来るのか?」

「……まぁ、可能だろうな。実際、中国政府は15億人を運ぶ算段をしていた。それを受け入れる側に便宜をはかって恩を売る作戦も込みでだ」


 何ともスケールの大きな話に、ジャンは『ヒェ~』と抜けた声を出す。

 15万でも1500万でも無く、15億だ。そんな頭数が一辺に入植する……


「シリウスにとっちゃ悪夢以外の何ものでもないな」

「だろ? なんせ、あそこの国民は、他人が自分より得をするのを許せないって心の狭さの持ち主ばかりだ」


 『酷いな』とぼやいたジャン。

 ドッドは『だろ?』と小さな声で言った。


「他人が得をするのでは無く、自分が損をしていると考えるんだ。だからこそ、中国では共産党政府による人民支配の道具として、得をするという情報を流した」


 呆れた様な言葉を吐いたドッドは、ティーカップをジャンに渡した。

 まだ香りの残るコーヒーは、驚きの連続であるジャンを落ち着かせた。


「ただ、なんでそれとレプリの密輸が関係ある?」


 ジャンの疑問はもっともだ。

 モタモタしないで一気に移住計画を発動させれば良いのに……

 そんな疑問を持ったのだ。


「要するに、ニューホライズンの反乱平定後を中国は見ていたんだ」

「平定後?」

「そうさ。シリウス人に恩を売っておこうと思ったんだ。地球からの独立を勝ち取ったシリウス人に、中国のおかげだと言わせたかったのさ」


 呆れて言葉が無いジャンは、溜息をこぼす事しか出来なかった。

 余りに単純で不用心な単細胞思考でしか無い。

 地球人に対する憎悪を募らせるところへ国家単位での移住などありえない。


「将来移住するときのために? まさか本気でそんな事を思って……」

「いや、かなり本気だろうな。なんせシリウス系レプリ企業に莫大な金を流し込んでいたからな。あの国は」


 シリウスにおける決済は、基本的に金本位制では無い。

 金から貨幣への兌換も行われていない。つまり、最初から貨幣経済だったのだ。


 そんなシリウスへ向け、中国は莫大な量の金を運び出していた。

 将来、ニューホライズンに行った中国国家が主導権を握る為の小細工だ。

 大量の金を地球から持ち込み、シリウスでの金の流通権を握ろうとしていた。


 それさえ握ってしまえば、掌握出来ると考えたからだ。


「でも、上手く行かなかった……」

「……あぁ。そう言う事だ。実際には金よりもプラチナの経済だからな」


 ドッドの言葉にジャンが悪い笑みを浮かべた。

 中国の失敗を喜ぶような姿だ。


「で、まぁそのレプリは良いとして、エディはその後どうなった?」

「それがな……」


 ドッドは肩をすぼめて言った。僅かに声音まで変わっていた。

 ジャンを前にして、ドッドは初めてガッカリとした姿を見せた。


「結局、中国は態度を硬化し、国連は分裂した。俺たちは建前上、合衆国海軍に所属する事になり、ややあって中国主導の国連が出来上がった。何故かと言えば、それまで国連の屋台骨だった国家群が一斉に国連を抜けたからさ。結局中国の手元に残ったのは、世界中に散在する親中国派国家と、解体するに出来ない負け組連合の寄せ集めってな」


 ドッドは大きく笑い、ジャンは深く笑った。結局、協調性の無いモノは浮く。

 それは、人間も国家も変わらない事だし、それが真実だった。


「国連本部は北京へ移動し、ニューヨークの国連本部跡にはアメリカを中心にした主導部を持つ連邦組織へと移行した。地球人類がずっと繰り返している、派閥間闘争をここでも繰り広げたのさ」


 ドッドの言葉にジャンは『そして今に至る』と呟いた。

 それを聞いたドッドは、力無く笑って首肯した。


「まぁ、結局、その引き金を引いたのはエディだって事さ。もっとも、それをどこかで指図した人間が居るかも知れないけどな」


 遠回しにエディと某老人の関係を上げたドッド。

 それは言葉に出してはいけない事だった。

 故に、わかりにくい言葉で説明し、察してくれと祈るしか無い。


「で、エディは?」

「それがな……」


 何かを説明しようとしたドッドだが、その前に艦内放送が流れた。

 イソカゼの艦長による訓示だった。


「日本語……だな」

「なんて言ってるんだろうな?」


 日本語だと呟いたジャンに、ドッドが言葉の意味を聞いた。

 ただ、ドッドだって日本語を確実に理解出来るわけでは無い。


「あー 要するに、近々シリウスからの船団が現れるはずだから、場所を空けるべく天王星軌道まで移動するらしい」


 最低限の理解だけは出来るドッドは、放送を聞きながらそう説明した。


「随分と大きく離れるな……」

「まだまだワープって技術は簡単じゃ無いんだろうさ」

「だろうなぁ」


 まだまだ説明は続いているが、ジャンはエディの続きをせがんだ。


「まぁ、その後は――」


 顎に手を当て天井を見上げたドッド。

 ジャンは言葉の続きを待った。


「――おれは一旦シリウスへと帰り、エディは天王星へと行った」

「なんでまた……」

「地球に置いとけばテロで狙われる。月面は面が割れた。火星は拒否される」

「……厄介払いだなぁ」

「それがな、実際はそうでも無いんだ」

「……っていうと?」


 ドッドはイソカゼの船体その物を指でさした。


「テロリストを一網打尽にするべく、太陽系内部にいるように言われたんだよ。その関係でエディはしばらくエサ扱いされる事になった。先ずは太陽系外部惑星系の中心地へ送り込まれる事になった」


 ドッドの言葉に『ひでぇ』と溜息を漏らしたジャン。

 エディの存在はシリウス人にとっては宝だが、地球人から見ればこんなもんだ。


「地球各所で火星と同じくレプリ狩りに精を出し、それから天王星へと行く事に成ったって訳だが、偶然にもイソカゼだって天王星へ行くようだな」


 偶然とは恐ろしい……

 そんな風にハッと笑ったドッドは、ジャンを誘ってデッキから部屋へと戻った。

 12時間後に次元ジャンプするのでメシを終わらせておけとの指令だ。


「俺たちはどうするんだろうな?」

「エディ達が来たらここで乗り換えじゃ無いか?」

「そうかもな。まぁ、エディに会ったら話の続きを聞いてみるさ」


 ジャンは何度も首肯しながら、もう一度地球を見た。

 そして、この惑星上に降りたエディのその後を知りたかった。


 エディを知ればドッドを理解出来る。

 複雑な人生を送ってきた男の旅路を、ジャンは何よりも知りたくなった。

 何故なら、ドッドを知れば知るほどに、エディを理解出来ると思ったのだった。


「まぁ、そのうち続きを話よ」


 ドッドもまた、そう漏らしていた……

次話公開は12月19日になります

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