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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-TWO:ドッドの旅06

~承前






「で、その後はどうなったんだ?」


 ジャンは話の続きをせがんだ。

 イソカゼのデッキにいて地球を眺めている二人だ。

 ただの客でしか無いのだからやることは余りない。


 手持ち無沙汰で話し込むには最適な環境だが……


「そんな事よりコーヒーでも飲むか?」


 ドッドは展望デッキの片隅からコーヒーを持ってきた。

 カップは一つでサーバーからポットごと持ってきている。


 その姿にジャンは『いや……』と言葉を絞り出すのが精一杯だ。

 と、いうのも、今のドッドには食事という機能が付いていない。


 食事が不要となって、人は初めて食べるという行為が特別なのだと知る。

 それは敬虔な祈りにも似た、神聖な行為なのだと理解するのだ。


「俺に気を使わなくて良いぜ」


 ドッドはジャンへとカップを押し付けて、恭しくコーヒーを注いだ。

 その姿はまるで、上官に傅く兵卒のようでもあった。


「それ、エディにやったのか?」

「そうさ。あの時、新任の士官候補生として赴任したエディに付いていったから」

「なんでまた、士官学校出た奴が候補生なんだろうな」

「俺も詳しくは知らないが……」


 コーヒーポットをサーバーへと戻したドッドは、振り返って言葉を続けた。


「少尉候補生として任官し、いくつか現場を回る。その間に適性とか人間性という部分を判断し、最適と思われる現場へと送り込まれる」

「あぁ、解った。ストレス耐性とかそう言う部分だ」

「おそらくは、そうだろうな」


 士官候補生達は士官学校で相当に揉まれてくるはずだった。

 だが、現場はそれを遙かに超える苛酷な環境と言う事だ。

 その為、予算を掛けて育てた士官の卵が辞めないように気を使う事になる。


「エディは予定通り火星へと送り込まれ、俺はその付き人として付いていった」

「……へぇ。しかし、良くそんな事が出来たな」

「エディはブリテン籍だったからな」

「なるほどな」


 ニヤリと笑ったドッドは、もう一度地球を見た。

 地球周回軌道上のイソカゼは、間も無くジブラルタル海峡の上空だった。



 5.



 火星という星について、ドッドは知識でしか知らなかった。

 人類発祥惑星である地球と同じく、サンを公転する惑星。

 地球よりもやや小さく、ハビタブルゾーンの恩恵から微妙に外れている。


 それ故、ドッドは火星赴任に当ってあれこれと追加教育を受けた。

 まず、重力が地球の70%程度しか無い事や、大気のムラが酷いこと。

 それともう一つ、水と食料が貴重なので、絶対に無駄にしないことだ。


 ――酷い惑星だ……


 ニューホライズン生まれな者からもそう言われる星。

 シリウス開発計画より早くに動き出していたが、環境が厳しすぎたのだ。


 足掛け100年に及ぶ長期的なテラフォーミング計画は順調に推移している。

 細々とした部分を残してはいるが、それでも今は人が住める環境になっていた。

 最初から生物の居たニューホライズンに比べ、火星とは相当過酷な惑星だった。


「おはようございます。少尉殿」


 朝7時。

 少尉候補生であるエディの元へ姿を現すことからドッドの一日は始まる。

 士官が暮らす専用の官舎へは、基本的に下士官は立ち入り出来ない。

 特別な許可を得た者か、もしくは、特定の士官と活動する下士官に限られる。


 ただ、それにしたって、一介の新任少尉に、それも少尉候補生に付く筈が無い。 しかし、新任の少尉候補生には専任となる下士官が付き従っている。

 ヴェテランな士官たちだけでなく、下士官たちの間からも色々と噂が飛び交う。


 ――――ブリテンの貴族様らしいぜ……


 結果、そんな噂が火星基地の中で流れてとんでいた。

 誰の手引きかをドッドは知る由も無いが、そう手配されていたのだ。


 ――――エディ・マーキュリーだっけ?

 ――――何処の貴族様だ?

 ――――芸名のようなものだろ?

 ――――将来的に家督を継いで本名を名乗るんだろうな


 あまり良いとは言えない感情でエディは周辺から見られていた。

 人類史を紐解けば、貴族家の宿命としてそうせざるを得ない人生の者は多い。

 往々にして、貴族家というのは複雑だ。


 敵も味方も多い主家と、それを支える衛星家の複雑に絡み合った都合。

 そんな、個人の力ではどうにもならない事で、一人の若者が翻弄されていた。


「おはようドッド。今日も良い天気だ」


 その噂の主であるエディは、まだベッドの上で寛いでいた。

 ただ、ドッドの姿を見れば動き出さないわけにもいかない。


 ドッドが慌てるほどに素早くベッドを整え、衣服を着替えて出発の支度をする。

 朝食は移動中に済ませるのが火星の流儀。開拓中な地域の知恵なのだろう。

 ミールパックを用意し、ミルク多めなお茶を用意する。


「光の色が違うというのは慣れないものですね」


 揺れるドーリーの中でカップを手渡し、ドッドは溜息を漏らした。

 シリウスの蒼い光で育った者から見れば、サンが撒き散らす黄色の光は異質だ。


「……それは内緒だ」

「失礼しました」


 エディの言葉に慌てて敬礼しつつ笑ったドッド。

 火星の中でこのふたりがシリウス出身である事を知る者は少なかった。


 目的地へとドーリーが到着する前に食事を済ませ、エディは窓の外を見た。

 各所では農夫たちが大地を耕して食糧増産に励んでいる。

 痩せきった火星の大地を緑に変える為、無駄な死を重ね続けるのだ。


 やがて有機物が堆積し、火星の大地に広大な穀倉地帯が現れるはず。

 ただ、それを実現せんと努力する者たちには、まだ少量が行き渡っていない。


「さて、今日の課業に掛かるか」

「そうですね」


 火星はまだまだ不安定な状態で、各所では開拓活動の辛さに暴動が起きていた。

 自力で生産出来る食料が労働者人口を賄いきれないのだ。

 その関係で、火星には定期便で地球から大量の食料が届いている。

 宇宙船が到着し、火星の地上にコンテナが降り始めると、暴動が発生するのだ。


()()()()()と変わりませんね」

「全くだな……」


 基本的に人の不満の順序は、どこに行っても変わらない。

 最初に出る不満は労働待遇で、これはいくらでも改善出来る余地がある。

 その次に出てくるのは寝床と住環境だ。これも改善しようと思えば容易い。


 だが、食料の件は難しい。そこには宗教上の理由や習慣やアレルギーが関わる。

 ある者にとっては最高のご馳走が、別の者には犬のエサ以下なケースもある。

 そして、その両者の間の溝は、どれ程努力しても絶対に埋まらない。


 人種間闘争の根幹は、結局こう言う部分での文化的な衝突でしかない。

 そして、絶対に乗り越えられない故に、最後は関わらないと言う事で決着する。


「……どうしますか?」


 この日、エディに割り当てられた持ち場は、火星の片隅にある農場だ。


 NE-88367農場。


 小麦とコーンを作付けする広大な共同管理農場で、労働者の半分はレプリだ。

 この地域の農夫たちは収穫量の75%を政府に取られた事で暴動が発生した。

 その暴動を鎮圧し、農夫たちを家に帰す事が任務だ。


「基本は変わらないだろう。現場責任者の話を聞く」


 ドーリーから現場事務所へ顔を出したエディとドッド。

 指揮所では全体像を把握している大尉が指揮に当っていた。


「おはようございます。少尉候補生エディ・マーキュリー。課業に入ります」

「ご苦労、候補生。今回はまぁかわいい物だ」


 エディの後ろからそれとなく地図の上を眺めたドッド。

 暴動の首謀者たちは農地と宿舎の間にある公道を中心に集まっていた。


「彼らの主張は簡単なもので、要するに『もっと喰わせろ』だ。故に、暴動を起こす者達を落ち着かせ、家に帰す。質問は?」


 教官役となる大尉はエディに手短に説明した。


「なぜ暴動が発生したのですか?」

「そうだな」


 エディは教官役となる大尉の言葉を待った。

 その間に装甲服を着込み、ヘルメットと楯を持って出動に備える。

 暴動を起こす者に対峙する任務は、投石や放火が行われることもある。

 それだけに気の抜けない時間は勢い長くなる。


「まぁ、要するに非民主的な選挙と言う事だな」

「選挙ですか?」

「そうさ。大騒ぎして待遇改善を求めてるって寸法だ。ただな、それを指揮している者が居る。扇動している者が居る。この火星に反乱分子が入り込んでいる。社会が騒乱状態である事が望ましい連中だ。こいつらを捕らえたい。その為にまず、暴動を押さえ込む」


 解るか?と言いたげな表情でエディを見た大尉。

 ドッドはその大尉の目が疑っているのだと気が付いた。


 エディの姿には、どこか神秘的な色が付いて回る事が多い。

 それは、レプリカントが持つ不思議な空気とよく似ていた。

 つまり大尉は、エディがレプリだと疑っているのだ。


「了解しました。先ずは落ち着かせる事ですね」

「そうだ。出来る限り非暴力的にな。ただし、暴れる者には容赦するな」

「イエッサー!」


 敬礼して現場事務所を出たエディは、まず労働者達の作る線に赴いた。

 夥しい数の人間が手に手にプラカードを持ち叫んでいた。

 曰く、『もっと喰わせろ』『もっと食べさせろ』だ。


 時々はどこかから石が飛んできている。

 まだ派手な投石にはなってないので、多少は安心出来るのだが……


「ドッドは向こうで後方支援を頼む」

「サー! イエッサー!」


 エディはドッドを後方へと残し、暴動の中へと入っていく。

 その後ろ姿を見ながら、ドッドは背筋を冷たくするのだ。


 ――――落ち着いて! 落ち着いて!

 ――――大丈夫だ! 食料は行き渡る!


 大きなスピーカーから流れる鎮圧担当者の声は、あくまでソフトだ。

 力による制圧は、必ず酷い結果になる。彼らは腹を空かせているだけだ。


 そう指導した名も知らぬ地球出身の大尉は、マイクを握って叫び続けた。

 あくまで同胞なのだと言うスタンスを崩さないことこそ、最も大事な事だ。


 ――――いま食料が配られる

 ――――大地に喰わせているものが大事なんだ

 ――――みんなの不満は解っている

 ――――解決に向けて努力しよう


 エディは声を嗄らして叫んでいた。

 持っている楯を使い、労働者を押し返しながら。


 ――大丈夫か?

 ――本当に大丈夫か?


 遠目にそんな姿を見ていたドッドだが、これもまた教育なのだと気が付いた。

 エディを指導する存在が地球にいるのだ。それも、シリウスの未来を想う人が。


 やがてシリウスへと帰るはずの、全てのシリウス人民の王。

 その王の若かりし日々は、民衆の不平不満を直接聞く事だ。


 ――気をつけてください……


 そう祈るしか無い自分の不甲斐なさに震えながら、ドッドは待つしかない。

 暴動の最前線で身体を張るエディが、無事に帰ってくる事を……だ。

 飛び交う石がドッドの足下まで転がり、ドッドは覚悟を決めた。

 大暴動まで残り僅かとなっていた、火星騒乱の日々だった。

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