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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-TWO:ドッドの旅04

~承前






「……さて、行くか」

「あぁ、そうだな」


 ジャンに続きドッドがギャングウェイを歩く。

 コロニー『ナイル』の外宇宙向け埠頭には、連邦軍所属の艦艇が係留されていた。


「小さいな」

「そもそも、ハルゼーやワスプが大きすぎた」

「それもそうだな」


 ドッドの目に写るその船は、驚くほどの小型艦に見えた。

 それは、ややもすれば小型艦と言うより大型艇というレベルだ。


 どんなに技術が進歩しても、速度を得る為ならば小型に勝る武器はない。

 それ故に、超光速線はどんな船だって身を削って軽量化を図る。

 あのハルゼーだって、直接的に力の掛からない部分は肉抜きを行っていた。


「イソカゼ…… 人名か?」


 ギャングウェイに書かれた艦名はそれだけだ。

 首をかしげるドッドにジャンが笑って答えた。


「日本語だそうだ。磯場を吹き抜ける強い風って意味らしい」

「へぇ…… ジャンは博識だな」

「俺もここへ来る道すがらに聞いたんだよ」


 日本船籍のイソカゼは国防軍所属の高速外宇宙艦だ。

 日本産の超光速デバイスを目一杯に詰め込んだ船とあって、とにかく足が早い。

 戦闘を考慮していない非武装の実験艦だが、暫定停戦中ではかえって好都合だ。


「思えばもうこの宇宙をあっちこっちへ行ったもんだ」


 感慨深そうにドッドは言葉を漏らした。

 その旅路には様々な紆余曲折があっただろう。

 だが、この男はそんな旅路の辛さを一切漏らさないでいた。

 意地を張る強さと美しさを、このドッドも持っているのだった。


「エディとはもう長いのか?」


 ジャンは改めてドッドに問うた。

 考えても見れば、あのテッドやヴァルターかドッドには気を使っている。

 同じ少尉として任官しているはずなのだが、まるで上官の如しだ。


「いや、実際一緒に動くようになって、まだ10年だ」

「10年? 思ったより短いな」


 ジャンの言葉は率直なものだ。

 もちろんドッドだって怒るようなことはない。


「だが、実際には相当濃い内容の10年だぞ?」

「だろうなぁ……」


 イソカゼ艦内に作られた専用スペースで、ドッドは一息ついた。

 サイボーグではなくアンドロイド的な身体は、呼吸を必要としない。

 サイボーグの呼吸は能動的熱交換の手段だが、アンドロイドの身体は表面放熱だ。


 だからと言って一息つかないかというと、決してそんなことはない。

 簡易ブロアとしてのブローオフは機能的に必要だから、それくらいは出来るのだ。

 そして、そんな行為は精神と身体の緊張を解きほぐす宗教的儀式の様でもある。


「出航まで後40分だ」

「挨拶に行くべきか?」

「行った方が良いだろうなぁ」


 クククと笑ったジャンとドッド。

 実際問題として、現状のドッドはアンドロイド扱いだ。


「書類上は戦闘支援アンドロイドだからな」

「艦長もビックリするだろうな」


 ドッドの言葉に柔らかい表現で同意を示したジャン。

 こう言う部分での気の使い方は、さすが年長者だ。


「しかしまぁ…… エディ少佐がビギンズってのは驚いたな」

「あまり人には言わねぇでくれ。色々とあるんだ」

「そりゃまぁそうだろうな。大騒ぎの種だぜ。で、ビギンズが旅立った後は?」

「まぁ、簡潔に言うとだな……」


 ドッドは再び記憶の糸を手繰り始めた。

 それは、辛い記憶を掘り起こす行為に他ならなかった。



 3



「ドッド。またお前に転属しないかってお誘いだぞ?」


 ドッドの上官だった男は、いくつかのファイルを持って現れた。

 スカウトから早くも12年の歳月が過ぎた2235年の春のことだ。


「……自分は警備部が良いです」

「そうか? もっと良い待遇のところは沢山有るぞ?」

「まぁそうですけど……」


 警備計画の立案書を読みながら、ドッドは静かに笑って言った。


 そもそも、ヘカトンケイルはシリウス人民にとって特別な存在だった。

 王侯貴族と言うよりも神に近い存在だ。シリウス人民を見守る存在なのだ。


「それに、お前のキャリア的には転機になるんじゃないか?」

「……あのビギンズが帰って来るのを、待ちたいんです」

「気持ちは解らんわけじゃない。シリウス人なら気持ちは一緒だ」


 上官もまたシリウスでスカウトされたシリウス人だ。

 警備部というポジションで長らく働いている関係か、独特の翳があった。


「そろそろ伍長だろ?」

「はい。人事部から内示が来ました」

「それなら、軍の教育学校へ行って下士官教育を受けなきゃならんな」

「……そうですけど」


 ドッドは余り良い顔をしていない。正直、勉強は苦手だった。

 モノ覚えは悪いほうではなく、むしろスポンジの様にどんどん吸収していた。

 また、基礎的な部分でIQが非常に高い人間で、矛盾を見抜く目を持っている。


 そんなドッドのキャリアはある意味で脅威的でもある。

 見習いは半年で終了し、二等兵、一等兵、上等兵はそれぞれ1年半で終えた。

 たった五年で兵長へ到達したドッドのキャリアは驚異的ハイペースだ。


 そして、その仕事を2年務め、伍長への昇進が内示されていたのだ。

 ひとつひとつ段階を追ってステップを重ねて行くドッドは重宝されていた。

 飲み込みや理解の速さと深さ。思考の論理性や矛盾を気が付くIQの高さ。

 だが、何よりも『上』がドッドを信用する理由は、口の堅さだった。


 警備部というポジションは、ある意味で花形的な部分がある。

 ヘカトンケイルの登場を必要とするイヴェントでは必ず登場するのだ。

 そしてそれは、ヘカトンケイルが匿うビギンズの存在に結びつく。


「まぁ、順調にキャリアを重ねれば良い」

「はい」

「お前はまだ若い。失敗や挫折を経験するかも知れないが、将来役に立つ」

「そうですか?」

「今に解るさ。それより、仕事に掛かるぞ。今日はヘカトンケイル勢ぞろいだ」


 ドッドの肩をポンと叩き、上官は事務所を出ていった。

 その後姿を見送り、ドッドは上官が置いていったファイルを眺めた。

 シリウス治安部隊は地球諸国家の多国籍軍だが、その中味は特定国家連合軍だ。


 ――――シリウス派遣艦隊保安官……

 ――――地上輸送部隊警護班……

 ――――独立派地域査察官護衛隊……


 そのいずれもが死傷率の高さで知られる激しい部隊だった。

 たが、その分だけ待遇もよく、給料の良さと家族への手厚い福利厚生が魅力だ。


 ただ、ドッドは残念ながら孤独な身の上だった。

 両親は共に死去していて、ドッドの身元保証人は親戚の叔父だった。

 その叔父とて、もう何年も顔をあわせていない。


 噂に聞く地上での地球派狩りにより、闇討ちされている危険性だってあるのだ。


 ――保安部の方が良いや……


 ドッドはそんな事を思っていた。

 だが、ファイルの最後に挟まれていた紙に目が釘付けになった。

 そこに書かれていた内容は、ある意味で驚異的な内容だった。


 ――うそだろ?


 そこに書かれている内容は、あのビギンズの帰還を匂わせるモノだ。

 地球からやってくる往還船に、ある特別なゲストが乗っている。

 それを出迎える為に、ヘカトンケイルが勢ぞろいすると言う。


 ――まさか……


 唖然とするドッドは、慌てて支度を整えて事務所を出ていった。

 無我夢中で廊下を走り、警備事務所からセントゼロのエアポートに立った。


 上空には暗い空に一際眩く輝く降下艇の姿がある。

 大気圏へと突入してくる降下艇は、断熱圧縮による熱を光に変えていた。

 ドッドにはその光が人民を導く太陽に見えていた。


 ――ビギンズ!


 何の根拠も無いがドッドは確信した。

 そこにはあのビギンズが乗っているのだと。

 そして、7年の地球暮らしで多くを学んだビギンズが人民の前に姿を現す。


 シリウスに新しい時代が訪れようとしている。

 それを確信していた……



  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「あれ? エディの新任は2240年じゃなかったっけ?」

「あぁそうだ。新任少尉としての赴任は2240年だ」

「計算があわねぇぜ」


 ジャンの率直な疑問にドッドは得意げな笑みを見せた。

 そして、『いくぞ?』と言わんばかりに笑った。


「じつは、その時の帰還はエディの夏休みみたいなもんさ」

「夏休みって……」

「約6年を掛けて地球で学んだエディは、一度シリウスへ帰ってきたのさ」


 やや怪訝な表情で続きを待つジャン。

 ドッドはニヤリと笑って言った。


「地球の大学で様々に学んだビギンズは、シリウスの問題点を洗い出したのさ」

「で、それがなんで時間のずれに?」

「ビギンズは一度シリウスへと戻り、ヘカトンケイルと相談したんだよ」

「そうだん?」


 幾度か首肯したドッド。

 その首からは僅かながらモーターの駆動音が響いた。

 そして、両手を広げドッドは『いいか?』のポーズになった。


「ビギンズは気が付いたのさ。平和的な手段では解決できない問題があるって」

「それじゃ、その時点まではヘカトンケイルも?」

「あぁ。人民の前に姿を現し、黙って俺に付いて来いってやるつもりだった」


 あちゃぁ……

 そんな言葉を漏らして天を仰いだジャン。

 出来っこない理想による統治は、結局悲劇を生む事になる。


「ビギンズは地球で近代政治学を学んだらしい。その結果――」


 プラスチックの手をこすり合わせたドッド。

 その手からはカチャカチャと賑やかな音が響いた。


「――政治闘争を標榜する者に常識は通用しないって気が付いたそうだ」

「当たり前の話だが、それでもそこまでヘカトンケイルも信じてたのか」

「あぁ。そう言う事だな」


 ドッドの表情には微妙な色が混じった。

 辛そうな悲しそうな、そんな色だ。


「だが、ビギンズは彼等に言ったそうだ。シリウスをこの手に取り返す。人民を抑圧し、大衆を扇動し、階級闘争に仕上げている者達に鉄槌を下すってな」

「それ、直接聞いたのか?」

「ん? あぁ、聞いたよ。本人からその時に。そして力を貸してくれって」


 ドッドはビギンズに直接口説かれた者の1人。

 その事実にジャンはどこか恋焦がれる嫉妬を覚えた。


「だから俺は、下士官教育と受けると同時に警備部から一般の普通化連隊へ転属願いを出した。ビギンズが返ってくる時までにヴェテランになって、直属になろうって決めたのさ」


 胸を張って答えたドッド。その姿には溢れる自信があった。

 口で言うほど簡単な事じゃない目標を成し遂げた男の姿にジャンは熱くなる。

 エディを何処までもサポートしようとする男の覚悟と生き様を感じたのだった。

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