ROAD-TWO:ドッドの旅01
「久しぶりだな」
ナイルの内部にある連邦軍の病院施設奥深く。
重傷を負い死を待つばかりだった兵士たちは、ここで傷を癒やしている。
地球における最先端医療設備と技術がここには揃っていた。
ただ……
「……ドッド」
その姿を見たジャンは、言葉を失って立ち尽くした。
顔こそ昔のままではあるが、首から下はプラスティックに覆われている。
一言でいえば、発展期によく見たアンドロイドその物とでも言うのだろうか。
映画に出てくるようなロボットの姿そのものなドッドがそこに居た。
「そんなに驚くなよ」
軽い調子で笑ったドッドは、右手を挙げてジャンを迎え入れた。
シリウスのスナイパーシェルに撃たれたドッドは、身体の大半を失った。
サイボーグとは言え、脳は生体部品その物だ。
身体に付いていた生命維持装置を失い、ドッドはゆっくりと死んでいった。
そして、その結果として脳の大半とブリッジチップ廻りが壊疽を起こした。
「……俺を覚えているか?」
「当たり前だ。死線を共に踏み越えた仲間を忘れるわけが無い」
ニヤリと笑ったドッドだが、その笑顔はどこか引きつっているものだ。
不自然な表情と言うべき姿だが、なんとなくジャンはその理由が分かった。
顔全体の筋肉を制御出来ていないのだ。
表情や振る舞いと言ったものを完全にトレース出来ていないのだろう。
ドッドの身体を形作る部品は高性能だが、全て完璧に再現している訳では無い。
寸法はあの頃よりも一回り大きく、手足は微妙に長かった。
何より、全身を黒尽くめに仕立て上げられたその姿には、異様な迫力がある。
見る者全てに心理的な圧迫感を植え付けるとでも言うのだろうか。
生理的な恐怖感と嫌悪感を呼び起こすデザインだ。
「そのデザイン。誰が? かなり異様だ」
ジャンの素直な物言いに、ドッドはニヤリと笑った。
「変か?」
「いや、変じゃなくて…… なんだその、つまり…… 恐い」
「そうか。それなら、狙い通りってこったぜ」
ドッドの表情が満面の笑みに変わった。
全く不自然さを感じさせない笑みに。
――――――――ニューホライズン ラグランジェポイントL4
コロニー『ナイル』内部 地球連邦軍 衛生施設
シリウス協定時間 2250年 11月20日
「しかし、アグネスで再調整と聞いていたけど、まさかこことはね」
ドッドを迎えに行ったジャンは、アグネスへと足を伸ばしていた。
サイボーグだとバレないように注意を払い、連邦軍事務官の制服で……だ。
アチコチをたらい回しにされ、各部門では『該当人物無し』を告げられた。
それ自体が情報を封鎖するべく慎重に行われているものだと直感したジャン。
だが、心のどこかでは既にドッドが死んでいるんじゃ無いかと思ってもいた。
「俺もアチコチ動いたよ。専用コンテナに詰められてな」
「コンテナ?」
「あぁ。パッケージ化されたシステムだ」
ドッドはジャンを呼んで歩き始めた。
連邦軍施設はコロニーの中で地上3階地下2階の巨大施設だ。
その地下を生活の場にしているドッドは、調整の真っ最中だった。
「ここに居ると、とにかく重傷者が運び込まれてくる。手足が無いなんて、きょうびじゃ重傷のウチにも入らねぇのさ。胸から下がねぇとか、背骨がそっくり無くなってるとか、首から上だけってのも居た」
ヘラヘラと笑うドッドは、施設の中を移動してプライベートエリアへ出た。
専用のメンテナンスベッドが有る殺風景な部屋だ。
その部屋の中央にある専用の椅子へと腰を下ろしたドッド。
メンテナンスの姿勢になったのか、身体中にある小さなハッチが自動で開いた。
「それ、任意開閉?」
「いやいや、これは全部自動だよ」
「じゃぁ」
「そう。俺は直接コントロールしてるわけじゃ無いんだ」
ドッドはニヤリと笑ったままだ。
「そもそもがアンドロイド向けの機体を使っている。T-100って機体だ」
小さな声で『へぇ』とジャンは漏らした。
そもそも、T-100と言えば地上戦で使われる人型ドローン兵器だ。
遠い昔の人気映画ターミネーターよろしく、AIで動く自立兵器。
だが、それはAIだけに恐怖や苦痛と言ったネガティブ感情を苦にしない。
それだけでなく、仲間の機体と群れを作り、効率よく敵を追い込む事も出来る。
AIは最短手順で効率よく勝利する事だけを狙う。
その為の犠牲や消耗をAIは考慮しないし後悔もしない。
ドッドはそんな機体に入っていた。
「……こんな事は言いたくないが」
「遠慮無く言ってくれ。俺はその方が良い」
「ドッドはもしかして、ドローンコマンダーなのか?」
ジャンの吐いた言葉にドッドがニヤリと笑った。
そして、僅かに首肯している。
「俺は…… あの人の役に立ちたいんだ」
「……エディ少佐?」
「そうだ。まだ駆け出しだった頃から、あの人の下に居た。だからさ」
僅かに首を傾げたジャンは、ドッドの前の椅子に腰を下ろした。
立ちっぱなしでもサイボーグは疲れるはずがない。
だが、やはり座って話しをすると落ち着くのだ。
「それにしたって……」
抗議染みた声音で言ったジャン。ドッドのその姿は、文字通りのスレーブだ。
ただ、本人はそれを望んでいるし、消耗品にしてもらう事を喜んでいる。
そこにはきっと、ドッドしか知り得ない何かがあるんだろう……
「サイボーグはメンテが大変だし、まだまだこれからの技術だ。だが、兵士である以上は戦いを避けられねぇ。だからさ、俺が量産型ドローンアンドロイドのコマンダーになって、エディを助けてぇって話しさ」
ドッドは遠慮なく、そう言い切っている。そんな姿を見たジャンは確信した。
きっと、これまでの人生で、エディとは唯一無二の信頼が有るのだろう。
なにか乗り越えがたい、酷くも美しい経験があるのだろう。
だからこそ、ドッドはそれを自ら進んで行うのだろう。
それを思ったジャンは、そんなドッドを眩しげに見た。
エディ隊長の手足役を喜んで引き受けているのだ。
「ところでドッドはいつからエディ少佐のところに?」
「あの人が新任少尉でシリウスへ来たのは2240年代の始めだ」
「……案外最近だな」
刻々と頷いたドッドは、楽しそうに笑った。
その身体には各所からケーブルやパイプが接続されている。
補給用のリキッドや電源が供給され、ドッドの表情が緩んだ。
「俺は…… 2228年の赤薔薇革命の時にスカウトされて治安部隊へ入隊した。まだ16の時だ。禄な勉強もしていなかったが、読み書きは出来たんだ」
へぇ……
そんな表情で話しを聞いているジャンは、興味深そうに耳を傾けた。
「2年間の基礎教育と基礎訓練を受け、2230年の二等兵としてシリウス管理委員会警備部に所属した。それから10年後。基地に新任としてやって来たのがエディだったのさ」
自動メンテナンスの終わったドッドは、専用の椅子から立ち上がった。
各部にあるLEDのランプが明滅し、その身体が調子良い事を伝えていた。
「それから10年。気が付けば俺も善行章3本のヴェテランになっていた。その間には…… それこそ本当にいろんな経験をした。良く生きていると思う時もある」
溜息混じりに笑ったドッドは、目を閉じて遠い日に思いを馳せていた。
美しく彩られた苦い記憶を思い出しているのかも知れない。
ジャンは辛抱強くドッドの言葉を待った。
話しにくい事も全部喋らせてしまおうと思ったのだ。
「俺の本名はドナルド。ドナルド・レオンハート」
「あぁ。だからドッドか」
「そういう事だ」
メンテナンスチェアのある部屋を抜け、隣にある作業机の前に立ったドッド。
銃のマガジンに弾を詰めたり、銃を分解清掃したりする作業場だ。
軍人としてヴェテランなドッドだけに、その大事さは説明されずとも解る。
こう言う部分での細かい作業を積み重ね、明日の戦闘に備えるのだ。
そして、それこそが最良のリハビリなのだった。
「気が付けば20年前も話だ。俺は…… ある特別なゲストを迎えるべく、センロ・ゼロで準備をしていた。2228年の10月の事だ」
「随分前だな…… っていうか、まだ訓練生の頃か?」
「あぁ。学校にも行けない貧しいシリウスの子供達を預かって教育する所だ」
「生活の安全と教育とメシで子供を釣るって言う事か」
「そうさ。まぁそれも、軍隊の真実だ。ただ……」
言葉に詰まったドッドは自らの手に視線を落とした。
「俺はそこで…… この世界最高のものを目にした」
「……最高のもの?」
「あぁ……」
天井を見上げたドッドは僅かに表情を変えた。
微笑みを浮かべ、何か眩いものを見るかのように目を細めた。
「人の為に生きる勇気とか、報われなくとも努力する意味とか――」
ジャンへと視線を落としたドッド。
その表情には間違い無く喜色があった。
「――自分では無く人々の為に尽くす事。最初は馬鹿馬鹿しいと思ったが……」
ドッドの手は空中で何かを支えるように伸ばされた。
大きなボールを持つような、幼子を抱くような、そんな姿だ。
そしてその姿に、ジャンはどこか神々しいまでの神聖さを感じた。
ドッドが抱き掲げるその何かは、人類に共通する不変の何かだ。
「シリウス人の為にその身を犠牲にすることを運命付けられた存在が居る」
ドッドは唐突にそんな言葉を切り出した。
それが何を意味するのかは、シリウスに生まれた者なら誰だって解る。
もちろん、シリウスに関わった地球人だって良く知っている。
「それがまさかエディだ……と?」
訝しげな表情でそう言ったジャン。
ドッドは静かに笑ってその目を見つつ首肯した。
「2228年のあの日、俺はあのセントゼロでそれに出会った」
「エディは…… まさか……」
「固く口止めされている事だ。誰にも言わないで欲しい」
ドッドの見せた迫力にジャンはコクリと頷いた。
「2228年。まだ身体も出来ていない俺は、セント・ゼロの医療施設前で警備に当たるスタッフ達の使いっ走りとして並んでいた。誰が来るんだ?と俺は訝しがってた。独立闘争委員会のお偉方でも来るのか?とね。だけど……」
スッと立ち上がったドッドは、壁に飾られた一枚の画を見た。
美しく咲き誇る花々を描いた油絵だ。
「そんなものがただの石ころに思える素晴らしい存在だったんだ……




