唐突な別れ
~承前
「あんまり落ち込むなよ!」
調子よく冷やかすディージョの言葉に、テッドはムッとした表情を浮かべた。
砲艦ドーヴァーのシェルデッキには、所狭しと遺体袋が並んでいた。
「良くコレだけ集めたもんだぜ」
「オマケに例の高官のもあるね」
ヴァルターとウッディはそんな言葉をかわす。
虚空を飛翔しつつ集めた遺体の数は、実に200体に及んだ。
「だけど……」
「あぁ。この人たちはラッキーだ」
怪訝な声音でこぼすヴァルターとウッディ。
ドーヴァーの艦内で調べたものの、該当する部隊が存在しなかった。
要するに、何らかの実験の為に運用されていた可能性が高い集団だ。
しかもそれは、交戦した501中隊にしてみれば説明不要のモノだ。
連邦軍の内部にスレーブシェルを研究しているセクションがある
しかもそいつらは、実戦レベルで運用できる段階まで煮詰められている。
時と場合によっては、兵士を必要としないレベルで運用できるのだろう。
それはつまり、いつでもシェルの運用を引きかえられると言うことだ。
百戦錬磨で最強レベルなサイボーグ中隊の存在を脅かす存在……
「正直、あまり面白くは無いね」
珍しくウッディが不機嫌な物言いをした。
常に沈着冷静で感情の起伏が少ない人間であるウッディ。
だが、そんな男が連邦軍内部の研究を面白く無いと言い切った。
「俺たちの代わりに使う腹だろうな」
並んでいた遺体を袋に詰め終わったオーリスは、嫌そうな顔でそう呟いた。
連邦軍の内部において利権に群る連中は、ロイエンタール卿を亡き者にした。
長年にわたり、ビジネスの障壁だったのだろう。
冷徹で純粋な軍人であったロイエンタール卿は、金儲けに興味が無い。
そんな人物を軍から消去し、効率よくキックバックを得る仕組みを作ったのだ。
次なる障壁は、ロイエンタール卿が手塩に掛けて育てたサイボーグ中隊。
彼らさえいなければ……
「俺たち、脳以外は機械でしかないからな」
「あぁ。そしてこれは頭脳部分まで機械だ」
ジャンとステンマルクが嫌そうにぼやく。
だが、その気持ちはチーム全体が共有していると言って良いものだ。
強烈なGや栄養失調などでハングアップしない強靭なシステム。
消耗や減耗を考慮しなくとも良い、ある意味で消耗品と割り切れる存在。
しかもそれは、生体部品を一切使っていないがゆえに、24時間稼動できる。
つまり、このスレーブシェルによる戦闘は、数の暴力でかなり有利になる。
少なくとも対シェル戦闘では相当なスコアを上げられる事が確定した。
一定の損害を考慮に入れる必要はあるが、それは生身の乗ったシェルでも同じ。
むしろパイロットの養成を行なわなくても良い分だけ有利といえる。
だが……
「だからよぉ…… そろそろ機嫌直せよ」
ヴァルターもそんな言葉を吐きつつテッドの肩を叩いた。
そのテッドは、まるで世界中の悩み全てを背負ったようにして落ち込んでいる。
「まぁ気持ちはわかるってもんだ」
ジャンもまたテッドの背中を叩いた。
ワルキューレとして戦闘に当ったテッドだが、その幕切れは唐突だった。
SOSを聞いて駆けつけたフリのドーヴァーにより、わざと撃墜されたのだ。
公式には、連邦軍艦艇の遺体収容活動中と言う事になっていたワルキューレだ。
短距離ワープでそこへ現れたドーヴァーは、出会い頭で対空戦闘を行なった。
幸いにしてワルキューレ側に死傷者は出なかったが、半分近くが撃破された。
収容した遺体を大量に抱えていたので戦闘出来なかったのだ。
「……せめて言葉くらいは交わしたかった」
沈みきった声音でテッドはぼやいた。
直震通話を行なったのは、公式には無かった事になっている。
テッドの言う『言葉をかわす』とは、顔をあわせて話したかったと言うことだ。
「文句ならエディに言うしかねぇさ」
「それは解ってるけど……」
ディージョの言葉に口を尖らせてテッドが応える。
いつもの、どこかニヒルでクールなテッドはどこかに行ってしまったらしい。
ここにいるサイボーグの男は、如何ともしがたい感情で苦しんでいるのだ。
「まぁ、また機会が有るさ」
気休めにもならない言葉を吐いてヴァルターが笑った。
ただそれは、本当に気休めでしか無い事を皆は知っていた。
ドーヴァーが取った進路は、コロニーでは無いエリアだ。
それが何を意味しているのか、解らないわけでは無い。
――地球へ行くんだ……
何とはなしにそんな印象を抱えているテッド。
チームのメンバーも同じ事を思っていた。
「全員集まっているな」
唐突に声が響き、シェルデッキにエディが姿を現した。
いつものようにマイクとアレックスを従えた姿だ。
「全員ご苦労だった。全くの偶然だが、僅か72時間で目標としていた者達全員を纏めて処分する事が出来た。皆の努力と情熱に心から感謝する。きっと、草葉の陰で見ている筈な伯父上も満足の事と思う」
全員の反応を確かめること無く、エディは一方的な演説を行った。
まだまだ全体像を把握していなかったテッドは、ここに来てやっと理解した。
エディは本当に後先考えずに行動していたのだ……と。
そして、出たとこ勝負では有るが、逆に言えば目的を果たす最短手だった。
言い換えれば、無駄なアクションを一切そぎ落としていたのだった。
「独立闘争委員会の首魁と言って良い者達を一気に3名処分した。先にニューホライズンの地上で死んだ者を含めれば5名が死んだことになる。独立闘争委員会も新陳代謝を進めるだろうが、こちらの手が緩むことは無い」
にんまりと笑ったエディの目には、異常なほどの殺意があった。
それは間違いなく、ここまで生きてきたエディを支えるもの。人生の目標だった。
「今回のシーアン内部にいた連邦軍高官は18名。更に、新型シェルの研究をしていた実験母艦ハーマンを撃沈した。連邦軍側から見ればワルキューレの手による一方的な撃沈だ。双方の軍が疑心暗鬼になって敵を疑う状況になっている。それに、連邦とシリウスの両軍共に疲弊した状態だ。地球からは宇宙海兵隊を設立するべきと言う話しが来た」
海兵隊?
全員の目が一瞬だけ点になる。
現状の連邦宇宙軍と何が違うのか?
その意味するところを全く理解できていないのだが……
「まぁそんなわけで――」
腕を組み笑っているエディは、満足げな表情でデッキの中をグルリと見回した。
気がつけばすっかり居心地の良くなっているドーヴァーのデッキだ。
テッドたちは寛いだ表情だった。
「――この辺りで当初計画に復帰する」
エディの言葉に全員が首をかしげたり怪訝な表情を浮かべたりした。
そもそもの当初計画ですら全く説明を受けていないからだ。
「まず、先行する地球派遣艦隊に追いつく。ドーヴァーなら追いつく速度が出せると言う算段だ。そして、連邦軍の裏切り者を地球に下ろす。同時に、地球の上でシリウス派国家の悪行をばらしてしまう。間違いなく大騒ぎになるだろうが――」
エディはイタズラっぽい笑みを浮かべテッドを見た。
その眼差しが何を意味するのかはまだ解らない。
だが、少なくとも絶対に良い意味ではない。
テッドと言う青年に繰り返し繰り返しプレッシャーを掛けるエディだ。
きっとこれも試練になるんだろうと、そんなよからぬ予感で一杯なのだが……
「――我々はそのまま地球を脱出し、当初の予定通りグリーゼへ旅立つ」
――そう言うことか!
テッドの表情には見る見るうちに落胆と後悔の色が滲んだ。
まだまだ若い男ゆえに、そう言う部分での意地の張り方はあまり上手くは無い。
だからこそ、エディは全部承知で試練を与えているのかも知れない。
ある意味では意地悪や嫌がらせそのものなのだろうが……
「ただし、地球に向かうにあたり希望者を募る事とする。具体的に言うとだ」
――随分ともったいぶった言い方をするな……
テッドは少々不機嫌な様子だ。
思うように為らない現状に不満を募らせつつも、従うしかない辛さともいえる。
だが、我慢と忍耐の日々は必ず結果を出すと、テッド自身がそう信じていた。
いつの間にか感化されたのかも知れないが、エディと同じように我慢だと――
「シリウスに残って別便で来る者を募集する。実は、2ヵ月後にドッドが復帰する事になった。アレだけ重傷だった関係でリハビリに手間取っている状態だが、現状ではだいぶマシになったと連絡が来た。ウェイドの支援もあってか、今は戦闘に支障が無いレベルになったとの事だ。ドッドと合流しグリーゼへ来れば良い」
ドッドの復帰に中隊が沸いた。
だが、テッドにしてみれば、それはあまり問題じゃないことだ。
シリウスに残る者を募集する。
それはつまり……
「おぃテッド! 残るだろ?」
「そうだぜテッド! チャンスだ!」
ディージョとヴァルターが勢い良くテッドの背を叩いた。
誰だって今のテッドを思えば、そんな言葉を吐くと言うモノだ。
リディアとの接触は未遂に終った。
だが、シリウスに残っていればチャンスはあるかも知れない……
ただ、テッドはこの時点でハッと気が付いた。
エディが仕掛けた罠の存在に……だ。
そもそも、501中隊はシリウスに存在し無い事になっている。
本来クレイジーサイボーグズは、全員が蜃気楼と走馬灯の世界に居るはず。
光速よりも僅かに速い速度でグリーゼへと向かい時間稼ぎしている筈だ。
ならば、シリウスに残っても自由など無い。
リディアと密会する事も出来ないし、会いに行くなど本末転倒だ。
ここに居るんだとメッセージを出せば、強引に会いに来かねない。
つまり、潔く諦めることも肝要……
「いや。俺はエディと一緒に行くよ。だって──」
逡巡しつつもテッドはそう切り出した。
「──ここに居ても会えそうにないから」
エディの課した試練の中身を思えば、恐らくはこれが正解だ。
そんな確信で話を切り出したのだが、エディは静かに笑っていた。
「いいのか?」
「えぇ」
「そうか」
エディはそれ以上の事を言わなかった。
ただ、なんとなく意味深な笑みを浮かべてテッドを見ていた。
「……なんですか?」
「いや…… きっと育った環境の違いという奴だ」
「はっきり言ってください」
何とも微妙な空気の中、テッドはエディと視線を闘わせた。
その強い目力に、テッドは気圧されているのだが。
「責任感の強い男だと、そう思ったのさ」
「……それって」
「お前の父親がそう言う人間だった。その背中を見て育ったのだから当然だ」
言いたい事の本質は全く違う……
テッドにだってそれ位のことは解る。
だが、エディは決して正解を言わないだろう。
――――自分で考えろ
きっとそう言うだろう。
そしてテッドは、それ以上の言葉を発するのをやめた。
何とも微妙な空気がシェルデッキに流れ、重い空気になった。
「なら、俺が残る」
手を上げたのはジャンだった。
「良いのか?」
様々な不便を内包しつつ、その全てに耐えろと言うきつい指示だ。
だが、あくまでラテンな陽気男は笑っていた。
「良いのさ。それに、マイハニーを口説きてぇしな」
軽い調子で盛り上がっているジャンを見ていたテッドは『あっ!』と呟く。
「残っていればチャンスがあるかも知れねぇだろ? 女の為なら危険を冒すのが男ってモンだぜ? それに、恋は危ねぇほど燃え上がるもんさ」
ヘラヘラと笑っていたジャンだが、エディは黙って首肯した。
それは、許可と認証なんだとテッドも気が付いた。
「さて、話は決まった。では動きだそう。我々は戦争をしているんだ。一時の平和は次の戦闘への準備期間に過ぎない。そうだろ?」
クルリと背を向け歩き出したエディは、ジャンを手招きし艦内へ入っていった。
その後ろ姿を見ながら、テッドはエディの言った言葉の意味を理解した。
ジャンのようにリスクを取ってでも自分のやりたい事をするべきだった。
絶対的なセーフティなど無く、リターンはリスクとのトレードでしかない。
――残っていればリディアと……
頭を過ぎる後悔に身悶えるが、それ以上の事を考えても仕方が無い。
もはや賽は投げられ、望まない形でも事態は進んでいく。
後悔しない生き方と言うモノをテッドは少しだけ理解した。
そして、その選択肢に責任を取ると言う事も……




