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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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本家登場

~承前






「あっ!」


 テッドの小さな呟きがコックピットに漏れた。

 モニターには直撃弾を受けるシェルが写っていた。


 ──誰だ?


 無線封鎖中のため、誰だか確認する術が無い。

 だが、各パイロットの癖を見ていたら、消去法的にステンマルクだと思った。


 機体の中央部付近へ最大効率での一撃を受けたらしい。

 様々なパーツをばらまきつつ、ギリギリの姿勢制御で戦線を離脱しつつある。

 その周囲には複数のドラケンが集まっていて、支援についていた。

 正直、そのサポートにつけばこっちが手薄になる。


 ──こっち抑えようぜ……


 テッドの偽らざる本音が内心に渦巻いた。

 そして、盛大に舌打ちした後でモニターの縮尺を変えた。

 敵の数は全く減っていない。後から出てくる増援こそ少なくなったが……


「そろそろ勘弁してくれよ……」


 テッドの口から泣き言が漏れた。

 実際問題としてどうにもならない戦力差だ。


 こちらの戦力は12機しかなく、連邦軍シェルはまだ軽く100を越える。

 戦闘開始から既に1時間近くが経過するも、まだ終わりは見えない。


 ……アルゴリズムが進化している


 認めたくは無いが、それは絶望的な事実のようだ。

 連邦軍のシェルが見せる複合的な連動戦闘は、とにかく抜け道が無いのだ。


 かつて戦ったシリウスシェルがそうであったように、戦闘AIは冷徹だ。

 突入した燎機の撃破[する/される]を観測し、次の一手の戦略を組み立てる。


 チェスや将棋と言ったゲームは、比較的早い時代からAIが人を凌駕した。

 そして今は、人間がコンピューターに太刀打ちできない状態になっている。

 全くソレと同じ現象がここでも起きているのだ。


 撃破された味方の負けパターンと敵の運動パターンを観測し、類型化する。

 それを元に、過去の戦闘記録から上手くいったパターンを探し出し戦略化する。


 少しでも勝つ可能性が高い方法。

 少しでも敵機を追い詰められる方法。


 その手段を、自らの犠牲を厭わずに実行する。

 一切迷う事無く、また、自らの危険を顧みること無く。


 コンピューターが見せる究極の割り切りは、人間では到底真似出来ない。


 ――やべぇ……


 テッドの内心は不安と恐怖に荒れ狂う海だった。

 だが、だからといって逃げ出すわけには行かないのだ。

 敵機を殲滅し、悠々と帰らねばならない。


 それはつまり、連邦軍内部における自らの立ち位置の確保その物。

 誰でも良いから、『501中隊がここに居れば……』と言い出すまで。

 いや、言い出させるまで、精々敵のフリをするだけだ。


 雲霞の如くな連邦軍のシェルは、まだまだ数に恃んで攻撃してくる。

 戦闘を続行するにも弾が無く、チェーンガンの残数も心許ない状態だ。


「こりゃ本気でヤバイ」


 すれ違いざまに一撃を入れて撃破したテッド。

 その、ごく僅かなすれ違いの間に敵機の腕をもぎ取った。


 武器が無いなら作れば良い。


 かつて経験した絶望的戦力差の戦闘を思い出し、テッドは思い切った手に出た。

 奇麗事を言ってられない状況となり、背に腹は代えられない措置だ。


「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 ハチャメチャな雄たけびと共に、テッドはもぎ取った腕をムチの様に使った。

 すれ違いザマの一撃で2機ほどを撃破したが、腕はそれで壊れてしまった。


 そもそも、シェルの腕はただのマニピュレーターでしかない。

 本格的な殴り合いをするほど丈夫では無いのだから仕方が無い。

 しかし、武器が無ければ戦えないのも事実だ。


 ――補給……

 ――無理だよな……


 その絶望的な現実が目の前をよぎる。


 もはや目の前のシェルが無人のドローンシェルである事を疑わない。

 そのシェルが3機編隊を作ってテッドの前に現れた。


 先頭が陽動し、二機目が動きを封じ、三機目が致命的な一撃を入れる。

 結局のところはこのスリーマンセル編隊が一番手強いし、撃たれ強いのだ。


 オマケに陽動のシェルは犠牲になる事を厭わないし、代わりは幾らでもいる。

 このユニットが失敗しても、次のユニットがいる。それでダメならその次へ。

 撃破が成功するまで攻撃し続けるのだ……


 ――勘弁してくれよ!


 装甲に優れるドラケンだが、それでも直撃弾を喰らい続ければ被害は出る。

 何より、パイロットの精神が削られていって細かなミスを連発するようになる。


「あっ! やべっ!」


 テッドが短く叫んだとき、絶妙の角度でモーターカノンの一撃を喰らっていた。

 コックピットのマルチモニターに被弾状況とダメージが表示される。

 右ひざ部関節の外側に一撃を受けたようで、右ひざは曲がらなくなった。

 脚部の姿勢制御バーニアは動くようだが、旋回にあわせての重心移動が危うい。


 チッと小さく舌打ちしてからテッドは応急処置を行う。

 具体的には、膝関節の裏を叩いて強引に膝を曲げるのだ。

 これで重心点移動の補償は多少でもカバーされる筈。

 だが、その僅かな時間が命取りだった。


「あ……」


 目の前に現れたスレーブシェルの砲口が光っている。

 それが発射炎だと気がついた時には、既に砲弾が飛び出ていた。

 相対距離を考えれば、着弾まで時間が無い。


 ドラケンのコックピットを護る装甲はとにかくぶ厚いのが取り柄だ。

 だが、この距離であの口径のモーターカノンで、しかも相対速度は相当だ。


 ――ここまでか……


 過去に何度もそう思った最期の瞬間だが、今回ばかりは極めつけだった。

 どうやったところでリカバリーは出来そうに無いし、回避も間に合わない。


 シリウス製ドラケンが持つ装甲の避弾経始に期待するしかない。

 ただ、それとてAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)には無力だ。


 ――さよならリディア……

 ――もう一度抱き締めたかったよ……


 極限の時間圧縮が起きている中、テッドは僅かに微笑んでいた。

 限界一杯の一撃が今まさに迫っているなか、心は穏やかだった。

 人生、諦めが肝心と言うが、本当に土壇場となった時は自然にそうなるらしい。


 テッドの脳裏に幾つもの幸せな日々が流れた。

 手を繋いで眺めた青い惑星のことを思い出した。

 そして、いつも曇り空だったグレータウンの、あの掘っ立て小屋の日々をも。


 天使の笑みを見せる我が子を抱き、リディアと肩を寄せ合って暮らす日々。

 貧しいくも幸せな日々を妄想し、この手からすり抜けた未来に思いを馳せる。


 ――ゴメンよ……


 僅かな後悔が口を突いてこぼれた。

 ただエディについて来たことは後悔していない。

 自らの腕が足りなかったことを、ただただ恨んだ。


 ――どうか……

 ――リディアが健やかでありますように……


 コックピットの中でシリウスに願いを捧げたテッド。

 だが、そんなテッドの目の前に特大の火球が生まれた。

 猛烈な熱を発したその火球は、ドラケンの装甲を照らした。


『何処見てんの! 油断しないの!』


 突然無線の中に響いた黄色い声。その声にゾクリとテッドの背筋が震える。

 素早く期待をスピンさせた時、やや離れた場所には見覚えのあるシェルが居た。


 ――ウルフライダーか……


 そこに居たのは真っ白の機体にパイドパイパーのステッカーを貼った機体だ。

 左肩に見えるのは、シリウス軍を示す真っ赤なバラのマーク。

 本来ならばバーニー少佐が率いている筈のワルキューレがそこに居た。


 その手に持っていたガンランチャーが猛然と火を噴いている。

 テッドの目の前にあった砲弾を含め、スレーブシェルが次々に撃破された。


『ごめんバーニー! 遅くなった!』

『サミーの酒が抜けなくってさぁ……』

『あたしだけじゃないでしょ! 何言ってんのよ!』


 ――やかましい……


 必死で笑いを堪えたテッドは、吹き出しそうになって堪えた自分を褒めた。

 女三人寄れば姦しいと言うものだが、無線の中が一気に賑やかになっていた。


『あなたたち、有望株の前なのよ? もうちょっと……』


 呆れ声のバーニーは、それでも両手を左右に広げフォーメーションを指示した。

 その動きに合わせ、ワルキューレは一斉に戦闘展開を始めた。


 過去に何度も見ている一撃必殺の展開だ。

 501中隊が使うビゲンの機動に追いすがって攻撃を加えられるモノだ。


『はいはい! しろーとは帰った帰った!』

『手伝わなくて良いから邪魔しないの!』

『あっち行って見てなって』


 ――この声は例の音符マークな三姉妹だ……


 賑やかと言うよりやかましい。

 そんな印象をテッドは持った。


 だが同時に、頼もしいと言う感情をも沸き起こる。

 ふと目をやったエディ機が大きく旋回して引き上げていく。


 ――帰投するのではなく補給に行くんだ!


 何の根拠も無いが、テッドはそう直感した。

 そして、シェルの進路を一気に捻じ曲げ急旋回した。


 ビゲンならばもっと簡単に出来る技だが、鈍重なドラケンでは中々難しい。

 しかし、メインエンジンのリニアな反応は、高難易度な技を簡単に再現できた。

 マニュアルで飛ばしているが故に、一切遊びの無いシャープなターンだった。


『……へぇ やるじゃない』


 艶っぽい声が漏れた。


 ――リディアの声だ!


 テッドは思わず叫びそうになってギリギリで堪えた。

 無線封鎖のもどかしさに身悶えるが、ここで一言を発する訳にはいかない。

 エディが我慢に我慢を重ねて努力した事全てが、一気に瓦解しかねないからだ。


 それだけは絶対に避けたい。


 それは、本当に厳しい人生を送ってきたエディの、その努力を無にする行為だ。

 我慢に我慢を重ねた日々の悔し涙を意味の無いモノにしてしまうものだ。


『本当に将来有望ね』

『おねーさんが遊んであげるわよ?』


 なんとも下卑た声が聞こえ、その声の主は誰だ?とテッドは首を傾げる。

 だが、実際問題として軍隊の内情など、何処の軍でもこの程度だろう。


 ――まぁ……

 ――後で考えよう


 振り返る事無くウォースパイトへの帰投進路をとったテッドはエディ機を見た。

 相変わらず各所に被弾痕をつけているが、致命傷になるような物は一つも無い。

 それどころか、砲弾も燃料もまた余裕を持っている状態だった。


 ――さすがだ……


 言葉を失っていたテッドだが、ウォースパイトの着艦誘導で我に返った。

 教科書どおりの着艦を決めてみれば、艦内には補給準備が整っていた。

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