表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第二章 後退の始まり
23/415

臨時野戦憲兵代理

 ――――サザンクロス市街 アッパータウンエリア アクルクス

      シリウス標準時間 5月10日午後





「おい! そこで何してんだ?」


 最初にそれを見つけたのはファリーだった。そして、その直後、クイックも別の所で何かを見つけた。リックとピエロもそれに加わって銃を構えた。


「両手を挙げて外へ出ろ!」


 サザンクロスの中心部から北東へちょっと走った場所。アッパータウンエリアである『アクルクス』という市街地だった。市民が避難しきった街の中。民家に押し入り宝探しをしていた一個小隊ほどの連邦軍兵士と501中隊は出くわした。街の警備中と言う大義名分で街に残っていた兵士を見に来たら、予想通りの展開だったと言うことだ。


「おぃ! ふざけんじゃねーぞ!」

「そうだ! やっと見つけたんだ!」

「金持ちの街って言うから期待したんだがこれっぽっちだぜ!」

「横取りとか洒落になってねーぞ!」


 銃を突きつけられた連邦軍兵士が怒り出している。だが、その手には略奪したばかりのシリウスドル紙幣があった。また、それだけでは無く、様々な金目のモノを漁ったと思しき戦利品を抱えていた。


「まぁまぁ…… お互い忙しい身だ。手早く済まそう」


 ファリーに銃を突きつけられた連邦兵士の前。エディは困った表情で立っていて、その手に持っていたシリウスドルをむしり取ると、枚数を数えていた。


「よくもまぁこれだけ集めたな。1500ドルもあるじゃ無いか」

「家捜しは正当な権利だろ!」

「敵地ならな。ここは友軍管理地だ。故に違法だ」


 エディはおもむろに腰のM29を抜いて連邦軍兵士の眉間に突きつけた。


「……おぃ 何の冗談だ? 冗談だろ? おぃ!」

「冗談なんかじゃ無いさ。覚えておけ」


 右の頬だけを醜いほどにゆがませ笑ったエディ。


「我々は第501独立野戦中隊だ。戦線治安維持委員会から正式なルートで憲兵代理権限を与えられ、こうやってコソドロ退治に勤しんでいるって事だよ。そして、私の名前はエディ・マーキュリー少佐。お前を粛正した男の名だ」


 言葉が終わると同時にエディは撃鉄(ハンマー)を起こした。

 その表情にゾクッとした兵士が明らかな狼狽を浮かべる。


「まっ! 待ってく――


 パンッ!と鋭い音が響き、兵士の後頭部が見事に爆散した。真っ赤な血と共に脳をまき散らして即死した兵士を冷たい表情でエディが見ていた。


「で、次は?」

「このデコ助だ」


 銃を突きつけ後ろから蹴り出したウォレス。同じように手にはシリウスドル紙幣があって、しかも、その量は先に射殺した男の3倍はあった。


「こりゃまたよく集めたな。ご苦労さん」

「頼む! 見逃してくれ! コレ全部やるか――


 再び鋭い銃声が響く。

 エディはこれ以上無い冷たい目で見下ろしていた。


「まったくまぁ…… どいつもこいつも」


 501中隊の下士官達がアチコチから連れてきた兵士は全部で35人。どれもコレも家捜しして火事場泥棒の真っ最中だった。その粛正を行ったエディたち501中隊の士官3名。すぐ後ろで名前と人相を記録していたジョニーもまた、これ以上無い冷たい眼差しでそれを見ていた。


 ――――これがそもそもの仕事なのか……


 と、ジョニーはやっと気が付いた。シリウス人民の財産を略奪している狼藉者を狩り出す501中隊の面々。憲兵代理の権限がどれ程恐ろしいのかをジョニーは知った。そして、この地域の司令官である上級大将が出したらしい命令書の効力も。


「コレで終わりか?」

「どうやらそうらしい」


 最後の一人は涙と鼻水でグシャグシャの顔だった。


「頼む! 見逃してくれ! 後生だから! 頼む! 地球で家族が待ってンだ!」

「心配しなくて良い。家族の元へは戦死公報が届き、軍人恩給で生活出来る。名誉戦死という奴だ。誇り高き地球人の兵士はシリウス人の為、勇敢に戦ったのだが、運悪く流れ弾でなぁ……」


 これ以上無いくらい恐ろしい笑顔で見下ろしたエディは6発目の44マグナム弾を放った。一瞬にして脳味噌が豆腐のように弾けとび、略奪を繰り返していた男が死んだ。

 手首のスナップだけで弾倉を開けたエディは、薬莢を落とし一発ずつマグナム弾を詰め、次の6発を装填した。その一部始終を見ていたジョニーは、ふと父親が行っていた弾詰めのシーンを思い出した。


「ジョニー なに黄昏てんだ」

「……親父を思い出しました」

「あぁ そうか」


 自分の所作でジョニーが黄昏れてると気が付いたエディ。少しだけ気の抜けたジョニーの頬をペチペチと叩いて、そして笑っている。


「気を抜くには早いぞ」

「サー!」


 エディの手が前進を意味するように前へと倒され、銃を構えた501中隊が街の中の前進を再開した。それほど荒れては居ないのだが、それでも各所に略奪や放火の痕跡が残っている。


「ったく…… 酷いモノだな。夜盗の集団とどう違う」


 ボソリとこぼしたマイク。そんな言葉にジョニーとヴァルターは顔を見合わせていた。夜盗まがいの狼藉を働くのも連邦軍なら、それを取り締まって歩いて粛正して歩くのも連邦軍。結局は人間の所行なのだと気が付いて苦笑いを浮かべる。


「おーい! エディ! 次はこっちだ!」


 何処からかアレックスがエディを呼んだ。ジョニーとヴァルターを連れたエディが街の中を歩いて行くと、何処からか女性の悲鳴と泣き叫ぶ声が聞こえた。そして、荒々しい男の怒号。ジョニーの顔に殺気染みた憤怒が浮かぶ。


「ドッド! 手近な人間を連れて突入しろ」

「イエッサー!」


 女性の悲鳴が続いていたのはちょっと大きな家の一角だった。鍵の掛かっていない玄関から入っていったドッド達5人。ややあって鋭い銃声がいくつか響き、しばらくしてからズボンを掃いてない連邦軍兵士が両手を頭に乗せて家の外へと連れ出されてきた。


「……まったく。 どいつこもこいつも盛りやがって」


 エディはジョニーが肩から掛けていた自動小銃を取って構えた。下半身裸の兵士に驚愕の表情が浮かぶ。だが、エディはそれを意に介さず問答無用でいきなり銃を撃った。フルオートでマガジンが空になるまで撃たれた兵士は、身体中から血を流して地面の上で痙攣していた。口から血を吐き出し苦しんでいるが、その身体を蹴り上げたエディは、死にきってない兵士を跨いで次の兵士に向かった。


「女の方はどうした?」

「いまウェイドが連れてくる。まぁ要するに『治療中』だ」


 連邦兵士に銃を付き突きつけているドッドも呆れて言葉が無い。ややあってウェイドは10代半ばと思しき女の子を連れて家から出てきた。年の頃ならジョニーと大して変わらないのかも知れない。涙と鼻水と恐怖で酷い顔だった。


「怪我は?」

「治せない方のが酷い」

「そうか」


 連邦軍兵士の上着を肩に掛けられた少女は震えながらウェイドの後ろに立っている。そのすぐ近くにマイクとアレックスが立っていて、その向かいには両手を頭に乗せた連邦軍兵士が膝立ちになって並んでいた。全員、ズボンを下ろしたままだった。


「酷い言いぐさだが災難だったね」


 優しい笑顔でエディはそう言うのだが、少女は震えたままだった。


「あー ジョニー」

「はい」

「こっちは戦死にしなくて良い」

「……と、いうと?」

「そうだな。脱走兵で良い」

「はい」


 脱走は兵士にとってかなり重大な罪だ。そして、規律維持の為なら問答無用での銃殺が許されていた。戦死公報に載る事は無く、不名誉除隊扱い以下の軍籍追放となり、恩給どころか市民権などに制約が生じる事になる。ただし、生きていればの話ではあるが……


「頼む! 撃たないでく――


 予想通りの命乞いだとジョニーは笑った。そして、それを見ていたエディも笑っていて、そのまま迷う事無く何発もライフル弾を撃ち込んでいる。その都度に民家へ押し込んで民間女性を蹂躙していた兵士が死んでいった。


「頼む! 止めてくれ!」

「彼女もそう言わなかったか?」

「頼む!後生だ!た『彼女もそういわなかったか?質問に答えろ』


 エディの足が力いっぱいに兵士の顔を蹴り上げた。口と鼻から血を流し、前歯を追ってフガフガと情けない声を出している。


「お前は彼女を陵辱するその手を止めたのか?」


 眉間に銃口を突きつけたエディが凄む。その表情に死を避けられないと悟った兵士は落胆の色を隠せなかった。


「お楽しみの後にはお支払いの時間という事だ。ただ、支払うのは金じゃ無い。不始末のそのツケを払って帰れ。あの世にな。それで審判を受けると良い」


 恐ろしい表情を浮かべたエディの手が僅かに動いた。


「良いたびを」


 ライフルの銃口から銃弾が放たれ、ザクロの様に頭蓋が弾けとんだ。

 そのまま5人ほど射殺したエディは、少女に歩み寄って頬に手を触れた。


「申し訳ない事をしたね。もう終わってしまった事だから、事の前に戻る事は出来ない。ダニか蚤にでも噛まれたと思ってくれ。せめてもの償いに、害虫はちゃんと駆除していくから安心して欲しい」


 そんな事を言っているエディだが、それも酷い言いぐさだとジョニーは思った。ただ、現状ではこれ以上どうしようも無い。そんな中、最後の一人になった時、エディは僅かに逡巡していた。そこに居たのは紛れもない士官だったからだ。


「……情けないですな。中佐殿」

「魔が差したんだ。さぁ、銃殺してくれ」

「……残念ですがそれは出来ません。後方送致の上、軍法会議です」

「少佐…… 頼む」


 歩み寄っていったエディはいきなり中佐の顔を横へ蹴り上げた。


「下士官や兵卒の手前、それは出来ない相談ですな。中佐殿」


 ふと振り返ったエディはマイクに何かを合図した。目で会話したんだとジョニーは思ったジョニーだが、その内容まではわからないでいた。マイクが何処かへと姿を消したたあと、エディはおもむろに話を切り出した。


「部下に命じてサザンクロス中心部から野戦憲兵隊を呼び寄せさせました。到着まで25分掛かるでしょう。そこで引渡し、前線本部将校による簡易軍事裁判を行います。まぁ、中佐殿ならば説明の要は無いでしょうが、戦時不法行動における士官の不名誉行為は重罪ですから、間違いなく残念な結果になるでしょう」


 青褪めた表情で話を聞いている中佐を他所に、エディは辺りの民家を家捜しするよう指示を出した。『まだ盛っているバカが居たら、その場で射殺しろ』と命令を添えてだ。ややあってマイクはどこからか意外なものを持ってきた。材木を切断するのこぎりだった。それを見た中佐の表情が引きつる。どうなるんだ?と恐れ慄いている感じだった。


「ですが…… 中佐殿。小職にも耳掻き一杯くらいは同情する余地があります。つきましては……」


 マイクから受け取ったのこぎりにはさびが浮き、所々歯が掛けていた。そののこぎりを中佐の前に放り投げたエディ。その顔に狂気染みた笑みを浮かべて中佐を見ていた。


「小職の責任において自決の権利を認めます。ただ、残念ですが……」


 そののこぎりを指差したエディ。あたかも『さぁ やれ』と言わんばかりだ。


「部下に命じなるべく苦しむような刃物を探せといったのですが、こんな()()()()()()()()()()()しか見つけら無かったようでして、小職としては贖罪の観点から、死にたくても死に切れない程度のものを期待したのですが…… ()()()()です。無事に死に切れたなら戦闘中負傷による戦死扱いにいたしますが、如何されますか?」


 脱法行為を犯した士官が辿る末路は悲惨としか言い様がない。簡易軍事法廷とはいえ、有罪となれば間違いなく縛り首だ。それだけでなく、残された遺族に何の恩恵も無く、また、犯罪者としてリストに名前を残す事になる。

 のこぎりで死に切ろうと思うなら、自分の首を切るしかない。しかし、一定以上斬れば力が抜け、最後は失血死となる。苦痛と寒さと恐怖に震えながら、少しずつ死んでいく自分と向き合う事になるのだった。


「さて、駄々話をしている間に貴重な5分が過ぎてしまいました。自決されるならお早めにどうぞ。そうでないなら……」


 501中隊の面々をグルリと見回したエディ。その表情には凶悪なまでの悪意があった。思わず背筋に寒気を覚えたジョニー。ふと隣を見れば、ヴァルターも心なしか眉間に皺を寄せていた。

 だが、それ以外の隊員達はニヤニヤと笑って様子を伺っている部分がある。ジョニーは悟った。このメンバーは定常的にこんな汚れ仕事を引き受けて、しかもそれを進んでやっているのだと。


「まもなく野戦憲兵隊が到着します。残念です」


 エディの目が通りの彼方を見た。釣られるように名も知らぬ中佐も遠くを見た。街道の彼方から何かが走ってくるのが見える。どうやらそれが憲兵らしい。中佐は己の運命を悟った。


「代理憲兵少佐。厚情に感謝する」


 中佐は意を決し歯の飛んだのこを手に取ると、自分の首右側面へ当て、力一杯引き抜いた。血飛沫が飛び散り、恐ろしい音が辺りに響いた。その一部始終を無表情に眺めていたエディ。

 2度3度と鋸をひいた中佐の手に力が入らなくなり、血を多量に流しながら地面へと崩れた。そして、僅かに痙攣しつつ、痛みに呻きながら少女を見ていた。許しを請うような眼差しであったが、その目を塞ぐように顔を踏みつけたエディは、身をかがめ吐き捨てるように言うのだった。


「罪を犯した者に救いなど無いのですよ…… 中佐殿」


 そんなエディの姿を見ていたジョニーやヴァルターは、エイダン・マーキュリーという人物の持つもう一つの側面。つまり、何処までも冷酷で、そして、容赦の無い部分を初めて見た。

 何時もどこか緩く、気さくにジョークを言いつつ、部下ではなく仲間として接してくれる懐の深い人物。言い換えるなら、どこか適当でいい加減で、少々の問題でもなぁなぁで済ませてくれる部分のある話のわかる人物。そんな評価だった筈だ。

 だが、いま目の前に居るエディと呼ばれた少佐は、いかなる事情があろうとも不正を許さない四面四角(スクエア)な面倒臭い人物で、憲兵と言う職務を果たす為に、まったく弁明や弁解の余地を与えず『罪人』を処断している。

 つまり……


「ジョニー。ヴァルターも聞け」


 新兵二人の後ろでボソボソと話を始めたアレックス。

 その声を黙って聞いている二人は背筋が冷え切っていた。


「エディの性格はあの通りだ。仲間や部下には寛大だが、それはルールを守る有能な場合だけだ。敵には一切容赦が無い。罪を犯したものにも一切容赦が無い。それは忘れるなよ。絶対に。どんな時も。何があってもだ」


 アレックスの言葉を聞いて静かに頷いた二人。ややあって名も知らぬ中佐は息絶えたらしく、エディは血塗れの首もとに手を突っ込み、ブチリと音を立ててドッグタグを引き抜いた。


「えー ジョルジオ……スコルツォーニ…… イタリア系か」


 その言葉をメモしたジョニー。砂塵を上げて走ってきた装甲車が到着したのは、同じタイミングだった。ハッチが開き降り立った野戦憲兵章を首から提げる士官は大尉のようだった。


「少佐殿。ご連絡があり来たのですが……」

「わざわざご苦労でしたな大尉。だが、ごらんの有様で」

「……なにが?」


 怪訝な表情で実況見分を始めた野戦憲兵は、そこに転がるすべての死体を改め、その全てが501中隊による処断と断定し報告書を書き始めた。たった一人。中佐を残してだが……


「少佐殿。こちらの中佐は?」

「おぉ、そうだ。スコルツォーニ中佐。同じく略奪及び婦女暴行に加わっていた主犯者と思われる。部下が始めたのを止めるのではなく自分も参加していたようだ。さすがに拙かろうと思って中佐殿はそちらに引き渡すつもりだったのだが……」


 中佐の手にしていたのこぎりを指差したエディ。そこで何が起きたのかをなんとなく理解した大尉も顔をしかめた。


「まさかこれで自決するとは思わなかった」


 そんな言葉を吐いたエディだが、周りの501中隊メンバーはどこか薄笑いでそれを眺めている。そんな空気を読んだのか察したのか、憲兵大尉も『あー』などとのんきな声を出して額を手で押さえた。


「自決と言うのは穏やかではありませんが、まぁ……」

「その辺りはよろしく頼むよ」

「了解しました。で、その被害者の女性と言うのは?」

「あっちだ」


 エディが指出した先。ウェイドは殴打された痕に薬を塗り、そして、手持ち薬の中にあった緊急避妊薬を経口摂取させるべくカウンセリングを続けていた。だが、どうも少女の様子がおかしく、ウェイドは時々首をかしげている。


「今後は我々が引き継ぎます。彼女の身柄を保護し施設で検査しましょう」

「よろしく頼む。我々は引き続き街を捜索する」

「いえ、大至急後退してください。2時間後にテソー河に掛かる橋を全て爆破しますので、後退不能になり取り残されます」

「了解した」


 アレックスとマイクは慌てて部下を集合させ、M188装甲車へと乗り込んだ。装甲車のキューポラアから野戦憲兵に保護された少女の姿が見えた。ややおぼつかない足取りで歩く少女の足元には銀の雫が垂れていた。

 装甲車が動き出し、視界から少女が消えるまで見ていたジョニーとヴァルター。その向かいに座ったウェイドは、腕を組んで考え込んでいた。答えの出ない問題に頭を捻るように。


「何があったのでありますか?」


 我慢ならず問い掛けたヴァルター。ウェイドは怪訝な表情のまま言う。


「妊娠したら産むから薬はいらないんだとさ。あの子もあんがい芯が強い」

「薬?」

「緊急避妊薬だ。アンだけヤられりゃ、女の胎内(はら)んなかはゴッポゴポってなあんばいだろ。間違いなく妊娠するよ。だけど、彼女は緊急避妊を拒否したんだ。考えられるか? 見ず知らずの男にレイプされて出来た子だぜ?」


 ヴァルターとジョニーは顔を見合わせた。


「……それ、シリウスの文化です」

「文化?」


 生粋のニューホライズン生まれな二人だからこそ、説明しづらい部分もあったのだが、地球からやって来たウェイドには理解不能なのだから言葉にしなければならない。先にヴァルターが口を開いた。言いにくそうにしているが、でも事実だ。


「えぇ。ヘカトンケイルが全てのシリウス人へ呼びかけた多産を奨励する言葉にあったんですよ。望まれぬ妊娠でも、それは神の子だって。色々あってニューホライズンでは堕胎や中絶する代わりにそのまま子供を産んで、国の施設へ預ける女が多いんです」

「人口を増やすためか?」

「それもありますけど、いちばんの理由は子供を5人以上生むと死ぬまで国から年金が支給されるんです。たくさん貰える訳じゃ無いけど、生活していくのに困らない程度は支給されてました。だから……」


 ニヤリと笑ったヴァルター。ジョニーは恥かしそうに笑った。


「俺みたいに金の無い男が嫁さん貰う時は、妊娠させてから婚姻届け出すんです。そうすると一番最初にお祝金が支給されて家とか仕事とか斡旋してもらえます。で、そのままポコポコと子供こさえていって、6人目からは色んな物がただが、めちゃめちゃ安くなります。だから、女にしてみれば、身体的に問題なければ子供は産んだほうが得なんですよ」


 ジョニーの説明に言葉を失ったウェイド達。しかし、考えてみればその通りの話でもあるし、また、そうでもしないと人口を強引に増やすと言うのは無理なのかもしれない。


 重い空気に包まれた車内。

 押し黙ったままの皆を乗せ、装甲車はサザンクロスの中心部へと入っていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ