粛正
~承前
シリウス軍空母の名前はウォースパイトと言うらしい。
カタパルトオフしてから聞いたその名前は、なんとも皮肉なものだった。
ウォースパイト
それは、『戦いを蔑む者』或いは『戦争を軽蔑する者』を意味する。
ただ、ウォースパイトとは、反戦主義者と言う意味ではない。
戦いを嫌悪するが故に、苛烈な戦いを行う者と言う意味をも内包する。
戦いの芽を摘み取り、無益な争いを事前に防ぐ者でもあるのだ。
それはつまり、ジョンブリスタの中にある皮肉と陛虐の精神。
直接本音を言わず、遠回しに意思表示して実行する者の意味でもあった。
「遊びが大きいな」
ボソリと呟いたテッドは、コックピットの中で緩衝材に押し包まれていた。
機密を護る為、完全無線封鎖環境での出撃だ。仲間との通信は一切出来ない。
連邦向けのドラケンと基本的構造は全く一緒だが、緩衝材がとにかく邪魔だ。
――リディアもコレで……
何時ぞや見たコックピットの中のリディアは、この緩衝材に埋もれていた。
強靭なレプリの身体とはいえ、生身でシェルの高機動は耐えられない。
強いGに歯を食いしばって耐えたところで、身体の構造が先に根を上げる筈だ。
「……だから女なのか」
男と比べれてみれば、女の身体は相対的に小柄で軽量なものだ。
強い旋回Gが掛かっても、基礎的質量が軽ければ掛かる力は少なくてすむ。
質量の二乗に比例する力が掛かるのだから、体重が軽い事は何より有利だ。
なにより、狭いコックピットの中でもスペースに余裕が生まれる。
緩衝材で充満したコックピットの中、テッドはふと思った。
――俺たちは不利だな
そもそも身体がデカイ上に、その芯まで機材がびっしりと詰まっている。
バッテリーやリアクターと言った、体積質量比で高密度な物が多い。
その機材に掛かる重量をグッと耐えながら、超高速で飛ぶのだった。
『さて…… 見えてきたな……』
無線の中にバーニー少佐の声が響いた。
コックピットにあるレーダーパネルが、遥か彼方に大型艦艇を捉えていた。
シリウスからコロニーを経由して地球を目指す往還船だが、船籍は地球だ。
連邦軍ではなく国連組織に所属した超光速艦艇は、速度を上げつつあった。
『では始める。各機油断するな』
脳内ではなくスピーカーから響く声にテッドは顔をしかめた。
なんともノイズの多い音声で、正直かなり聞き取りにくい。
強い旋回中や激しいマニューバの最中では、正確に聞き取る自信が無い。
――リディアたちはコレでやってるのか……
改めて驚くテッドは、状況の推移を黙って見守る事にした。
手にしていた大型無反動砲のセーフティを外しつつ……だが。
『地球船籍の大型艦艇に通告する。こちらはシリウス機動突撃軍所属の飛行隊だ』
ハッキリとした口調で切り出したバーニー少佐は、高圧的な物言いで続けた。
それは、権威主義で教条主義なシリウス軍特有のモノだった。
――――こちらシーアン
――――シリウス軍航空機の通信を受領した
――――用件を
『私はヘカトンケイル直属親衛隊、ワルキューレ隊の隊長、バーニー少佐だ。シリウス元首ヘカトンケイルの命によりやって来た。貴艦の停船を求める』
――――こちらシーアン
――――用件の意図を理解しかねる
――――停船理由の説明を求める
『こちらワルキューレ。貴艦の艦内に連邦軍将校がいる事は分かっている。その将校とシリウス人民の裏切り者であるシェン・ヤンの引渡しを求める』
バーニー少佐の言葉を聞いたテッドは、コックピットの中で思わず大爆笑した。
そして、エディが浮かべたしてやったりの表情と共に、バーニー少佐が見せた唖然とした表情の意味を嫌というほど理解した。
――――こちらシーアン
――――通告の意味を理解出来ない
――――何かの間違いでは無いか?
『とぼけても意味は無い。貴艦の中にシェン・ヤンがいる事は分かっている。もちろん、そのシェン・ヤンを拉致した連邦軍将校がいる事もだ。我々の諜報網を甘く見ないで貰いたい。この通告を拒否した場合は攻撃態勢に移る』
それまでシェルの速度は秒速15キロ程度のものだった。
だが、バーニー少佐は、通告の終了と共に戦闘増速を開始した。
速度計の数字が狂った様に跳ね上がり、シェル各機は一気に速度を上げた。
その一糸乱れぬ加速は、全員の練度がすこぶる高い事をテッドに再確認させた。
気がつけばシェルは秒速30キロ程度まで加速している。
バーニー少佐はシーアンを追い越し、艦橋近くへと接近し始めた。
『これは最終警告と捉えてもらいたい。今すぐ停船せよ』
――――停船要求は受諾出来ない
――――本艦は中華人民共和国国民の財産である
――――シリウス政府は我々を敵と認識しているのか
『敵では無い事を確認する為、シリウス友邦国の裏切り行為に付いて査察を行いたい。疚しい点など一切無く、全くもって無実と言うのであれば査察に同意してもらえるものと認識する。停船せぬ場合は攻撃する』
言葉が終ると同時。バーニー少佐は艦橋近くへ向けてモーターカノンを撃った。
曳光弾の残す光の帯が幾本も艦橋を掠めて飛び去って行った。
『繰り返すが、直ちに停船しない場合は攻撃する』
――――こちらシーアン
――――そちらの要求の一切を拒否する
――――我が艦に疚しい点は無く、責任の一切はシリウスにある!
シーアンと名乗った艦艇の通信担当は、興奮した口調で言い返してきた。
その煽り耐性の無さや低さに、テッドは苦笑いを浮かべるしかなかった。
ただ、実際はそうも言ってられないと言うのを、直後に痛感した。
眩い光が虚空を横切り、本能レベルで回避行動をテッドは取っていた。
狙ったわけではない警告射撃なのは分かっている。
だが、パイロットであれば無意識に避けようとするものだ。
――喧嘩腰たぁ……
――随分じゃねぇか!
コックピットのレバーをグッと握り、戦闘支援AIに攻撃態勢を宣言した。
オンケーブルで操作しているドラケン故に、細かな手動操作は必要ない。
だが、連邦軍のサイボーグ向けとは違い、あくまでこのドラケンは生身向けだ。
コックピットは夥しい数のスイッチと計器で埋め尽くされている。
それに埋もれて設置された4枚5枚4枚の三段重ねな液晶が視野のすべてだ。
――ヘヘヘ……
――面白くなってきた
モニター上に表示される機体情報が更新され、各部の兵器が戦闘状態になった。
それと同時、マニューバーリミッターが解除されたとの文字列が流れた。
『全機! 戦闘モードに移れ!』
バーニー少佐の勇ましい声が流れた。
だが、テッド機は既に戦闘モードへと切り替わっていた。
そして、一気に変針してシーアンの直上を取った。
――行くぜ!
無反動砲を構えたテッドが最初に狙ったのは、艦橋後部にある大きなトラスだ。
様々な電子機器向けの装備を集めてあるそこは、レーダーなど『電子の目』だ。
大型艦艇を潰すなら、最初に狙うのはステアリングエンジンかレーダー。
コレはもう鉄則といえることだった。
「あっ……」
テッドの独り言が漏れた。
シーアンが装備していた夥しいパルスレーザーの対空火器が火を噴いた。
小出力レーザー故に火を噴いたと言う表現は正しくない。
ただ、心情的には火を噴いたと言う表現が一番正しい。
『4番機!』
バーニー少佐も金切り声を上げる。
ナンバー4をつけているのはリーナーだ。
スッと左手を上げて問題なしの姿勢を示すのだが、それと同時に2番機が動く。
――マイク!
テッドはその2番機にそっと接近し編隊を取った。
無反動砲の収束射撃を実行する為だ。
そして、その意図を理解した仲間が寄りはじめ、凶悪な集中砲火が始まった。
テッドはトラスの付け根を狙ってガンガンと打ち込み始めた。
2段タンデム構造になった弾頭は、強靭な船殻を次々と削って行った。
ややあってトラスの付け根が露出し始め、パルスレーザーが停止した。
――射撃管制をヤッたか?
僅かに首をかしげるも、船はまだ停船していない。
バーニー少佐は数機の手勢を連れ、艦尾のあたりを執拗に攻撃している。
メインエンジンの機能を削るつもりなのだろう。
――へぇ……
随分とえぐいその攻撃により、艦の推進力が大きく失われつつある。
超光速モードへとワイプアウトする為のハイパードライブは無理そうだ。
ここまで来れば大人しく停船するか、戦い切るかの二つに一つだが……
――――シリウス軍航空機に通告する!
――――直ちに攻撃を停止しろ!
――――コレは命令だ!
――――停止しない場合は……
そこで音声が途切れた。
バーニー少佐機の放った砲弾が艦橋を撃ちぬいたらしい。
大穴の開いた艦橋から流れ出る気流に乗って紅蓮の炎が伸びる。
テッドは何気なくその部分を拡大した。
炎に包まれたクルーたちが続々と吸い出されていた。
宇宙へと放りだされたクルーは猛烈な気化冷却に晒される事になる。
そして、迎える結末は凍結死だ。
――やべぇな……
それでもバーニー少佐は攻撃の手を緩めてない。
次々と船殻へ砲弾を撃ち込み、分厚い装甲にダメージを蓄積させている。
『油断するな! 攻撃を続行しろ! 裏切り者を粛清するんだ!』
厳しい声が飛び、テッドはその声に弾かれ攻撃を続行した。
船体各部に付いている対空砲座は完全に沈黙していて、ただの大きな的状態だ。
――気が引けるぜ……
ふと、そんな事を思ったテッド。
だが、目をやったエディは執拗に船腹を狙っていた。
僅かに内心で『ん?』と考えたモノの、導き出される結果は一つしか無い。
あそこにエディの敵が潜んでいるのだ。
それも、飛びきりに生かしてはおけない怨敵が……だ。
――手伝います!
やや離れた位置から砲を構えたテッドは、エディの攻撃リズムを計った。
そして、着弾するリズムを見つつ、その裏リズムで攻撃した。
強靱な船殻を貫く必殺の槍は、複層の外殻装甲を次々と突破していく。
シーアンは膨大な量のデブリをバラ撒きながら崩壊していた。
――もう少しかな?
グッと距離を詰めたテッドは、気が付けばエディ機に並んでいた。
その状態でつるべ撃ちを続ければ、艦内深部へとダメージが浸透していく。
真空中に内部圧の高いタンクが漂っているようなモノだ。
外部からの強い衝撃を受け、船体その物が曲がり始めた。
『離れろ!』
突然バーニー少佐の声が響いた。
考える前にエンジンを全開にしたテッドは、急速に距離を取った。
一斉に散開した各機が振り返った時、シーアンの船体後ろが大爆発を起こした。
そして、その断面からは夥しい数の船内クルーが吐き出されていた……




