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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
223/425

独立闘争委員会の首魁

今日二話目です

三話目もあります

~承前






『もう2度とやりたくねぇ』


 とんでもない条件の中とは言え、予定通りの場所に降りたのは流石だ。

 小さな声で呟いたテッドだが、中隊を導いたエディ達の実力に舌を巻いた。


 全くの盲目降下に近い条件で、しかも途中から吹雪の中の降下だ。

 寒冷前線の中では激しい吹雪だったのだが、地上では冷たい雨になっていた。


『僅かな熱もクールダウンしてくれて良いな』


 マイクは相変わらずだと皆が思う中、エディはパラを始末し戦闘準備を整えた。

 気を抜いているヒマは無い。ミッションは進行しているのだ。


『行くぞ!』


 シミュレーターで経験した建物は2階建てだったが、この施設は地上11階だ。

 予想以上に大きな建物だが、実際の問題としてやる事は変わらない。


 突入して全滅させるだけ。シェン・ヤンなる人物を探し出して射殺する。

 テッドはそう理解しているし、中隊全員も同じだろう。


 エディは屋上の小さなハッチに取り付いた。マイクが鍵を壊し中へと侵入する。

 屋上へと出る階段を降りていって、地上11階へ侵入するも人気が全く無い。

 冷たい雨の降る状態とあって、建物の中は静まりかえっていた。


『アクティブ・パッシブセンサー、両方とも反応なし』


 アレックスの言葉を聞いたエディが前進しろと手を振った。

 マイクを先頭に突入戦闘を開始したテッドは、銃を構えて前進する。

 巨大な構造なのだが、驚く程人の気配が無い。とにかくそれが不気味だ。


『人気がねぇな……』

『どういうこった?』


 ウッディの言葉にジャンが訝しがって応えた。

 余りに静かすぎる現状では、しごくシンプルな疑念『罠か?』が頭を過ぎる。

 だが、エディはそれを気にする事無く前進を指示する。

 強い意志と確固たる実力を兼ね備えた男は、その姿勢で中隊を鼓舞した。


『エディ。下に降りる』

『あぁ』


 そのまま地上10階へと下りた中隊は、最初の一人と遭遇した。

 書類の束を抱えた女性だった……


 ――え?


 一瞬だけ逡巡したテッドだが、コンマ数秒後には銃を撃っていた。


『クリア!』

『オーケー』


 テッドの声にエディが手短な回答を寄こした。

 それ以上の言葉が無く、テッドは罪悪感に埋もれながらその遺体を踏み越えた。


 眉間を一発で撃ち抜いた事により、悲鳴を上げる前に即死したようだ。

 脳髄から流れ出る体液の色は真っ赤な鮮血色だった。


 ――すまない……


 心の中で詫びたテッドは前進を再開した。 相変わらずろくに人の居ない状況だ。

 だが、それ以上に女を撃った罪悪感が心に重くのし掛かっている。

 レプリかも知れないとは一瞬思った。だが、間違い無く人間だ……


 ――くそっ!


 アレコレと碌な事を考えないが、それでもテッドは強引に気持ちを切り替えた。

 頭の中にはあの女の夫や子供や恋人や、そう言うモノが渦巻いていた。

 任務だから仕方が無いとは言いたくない。だから、全部背負うしか無い。


『このフロアも無人だな』


 ボソリと呟いたディージョは、左右にある小部屋の戸をそっと開いて中を見た。

 やはりそこも無人で、ディージョは首を傾げていた。

 

『さっきの女性は何しに来たんだ?』

『運が悪かったとは言いたくねぇが……』


 ウッディとヴァルターがそんな会話をしている。

 テッドは出来る限りそれに意識を向けず、前進していく。


『このフロアも無人だな』


 溜息をこぼしつつもそう呟いたテッド。

 エディは更にフロアを降りろと指示を出した。


『なんだか……』『あぁ』


 アレックスとマイクがそんな会話をしている。その中身は言わなくても解る。

 既に手遅れだったんじゃ無いかと、そう言っているのだ。


 そしてさらに言えば、既に手遅れだけで無く、彼らの降下侵入がばれていた。

 情報が筒抜けになっていて、この建物全体が罠では?と疑念を持った。


『面倒を考えるのは後で良い。行くぞ』


 エディは先頭に立って通路を進んでいった。

 警戒が緩すぎるとかそう言う次元では無く、本当に人の気配が無いのだった。

 マイクとアレックスのチームに別れフロアを探すも、やはり人の気配が無い。


『どうなってんだ?』


 この巨大な施設で無人というのは、いくら何でもあり得ない。

 全員の足が嫌でも止まってしまうのは仕方の無い話だろう。


 例えば、最下層付近まで降りた辺りで建物ごと爆破されたとする。

 大量の瓦礫の下敷きになれば、サイボーグと言えどもひとたまりも無い。

 完全に潰れてお終いで、しかも、その残骸が回収される見込みは一切無い。


『それは下まで行けばわかるだろうさ』


 軽い調子で言ったエディは、隊列の先頭に立って階段を降り始めた。

 中隊を率いる隊長が率先して動けば、全員が従わざるを得ない。

 リーダーシップを体現するエディの姿に、テッドは言葉が無かった。


 ただ、地上9階まで降りた時、フロアの様子が一変した。

 それまでは実用一辺倒だったコンクリート製の筐体だったのだが……


『なんだか随分と豪華だな』


 マイクが呟いたとおり、フロアの中は全てが木目美しい内張付きだ。

 床にはカーペットが敷かれていて、通路には植物が飾られている。


『さて、家捜ししろ』


 エディはマイクとアレックスに指示を出し、その上で自らも前進した。

 すぐ傍らにはリーナーが付いていて、文字通りに側近のようだ。


『そっちはどうだ?』


 マイクについてフロアを家捜しするテッドは、小さな扉の前で身を堅くした。

 その扉の向こうに夥しい人の気配を感じたのだ。


 ――居る!


 指で在室を示したテッドは、銃を構えて突入体勢になった。

 扉の右にはロニーが、左にはウッディが付いた。

 テッドは手を振って『やれ!』とロニーに指示する。

 そのロニーが扉を蹴り破ったとき、激しい悲鳴が沸き起こった。


 ――えっ?


 中には30人以上の女が居た。

 どれも民間人のような姿で、どう見てもシリウス軍では無い。

 そして、もっと言うと人間では無い。レプリカント特有の固い動きだ。


「まって!」「撃たないで!」「お願いやめて!」「誰にも言わないから!」


 一斉に声が湧き、流石のテッドもどれがどれだか理解出来なかった。

 ただ、一つ解る事がある。彼女達は犠牲者だ……


『テッドよりエディ。大量の女たちが囲われている。恐らくは遊び道具だ』


 つい今しがた撃ったばかり女は赤い血を撒き散らして死んだ。

 つまり、あれはレプリカントではない。ではいったい、何の為に?

 テッドの思考は混乱するが、実際には理由が見えてこない。


『こっちもだ! 男性型が大量に居る!』


 ヴァルターの声が流れ、警戒レベルが一段上がった。

 明らかに何らかの目的があって集められている筈だ。


 ──どう言うことだ?


 必死になって理由を考えるテッドだが、いくら考えてもわからない。

 ただ、テッドが知りたがったその理由は、向こうからやって来た。


『レプリはそこに閉じ込めておけ。全員奥まで来い!』


 エディの声が無線に流れ、テッドは慌てて建物の奥へと走った。 

 ただならぬ事態だと察した中隊全員が一際広い部屋に飛び込んで行く。

 その室内では、年老いた男が1人、ひざ掛けを乗せて椅子の上で寛いでいた。


「全部揃ったようだな。そろそろ来る頃だと思っておった」


 クククと楽しそうに笑って、そして、優雅な仕草でコーヒーを飲んだ。

 そしてその老人は、全く臆する事無く、自然な仕草で全員を手招きした。


 ただそれだけなのに、テッドは直感した。

 この老人が『シェン・ヤン』だと。そして、重大な『敵』だとも。


「若いの。銃を降ろしたまえ。私は何処にも行かないよ」


 銃を構えていたテッドは、そんな言葉に気圧されて銃を降ろした。

 言葉では表現出来ない強い気迫が漲っている姿だった。


「相変わらずだな……」


 ヘルメットを取ったエディは、シェン・ヤンの前で素顔を晒した。

 一瞬だけ考えたらしいヤンだが、すぐにその正体に気が付いたようだった。


「……そうか。やはりお前さんだったか。立派になったなぁ」


 まるで旧知の若者を讃えるかのような言葉を吐いたヤン。

 だが、エディは無線の中で言った。


『この男の言葉は絶対に真に受けるな。シリウス独立委員会における人民服務委員長の肩書きを持っていた男だ。言葉だけでシリウスの扇動を行なった連中の中の1人で、その首謀者だった。舌先三寸でシリウス全てを武装蜂起させた張本人だ』


 その言葉にテッドはハッと気が付いた。

 かつてのニューホライズンにはシリウス自治委員会と呼ばれる組織が存在した。

 それは、ヘカトンケイルを含んだ大きな組織だった。


 彼らはシリウス全土に対し、我々こそが正統なシリウス政府であると宣言した。

 そして、地球暦2200年をシリウス歴元年と公布し、独立を勝手に宣言した。


 そんな自治委員会の中で宣伝委員長を務めていたのが、このシェン・ヤンだ。

 ヤンはシリウス全土に暮らす人に対し、身を乗り出すようにして呼びかけた。


 ――――地球からの独立を支持する者は地球連邦政府の旗を降ろせ!


 そう呼びかけた2201年の終り。

 後に年末恒例行事とも言えるものに育った大晦日暴動の始まりを作った男だ。


「どうした? みな黙っておっては解らんじゃないか」


 にこやかに笑うヤンは、もう一度コーヒーを飲み、そして静かに笑った。


「大方、無線の中ででも説明をしとるのだろう。だがな――


 ヤンの指はまるで刃物の様にエディをさした


 ――ビギンズの言葉は注意した方が良いぞ。いや、忠告の類はすべてそうだ。古来、サンドバーグが言ったように忠告には用心せよ。この忠告に対しても……だ」


 テッドは内心で『あっ……』と呟いた。

 言葉巧みに相手を丸め込もうとする話術師の常套手段だ。


「相手を疑心暗鬼にさせるなら、まずは自分を卑下しろ。そう言いますからね」

「その通りだ。そして大事な事がもう一つある。ユダヤの諺だ」


 楽しそうに笑ったヤンは、なんとも闇深い笑みを浮かべた。


「おまえが悪魔と戦うからとて、おまえも悪魔では無いとは……言えないのだ」


 その言葉にオーリスが『ふざけるな!』と怒鳴った。

 ユダヤの諺と言う部分が癪に障ったらしいのだが、ヤンは笑っていた。


「ウソだと言うのかね? それとも、図星だから喚くしかないのか?」


 再びクククと笑ったヤンは、空っぽになったコーヒーカップを下ろした。

 そして、小さく溜息をこぼし、窓の外を見つめた。

三話目は17時の予定です

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