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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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エクストリームミッション

~承前






「今まで色々とミッションこなしたけど……」


 やはりヴァルターはネガティブだった。

 ただ、そのネガティブは全員同じ状況だ。


  『まさか本当にやるとは……』


 誰もがそう思っている。

 極めつけの危険なミッションで、しかもそれは、冗談のような条件でだ。


 現在、ジュザ大陸は季節外れの猛烈な寒冷前線が通過していた。

 大陸の上空5500メートルには、地上気温とはかけ離れた冷気がある。

 氷点下40℃にもなる猛烈な寒気は、強い偏西風に押されて紛れ込んでいた。


「突風と落雷。ついでに言えば、雪が舞う可能性が高いな」


 あっさりとした調子で言ったアレックスは、ヘラヘラと笑って楽しそうだ。

 武装の調整をしていたマイクもまた楽しそうに笑っている。


 9ミリ口径のサブマシンガンをスタンバイし、マガジンの弾詰めだ。

 腰の左右へ8本ずつぶら下げたそのマガジンは、それぞれ45発入っている。

 一人で700発近くもの弾丸を携行するのだから、その火力は恐ろしい。


「全員、スペアのマガジンはしっかり用意しろよ! 実戦はシミュじゃないから」


 まるで遊びに行く子供だとテッドは思った。

 そして、ふと目をやったウッディと目が合い、お互いに苦笑いしていた。


「さて、そろそろ行こうか」


 ドーヴァーのコンテナデッキに現れたエディは、渋い声音で言った。

 その立ち姿には、不自然なまでの緊張があった。


 ――なんだ?


 僅かに違和感を感じたテッドだが、無駄な追及と割り切り腰を上げた。

 全身に武装を下げた驚くべき重装備だ。それこそ、歩く歩兵戦車なみだが……


「降下ミッション自体は大したことが無い。一気に降下して一気に方を付ける」


 この降下の為に用意されたコンテナは、あり合わせの廃棄予定コンテナだ。

 その内部を大改造しているが、実際には取って付けた応急措置レベル。


「これで本当に大丈夫なんだろうな……」


 不安そうな声でそう漏らしたヴァルターは、随分とびびり上がっている。

 それがおかしくて、でも、不思議にも感じているテッドは、その背中を叩いた。


「どうした? 変だぜ?」

「……高所恐怖症かもな」


 ボソッと応えたヴァルターの言葉に全員が大爆笑した。

 パラ降下を行う男が高所恐怖症とは、最高に笑えるジョークだと思ったのだ。


「それ良いな!」

「一発ネタにもらうッス!」


 ジャンとロニーが指を指してゲラゲラと笑っている。

 普通なら怒る所だが、これで一緒に笑えるのだから、やはり良いチームだ。


「よし、行くぞ」


 エディの一言でパッと笑いが止んだ。

 そして、まるでスイッチが切り替わるように、全員の顔付きが変わった。

 真剣な表情になり、全身に気合いが入っている。


 一歩足を踏み入れたコンテナの中は、もうとにかく酷い仕上がりだった。

 各部の造作は、それこそダクトテープで処理してあるような代物だ。

 最終的には燃え尽きるのだから、これ以上の事は必要ないのだろう。


 ただ、それに命を預ける側にしてみれば、それこそたまったモノでは無い……


 ――平気なのか?


 そんな疑念が頭を過ぎるが、ミッションはスタートした。

 ヘルメットを被り、気密を取った所でコンテナは艦外に放出される。

 目の前には被弾痕だらけの大型衛星があり、これが今回の隠れ蓑になる。


『準備良し。ミッションを開始しよう』


 エディの通告により、ドーヴァーは降下突入地域全てに緊急降下情報を出した。

 シリウス軍側との協定周波数で通告したそれは、大型デブリの地上降下情報だ。


 大気圏へと落とす事により、燃え尽きさせて焼却処理する。

 その僅かな手間を惜しめば、宇宙船がデブリの餌食になる。


 ――――こちら地球連邦軍、砲艦ドーヴァー管制

 ――――大型デブリの緊急降下を行う

 ――――当該空域の各艦艇及び航空機は注意されたい

 ――――北フトロン海上空で燃え尽きるはずだ


 両軍共に対処の限界を超える物は存在する。

 それへの対応は、戦闘状態を飛び越した紳士協定だ。


 ――――こちらニューホライズン北半球防空司令部

 ――――軌道要素を特定した

 ――――投下軌道へ遷移してもらいたい


 一方的な投下は兵器だが、協定に則り双方監視の下で行えば、それは事業だ。

 ドーヴァーのカーゴデッキから出されたコンテナは、小型ロケットに点火した。

 デブリになっている衛星へと張り付き、軌道を変えて降下をはじめる。


 ――――こちらドーヴァー管制

 ――――降下を開始した

 ――――追跡されたい


 落ち着いた女性の声で通達される大気圏外の事象に地上から返信がくる。

 それは、老練な男性の声で、比較的ゆっくりとしたしゃべり方だった。


 ――――追跡ビームをシンクロさせた

 ――――こちらで引き継ぐ

 ――――ドーヴァーの協力に感謝する

 ――――以上、交信を終了


 協力はするが馴れ合わない。それが暗黙の了解だ。

 衛星に衝突したコンテナは、大型のマジックハンドを伸ばして抱きついた。

 ここからエンジンを吹かして、一気に軌道を変えて落ちていく。


『ヒャッヒャッヒャ! すげぇすげぇ!』

『見ろよヴァルター! 真っ赤だぜ!』


 ディージョとテッドは遠慮無くヴァルターを弄った。

 コンテナの僅かな窓は、その外が真っ赤になっているのが見えた。


『洒落になってねぇって!』


 半ば悲鳴に近い声を上げたヴァルターは、コンテナ中央で軽く震えていた。

 その背中をポンと叩いたアレックスもまた明るい声で言う。


『おぃヴァルター。電源を無駄にするな』


 震えてしまえば、その分だけ無駄に電源を喰う。

 それを茶化されてヴァルターもどうして良いか解らない。

 ただ、コンテナは一気に高度を落とし、既に高度80キロを切った。


『成層圏だ。温度が上がった』


 データーを読み上げるリーナーの声が流れた。

 寡黙で滅多に声を出さないリーナーだが、こんな時には喋るらしい。

 視界の中に表示される外気温が0℃近くまで上昇している。

 ここから高度を落とすにつれ、急激に温度が下がっていくのだ。


『リーナー 温度に注意してくれ』

『イエッサー』


 エディの指示を聞いたリーナーは、それ以降再び沈黙状態になった。

 本当に人形のような、ペットのように従順で純粋な存在だ。

 それについての違和感はとうに無くしたが、それでも単純に凄いと思う。


『高度40キロ!』


 突然アレックスが数字を読み上げた。

 それは、想定よりも降下突入速度が速すぎる事を意味した。


『衛星が熱崩壊を始めた模様』


 相変わらず感情を感じないリーナーの言葉。

 ただ、その中身は悠長に構えて良い問題では無い。


『今から飛ぶぞ! 後方へ全力で打ち出される。外に出たら、まず減速パラだ』


 エディは率先してカタパルトに足を掛けた。

 加速距離は20メートルほどの物だが、威力は十分だとテッドも知っていた。


『二人ずつ順番に飛べ! サクサク行かないと一緒に燃え尽きるぞ!』


 半ば冗談ではないと全員が感じた。後方に向けたハッチは既に溶けかけている。

 ここで飛ばねば燃え尽きる運命。カタパルトがいつまで持つかも不透明だった。


『よしっ! 行くぞ! 続け!』


 最初にエディとアレックスが飛んだ。続いてマイクとジャンだ。

 テッドはヴァルターと共に4番目に飛んだ。最後にリーナーがオーリスと飛ぶ。

 その直後、コンテナは衛星と共にバラバラに砕け眩いばかりの流星となった。


『降下速度に注意! 目標を見失うな!』


 まるで悲鳴のようなアレックスの言葉ながれた。

 空中へと飛び出していたテッドは、改めて視界の表示に注意を向ける。

 そこには、想像を絶する文字が並んでいた。


『降下速度800キロ近い! 減速パラ展開! 風を読むとかの次元じゃ無い!』


 状況的には最悪と言って良く、もはや作戦目標がどうのと言う状態では無い。

 最優先にすべきは安全な降下の確保で、とにかく地上へ生きて辿り着く事だ。

 どれ程強靱な構造でもこの速度で地上へと叩き付けられれば、命は無い。


『減速しろ! 減速だ!』


 流石のエディも声が上ずる。だが、それでも冷静に降下姿勢を安定させていた。

 流石だと思うと同時に、目標とする存在が目の前に居る事を神に感謝した。


 ――減速!


 減速用のパラシュートは空気の抜けるスリットが付いている。

 姿勢制御用の引き紐で速度をコントロール出来る構造だ。


 テッドはスリット最大でパラを展開した。

 減速効率は30%に満たないが、それでも、脳液が偏るほどの急減速だった。


『降下速度を300キロまで落とせ! パラシュートの減速限界を超えるな!』


 唖然とするような無茶振りが続き、流石の中隊も降下姿勢が乱れた。

 だが、それでも散開しかけた隊列がスッと集まり、緩やかなグループとなった。


『降下目標が見えねぇ!』


 マイクの声が響く。テッドはその時点で初めて気が付いた。

 眼下は一面雲の海なのだ。寒冷前線の通過により厚い雲が地上を覆っていた。


『GPS情報に寄れば高度は10キロを切った所です』


 リーナーは相変わらず冷徹な声を流している。

 それが余りに流石すぎて、テッドも苦笑いを浮かべた。


『間も無く高度7000。メインパラシュートの安全装置解除』


 リーナーの言葉で全員がメインパラシュートを準備した。

 そして、ほぼそれと同時に中隊全員が雲の中に入った。

 視界が完全にホワイトアウトし、数字的な情報を読みながらの降下となる。


『雲中降下は痺れるな』


 強がりのようなマイクの声が響く。だがそれは、現実への皮肉だ。

 自分が困っている所を見せないと言う強がり。それは意地とも言う。

 速度を落とし安全マージンを大きく取ったが、実際は如何ともし難い。


『地上が見えねぇな……』


 わずかに震える声がステンマルクから発せられた。

 どうしようも無い現実がそこにあった。


『ガタガタ騒ぐ必要など無い。計器降下だ。パラを自動展開にしておけ!』


 事も無げに言うエディだが、かなりの雲密度にどうしようも無い。

 しかも、雲の中は吹雪状態で、身体に雪がまとわりついていた。


 ――勘弁してくれ!


 心中でそう叫んだテッドは計器を見ながら高度を下げた。

 高度1000を切った頃には雨に変わったが、身体が低温警告を出していた。

 そして、突然パラシュートが開き急減速した。

 視界に写る表示は、高度520メートルだった。

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