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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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失敗から学ぶと言う事

~承前






 突然パッと視界が開けた。

 テッドは一瞬だけ理解の範疇を飛び越えた現実に戸惑う。


「テッド! なんだそのザマは!」


 突然唸りつけられたテッドは首をすくめた。

 シミュレーターボックスの頭上にあるスピーカーからマイクが怒鳴りつけた。

 大音量で怒鳴りつけたマイクはカンカンに沸騰していて爆発寸前だ。


「テッド。何故盾になった」


 エディの声がスピーカーから流れた。

 その声音はゾクリとするほどに冷たい空気だった。


「お…… 女が死ぬかも…… と」

「その女はお前が命を差し出して釣り合うのか?」


 エディの言葉がより一層冷たくなった。

 少なくともテッドにはそう聞こえていた。


「お前が命を差し出しても良い女は一人じゃないのか?」

「でも……」


 二の句をつけ損ねたテッドが口ごもる。

 だが、それで手控えるようなエディではない。


「必要なのは過程じゃない。結果だ。よく頑張りましたで褒めてくれるのは幼稚園までだ。人質でも無い第三者の生き死になど我々には関係ない筈だ。そうだな?」


 有無を言わさぬエディの言葉。

 テッドはどう答えて良いか解らず『……はい』と呟いた。


「任務や目的に関係ないところで命を危険に晒すな。もっとドライにやれ。お前は良い男だが、そう言う部分は余計だ。任務を完了した上でなら良いだろうが、任務完了前は些事にこだわるな」


 あぁ、そうだ……

 テッドの脳内で全てが繋がった。エディという人物の行動原則だ。

 それはつまり、精神の根本からそうなのだろうと思うものでもある。


 エディ・マーキュリーと言う男は結果にのみこだわるのだ。

 その課程など一切気に止めず、善悪ですらも飛び越えていた……


「自己犠牲の精神は美しく立派なものだが、それで任務が失敗しては意味がない。名も顔も知らない何処かの誰かが犠牲になって、それで実行された作戦かもしれないんだ。任務の遂行はすべてに優先する。多くの人間の我慢と努力の上に今がある事を忘れるな」


 真っ直ぐストレートな言葉で厳しく叱責するエディ。

 その声に、テッドは言葉が無かった。


 だが少なくとも、あの場で女を見捨てる事は、テッドのプリンシプルに反した。

 例え中身が何であれ、女を守る事はテッドの行動原則その物だ。


「テッド」

「はい」

「納得いかないだろうが」

「そんな事は無いです。ないですけど……」


 口籠もったテッドは、言いたかった言葉を飲み込んだ。

 女を助けても良いですよね?と、そう言いたかった。


 一瞬の静寂を挟み、エディは言った。


「……なら、迷うな」


 エディの言葉はいつもの様に手短だ。

 テッドが返すべき言葉を待たず『いいな?』と念を押した。


 だが、その僅かな言葉に幾万もの意味が詰まっている事をテッドは知っている。

 そしてこの場合、テッドはエディの言葉こう解釈した。


 ――られる前に


 戦場には綺麗事の介在する余地など一切ない。

 理屈ではなく現実として、死んだらすべてが終わりなのだ。

 士官教育の一環で教えられた事をデッドは思い出した。


 そして、改めて思い出す。

 あの新兵教育の場でドッドから徹底して押し込まれた言葉。


 ――――いいか小僧共!

 ――――任務は全てに優先する!

 ――――任務の完了は全てに優先する!

 ――――お前達の生死よりも任務の完了が重要だ!


 テッドは静かに顔を上げて奥歯をグッと噛んだ。

 同じシチュエーションとなった時、今度は迷わず敵を撃とう。

 死体は反撃してこないのだから、考える前に行動しよう。


 生きてさえ居れば、いくらでもリカバリー出来るのだから……


「もう一度だ。状況を中断した所から再開する。全員抜かるな」


 アレックスがシミュレーターの再開を宣言した。

 その言葉に、テッドは全員がログアウトした事を知った。


 ――やっちまったな……


 自分の甘さに対する悔しさも憤りも今は飲み込もう。

 後でいくらでも後悔すればいい。先ずは状況を完了する事だ。

 テッドはそれがシミュレーターである事を一瞬だけ忘れていた。


 余りにリアルな世界なのだから、それに対して疑念を抱かないのだ。

 ここでは無い、どこか別の世界で暴れ回っているのだと、そう感じたのだ。


「Ready!」


 マイクの怒声が響き、テッドはグッと奥歯を噛む。

 一瞬のオールブラックアウトがあり、次の瞬間にはあの部屋に戻っていた。

 穴の空いた胸が塞がっていて、手にはサブマシンガンがあった。


『あの女は何処行った?』


 テッドのは四方をサーチして叫んだ。

 何処にも姿が無く、男も居なかった。


『いねぇっす!』『それより排除!』


 ロニーとウッディが同時に叫び、テッドは手順を考える前に突進していた。

 弓を持って立っている黒尽くめの男に突進し、手にしていた銃を乱射した。

 至近距離で高初速弾を使ったのだから、人体内部を破壊する前に貫通している。


 ブツブツと鈍い音が響くのだが、テッドはそこから遠慮無く敵を殴りつけた。

 左手に銃を持ち替え、腰を入れて拳で相手を殴ったのだ。


 鈍い音が響き、まるでカボチャが潰れるように相手の頭が弾けた。

 脳漿と肉と骨を粉砕して撒き散らし、その黒尽くめの男が倒れた。


 ――くたばれ!


 その黒尽くめの男の奥には、もう二人ほどの男が居た。

 理由など無いが、テッドはそれが男だと確信したのだ。

 そして、それが排除すべき敵である事も。


『ロニー! バックアップ!』

『やってるッス!』


 ロニーは言葉と同時に鉛弾をバラ撒いた。ブツブツと銃弾を受けた敵が斃れる。

 その死体を文字通りに踏み越えて、テッドは奥を目指した。


『けっこう居るな!』


 テッドの後方に付いたウッディが言う。

 銃弾の飛び交う状況なら慣れているが、必殺の一撃になる鏃の飛び交う状況だ。

 目の前を矢が飛び、その先端には鋭い鏃がある。当然、直撃すれば痛い。


『構う事ねぇ!』


 テッドの足が止まる事は無い。一気に前進し、次々と敵を屠った。

 素早く銃を構え、銃弾を撃ち出し、そして、マガジンを代える。

 多くの生身の兵士が戦死のフィルターを潜り抜け、場数を踏んで覚える事だ。


『テッド! 左!』

『オーケー!』


 ウッディの叫びに素早く反応し、テッドは銃を向けた。

 引き金を引き、射撃を行うのだが、生憎弾を撃ち尽くしていた。

 テッドは迷う事無くボルトを引いたまま固定し、銃身部分を握りしめた。


 サイボーグの膂力で振り回せば、サブマシンガンも立派な凶器だ。

 短いとは言え、鉄の塊である以上は直撃を受けるとかなりのダメージだ。


『オォォォォォ!!!!』


 雄叫びを上げ、テッドはフルスイングを見舞った。

 黒い体毛に覆われている獣人の首がボキリと音を立てて折れ曲がった。


『テッド! 声を出すな! 通信の邪魔だ!』


 アレックスの叱責に『ソーリー!サー!』と返したテッド。

 その目はすぐ隣に居た小柄な男を捕らえていた。

 返す刀で一撃を加えたテッドは、撃ち漏らしが無い事を確かめ部屋を出た。


『次の部屋だ!』


 再び全身を開始したテッドは、ウッディやロニーと連動して次々に掃討する。

 迷っている間があるなら、その前に撃てば良い。困った時に困ればいい。

 なにも先に困る必要は無いんだと、そんな結論だった。


『ヴァルター! なんだそれは!』


 無線の中に飛んだ叱責で、テッドはビクッと身体を震わせた。

 今回の叱責はヴァルターのようだが、エディの声に身体が反射的行動をとる。


『ソーリー!サー!』


 一体何をやったんだろう?

 ふと、そんな事を思ったテッドだが、今は目の前の仮想現実だ。

 通路に出たテッドの正面には、幾人もの黒尽くめな男達が居た。

 黒く墨染めされたその服は、修道士のようにフードの付いた物だ。

 その服を身体にピッタリとフィットするよう、上から包帯状の布を撒いてある。


 ――なかなか嫌なデザインだな……


 内心でそう呟きつつ、テッドは迷わず突進した。

 手にしていた銃のマガジンは素早く代えてあった。


 小走りに突進しつつ、銃を構えて三点バーストで撃ち込んでいく。

 向こうは弓を構えているので、飛び道具同士での撃ち合いとなるのだが……


 ――銃の方が強いよな


 弓の運動エネルギーは確かに強いが、問題になるほどでも無い。

 デッドはロニーやウッディと収束射撃体制を作り、猛烈な勢いで射撃を加えた。

 矢を放つ直前の状態だったが、そんな相手に9ミリが雨あられと降り注ぐ。


『どうだ!』


 テッドの声は無意識に弾んでいた。

 上手く言えないが、物足りないとか、或いは、喰い足りなさを感じている。

 力と血に酔ってるとでも言うような、そんな状態だ。


『やったらしい!』

『バッチリっす!!』


 ウッディとロニーの声も弾んでいる。

 そんななか、オーリスは冷静に周辺をスキャンした。


『動体反応無し!』


 その冷静で冷徹な振る舞いにテッドはハッと我にかえった。

 舞い上がって浮かれ上がって、そして、浮き足立っていた。


 これでは死んでしまうと恥を覚えたのだが……


『上にあかるぞ!』


 間違いなく全滅させたと確信したマイクの指が上を指した。

 一気に方を付けたマイクチームは、二階を目指した。

 状況としては悪くないし、事態は順調に進んでいる。


 だが、デッドはなんとなく釈然としない違和感があった。

 ケツの据わりの悪さとでも言う様な、そんな感覚だ。

 そして、それを感じるときはだいたいが悪い方へと動く。


 事実、2階へ上がって窓辺に立ったとき、眼下には新手の姿があった。

 揃いの軍装に身を包み、上等な馬具と武装で居並ぶ騎兵の集団だ。

 ファンタジー世界に出てくる様な、騎兵団の姿がそこにあった。


 ――なんだよアレ……


 唖然として見ていたテッド。

 だが、その騎兵たちは少数精鋭となって馬上のまま建物に飛び込んできた。

 狭い所へ迷わず馬を突入させる気合と根性と、そして、冗談のような技量。

 同じホースマンだったテッドは、その馬鹿馬鹿しいまでの馬術に驚いていた。

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