表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
218/424

シミュレーター訓練 再び

「マジかよ……」


 ボソリと呟いたヴァルターは、震える足を両手で叩いた。

 柔らかなハイブリット人工筋肉の下にあるチタンの骨に響いた。

 小さな窓の外はオレンジ色に輝いている。

 ニューホライズンの地上へ向けて自由落下するコンテナの中に彼は居た。


「今さら驚くなよ」

「そうだぜ。エディの無茶振りは今に始まった事じゃねぇ」


 ヴァルターのボヤキにテッドとディージョがそう言葉を返した。

 だからと言って、足の震えがどうにかなるものでもない。

 理屈ではなく本能的に怖いのだから、理詰めで納得しろと言う方が無理な話だ。


「これはシミュレーターだからね。死ぬ訳じゃない」

「そうだけどよぉ……」


 ウッディの妙に冷静な言葉がヴァルターの気に障ったようだ。

 物凄い速度で降下している降下コンテナの中、全員は高度80キロにいた。

 大気圏突入速度で半ば自由降下しているコンテナの中は、無重力だ。


「さて、そろそろ行こうぜ」


 コンテナの中をフワフワと漂うテッドは、手近なハンドルを足場に移動した。

 ハッチの外に伸びるカタパルトのトラスは、まだ黒々しい空に突き出ている。

 降下速度が速過ぎて、さすがのサイボーグでも機体が持たないのだ。


「カタパルトでぶっ飛ばされんだろ?」


 声まで震え始めたヴァルター。

 テッドはそんなヴァルターの胸をドンと叩いた。


「ビビんなよ。どってことねぇ」

「だけどよ!」


 オレンジ色のプラズマ炎が治まり始めた。

 大気密度が上がり、断熱圧縮の熱が本格的になってきた。


「このままじゃ燃え尽きるぜ?」

「そっちも勘弁だ」

「じゃぁそっから飛ぶか?」


 ハッチの先を指差したテッド。

 ヴァルターは両手を振りながら言った。


「勘弁してくれ!」

「じゃぁ諦めようぜ」


 軽い調子で言うディージョだが、実はそのディージョも震えているのだった。











 ――――――――ニューホライズン周回軌道上 高度800キロ

           地球連邦軍 砲艦ドーヴァー艦内 シミュレーター内

           シリウス協定時間 2250年 9月11日











 それは、いつもの様に軽い調子でエディの言った一言から始まっていた。

 フリーダム侵入作戦から3日目の午後、エディは唐突に言った。


 ――思わぬチャンスが廻ってきた

 ――明日にでも地上へ降下する

 ――その前にトレーニングしよう


 シリウスの超光速艦フリーダムごと独立闘争委員会の常任委員を始末した後だ。

 連邦軍の内部からも追及を受けたが、ペンウッド少佐は事故の一点張りだった


 ――事実は曲げるわけにはいかない

 ――後で都合が悪くなって『実は……』と言うのはスマートじゃない

 ――アレは偶然と不運が積み重なった不幸な事故だった

 ――その意味ではドネリー艦長こそ男の中の男だった

 ――脱出を拒み艦を安全な位置までもって行くと譲らなかった

 ――シリウスの誇りに懸けて地球の世話にはならぬ……と


 それが詭弁であると追求しきれない部分があった。

 マーク・ドネリーと言う男の人生には、絶大な説得力があったのだ。

 両軍共に決め手を欠き、フリーダムは事故として片付けられた。


 その内部に乗っていた国連派地球国家や連邦軍高官については伏せられた。

 もちろん、独立闘争委員会の常任委員が乗艦していた事も……だ。

 本来であればありえないことなのだから、両軍とも知っていて話題を避けた。


 ただ、ドーヴァーの扱いが微妙な立場におかれたのは言うまでも無い。

 シリウス側での扱いが一段落した後、ドーヴァーは地球へ帰る事になっていた。


 だが……


 ――モノのついでだ

 ――もう1人、常任委員を始末する

 ――最も古株の1人だが一番の権力者だ


 そう説明したエディは、全員に一枚の画像を見せた。

 もはや老年期に入って死を待つばかりに見える黄色人種。

 エディはその男を『シェン・ヤン』と説明した。

 シリウスの地上で一番最初に独立闘争を仕掛けた者たちの、その息子だった。


 ただ、そのシェン・ヤンはジュザ大陸中央部にある施設に寝起きしていた。

 独立闘争委員会の中央本部であるそれは、広大な面積を誇る巨大施設だ。


 庭園風に仕上げられた建物周辺の土地は、池や堰堤がめぐらされている。

 それは、地上軍の侵攻を防ぐ為の堀や土塁と同じ意味を持っていた。

 地上戦闘車両や低空侵入航空機による急襲を防ぐのだ。


 ――高々度から空挺降下で一気に降下して侵入する

 ――建物はそれほど大きくない

 ――全滅させて後腐れなく脱出する


 エディの説明にジャンが手を上げた。


 ――建物からどうやって脱出を?


 空挺で降下した以上、何らかのチョッパー(脱出に使う足)が必要になる。

 それについての算段は、降下手段以上に重要だ。


 空挺降下で侵入する以上、重火器や戦闘車両は持ち込めない。

 手持ちの火器と爆発物で賄うしかないのだ。


 ――これだけの施設だ

 ――ヘリの一機くらいはあるだろう


 事も無げに言ったエディの言葉に全員があんぐりと口を開けた。

 なんと言うダイナミック成り行き任せな作戦だろうか……と。

 いや、もはや作戦とは言いがたく、単に殴りこんで全滅させるのが目的だ。


 エディの個人的な復讐につき合わされると言って良いことなのだが……


 ――それもそうっすね!


 ロニーは軽い調子でそんな言葉を吐いた。

 何も考えてない若者らしい無鉄砲さだが、現実には何らかの算段があるはず。

 今はまだ言えないだけで、エディには勝算があるのだろう……


 テッドはそう考えていた。


 ――とりあえず緊急で訓練を行なう

 ――シミュレーターデッキへ集合しろ


 エディの指示で全員がシミュレーターにログインし、そこで説明を受けた。

 ニューホライズンへ墜落廃棄する不要衛星に突入コンテナで張り付く……と。

 そして、コンテナは衛星と共に燃え尽きてもらい、人間の方はパラシュートだ。


 説明はそれで終りで、そこから先は自分で体験しておけと言うことだ。

 実に荒っぽいやり方だが、501中隊の実情などその程度が日常茶飯事だった。


「じゃぁ、とりあえずカタパルトでぶっ飛ぶ。高度はまだ70キロある」


 全員の視界に地上情報が示された。効果目標は草原のど真ん中にある建物だ。

 それほど大きいモノではないが、施設としてはかなり広大だ。


 地上3階建ての巨大兵舎状の建物が三棟と、それに隣接する巨大な建物。

 そっちは地上2階程度だが、まるでドーム球場のような施設だ。

 その周辺にはいくつかの小さな建物が併設されていた。

 降下目標はその建物群から僅かに離れる、防風林を挟んだ反対側にあった。


「これはシミュレーター上の設備だが、実物も大して変わらん。多少は変更されているだろうが、衛星情報から割り出した実際の降下目標を基本に作られている。我々が降下する先は……」


 エディは率先してカタパルトに足を乗せた。

 猛烈な勢いでたたき出されるはずの覚悟を決め、全員の準備を待った。

 大気摩擦による減速が強まり、気がつけば全員が重力を感じている。

 コンテナは高度50キロを切った辺りだった。


「……降下目標はジュザ大陸中央部にある独立闘争委員会の中央本部。ハリネズミの様に防御を固めてある施設のど真ん中へ、真上から一気に急降下して降りる」


 迷う事無く言い切ったエディの言葉に全員が絶句した。

 想像だにしていなかった目標が告げられ、テッドは寒気を覚えた。

 シリウスに育った者ならば、それは地獄への突入と同義な話だ。

 寝物語に出てくる鬼が島と同じで、この世の諸悪の根源へ向かうと言う事だ。


 熱烈な独立派にとっては聖地にも等しいのだろうが、そんなのは一握り。

 多くの市民にしてみれば、独立闘争委員会本部など焼き払いたい施設筆頭だ。

 あの自警団や親衛隊の巣窟なのだから、その実態も推して知るべし。


 微罪や冤罪で逮捕され連行されていった者は、絶対に帰ってこない。

 それは男でも女でも一緒で、あわよくば帰ってきても別人の様になっている。


「全部焼き払うんですか?」


 ディージョはそんな質問をした。

 その本音は誰もが痛いほど感じていた。

 出来るものなら、全て焼き払いたい。


 積もりに積もった怒りと不信と恨みの発露だ。


「いや、ターゲットだけを消す.それ以外はそのままだ」


 エディはスパッとそう答えた。

 若者達にすれば、我慢しがたい事なのだろうが……


「連中に煮え湯を飲ませるのが目的だ。足跡を残さず撤収し、委員会内部の人間に暗殺されたと言う風に持って行く。つまり、これ以上調子に乗ると粛正されると委員会内部の連中を疑心暗鬼にさせるのさ」


 アレックスは舌足らずなエディの代わりに主眼を説明した。

 直接的に手を下したい若者にすれば我慢ならぬ事であるが……


「曲がりなりにもシリウスを支配している側だ。完全に機能停止させてしまうのは面倒の種って事だ。それなりに生かしておいて、今までのようにやりたい放題が出来ないように締め上げる。そんな作戦だな」


 マイクもまた噛み砕いて解りやすく説明した。

 一つ一つを解りやすく説明し、歯がゆくとも望む物を手に入れるようにする。

 そんなステップを一段ずつ辿って行って、若者はヴェテランに育って行く。

 結局はそれが一番の近道なのだが、やはり若者には若者の情熱がある。

 なにより、感情のコントロールがまだまだ甘いのだった。


「……ッチ」


 誰かが舌打ちした。

 テッドはなんとなくだが、ディージョの物だと感じた。

 ただ、それについてはエディもマイクもアレックスも何も言わないでいる。

 我慢や忍耐や割り切りと言った物は、結局悔しさの中から学ぶしかない。


「まぁ、面白くないだろうが、それは上手く飲み込め」


 エディは出来る限り高圧的にならないように言った。

 そして、全員にカタパルトオンを促した。


「さぁ飛ぶぞ! 一気に加速する!」


 テッドもカタパルトに足を乗せた。

 シミュレーターの中だとは解っているが、緊張していた。

 余りにリアルなシーン故に、脳が錯覚を起こすのだ。


 ――いつも通りだ……

 ――落ち着け……


 自分にそう言い聞かせて、カタパルトオフに備えた。

 エディの『行くぞ!』が聞こえ、強烈な加速が来た。

 一気に加速しコンテナから叩き出されたテッドは、緑の地上を見た。

 素晴らしい世界だと、感嘆の言葉を吐いていた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ