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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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無限に続く一瞬への旅

今日二話目です

~承前






 それはまるで、時間がゆっくりと流れているようだった。

 テッドはその一瞬を1時間にも感じていた。


 ――うそだろ……


 エディは鬼気迫る笑みでグルシュキンを見ていた。

 心からの愛情を込めた弾丸が収まった銃を手に、笑っていた。


「さぁ…… 審判だ」


 フゴフゴと言葉にならない状態だが、グルシュキンは命乞いをしている。

 完全に潰れきった右目の眼窩から、血の混じった赤い涙を流している。

 だが、それで躊躇するような人間では無い事をテッドは知っていた。


 エディとは、復讐の鬼だった。


 ここに至り、テッドは全てをそう結論づけた。

 不愉快な事も面白くない事も、高圧的な態度で接する上官ですらも。

 エディにとっては復讐に必要な経費なんだと思い至ったのだ。


 ――すごい人だ……


 テッドが自らの父の話をするとき、エディは本当に楽しそうに話しを聞く。

 それもまた、エディにとっては大切な事だったのだ。

 自らの身に起きた事を忘れない為に。

 復讐の機会を待って、そしてその時に迷わぬ為に。


 自分以外の誰かの痛みや苦しみや嘆きや、そう言った不条理ですらも糧とした。

 その全ては、やはりいつの日か必ず果たすと心に決めた、復讐の為だ。


                  ――――カチャンッ!


 飲み込んでいた息をフーッと吐き出したグルシュキン。

 だがこれで、確率は100%になった。


「おっと、大切な事を忘れていましたね」


 相変わらず楽しそうに振る舞っているエディは、グルシュキンに歩み寄った。

 そして、その重工をグルシュキンの眉間に突きつけた。


「あなたの言った神に祈れ……は、この条件でしたね」


 ハンマーを起こしながらも、エディはそう静かに告げた。

 次に弾が出れば100%即死だ。グルシュキンは思うようにならぬ口で呟いた。


KILL ME(殺せ)……」


 目を閉じて諦めた姿のグルシュキン。

 エディは急に笑みを消し、不機嫌そうに呟いた。


「なんだそれは……」


 その冷たい言葉に全員がハッとエディを見た。

 明らかに不機嫌だ。それも、特筆級に不機嫌だ。


 何かが起きるとテッドは思った。

 それとほぼ同時、鋭い銃声がブリッジに響いた。


 誰もがグルシュキンの死を確信した。

 だが、血を流していたのはたった一人残った連邦軍関係者だった。

 全員が唖然として見ている中、エディは弾倉を開けて薬莢を捨てた。


「命乞いも無しか…… 実に興醒めだな」


 M29の弾倉へ一発ずつマグナム弾を詰めていくエディ。

 その指先がわずかに震えているのをテッドは見た。

 怒りを噛み殺し、精神の安定を図っているエディ。

 窺い知る事の出来ない内心は、きっと荒れ狂う大海原だと思った。


「私は…… 最後の一発まで目を反らさず見ていたんだが……」


 再び手首のスナップだけで弾倉をフレームに押し込んだエディ。

 その状態でハンマーを起こし、その場にいた国連職員を撃ち殺し始めた。


「お前達がやった事は全部解っている。私はその報復に来たのだ」


 冷たい声でそう呟くエディに対し、中国人達が『アイヤー』と叫んでいた。

 ただ、だからと言って手を止める事など無い。


 エディはまるで射的の的でも撃つかのように、一人ずつ確実に撃ち殺していた。

 一人一発ずつ確実に撃ち込み、その死が確実である事を確かめていた。


「死にかけていた私を助けてくれた人達がいる。未来に繋がると信じてくれた人がいる。様々な軋轢を踏み越え、己の損得を勘定に入れず、ただただ純粋な善意で危険な橋を踏み越えてくれた人々だ……」


 それはエディの独白だった。今の今まで口に出さなかった本音だ。

 テッドはただただ黙って見ていた。間違い無く本音をこぼすエディを見ていた。


「そんな中でもロイエンタール伯は――


 居並ぶ中国人を全て射殺し、拳銃に残る銃弾は2発。

 その拳銃をエディはホルスターに治め、そしてジッとグルシュキンを見た。


 ――私を実の息子のように可愛がってくれた」


 嘆きの言葉を吐きながら、エディはグルシュキンの前に立った。

 まだ殺さないのか?と言わんばかりの怨嗟に満ちた眼差しがエディを貫く。

 だが、エディはグルシュキンの顎を掴み、今にも握り潰しそうだ。


「その…… 私にとって大恩あるロイエンタール伯の…… 仇だ」


 エディの指がグルシュキンの潰れた右目に突き立てられた。

 言葉に出来ぬ激しい痛みにグルシュキンは絶叫をあげ、首を左右に振った。

 エディはその指を引き抜き、ジッと見つめた。


「これをしても叔父上は喜ばぬ……」


 ボソッとこぼしたその言葉に、黙って見ていたドネリーが口を開いた。

 見るに見かねたと。余りに痛々しい姿を見ていられぬと、そんな姿だった。


「……エディ少佐」


 僅かに肩を震わせるエディは、黙ってドネリーを見た。

 全身から滲み出る怒りと嘆きの空気に、皆が息をのんだ。


「その男は私が預かろう」

「……どうされるのですか?」

「そうだな……」


 BOSSと書かれた席の上で、ドネリーは端末を操作し始めた。

 辺り一面に鮮血の飛び散った艦橋だが、操艦機能はまだ生きていた。


 ドネリーは素早くキーを叩き、艦の進路を設定し始めた。

 エンジンもジェネレーターもまだまだ生きているし、航行に問題は無い。

 超光速飛行も出来る状態だとモニターは表示していた。


「その男を連れて旅に出ようと思う」

「……どちらへ?」

「そうさな…… 無限の時間がある海へ……」


 ドネリーの言葉にアレックスが身体をぴくりと震わせてエディを見た。

 その言いたい事を正確に理解したアレックスは、手近な端末を弄り始めた。


 猛烈な速度で叩かれる端末のキーが悲鳴にも似た耳障りな音を発し続ける。

 やがてそれは艦の予定進路として大型スクリーンへ示された。

 人類が初めて肉眼で確認した、巨大質量ブラックホールへの進路だった。


「艦の進路はこれでよろしいですか?」


 何かを感じたアレックスが示したのは、はくちょう座のブラックホールだ。

 その重力圏へ直接ワイプアウトする進路は、ワイプアウトと同時に墜落だ。

 シュバルツシルト領域へ一気に落ちていく進路では、艦がそのまま崩壊する。


 ただし、ブラックホールに落ちていくに従い、時間は減速していくはずだ。

 そして限界点を超えたとき、艦は崩壊を始めるだろう。


 だが、それに伴う死の直前は、無限大な一瞬を過ごす事に成る。

 永遠に減速し続ける無限の時の中で、終わり無く苦しみ続けるのだ。


「君の部下は本当に優秀だ」

「……お褒めに預かり光栄です」

「さぁ、行きたまえ。そして、いつの日か……」


 ドネリーは椅子から立ち上がると、エディへゆっくり歩み寄った。

 その両手が広げられ、まるで我が子を抱き締めるようにエディを抱いた。


「いつの日か、シリウス人民の前に姿を現してやってくれ」

「……時が来たらそうしましょう」

「あぁ。それが良い。今はまだ速いな」


 ドネリーはブロッフォに一瞥すると、さぁ行けとばかりに手を振った。

 エディは背筋を伸ばし、優雅なしぐさで敬礼を返した。


「どうか…… 良い旅を」

「あぁ。君の夢が叶う時を見させてもらうよ」


 ドネリーは艦長席へそっと腰を下ろし、小さな窓越しに宇宙を見た。

 その眼差しは満足そうに薄く笑っていた。


「危険を犯し、十光年を飛んだ甲斐があったな……」


 独り言のように呟いたドネリーは、柔らかな表情でエディを見た。

 それは、長い旅路の終わりで成し遂げたと言う満足感を味わう男の姿だ。


 わずかな静寂がブリッジを包み、誰もが動くことを憚られた。

 素晴らしい映画を見た後の余韻を味わうような、そんなひとときだ。

 だが……


「のんびりしている暇は無いぞ!」


 一瞬の間をエディが嗜めた。その一言で中隊が一斉に動き出す。

 ドネリーはそんなサイボーグ達を黙って眺めていた。

 後に続く若者たちが、規律よく礼儀正しく、そして見事な統制で動く。

 老人にとっては、それが何よりの愉悦だった。


「では、失礼します」

「あぁ。すまんが頼んだよ」

「お預かりします」


 全員が退室していくブリッジの中、エディは最後にもう一度振り返った。

 なにか虫の知らせとでも言う様な物だが、振り返ったのだ。


「案じる事は無い。さぁ……」


 手を振っているドネリーは笑っている。

 不意に後ろを見たテッドは、エディが疑心暗鬼になって居るのを見た。


 ――疑っているんだ……


 そう直感したのだ。


 話からすれば大恩ある人物なのは間違い無い。

 だが、だからと言って100%信用して良い相手でもない。


 例えそれが自分の親でも、こんな時には疑って掛かれ。

 テッドは新兵になった時の教育でそう教えられたのを思い出した。


 ――だけど……

 ――まさかな……


 テッドだってそう思った。

 足を止めて振り返っているテッドに気が付いた仲間達もそう思った。

 まさかそこまではするまい。全員がそう思った時だった。


「……エディ」


 テッドはそう呟いた。

 その眼差しの先にいるエディは、端末に触れて小声で何かを囁いた。

 すると、その手を触れていた端末からバラの蔓が伸び始め、花を付けた。

 スルスルと伸びていく蔓は、ブリッジの中にバラの茂みを作り始めた。


 ――エディ……


 テッドは思った。

 エディは、その大恩あるドネリーまでも疑っているのだ……と。

 501中隊が艦を離れた直後、端末を再操作するかも知れない……


「ドネリー提督。同行願えませんか?」

「……君が人民の前でシリウスへの帰還を宣言するなら、喜んで同行するが?」


 やはり一筋縄ではいかない人物だ。

 テッドもそう結論づけたのだが、エディはふと首を傾げた。


「……そうですか」

「さぁ、後顧の憂いを絶って行け。行くんだ」


 ドネリーの言葉が僅かに強くなった。

 そして、エディはクルリと背を向け数歩進み出て、テッド達に行けと指示した。

 まさかそこまではするまいとテッドも思い、歩き始めた直後だった。


 ――やった!


 鋭い銃声がブリッジに響いた。

 ゆっくりと振り返ったテッドは、銃を構えたエディを見た。

 その銃口はドネリーに向けられていて、床には薬莢が転がっていた。


 ――エディ……


 テッドはその背中に、言葉にならない哀愁を帯びていると思った。

 理想と信念と情熱の全ての為に、エディはドネリーを射殺した。


 万が一にも、ドネリーが裏切る事を恐れて……


「エディ……」

「……これで良い。行くぞ!」


 眉間を貫かれたドネリーが笑っている。

 テッドが最後に見たドネリーの姿は、眉間から血を流して笑う姿だった。

 フゴフゴと何かを訴えるグルシュキンを無視し、テッド達はコンテナへ戻った。

 その中に、1機だけビゲンが入っているからだ。


「テッド! ビゲンを起動させろ!」

「イエッサー!」


 手順に従いビゲンを起動させたテッドは、シェルでメンバーを抱えた。

 コンテナをモーターカノンで破壊し、コンテナデッキのシャッターも破壊した。


「出ます!」

「よしっ! 帰るぞっ!」


 テッドの言葉にエディが応える。

 フリーダムを発艦したシェルは、ドーヴァーへと収用された。

 そのドーヴァーの僚艦だったフリーダムは自動操艦モードに入った。


「最後の旅だな」


 回頭してメインエンジンに点火したフリーダムは、グングンと加速を開始した。

 目指すははくちょう座のブラックホールだ。


「……残り8人だ」


 出航していくフリーダムを見送ったエディは、誰にも聞こえないように呟いた。

 復讐の鬼になっているエディは、もう誰も止められないんだとテッドは思った。


 ――恐ろしい人だ……


 ふと、そんな事を思いながらだが……

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