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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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復讐の鬼

~承前






 全身から脂汗を流し、失神寸前の激痛にもだえるグルシュキン。

 睾丸破裂の激痛は、失神の末に激痛で目を覚ます事の繰り返しだ。


「グォォォォォ!!」


 まるで獣の様に唸っているグルシュキンだが、エディは楽しそうに眺めていた。

 百年の恨みを晴らしたかのような、そんな晴れがましい姿だった。


「全身76箇所の骨折。頭蓋の陥没骨折。肝臓と腎臓の破裂。肺気胸……」


 軽く俯き首を振ったエディ。

 その姿には隠しきれない愉悦が滲んだ。

 積年の恨みを晴らしたかのような、そんな姿だ。


「我ながら…… 良く死ななかったと思いますよ」


 エディの言葉を聞いていたグルシュキンは、痛みを堪える真っ赤な顔だ。

 だが、それと同時にありえないものを見るような、そんな眼差しでもあった。


「おっ! お前はっ!」

「思い出して…… いただけましたかな?」


 確認する様に言った言葉。

 そんなエディを見たとき、テッドは背筋が凍り付くような寒気を覚えた。

 醜いと言う表現では生ぬるいほどに頬を大きく歪ませているエディだ。


 ――なんて(かお)してんだ……


 それは、ただただ単純に報復を行った復讐者の姿だった。

 己の身を痛めつけた者への、純粋なペイバック(仕返し)だ。


「生きて…… いたのかッ! クソッ!」


 グルシュキンの苦々しい言葉に、エディは大きく顔を歪ませたままだ。

 まさか生きているとは思っていなかった。そんな表情だ。


「残念ですが、詰めが甘かったですな」


 それは、低く冷たく、一片の情すら感じさせない言葉だった。


 凍りつくような炎とでも言うのだろうか。

 冷え切った激情とでも言うような……


「長いこと…… 待ちましたよ…… この日が来るのを……」


 そう言うが早いか、エディの右足は再び鋭く振りぬかれた。

 グルシュキンの顎辺りにぶつかったその足は、グルシュキンの顎を粉砕した。

 フガフガと言葉にならない状態でエディを見上げているのだが……


「命乞いも……」


 再びエディの足が振りぬかれた。

 蹲るグルシュキンの背中を強打したその一撃に、彼はクパッと血を吐いた。


「許しを請う事も……」


 それでも遠慮なくエディはグルシュキンを痛め続けた。

 凄惨な報復と言うには少々やりすぎにも思える姿だ。


 だが、誰もそれを止めることなど出来なかった。

 エディの浮かべる表情は、笑顔ではなく泣き顔だとテッドは思った。

 積年の恨みの復讐ではないのだと、雄弁にそう語っていた。


「助けを呼ぶ事も出来ず…… 殴られるままだった」


 エディの左腕がグルシュキンの襟倉を掴んで持ち上げた。

 笑いながら持ち上げるそのシーンは、サイボーグの膂力の証明だ。


「僅か4歳の子供を相手に、力一杯殴ったのは、あなただ」


 生身では考えられない出力を細身の身体で叩きだしている。

 恐るべき出力は、遺憾なく発揮されていた。


 ――殺される

 ――それも、なす術無く一方的に殺される


 グルシュキンはそう悟った。

 すべては自らが撒いた種の結実でしかないのだが……


「おやおや…… 随分と無様ですな」


 恐怖に震えるその男の足元には失禁したらしい水溜りが出来た。

 鮮血の入り混じるその水溜りに目を落としたエディ。

 大きく目を見開き、恍惚の表情でグルシュキンを睨みつけている。


「あなたの言葉でしたね。トイレの我慢も躾けてもらえなかったのか……と」


 エディの言葉にグルシュキンが絶望の表情を浮かべた。

 そして、言葉にならない言葉で、フガフガと何かを叫ぶのだが……


「違いましたかな?」


 確認するように問うたエディ。グルシュキンは必死に顔を振った。

 だが、その直後には、鈍い打撃音が響いた。


 エディの手がグルシュキンの頬をはたいていた。

 平手になった手で、力一杯にはたいていた。

 強烈なビンタがグルシュキンの右頬に決まっていた。


「違いますか?」


 目を逸らして現実逃避しようとしたグルシュキン。

 エディは反対の左頬目掛け、裏拳状態でビンタを入れた。

 口中の鮮血が飛び散り、砕けた歯が床に転がった。


「違い…… ますか?」


 振りぬいた裏拳状の拳が、真正面からグルシュキンを狙っている。

 サイボーグの一撃を受ければ、頚椎など簡単に折れるだろう。

 見る者全てに戦慄を覚えさせるエディの表情は、ただただ恐ろしい。


「ふごふぁぐぉふぃ……


 砕けた顎と歯で何かを言おうとしたらしいグルシュキン。

 だが、それは全く言葉になっていなかった。


「良く…… 分かりませんな……」


 にっこりと笑ったエディは、その直後にフルパワーでグルシュキンを殴った。

 拳の激突した右眼球が破裂し、眼窩が完全に砕け散った。

 まるで獣の様に叫ぶグルシュキンだが、エディは相変わらず笑ったままだった。


「このまま地球へ行って助けを求めたらいかがですかな?」


 ぐっと腰を落とし、左手一本でグルシュキンを投げ飛ばしたエディ。

 空中を飛んだグルシュキンは、後ろ出にしばられた中国人の列に落ちた。


「ほら、早く助けを求めるべきですよ。死んでしまう前に、ほら、早く」


 M29を抜いたエディは、恐怖に引きつる中国人の列に歩み寄った。

 グルシュキンの下敷きになって『アイヨー!』と叫んでいた列へだ。


「あなたの協力者なのでしょう? 助けを求めたらどうですか?」


 勝ち誇るでも呆れるでもなく、エディは淡々とした姿でグルシュキンを脅した。

 その脅されたグルシュキンだが、怯えた表情を浮かべエディを見上げた。

 もはやこれまでと諦めたかのような、そんな姿だ。


「ワッ! 我々には関係ない!」


 後ろ手に縛られていた中国人の一人が叫んだ。

 その利己的かつ独善的な振る舞いは、いつでもどこでも一緒だった。


「そうだ! これは重大な協定違反だ!」

「我々は我々の利益の――


 口やかましく叫んでいた声が突然途切れた。

 それは、M29の放った銃声と、そして、鉛の弾丸がもたらした効果だった。


「協定違反ですか。そうですか。それは申し訳ない」


 クククと笑いを噛み殺したエディは、投げつけたグルシュキンの襟倉を掴んだ。

 そして、まるで藁束でも持ち上げるかのように、ひょいと持ち上げてしまった。


「あなたのご友人は、どなたも御優しいですなぁ」


 心からの侮蔑な言葉を投げかけ、エディは微笑んだ。

 その笑みには明確な殺意が含まれ、改善は無いのだと誰もが思った。


「まぁ…… それも良いのでしょう。騙し騙される螺旋の中で、双方に利用しあって利益を積み上げればよろしい。私には関係ないことだ」


 クッと身体を捻り、エディは再びグルシュキンを投げつけた。

 その身体が宙を舞い、投げつけられたのは三次元羅針盤だった。


 身体中を痛めた状態で激突すれば、それは鋭い痛みを発する事になる。

 痛みに呻き、グルシュキンは泣き顔のような相貌となってエディの前に跪いた。

 許しを請うように跪いて、そして額を床へとこすりつけた。


 ――いまさら……


 テッドだけでなく、全員がそう思った。

 自分で散々とやっておいて、今さら自分だけ許しを請うのか?と。

 利益と快楽と愉悦の為に散々とやって来たのだろうに……と。


 誰もがそう思う姿なのだが、それでもグルシュキンは必死だった。

 自由にならぬ身体で、エディへ必死に許しを、命乞いをしていた。


「……無様ですなぁ」


 一言だけ呟いたエディは、グルシュキンの身体をその羅針盤へと縛り付けた。

 マイクが手伝い、きつく縛り上げた結果としてグルシュキンは痛みに呻く。

 ただ、そんな声もエディには届いていなかった。


「痛みと恐怖に震えながら…… 床を舐めた日を思い出しますよ……」


 最後のロープを始末したエディは、薄くなったグルシュキンの生え際を掴んだ。

 痛みを堪えるべく俯いていたグルシュキンの顔を強引に起こしたのだ。


「さて…… アレックス。残りはどうした?」

「あぁ……」


 アレックスが振り返り『こっちへつれて来い』と手を振る。

 すると、廊下の外に居たステンマルクが幾人かの連邦軍高官を引き摺ってきた。

 そのどれもが捕縛された姿で、提督や元帥級の大物も含まれていた。


「少佐! 貴様は――


 最初に口を開いたのは黄色人種の元帥だった。

 だが、その眉間をエディのM29から放たれたマグナム弾が通過した。

 後頭部をすべて撒き散らし、その元帥は即死した。


「まぁ、野戦憲兵代理を長く務めましたのでね、こういうのも慣れていますが」


 ハンマーを起こしたエディは、隣に居た提督の眉間を撃った。

 全く逡巡する事無く、また、遠慮する事もなく……だ。


 ブリッジに入った連邦軍高官は5名ほどだが、エディは4人目を射殺した。

 M29に残っている弾丸は一発のみ。その状態でエディは弾倉をあけた。


「残り一発ですな」


 クルクルと弾倉を廻し、右手のスナップでその弾倉をフレームに戻したエディ。

 そのままハンマーを起こしてグルシュキンへと向けた。


「あなたは言われた。自分の運を験してみろ……とね」


 カチャンッ!と音を立てて、ハンマーが空っぽの薬莢を叩いた。

 既に発射済みだった薬莢のようで、鈍い金属音だけが響いた。


「次はどうですかね?」


 再びハンマーを起こしたエディは、狙いをつけて引き金を引いた。

 やはり鈍い音が響き、空っぽの薬莢だったようだ。


「ほぉ…… 中々ですな」


 再びハンマーが起こされ、3回目の打撃音が響いた。

 乾いた金属音が響く度、グルシュキンはビクリと身体を振るわせた。

 その震えで再び痛みを感じ、短く呻いて苦痛を叫んだ。だが――


「さて、確率的にはまだ33%ですな」


 起こされたハンマーがカタンと音を立てて空薬莢のケツを叩いた。

 三分の一の確立だったそれは、グルシュキンの視界を真っ白に染めた。


「じゃぁ、次は…… 確立50%だ」


 グルシュキンの目は起こされたハンマーを見ていた。

 僅かに距離のある状態では、弾倉の中まで見る事は出来ない。


「神に祈れ。お前が罪深き咎人でなければ助かるだろう――


 ポツリと呟いたエディ。

 その顔は引きつったように笑っていた。

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