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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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再会

今日二話目です

~承前






「誰だ!」


 静まりかえった室内に鋭い声が響いた。

 所狭しと並べられた制御パネルには、異常を知らせる赤ランプが明滅している。


「何者――


 何かを言おうとした直後、サイレンサー付きの銃が火を噴いた。

 誰何を叫んだ者も含め、一瞬の間に15人がヘッドショットされ即死した。

 生き残った極僅かな人間はみな、シリウス宇宙軍の高級将校たちだった。


「ちょっとお邪魔していますよ。なに、歓迎していただかなくとも結構だ」


 完全防弾ヘルメットを被った、全身黒尽くめのアーマースーツを着る異形の者。

 強力な武装に身を固めた侵入者は、銃を構えたまま立っていた。


「……なぜ、君がここにいる」


 生き残った者たちが唖然とする中、皺枯れた声がブリッジに漏れた。

 フリーダムのブリッジ内部に流れる声は、歴戦のヴェテランなモノだった。


「さて、何の事ですかな?」


 柔らかな声が返され、静謐さが戻ってきた。声を掛けられたのはエディだ。

 防弾ヘルメットの中にあるエディの表情は、外からは見えない。

 だが、僅かに揺れる双肩からは、エディが笑っているのがわかった。


「地球連邦軍の中でサイボーグの兵士を率いる士官は数えるほどだが……」


 シリウス軍の内部でも指折りの経験を持つ男は、ジッとエディを見ていた。

 立派な体躯と短く刈り揃えられたシルバーグレイの髪が印象的な男だ。


「まさか…… こんな形で再会するとはな」


 柔らかに笑みを浮かべたその初老の士官はゆっくりと椅子へ腰をおろした。

 BOSSの文字があるその席に座る男をエディはジッと見ていた。


「誰かと思えば……」


 エディの態度も急に柔らかになった。まるで旧知の友に会うような姿だ。

 立ち姿に漂っていた緊張感がフッと緩み、構えていた銃を降ろした。


「随分とご無沙汰ですね。その節はお世話になりました。ドネリー提督」

「あぁ。考えてみれば…… もう30年は経っているかも知れんな」


 ドネリーと呼ばれた男は、嬉しそうな笑みを湛えて優雅に足を組んだ。

 そして、おもむろに懐から拳銃を取り出し、それをポンとエディへと投げた。

 随分と年代物の拳銃で、古臭いデザインだった。


 シリウス宇宙軍提督。マーク・ドネリー上級大将。


 シリウス宇宙軍の船乗りたちにとって生ける伝説であり、また目標な人物だ。

 過去幾度も地球との間を往復し、多くのシリウス人船乗りを育ててきた男。


「君が来た以上、多くは言うまい。スマンが、女房にそれを渡してくれるか」

「よろしいのですか?」

「あぁ。自主的武装解除に応じる。ついでに……これも頼む」


 ドネリーは頭に乗せていた提督帽をもエディに手渡した。

 少将の飾りが付いたそれは、間違い無く形見になる代物だ。


「……御預かりしましょう」

「懐かしいな…… かれこれ……40年少々前に、私もそう言った覚えがある」


 全く会話が見えないシリウス軍関係者に動揺が広がっていた。

 そんな中、エディはそっとヘルメットを取り、素顔を晒した。


「お前は!」


 ドネリーの傍らに居た若い将校は、エディの姿を見て拳銃を抜いた。

 彼らはその侵入者が、コロニーで見た地球へと旅立った筈の男だと気が付いた。


 サイボーグで構成された連邦軍でも指折りの実力な特殊部隊を率いる男。

 そのリーダーである連邦軍少佐だ。


「騙したな! 卑怯者!」


 至近距離なので、サイボーグと言えど僅か9ミリの銃弾でも致命傷になる。

 シリウス軍将校は逡巡すること無く銃を構えて狙いを定めた。


 だが、その銃口が火を噴く前に、拳銃を構えた将校は斃れた。

 エディのすぐ脇に居たリーナーは、身を挺してエディの前に立ちはだかった。

 そして、素早く銃を構えヘッドショットを見せて危険を排除した。


「……ご苦労」


 リーナーの肩をポンと叩いたエディは、ゆっくりと歩み出た。

 そんなエディの姿を見ていたドネリーは、懐から煙草を取り出した。


 そして、ゆっくりと火をつけ美味そうに紫煙を吐き出して言った。

 シリウス原産種である独特な香りの煙草だった。


「虫の息だった君を乗せ、手探りで地球へ行ったのが…… まるで昨日の様だ」


 ドネリーの吐いたその言葉に、ブリッジに居たシリウス士官たちが騒然とする。

 その言葉を意味を解らぬほど愚かでは無いらしいのだが……


「お陰で、今もこうしてやっていられますよ。機械に身を窶しましたが……ね」

「一回だけ言わせてくれるか。二度は言わん」

「残念ですが無理ですよ。物事にはタイミングがある。それに……」


 何かを言おうとしたエディだが、その刹那にブリッジの扉が開いた。

 扉の向こうに立っていたのは、数名の地上軍兵士だった。

 大口径の銃を構えて飛び込んできた。


「謀りおって! 卑怯者め!」


 7.62ミリの銃弾を吐き出す自動小銃だ。その威力は凄まじい。

 拳銃とは違い、ライフルなのだから、間違いなく即死する威力。

 だが、エディは慌てるでもなく、ただ普通に、それこそ虫でも払うように……


 ――やれ……


 そんな振る舞いを見せた。


 次の瞬間にはリーナーが素早く腰を落として銃を構えた。

 その動きに男たちが目を取られた一瞬の間で、全員を一気に射殺した。

 僅か数秒の間に起きた事だが、ドネリーもエディも黙ってみていた。

 余りにも違和感の無い、流れるような一瞬の出来事だった。


 ただ、それは始まりに過ぎなかった。

 各所のドアが一斉に開き、次から次へと銃を持った男たちが入ってきた。

 皆同じように大口径の自動小銃を持っていて、手狭なブリッジに入ってきた。


 ――フリーシリウス!


 絶叫にも似た声で男達は叫んだ。

 リーナーは淡々と粛々と、まるで作業の様に敵を撃って行く。

 その手際のよさは特筆級で、それこそ、流れ作業のようなモノだった。


「良い部下だな」

「おかげさまで」


 ドネリーとエディは笑みをかわす。

 その直後、新たにいくつかのハッチが開いた。

 姿を現したのは、どれもがシリウス軍士官だった。


 ――おのれぇ!


 怨嗟の声を上げてエディに向かい銃を構えるシリウス軍の士官達。

 だが、そんなシリウス軍の男は、次々と後ろから撃たれて斃れた。

 その死体を踏み越えてブリッジへと入ってきたのはマイクだった。


「エディ。前半分は制圧した」

「そうか…… ご苦労」


 それほど大きく無い船ゆえに、制圧作業自体は簡単だった。

 片っ端から鏖殺したのだ。抵抗戦力は幾らも無い。


「状況は?」

「兵員室も士官室も無人だ」

「よろしい」


 満足そうに首肯したエディは、振り返ってドネリーを見た。

 そのドネリーは、ヤレヤレとでも言い出しそうな空気で手を左右に振っていた。

 その鮮やかな手並みは、徹底して鍛えてきた部下達の鍛錬そのものだ。


「優秀だな」

「時間を掛けましたからね」


 万感の籠もった短い会話。

 だがそこには、エディとドネリーの深い関係があった。


「ところでエディ」


 ヘルメット越しのマイクが指を指した先、ブリッジへ大きな怒声が届き始めた。

 その声は時々途絶え、更なる大音声で響き渡っていた。


「やかましいモノだな」


 小馬鹿にするような嘯いた声で言ったエディ。

 それに答えるように、ドネリーがぼやいた。


「これがシリウスの現状だ」


 嘆くように言ったドネリーは、ブリッジの床で煙草を踏み消した。

 本来、完全密室である宇宙船の中で煙草を吸うなどありえない事だ。


「相変わらずですな」

「ワシももう先が無い。少しくらいは融通を効かせても良いじゃろう」

「ブロッフォ提督のように……」


 エディの言った言葉を手で遮り、ドネリーは笑っていた。


「わしは機械にはならんよ。なれんのだ。頭の中まで筋金入りの変わりもんじゃ」


 セラセラと軽く笑ったドネリーは、怒声のする通路に目をやった。

 ややあって、雑多な言語の入り混じった男達の一団が姿を現した。


「エディ! お客さんを招待した」


 アレックスの報告にエディは『そうか! でかした!』と喜んだ。

 揉み手をして喜んでいるその姿は、テッドをして『またか』と思うものだ。


 狭い通路を通って姿を現したのは黄色人種(イエロー)が3人と白色人種(ホワイト)が2人だ。

 共に不貞不貞しい表情を浮かべ、不機嫌そうにアレコレ喚いている。


「ドネリー提督。こちらの方々は?」

「まぁ、要するに、ビジネスマンだな」

「……なるほど」


 笑いを噛み殺した怪訝な表情でその男達を見ていたエディ。

 男達は口々に厳しい言葉を吐いていた。


 ただ、その言語が余りに雑多でテッドは中身を理解出来ない。

 シリウスの公用語である英語やロシア語で有ればともかく……


『何語だ?』


 近接無線の中にぼやいたテッドの言葉に、ヴァルターが『しらねぇ』と応えた。

 ただ、それを『第一中国語だな』とステンマルクがフォローした。

 そして、中隊内無線で聞いていたウッディも『いわゆる北京語だ』と言った。


『みんな良く分かるな』


 なんとなく劣等感を覚えるテッドは、自分自身の学の無さを恥じた。

 どんなに頑張っても、学んでいる方が有利なケースが多い。

 知識は身を助け、見識はメンツを助けるのだ。


『これから学べば良い。人間はいつでも学べるんだ』


 アレックスがフォローするのだが、テッドは『はぁ……』と気の抜けた返事だ。

 ただ、そんな事を差し引いてもテッドにはまだまだチャンスがあった。

 それを目の前にいる男が口にしていたのだ。


「良くも謀ってくれたな! この卑怯者め!」

「あなたに言われるのは心外ですなぁ」

「やかましいわ!」


 白人種の男が声を張り上げていた。

 全身から怒り心頭の気配を発している男は、早口のロシア語でまくし立てた。

 ただ、その中身はテッドをして、聞くに堪えない情けない言葉だった。


「ホネウス・グルシュキン殿。お約束通り、参上しましたよ」

「誰が約束なんざした! 私は覚えが無いぞ! 拘束を解け!」

「あなたがご自身で言われた事でしょうに」


 クククと笑ったエディは、そのまま高笑いになっていた。

 そして、そのままホネウス・グルシュキンに歩み寄り、力一杯に蹴り上げた。


 サイボーグの足で目一杯に力を入れて蹴り上げたのだ。

 そのグルシュキンの股間目掛け、エディは迷う事無くフルパワーで……


「僅か4歳の私にこれをやり、悔しかったらやり返せと……」


 クククと楽しそうに笑ったエディは、溢れる愉悦を堪えきれぬようだ。

 鈍い音が響き、グルシュキンの恥骨が完全に砕けていた。


 それが意味するところはただひとつ。断種だ。

 幼い日のビギンズが子孫を残すことが無いよう、この男はそれをやったのだ。


「そうおっしゃったのは、他でも無いあなただ」


 エディは楽しそうに笑っていた。

 その顔には、復讐が楽しいと、そう書いてあった。

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