表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
212/425

仇討ちと粛正と


 コロニー『ナイル』には、外宇宙へ向けて出航する船の為の岸壁がある。

 長距離公開を行う船の為の様々な設備が取り揃えられているのだ。


 超光速飛行を行う船は、とにかく夥しい装備を持ってる。

 極々僅かな、デブリとも呼べないゴミですら超光速飛行には邪魔なのだ。

 光速を越える速度で船体を貫通しカタストロフに繋がるのだ。


 それ故、数光年単位で斥力を発生させる装置の不調は命に関わる。

 一口にワープと言っても、違う世界へと飛ぶわけでは無いのだ。

 あくまでこの場の中で光速を越えるに過ぎない。


 それ故、出航前のプログラミングと機器の調整は完璧で無ければいけない。

 極々些細なミスですら、命の係わる事態になるのだった……


 ――――ナイル管制

 ――――こちらフリーダム

 ――――運び込まれたコンテナがひとつ多い

 ――――再確認を求める


 ナイルの外宇宙向けポートにはこの日、シリウス船籍の超光速船がいた。

 純シリウス製な超光速飛行を可能にした宇宙船『フリーダム号』だ。

 シリウス軍は地球製の超光速船を接収したり、廃船を修理して使っていた。

 だが、第5惑星セトにおいて、幾度もの艦砲射撃にもめげず完成させたのだ。


 ――――こちらナイル管制

 ――――積み込み予定リストと積み込み済みリストには差異が無い

 ――――データのタイムスタンプを確認されたい

 ――――最新版は22500908の0381だ


 データリストのタイムスタンプと突き合わせれば、最新版が出る。

 人は間違いを犯すのだから、リカバリーを行いやすくすると言う発想だ。


 ――――こちらフリーダム

 ――――タイムスタンプを確認した

 ――――こちらの手元には0380だった

 ――――最新データと突き合わせ確認を完了する

 ――――最後の荷物はレッドムーン社の物で間違い無いか?


 やや間が開いて『間違い無い。安航を祈る。良い旅を』と返答があった。

 それほど大きな船では無いのだが、それでもシリウス製超光速船なのだ。


 全員の期待は嫌でも大きく、シリウスでは各所で盛んに宣伝が行われていた。

 もはや地球には後れを取らない。そんな心理的宣伝合戦の様相だ。

 地球のお下がりに甘んじる時代は終わったのだ。

 シリウス人に自信と誇りを与える、その象徴なのだが……











 ――――――――2250年 9月 8日 午前7時

           コロニーナイル 外殻部 外宇宙向け港











「さて…… 出航だ」


 エディの小さな声がコンテナの中に響いた。

 そのコンテナの中には、完全武装した501中隊の12名が揃っていた。


「まんまと乗り込めましたね」


 楽しそうに呟いたアレックスは、マイクと顔を見合わせた。

 レッドムーン社のコンテナはドーヴァーから降ろされたものだった。

 シレッと積み込みリストに書き加えられ、フリーダムへと積み込まれる。


「連中、今頃海南島辺りでバカンスのつもりだぜ」


 マイクもまた嫌な笑みを浮かべていた。

 地球へと向けて旅立つフリーダムには、シリウス側の代表団が乗船していた。

 それは、独立闘争委員会から選抜された使節団だ。


 地球からの独立闘争において、地球国家の一部がそれを支援している。

 公式には否定されているが、様々なルートを使って独立闘争を応援している。

 いや、正確に言うなら商売をしていると言って良いのだろう。


 兵器であれ、弾薬であれ、戦争とは商売。経済その物だ。


 地球の中の様々な国家が仄暗い、後ろめたい思惑でシリウスを支援している。

 先進諸国と呼ばれた国家とは違う、時代遅れの帝国主義を標榜する国家達だ。


 複雑な権力闘争と主導権争いの中で、地球の国家は2つのグループに別れた。

 シリウスの独立を何としてでも阻止したい、先行投資を行った国家群。

 そして、投資すること無く、その結果だけ欲しい第3世界国家群だ。


 国連主導による人類最初の開拓活動として、シリウス開発は始まった。

 膨大な債権が売り出され、資金を持つ者はその配当を夢見て投資した。

 だが、投資する余力の無かった国家はどうなったか。


 結局は、直接貿易で儲けるしか無いのだ。


 結果。自由な貿易を求める国家と独立されては困る国家に別れる事になる。

 シリウスの内部で沸き起こった独立運動に対する温度差もこれが原因だ。


 そして……


「チャイナの連中も乗ってるんだろ?」

「あぁ。シリウスへと来ていた連中だ」


 マイクの言葉にアレックスが応え、共に嫌な笑みを浮かべた。

 反欧米先進各国の声をまとめたのは、力による拡大政策を執り続けた中国だ。


 従来であれば中国に向いていた欧米先進国の投資はほぼゼロになった。

 そして、その投資先はすべてシリウス開発へと向けられた。

 低利回りだが、息の長い確実な成長が見込める安全商品。

 ハイリスクハイリターンな博打的要素の強い投資商品は完全に下火となった。


 そんな資金により開拓されたシリウスだが、中国は水面下で独立闘争を煽った。

 自主独立させ、地球側で唯一な公式国交を持つ国家として、貿易を独占する。


 ゼロか百かでしか無い中国的な思考回路では、全員に均等な配当など無い。

 配当の全てを独占し、頭を下げて配当を頼みに来させるのが目的だ。


 21世紀初頭から始まった中華思想への強烈な回帰は、歪んだ帝国主義だった。

 無条件で中国が世界の中心で無ければならないというジャイアニズム主義だ。


「まぁ、甘い顔してた連中にツケが回ってきたのさ」

「……だよな。甘い汁だけ吸いたいとか」


 ジャンがそうボヤキ、オーリスもそれに応えた。

 結論から言えば、中国は初期投資無しで儲けたかったのだ。

 なぜなら、国内経済は100年以上に亘ってゾンビ状態を維持していた。


 世界の経済が中国の腐敗しきった経済に蝕まれギリギリの状況だったのだ。

 それを何とかしたかった国連と中国のせめぎ合いが激しく行われた。

 中国を縛り付けるあたらな枠組みが話し合われ、中国は拒否権を連発。


 結果、中国に嫌気がさした国家に反中国ムードが高まり続けた。

 そして、多くの国家が国連を離脱し、シリウス開発の為の統一組織を作った。

 地球連邦となったその統一国家は、国是としてシリウスの独立を認められない。


 そんな連邦国家と中国を中心とする国連組織のせめぎ合いが続いているのだ。


「政治は政治家に任せよう。我々は我々の仕事をする」


 エディは静かな口調でそう呟いた。だが、その仕事の内容が問題なのだ。

 ロイエンタール伯は 親シリウス派国家にとって最大の障壁だった。


 かの名将は、幾度もシリウス軍を窮地に立たせてきた。

 幾度も幾度も画期的な新兵器を投入し、シリウス軍は連邦軍を圧した。

 だが、その都度にギリギリの線で戦線の崩壊を踏み留まらせてきたのだった。


 そのロイエンタール伯がうっかりと捕まってしまった。

 暫定和平交渉の席で拘束されたのだ。


 その際、ロイエンタール伯の獄死を狙って厳しい措置を取った男がいる。

 独立闘争委員会の中でも、最も武力闘争路線を押し進める男。


 ホネウス・グルシュキン


 中国の口車に乗り、戦争協定を無視してロイエンタール伯を監禁したのだ。

 当然、連邦軍は猛烈に抗議した……筈だった。

 だが実際には書簡を送っただけだ。


 連邦軍の中にも、中国など国連派国家から配当を受けていた者が多いのだ。

 そんな金銭的見返りで、目障りな老将を獄死させた者達。

 彼ら裏切り者の多くが、フリーダムの中に乗り込んでいた。


 もはや隠そうとすらせず、本来であれば敵船である艦艇に……だ。

 それは立派な背任行為で許されざる行為な筈だ。

 だが、それについて連邦軍内部でも目立った指摘が無い。


 つまり、利敵行為が違和感無い程に浸透していると言う事だ。


「……独立野戦憲兵隊代理ですか?」


 テッドは怪訝な顔で言った。

 いや、怪訝な顔と言うのは違うかもしれない。

 どちらかと言えば、嫌悪しているとも言う状態だ。


「裏切り者は許すな。そう言う事ですよね?」


 ヴァルターもそんな言葉で嫌悪感を露わにした。

 それは絶対に許されないことだ。全員がひとつの目標に向かって全力なのだ。

 だが、そんな状態でも自らの利益を最大限にしようとする奴らがいる。


 シリウスにおいてそれは、最も恥ずべき行為な事だった。


「勘違いするな」


 エディは窘めるように言った。

 放っておけば皆殺しにしそうな勢いのテッドとヴァルターだ。

 地上戦において野戦憲兵代理を経験した二人故の事とも言えるのだが。


「じゃぁ?」


 短い言葉で真意をただしたテッド。

 ヴァルターもそれを知りたいという表情だった。


「我々の任務はあくまでロイエンタール伯の仇討ちだ。それ以外のことは……」


 意味ありげに言葉を切ったエディ。

 その近くにいたマイクもアレックスもニヤニヤと笑っていた。


「まぁ、それ以外のことは知らん。目的を果たす上で邪魔なら排除するだけだ」


 それはつまり……

 テッドは思わず苦笑した。

 つまり、やる気満々じゃ無いかと。


 地球サイドの中にだって主導権争いがある。

 その中で役に立っておくことも必要だ。


 微妙な立場でギリギリの振る舞いをしているエディなのだ。

 こんな形で恩を売っておくことも必要なのだろうとテッドは思った。

 そして、我らが主を上手く生き延びさせることも必要なんだと気が付いた。


 エディは常にエッジの上に立っている。

 油断すればその身を切り裂く刃の上で踊ってるのだ。


 ――スゲェ精神力だぜ……


 驚くより他ない事だが、エディは常にそれをし続けてきた。

 そして、その状態で常に上々に仕上げて見せた。

 テッドをして驚くより他ないのだが……


「さて、無駄話は終わりだ。ミッションを開始する」


 エディはそう宣言した。

 気が付けばフリーダムはナイルを離れていた。

 これから地球へ向かうはずの船だが、その旅が安全である保証は無い。


 グングンと加速を始めたのがコンテナの中でも解った。

 ワイプインに向けての加速が始まったのだ。


 小刻みな振動を伝え、船は身をよじるように加速する。

 強力なエンジンは猛烈な咆吼を上げていた。

 通常動力の加速限界までは、このまま加速し続けるのだ。


 フフフ……


 小さく笑ったエディの姿に全員がゾクリと寒気を覚えた。

 ボーン親子を粛正したのと同じく、エディは()()()だ。

 その身その表情には、隠しきれない殺気が滲み出ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ