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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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騙しあいの螺旋へ

今日二話目です

~承前






「お前が一番やりたいだろ?」


 砲艦ドーヴァーのシェルデッキ。

 いや、ただの倉庫の中にエディとテッドのふたりがいた。

 エディの手にあるのは、毒ガス装置のある通路で手に嵌めていたグローブだ。


「この為に?」


 やや首を傾げてそう言ったテッドは、それでも笑顔だった。

 エディが見せた最大限の配慮は、テッドに対する親の情だった。


「本来であれば、お前があの男を捻り殺すのが道理だ」

「ちょっと捻れそうに無いですけどね」

「だが、中身はどうアレ、お前はそれをやりたかったのではないか?」


 まるで100年の便秘が全部出たような表情のエディ。

 積年の恨みを晴らしたのだから、その顔もまた当たり前だった。


 それに対し、テッドは忸怩たる思いを抱えている。

 愛するリディアの身体を嘗め回したであろう、絶対に許せない男だ。

 惚れて愛して将来を誓って、己の妻と誓った女を寝取った男だ。


「……出来るものなら、この手で潰してやりたかったですけどね」


 口を尖らせてそう言ったテッド。

 その悔しさは言葉では言い表せないモノだ。


「だからさ」


 エディはテッドの手に、そのグローブを乗せた。

 裏返しになったグローブの内側には、あのゲル状化したクロスの一部がある。


「俺ばかりが恨みを果たしてもな、寝覚めが悪い」


 なんとも軽い調子でそう言ったエディ。

 テッドは解っていた。これこそが、エディ最大の気遣いだと。


「だけど…… なんでまた」

「まぁ、思い付きだな。最初はこの手で頭蓋を捻り潰してやろうと思っただけさ」


 エディは空中で手の動きを再現した。

 青いゲルの中に手を突っ込み、スラッシュの頭蓋を掴んで握り潰す。

 油圧と板バネとで動くサイボーグの手は、ゴリラ並みに青竹を握り潰せる。


 その強力な手でスラッシュの頭を握り潰したエディ。

 なんとなく掌中にその感触をイメージしたテッドは、怒りの深さをも知った。


「……エディが長年恨み続けてきた事と比べれば」

「時間の経過は関係ないさ。それに……」


 エディがテッドへと手渡したグローブの中では、何かがゴソゴソと動いていた。

 極々小さなモノでしかないゲル状の物体が集まり、小さなコロニーになった。


 グローブの先端に残っていたスラッシュの僅かな肉片を喰ったのだろう。

 グズグズと動いているゲルの塊は、グローブの中で出口を探していた。


「アレは…… スラッシュは俺を殺そうとして、幾度も幾度も工作してきた。その都度にまだ幼子だった俺を護るべく、多くの者が死んだ。その話をいつも聞いていたからこそ……」


 エディは辛そうに首を振って溜息をこぼした。

 その吐息に含まれるモノは、後悔と贖罪の想いだった。


「俺を生かす為に死んだ者たちの、その果たせなかった想いをいつも思ってきた。

誰だって何処かの家族の一員だった筈だ。家族や親兄弟や子供たちと過ごす筈だった未来が、俺のために失われた。だからこそ、俺は必ずこの手で殺してやると、必ず報復してやると決めてきた。だが、今にして思えばスラッシュも必死だったんだろうな。決して許される事では無いが、奴は奴なりに必死だった」


 まるでスラッシュの死をも悼むかのようなエディ。

 テッドは分かっている。これがエディ・マーキュリーと言う男だと。


 たとえ敵でも敬意を払う男だ。

 だからこそ、あの場で怒りに任せて我を忘れた姿が異質で異形だったのだ。


「だから、神の御前へって……」

「そうだとも。人を裁くのは人ではない。神の手の上だ」

「親父も良くそれを言ってました」

「……親父さんが?」

「はい」


 テッドはふと、緩い表情になって言った。

 その姿は、なんとも楽しげなモノだった。


「まだ…… 5歳か6歳かの頃ですが……」


 テッドは裏返しのグローブを見ながら楽しそうに切り出した。

 まるで少年そのものに返ったかのような、そんな姿だった。


「アウトローと決闘に向かう親父を見送った事があります。姉貴は…… キャサリンは涙を流し、お袋ミリアは親父の手首へ藍青の紐を巻いたんです」


 テッドの言う言葉にエディが僅かな趣向を見せた。


「おまじないだな」

「えぇ」


 手首に藍青の紐を巻くのは、シリウスに伝わる御呪いだった。

 シリウスの光と同じ色の藍青色は、勝利と幸福を導く色だった。


「アウトローを倒して、必ず生きて帰ってきて……と、お袋が言ってました」

「そうだな。生きて帰る事が何より重要だ」

「だけど……」


 僅かに俯いたテッドは勢いよく天井を見上げ、小さく溜息をこぼした。

 そして、顔を下げてエディを見て、ぐっと顎を引き言った。


「親父は言ってました。市民の平和と安全を護る為に、シェリフは戦う義務があるんだって。どんな時でも、逃げずに戦う義務があるんだって」


 エディはやや大袈裟なくらいに首肯した。

 そして、テッドの肩をポンと叩き、また首肯した。


「その通りだ」

「えぇ」


 テッドは手にしていたグローブに目を落とし、僅かに笑みを浮かべていた。

 手の中にあるクロスの破片は、出口を求めて徘徊し続けていた。

 絶対に出られない無明の闇の中で、ズルズルと。ズルズルと。


「俺は…… 言ったんです。危ないからって。撃たれたら死んでしまうって」


 フッと笑ったテッドの肩が揺れた。

 自嘲気味に笑ったその姿には、隠しようの無い苛立ちと後悔があった。


「その時、親父は言ったんです。俺の頭に、こう、手を乗せて、言ったんです」


 テッドの手が頭の上に乗せられた。

 まるで父親がそうしたように、乗せられた。


 気がつけば父の手に匹敵する大きさになっていた手だ。

 改めてそれに気がついたテッドは、嬉しそうに笑った。


「悪党を裁くのはシェリフじゃない。悪党が地獄に堕ちるかどうかは神が決めることだって。シェリフはそんな悪党をとっ捕まえて、神の御前に突き出すのが仕事だって、そう言ったんですよ」


 なんとも楽しそうにそう言ったテッドは、グローブを今にも握り潰しそうだ。

 エディもエディで楽しそうにそれを聞いていた。そして、何度も頷いていた。


「何度聞いても思うが、テッドの親父さんは立派な人物だったんだな」

「……有難うございます」


 ぺこりと頭を下げたテッド。

 エディはそんなテッドを誘ってエアロックへと向かった。


 サイボーグは真空を苦にしない。

 そんなふたりだはドーヴァーの暴露デッキへと出るエアロックに入った。

 本来であれば、真空空間向けの宇宙服を着なければ為らないのだが……


『出るぞ?』


 近接無線で呼びかけたエディ。

 気がつけばエアロックの中の空気が抜けていた。


『はい』


 僅かに残った与圧の分で、エアロックのドアが勢い良く開いた。

 真空中へと出た二人の目の前に、グローブがあった。

 命綱をつけて漂流しないようにし、その状態でテッドはグローブをあけた。


 中から勢い良く空気が抜け出て、最後にゲルが吐き出された。

 全く身体を支えるモノがない真空中で、ウネウネと動いていた。


『グローブに張り付かせろ』

『こうですか?』


 テッドが差し出したグローブの先端にゲルが張り付いた。

 ナメクジや粘菌と同じく、グローブの表面に絡み付いている。


『……焼却しろ』

『イエッサー』


 テッドはそのグローブを玉状に丸め、シリウスへ向かって投げた。

 強い加速に押し出され、グローブはシリウスに向かって勢い良く飛んだ。


『5年としない内にシリウス墜落軌道へとはいるだろう』

『50年もすれば墜落しますね』

『まぁ、気長に待て』

『えぇ。そうします』


 二人並んで眺めたグローブ。

 もはやかなりの距離だが、グローブはまだウネウネと動いているのが見えた。


『さて、引き上げよう』

『はい』


 ふたりしてエアロックへと引き上げる直前、テッドは振り返った。

 まだギリギリ視覚限界範囲にグローブがあった。


 ――あばよ……


 最後の最後で、そんな捨て台詞を浴びせた。

 これで終りだと、そう決めたのだった。


「さて……」


 エアロックの中で気密をとり、ドーヴァーの艦内へと戻ったふたり。

 その足で食堂へと向かえば、中隊が全員揃っていた。


「諸君。ミッションは完了した。だが、まだ幾つか案件が残っている」


 エディはそう切り出した。

 またどっかへ送り込まれるのか?と訝しがったメンバーだが……


「地上戦っすか? シェルっすか?」


 ロニーは相変わらず緩い調子で聞いてきた。

 その様子が余りにも『普通』なので、全員が笑った。


「おぃロニー。説明の腰は折るな」

「……へい」


 エディが嗜め、ロニーは小さくなった。

 そんなやり取りで再び全員が笑った。


「アレックス。状況を説明しろ」

「はい」


 エディの指示でアレックスはモニターの前に立った。

 映像を表示させ、次なるミッションの説明を始める。


「ここからはちょっと厳しい戦闘になる」


 モニターには、ノワリー海に浮かぶスラッシュ島の惨状が表示されていた。

 それは、シリウス軍関係者による現場検証のニュース映像だった。


「シリウス軍側が動き始めた。我々は最初に疑われる運命だ。ただし、連邦側もシリウス側も、我々がここにいる事は知らない。そして、我々はトンズラだ。明日、コロニーから地球への輸送船団が出る。まだ冷凍カプセルのピストン輸送は続いているからな。それの護衛として地球へと向かうが、同行するシリウス船籍の艦艇よりも後からワープする。機関故障を予定しているが……」


 機関故障予定の説明に全員がどっと笑った。

 その余りにエグいやり口に、笑うしかないのだ。


「彼らよりも後からワープし、先に地球へと到着する。その為のドーヴァーだ」


 胸を張って言ったアレックス。

 モニターに表示されている所要時間は60日だった。


「この快速船の威力が遺憾なく発揮される事になっている。ここからは再びシェル戦が続くだろう。全員抜かりなくやってくれ」


 アレックスの説明に全員がイエッサーを答えた。

 欺き欺かれる騙しあいの螺旋に入ろうとしていた……

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