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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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2度と開けるな

~承前






 

 ――――こちらナイル外殻管制

 ――――レッドムーントランスポート作業チーム応答せよ

 ――――作業終了時間だがどうした?


 無線のなかにコロニー外殻管制の声が響いた。

 エディはそれを気にすることなく、もがき苦しむボーンを見ていた。

 普段なら常に冷静でクールな男だが、今テッドの前にいるエディは別人だった。


『こちらレッドムーン作業チーム。現在トラブル処理中につき、作業時間の延長を要請する。繰り返す。作業トラブルにつき、作業時間の延長を要請する』


 見るに見かねたアレックスが声をあげた。

 ただ、その姿は怒るでも呆れるでもなく、ただただ見守る姿だった。


『こちらシリウス軍()()()()()担当。現在当施設の生命維持システムについて作業の立ち会いを行っている。作業時間の延長をこちらからも要請する』


 サンジェルマン大尉は話を合わせて外殻管制に延長を申請した。

 建前でもこれは国際的な要請なので、管制センターとしても無下には出来ない。


 ――――こちら外殻管制

 ――――要請を受諾する

 ――――更に30分の時間をとった

 ――――安全第一で作業完了を頼む


『こちらレッドムーン作業チーム。配慮に感謝する』


 交信を終えたアレックスは、小さく息を吐いてエディを見た。

 愉悦に震えるエディの姿は恐ろしいほどで、全員が言葉を失っていた。


 そんな中、不意にヴァルターとテッドの視線が絡んだ。

 その目は明らかに怪訝だとテッドは思ったが、事態の推移を見守るしかない。

 余りに恐ろしい姿に、テッドだけでなく全員が言葉を失っていた。


「……すべて溶けたな」


 満足そうに呟いたエディは、プルプルと震えるゲルを見ていた。

 肉を溶かし、骨を砕き、その全てを養分として吸収して行くゲル。


 それは、子だった者に父が喰い殺されるシーンだ。

 余りに異形ゆえに気がつきがたいのだが、紛れもなくそんなシーンだった。


「飢えと渇きとひもじさに、シリウスの人々は苦しんできた。そんな人々を煽動して戦いに駆り立て、その中で利益を得る者たちからキックバックを受け取ってきたのだろう?」


 もはや人ならぬ姿になったボーン親子に向かい、エディは話をし続けた。

 そのゲルの中に手を突っ込み、半ば解けている顎を掴んでいた。


「この口と舌と喉で、苦しむ人々に偽りの希望を与え、己の欲望を得る為に……」


 ゲルの中でミシリと音がした。エディの右手が顎を握り潰したのだ。

 赤ではなくどす黒いものがゲルの中に広がるのだが、エディは気にしていない。


 高分子ポリマーとシリコン系強化素材は、ゲルの熔解液では溶けないようだ。

 エディはそのゲルの中に手を突っ込んだまま、今度は眉間を握りつぶした。

 鈍い音が響き、頭蓋が握り潰されている。


 ゲルの中に脳漿が染み出し、ゲルはその脳殻内へいっせいに流れ込んだ。


「父親の脳髄を喰らうが良い。そして、その記憶を見るが良い。お前たちがシリウスで何をしたのか。それを改めて振り返ると良い。そして……」


 グチョリと汚らしい音が響いた。

 エディはゲルから手を引き抜き、その指先へ僅かに残るゲルを振り払った。

 手に嵌めていたグローブを外して裏に返し、ゲルのを閉じ込めた。


「さて、作業は最終段階だ」


 満足そうな笑みを浮かべエディは振り返った。

 それは禍々しいまでに清々しい笑みだった。


「エディ……」


 テッドは無意識に声を掛けていた。

 その想像を絶する暗黒面を漂わせた笑みのまま、エディはテッドを見た。

 機械の目であるはずなのに、その瞳には狂気が宿っていた。


「どうした?」

「いま、何て言おうとした…… んですか?」

「いま?」

「そして…… の後です」


 あぁ……

 そんな表情になったエディの顔から暗黒面が姿を消した。

 常に余裕を漂わせ、クールでスマートなブリテン人士官が帰って来た。


 エディ・マーキュリー少佐は()()()()()


「……なに、大した事は言って無い」

「言って無いって……」

「小声で呟いたのさ」


 全員の目がエディに集まった。

 その眼差し全てを受けたエディは、楽しそうな表情になった。


「神の裁きを受けるが良い…… ってな」


 テッドは小さな声で『あっ……』と呟いていた。

 遠い遠い昔、テッドがまだ幼かった頃に、父から聞いたのと同じ言葉だった。


「……そうですね」


 テッドもまた嬉しそうに言った。

 エディは優しい表情になり、サンジェルマン大尉を見た。


「大尉。協力に感謝する。装置のハッチはしっかりと閉鎖し、絶対に開けないように注意してくれ。見たとおり、人ひとりくらい、アレは簡単に喰い尽す」


 その背中をポンポンとたたきながらエディは歩いた。

 さぁ早く装置へ帰れと言わんばかりに……だ。


 仮にもここにビギンズがいるのだ。

 サンジェルマンはどう振舞って良いか一瞬だけ迷っていた。


「しかし少佐。アレを何故ここに?」


 時間稼ぎのつもりは無い。ただ、率直にそう思ったのだ。

 それが結果的に時間稼ぎになっている可能性は、誰も否定出来ない。


「最も苦しむ死にかたを思案したのだが、この放射線の酷い環境で少しずつ乾いて干からびて行くのが良いだろうと結論付けた。あれには自立した意思がまだある」


 何一つ逡巡する事無くエディはそう言い切った。

 明確な殺意と目的意識があって、報復を果たしたのだと言い切った。


 そして、自立した意思がまだあるという言葉にもサンジェルマンは戦慄した。

 あのゲル状のモノが、いつか画期的な治療で人の姿を取り返したとき……


「では、このハッチは2度と開けぬよう閉鎖します」

「そうだな。それが良いだろう」


 やや怯えた表情のサンジェルマンに対し、エディは笑みを崩さずにいた。

 そして、爆破で開けたハッチの奥へとサンジェルマンを押し込んだ。


「繰り返すが…… 2度と開けぬ事だ」

「はい…… で、あ――


 何かを良い掛けたサンジェルマンだが、エディは笑ってハッチを閉じた。

 サンジェルマンが何を言おうとしたのかは、誰だって解っていた。


「さぁ、脱出だ」


 エディは迷う事無く先頭を歩いた。

 目の前には着々とスラッシュボーンを消化しているゲルがあった。


「醜い生物だな…… だが、貴様らにはその姿が御似合いだ」


 そう吐き捨てたエディは、何ら迷う事なく出口へと向かった。

 コロニーの外殻に密着している作業用コンテナには、コロニー外殻があった。


「全員出たな?」


 ただ1人通路に残っているアレックスは、最終確認を行なってサムアップした。

 問題なく全てが安全なのを確認し、ミッションの完了を報告する。


 最後に通路の明かりを消したアレックスは、素早くコンテナへと戻った。

 赤外で状況を見ている面々は、通路の奥にはほんのりと光を放つゲルを見た。

 僅かに震えながら、着々と巨大なタンパク質の塊を熔解消化していた。


「赤外出してるぜ」

「飲み込んだ親父の余熱だろ」


 心底嫌そうに吐き捨てたジャンとステンマルク。

 そんな会話にオーリスも口を挟んだ。


「アレを消化したら、後は自己消化を繰り返すだけだな。何年掛かることやら」


 巨大な粘菌のコロニーでしかないゲルの塊だ。

 極限まで乾燥している外殻作業通路の中で、少しずつ水分を失って行く。

 そして、それに伴いゲルも小さくなるはず。水分を失って縮んで行くはず。


 やがて限界を迎えたとき、ゲルは完全に干からびてしまうのだろう。

 マイクロマシンのネットワークも機能を失い、やがて消えてしまうのだろう。


 ――そうか……


 エディは温情措置を見せたのだとテッドは気がついた。

 確実に干からびて死ぬであろう息子に、父が血肉を与えたのだ。

 例えそれがどれ程残酷でも、シリウスの地上では良くあった光景だ。


 餓える子供たちの為に、父が食事を分け与えたのだ……


 ニヤリと笑ったテッドはコンテナの中で指示を待った。

 ここから先は本当に修理作業だ。


「さて、では修理に取りかかるとするか」


 ステンマルクの音頭で外殻修理が始まった。

 あのゲルを完全に閉じ込める作業だ。


 デブリにやられた外板を剥し、そこに新しい外板を当てて取り替える。

 言葉にすればそれだけなのだが、真空中に曝される1気圧環境だ。


 慎重にパッキンを挟み、それが完全に密着するように注意を払うのだ。

 そして、トルクレンチを使って均等に圧を掛け、歪みなく締め上げて行く。

 コロニーの外壁は常に様々な力が掛かっている状態だ。


 それ故に、僅かな歪みや締め付けトルク誤差と言ったモノが命取りになる。

 実際には幾重にも安全マージンや予防構造が取られているのだが……


「どうだ! 上手い仕上げだろ!」


 上機嫌のオーリスはレーザースキャナーを使い、完全平面処理を行なった。

 巨大な一枚板のパネルを幾つか組み合わせ、完全平面を作り出したのだ。


「完璧に作ったって、どうせデブリにやられるぜ?」


 なんとも虚無的な事をジャンが言った。

 それは、宇宙にある限りは絶対不可避の事象だ。


 ましてやこのエリアも戦闘危険地域となっている。

 強烈な一撃がいつ来るとも限らないのだ。


「だからって、手を抜いて良いって事じゃないさ」


 オーリスは最後のボルトを締め込み、その出来栄えに頷いた。

 理屈や結果は関係ない。納得行くものを作りたいと言う願望だ。

 そして、1人のエンジニアとして、技術者の本能ともいえることだった。 


「さて、では撤収だ。今回もご苦労だった」


 帰るぞ!と手を振ったエディ。

 全員が作業用コンテナに移り、船外スーツの気密を取った。

 安全確認のうえでコンテナ内気をコロニー側へ圧入し、真空環境へと移行する。


 ややあって、自然な形で作業コンテナがコロニーの外殻から剥がれた。

 テッドは自らの仕事を思い出し、最初にコンテナを出て船外作業機へと移る。


 ――さて……


 再びコンテナを押して行くテッド。

 その脳裏には、暗闇の中で震え続けるゲルの姿があった。

 出来るものならこの手ですべて消し去ってやりたいと思うのだった……

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