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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
209/425

エディの復讐

今日二話目です

~承前






「つまり、このルートは閉鎖すると言う事だ。生き物が入り込めばこれの餌食」


 一方的にそう言いきったエディは、マイクに『やれ』とサインを送った。

 マイクは耐圧タンクの蓋を取り、外殻ハッチへと続く通路にゲルを撒く。


 ベチャリと汚らしい音を撒き散らし、青いゲル状のモノが通路にこぼれる。

 そのゲル状のモノは、床に撒き散らされた後で一塊に纏まり始めた。


「何ですかこれは!」


 顔を顰めたサンジェルマン大尉は、怪訝な表情でそれを見ていた。

 鼻の曲がるような悪臭を放ち、プルプルと震えるジェル状の物体。


「なんと言うべきかな……」


 ニマニマと笑うエディは、もう一度マイクに向かって『やれ』と指示した。

 その指示を受けたマイクも、楽しそうに笑いながら外部へと出ていく。


「これはかつて……」


 愉悦にまみれた笑顔でテッドを見たエディ。

 それはまさに、勝利者で復讐者の顔だった。


「独立闘争委員会と呼ばれた、なんとも身勝手な連中のひとりだった男だ」


 エディの言葉にサンジェルマンは息を飲んだ。

 ここしばらくの間において、行方不明になっているのはクロスボーンだけ。

 スラッシュの息子は遠くへ旅立ち、治療の時間をかせいていると言うが……


「本来ならば今ごろは時間の止まった空間でワープ中のはずだが……」

「そんな馬鹿な……」


 唖然としているサンジェルマンを他所に、エディは肩を揺すって笑っていた。

 ワープ中と言えば、それはボーンの息子を意味するスラングになっていた。


 多くの市民が不平不満を抱え、或いは、逃れられない死を前に悲しむ。

 しかし、特権階級にある者はワープ航法による時間ジャンプで時を稼ぐ。

 そしてその治療法を研究し命永らえる事が出来る。


 市民に寄り添うヘカトンケイルと、市民を無視する闘争委員会。

 そのどちらが市民から支持を受けるのかを思えば……


「まぁ、恵まれた者は確実に居ると言う事だな」


 ややあって戻ってきたマイクは、巨大な物体を抱えていた。

 それはまるで棺桶のようなもので、人ひとり収まるのに申し分ないサイズだ。


「どうする?」

「感動の再会と行こうか」


 マイクの言葉に応えたエディは、クククと笑ってその棺桶を見た。

 その姿は、とにかく底意地の悪そうな、ともすれば醜い姿だ。


「……少佐殿?」


 怪訝な顔でエディを見ているサンジェルマンだが、エディは何処吹く風だ。

 そして、マイクは指示に首肯で応え、棺桶を床へと下ろしてその蓋を開けた。

 中に入っていたのは、両手両脚を縛られ猿轡を噛まされたスラッシュボーンだ。


 ハッと息をのんだサンジェルマンだが、エディは一切気に止めずに居る。

 そして、芝居がかった振る舞いで、その場に居た者達の耳目を集めた。


「さてさて、皆さんお立ち会い」


 ニンマリと笑ったエディは高らかに口上を述べ始めた。

 その最中もエディは笑ったままだ。


 ――なにがそんなに……


 流石のテッドも首を傾げる程なエディの姿。

 だが、当の本人は遠慮する事無く、狂言回しを続けていた。


「かつて、地上で権力を欲しいままにした親子が居た。その父は地上で罪も無い女を手込めにし、死ぬまで弄んで殺し続けた。そして、その息子は半ば死んでいる女を自分好みに蘇生させ、傍らに侍らすことに歓びを見いだした。筋金入りの変態と言うべき親子だった」


 マイクは棺桶の中からスラッシュボーンを取り出し、床に転げさせた。

 そのボーンの目の前には、かつては息子だったクロスボーンがいた。

 いや、クロスボーンだった、ただのスライムが居た。


「ボーン委員殿。感動的な親子の再会をお膳立てしたのだが……」


 エディは何処までも傲岸な笑みを浮かべスラッシュボーンを見た。

 その両手は身体の前で合わさり、揉み手をしてその内心を示していた。


「なにか、交わす言葉があるのでは?」

「……貴様は何処までも下衆な男だな」

「何を仰います事やら……」


 小馬鹿にしたような物言いでスラッシュを煽るエディ。

 顔色を変えたスラッシュは、きつい眼差しで睨み付けた。


「この…… 地球の狗に成り下がった偽りの救世主め! こんな馬鹿げたやり方で人道的配慮でもしているつもりか。我が委員会は常にシリウス人民の幸福と安寧を願っていると言うのに。お前は人道のなんたるかが解っておらん!」


 そう不機嫌そうに吐き捨てたスラッシュボーン。

 エディは意に介すること無く、サラリと言いのけた。


「まぁ、すなわち。我々も人道的に、親子の再会をお膳立てしたと言う事であります。あとは親子水入らずで語らって頂ければ結構」


 エディがそんな言葉を吐いたとき、ゲルの塊がずるりと動いた。

 プルプルと震えるゲルは、数秒に一度のペースで床を這いずって動く。


 スラッシュボーンが引きつった表情を浮かべる中、エディはサラリと言った。


「我々が調べた限り、このゲルは生体電流の僅かなリークに引き寄せられるようですな。つまり、手近に居る生物を見つけた場合、ゲルはそれを目掛け接近して行くようです。まぁ、この場合であれば、親子の再会という感動的なシーンですが」


 ゲルはズリズリとスラッシュボーンへ接近して行く。

 ゆっくりとだが確実に接近して行く。


「くっ! 来るな! あっちへ行け!」


 情けない声を出して喚いたスラッシュボーン。

 エディはそんな様を楽しそうに見ていた。





 ――――午前10時40分

 ――――作業開始から40分経過





「エディ。時間が無い」


 冷静な声でアレックスが言った。

 だが、そんな言葉が耳に入らないほどにエディは見つめていた。

 何処までも愉悦に染まった笑みを浮かべ、ボーン親子を睨み付けていた。


「ギャァ!」


 鈍い声を出してスラッシュが叫んだ。

 クロスだったゲル状のスライムは、スラッシュの腕に取り付いた。

 一気に腕へと取り付いたそのスライムは、ずるりと肌を舐めて上がった。


「あっ! 熱い! 痛い!」


 白い煙を出してスライムはスラッシュの身体を溶解し始めた。

 通常、粘菌系の生物は消化酵素を本体細胞それ自体が直接分泌する。

 粘菌に絡みつかれたモノは、その消化酵素で分解され、直接吸収されるのだ。


「バカ! 止めろ!」


 スラッシュが情けない声を発してのたうち回っている。

 その身体に取り付いたかつての息子は、なめ回すようにスラッシュを覆った。

 ジリジリとその身体を飲み込みながら、まとっている服を溶かした。


「離れろぉ! どこかへ行けぇぇぇぇ!」


 死にそうな声を発してスラッシュボーンが暴れている。

 だが、その努力は無駄なものでしかない。


 血の滲んでいた手首辺りを中心に、ゲルは消化分解している。

 鼻をつく異臭が流れ、表現出来ない音が漏れた。


「グアァァァ!」


 スラッシュの左手が右腕を抑えた。

 床に叩きつけ、狂ったように暴れている。


 ――腕の中から喰われてるんだ!


 テッドがそう気が付いた時、スラッシュボーンの右腕は肩からもぎ取れた。

 真っ赤な肉を見せているのだが、そこから血が漏れ出てこない。

 なぜだ?と訝しがったテッドだが、その直後にスラッシュが吐血した。


 ――手遅れか


 吐き出した血には青いゲル状のものが混じっていた。

 一部では血液と混ざり、紫色になっている。

 吐き気を催す悪臭を放ちながら、スラッシュボーンは消化され続けていた。


「まだ聞こえるか?」


 エディの声が通路に響く。テッドはその横顔を見た。

 目を見開き、愉悦に顔を歪めるエディの姿だ。


「全ては己の報いだ。お前たちのやり方は卑怯なんだ」


 声にならない声で助けを求めたスラッシュボーン。

 エディへと伸ばしたその手をエディが力一杯に踏みつけた。


 鈍い音が響き、骨が折れ、血が流れた。

 そのわずかな血液ですら、ゲル状のクロスボーンが舐めるようにしている。


「お前の息子の姿は、お前たちのやり方そのものだ」


 ゲルの中へ完全に埋没したスラッシュボーン。

 半透明なゲルの中で醜く焼け爛れるように消化されていった。


「エディ! 時間だ!」


 アレックスが叫んだ。時計の針は制限いっぱいの45分経過を指していた。

 だが、エディは鬼気迫る表情でスラッシュボーンを見ていた。


「遠い日、お前は燃えさかる建物を前にして、中に幼き日の私が居ると騙し、多くの者達をその中へと突入させた。一夜の火災で138名が焼死し、その大半は消し炭になって翌朝発見された。それは全てお前の差し金だった」


 震える声でそう言ったエディの顔には、復讐の鬼の色があった。

 それを見ていたテッドは、何より大切なリディアの為の復讐を忘れていた。


「全部…… 全部解っていて、それでもお前はやった。私の大切な人々を纏めて焼き殺した。その……報いだ。いつか必ずこの手で殺してやると、この身を機械に窶してまでも、必ず誓いを果たすと、そう決めた日から、もう40年が経った……」


 いまここでエディの邪魔をすれば、間違い無くエディに殺される。

 そんな直感がテッドの胸の内に沸き起こった。


 今そこに居る連邦軍の士官は、立派な上司でもなく、また、優秀なシェルパイロットでも無い。まぎれもない復讐の鬼がいた。返り血を全身に浴びて歓喜の涙を流す復讐の鬼だ……


「遠慮する事は無い。お前の権力を分け与え、無実の人々を逮捕誘拐し、快楽の果てに殺すまで弄んだお前の息子だ。最後はお前自身を分け与えてやれば良いんじゃ無いのか? お前の言う人道的な配慮だ。何も遠慮する事は無いぞ」


 エディは腰のホルスターからM29を抜いた。

 その弾倉には、まだ一発だけ弾が残っているはずだ。


 その時テッドは見た。

 身体中を消化酵素に焼かれながら、スラッシュボーンは『撃て』と言った。

 半透明のゲルに包まれ、全ての細胞を焼かれる苦しみに苛まれながら。


 スラッシュボーンは確実にそう言った。

 その口が動くのをテッドは見ていた。


 ――あ……


 鋭い銃声が響いた。

 エディの放った弾丸は、スラッシュボーンの胸を撃ち抜いた。

 心臓の僅かな横辺りをマグナム弾が貫通した。


 ――ひでぇ……


 穴の空いた胸の中にもゲルが侵入していく。

 身体の外だけで無く、中からも消化が始まった。


「お前だけは何があっても楽に死んでもらっては困る。悔いて悔いて、そして更に悔いて死ね。名誉も賞賛もない、孤独で惨めで負け犬な姿で死ね。お前を恨んで死んでいった全ての者達の拍手と喝采を嗚咽を聞きながら、死んで消え失せろ……」


 サイボーグには瞬きなど必要ない。

 だが、エディはそれを差し引いても全く瞬きをしていなかった。

 死に行くスラッシュボーンの姿から一瞬たりとも目が離せない。

 そんな姿だった。


 テッドは思った。この人は。エディ・マーキュリーという人物は……

 人生の全てを復讐に捧げて生きているのだ……と。

 そして、その激しい人生の中で何を見てきたのだろうと。


「さぁ…… 苦しめ…… もがけ…… その全てが――


 エディはポツリポツリと呟き続けた


 ――お前とお前の息子が殺し苦しめた人々への…… 供物だ」

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