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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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奇蹟の技

~承前





「爆破準備良し」


 工兵でもあるマイクは、小さなハッチにエマルジョン爆薬を仕掛けた。

 複数のリキッドを吹き付け、そこにミスト状の酸化剤を混ぜてやる。

 強い衝撃や熱で自己発火するこの爆薬は、強い指向性を持っていた。


「よし。全員準備良いな?」


 エディは再確認を行って全員のスタンバイ完了を確かめた。

 ヘルメットを誰一人として被ってないが、それはあまり問題ではない。

 

「おぃおぃ……」


 呆れたように笑ったエディ。

 中隊全員がまるでディズニーランド前に並ぶ子供の顔だった。


「気合い十分だな」

「良い傾向だって言っておこうか」


 エディの言いたい事を理解したマイクとアレックスが笑う。

 突入最前列のテッドはニヤリと笑ってヘルメットをかぶった。


「いつでもいけます」

「ちゃっちゃやりましょう」

「同じく」


 ヴァルターとロニーがヘルメットを被り、ウッディが続いた。

 全員がスパッとヘルメットを被り、突入準備が整った。 


「まぁ良い。全員ぬかるなよ」


 そう、一言残してヘルメットを被りかけたエディ。

 だが、ハッと気が付いたのは表情でヘルメットをかぶる手を止めた。


「そういえば大事なことを言い忘れた」


 こんな時になんだ?とテッドの表情が曇る。

 エディはニコリと笑って静かに言った。


「亡き叔父上の口癖だったものだよ」


 小さく呟いたエディの言葉にアレックスが笑った。

 マイクも『早く言えよ』と続きを急かした。


「……神のご加護を」


 そう一言呟き、エディはヘルメットを被った。

 そして、エマルジョン爆薬に向かいコンバットマグナムを向けた。


「行くぞ!」


 鈍い爆発が発生し、ハッチ部分がポトリと剥がれるように落ちた。

 強靭な筈の外壁に穴を開けた毒ガス装置は、その内部を露わにした。




 ――――午前10時20分

 ――――作業開始から20分経過




「突入!」


 最初にヴァルターが飛び込んだ。

 間髪入れずにテッドが飛び込み、ロニーが続いた。

 ディージョとウッディは、ジャンと一緒にハッチをくぐる。


 そのハッチの向こうは、複雑な配管が走り回る機器室だった。

 毒ガスを生成する装置の内部は、巨大な気化器を持つ機材でギッシリだ。

 複雑な配管が縦横に走り、大きな機材の中央で複雑な熱交換の末に混交される。

 その合成液を再加熱し、蒸散噴霧する構造のようだ。


「こりゃ……凄いな」

「なにより、衝突型機材でこの精巧さは恐ろしい」


 ステンマルクとオーリスはエンジニアの目でそれを見ていた。

 どう考えても激しい衝撃に耐えられるような機材に見えないのだ。


 ただ、そんな機材に取り付けられた液体タンクは空っぽだった。

 恐らくは毒ガスを生成する為に必要なリキッドなのだろうが……


「これじゃ意味ないな」

「可能性的に一番高いのは……」

「突入段階で壊れた」

「だな」


 ステンマルクとオーリスは、毒ガス生成器のラインを一つ一つ辿って確かめた。

 各所でパイプが不自然に曲がったり、或いは破断したりしている。


 やはりコロニーの外壁は強靱だったのだろう。

 そう簡単に突破できる代物では無かったらしい。


 テッドは機材を確かめるふたりの背中を見ながら、高度な教育の意味を知った。

 全くもって構造的な理解が出来ないテッドだが、オーリスたちは察しがつく。

 つまり、それこそが教育の結果であり、また、実力なのだ。


 教育を受ける機会は万民に平等と行って言い。

 その結果は努力に比例するわけで、結局は自己責任となるのだが……


「……おやおや、何の音かと思ったが、思わぬ来客だな」


 穏やかな声が唐突に振ってわいた。

 驚いたテッドが慌てて振り返ると、そこにはシリウス軍の士官が立っていた。

 純白の上下に真っ赤なバラの襟章をした高級士官だ。


「まぁ、出自は問うまい。察しはつく。ただ、せっかくのお越しだが……」


 数歩前へと歩み出たシリウス軍士官は、巨大な毒ガス生成器に触れた。

 まるで愛しい我が子をあやすような優しい手つきで……だ。


「この子はもう動かない。いや、動けないと言った方が良いな。残念だが」


 なんとも悲しそうな表情を浮かべたシリウス軍士官。

 その表情には無念さと同時に安堵の色が浮かんでいた。


「貴官の姓名を承りたい」

「エディマーキュリー少佐だ。所属は……まぁ言わずもがなだろう」

「左様ですな。小官はシリウス宇宙軍機動突撃隊所属の……」


 ニヤリと笑ったシリウス軍士官は、胸を張って言った。


「サンジェルマン中佐だ。ただし階級は予定だが」


 予定と言ったサンジェルマンの言葉が一瞬のみ込めなかったテッド。

 だが、僅かな思案の後、ハッと気がついた。死後の階級調整込みなんだと。


「さて、あまり話し込んでいる時間も有りますまい。少佐殿」

「協力してくれるなら有り難いのだがな」

「協力など惜しみませんよ。むしろ早く壊しに来てほしかった」


 一切悪びれることなく、サンジェルマンはそう言いきった。

 逆説的な言い方をすれば、連邦軍が壊さない限り離れられないのだ。


 テッドだけでなく中隊の誰もが、シリウス軍の実態に目眩を覚えた。

 軍隊とは最強の官僚主義集団と言うが、シリウス軍はその傾向があまりに強い。


「本来ですと、この機器は撤去する予定になっていました」

「申し訳無いが、解るように頼む大尉。なぜ撤去を?」

「全く意味をなさない機材など邪魔なだけです。我々がここにいるのは、まぁ」


 肩をすぼめて言ったサンジェルマンは、呆れたような顔になっていた。


「要するに、監視と嫌がらせですよ。土台シリウス軍には過ぎた兵器でした」

「……酷い話だな。貴官のような立場にだけは置かれたくない」

「ご同情痛み入りまする」


 優雅な仕草で胸に手を当て、そっと頭を下げたサンジェルマン。

 その振る舞いはまさに貴族のようだった。


「では、貴官はなぜ階級特進を?」

「誰かが責任を取らねばなりますまい。詰腹を切らされるのは私だけで十分だ」


 ヘラリと笑ってエディを見たサンジェルマン。

 エディは言葉を失い、毒ガス装置を検めた。


「確かに…… これでは使えないな」

「左様です。ヘカトンケイルの命により、この装置の中枢は機能を失っています」


 サンジェルマンが指差した所には、リキッドの調整を行う装置があった。

 だがそれは、各部のパイピングが抜き取られて、機能を失っていた。


 サンジェルマンはそれでもここに残っていたのだ。

 連邦軍に毒ガス装置の警戒をさせ続けるために。


「ヘカトンケイルの勅命により、大量殺戮兵器の機能は失っていたのです」

「つまり、我々は無駄な努力をし続けていたと……」

「恐れながら、シリウス軍側は戦略的には勝利させてもらいましたな」


 愉悦の笑みを何度も強引に噛み殺し、サンジェルマンは言い切った。

 連邦軍は無駄な努力と警戒に戦力を割き続けていたのだ。


「些か腹立たしいが、まぁそれも仕方ないか……」


 エディは苦虫を噛み潰した顔で装置の核心に触れた。

 どこか生物的な輻輳ぶりを見せる配管廻りは、血管の如しだ。


 そこに手を触れたエディは、小さな声で何かを呟いた。

 何時か何処かで聞いた言葉だとテッドが直感するのだが……


 ――あの時のだ!


 あのグレータウンの広場の中心部。

 自分とリディアに向かって突き付けられた銃口を目の前にした時だ。


 広場に入ってきたエディは、自警団の持っていたライフルに手を触れた。

 そして、いま目の前で言った言葉と同じことを言った。


 ――奇蹟のわざだ……


 輻湊していた細かな配管は、まるで生き物の様に蠢き始めた。

 そして、リキッド調合装置の中心に、真っ赤なバラが咲いた。

 金属の地肌からバラの蔓が伸び、その先端に幾つものバラが咲き出した。


「まっ まさかっ!」

「ん?」

「救いの御子!」

「馬鹿を言いなさんな」


 ハハハと笑ったエディは、装置が全く機能しなくなったことを確かめた。

 配管廻りはまるで植物の根のようになっていた。


「サンジェルマン大尉。すまないがひとつ頼まれてくれないか」

「何でありましょうや!」

「この装置の核心部分をヘカトンケイルに届けてくれ」

「承りました!」


 じゃぁ、頼んだよ。

 そんな雰囲気を残しエディは、立ち去ることを選択した。

 全員に引き揚げの指示を出し、自らもクルリと振り替えって歩き始めた。


「お待ち下さい! 御子よ! どうかお待ちを!」


 サンジェルマンが食い下がる。

 なにか眩い物でも見るように目を細め、エディを見ていた。


「どうか! どうか僅かでも良いから…… シリウス人民の前に!」

「残念だか人違いだ。それに、あまり時間がない」


 エディに言われハッと気がついたテッドは、視界のなかの時計を見た。

 残り時間は10分少々でしかなかった。


「すまないが、まだやることがあるんだ」


 そそくさと毒ガス装置の入り口になったハッチへと戻ったエディ。

 サンジェルマン大尉は食い下がるように、エディへ取り付いた。

 両目一杯の涙を浮かべた姿は、テッドをして見てられないモノだった。


「大尉、どんな手段を使っても良い。ハッチを閉めるんだ」

「ここでお見送りさせて頂き抱く存じます」

「いや、それには及ばない。それに――


 エディはマイクに向かって準備しろとサインを出した。

 それに頷いたマイクは、外殻外部から持ち込んだ耐圧タンクを用意した。


 ――ここに危険なモノを放つ」

「危険なモノですか?」

「あぁ」


 エディの顔が醜いほど愉悦に歪んだ。

 過去、テッドも見た事の無いほどの姿だった。


「すまないが、ここにゲル状化した下等生物を捨てていく。この通路がもう使えなくなるが、仕方が無い。如何なる生物であろうと生体電流に反応し襲い掛かる代物だ。何があっても、このハッチを開けるんじゃ無い。いいな」


 冷たい口調で言ったエディだが、その顔は愉悦にあふれていた。


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