ハッチはどこだ?
今日二話目です
~承前
毒ガス装置から300メートルほど離れた外殻部分。
暴露デッキのレールはここで途切れていた。
『さて、作業開始だ』
アレックスの声が無線に流れた。
テッドは作業機のコントロールグリップを握りしめて合図を待った。
『よし! 良いぞ!』
警戒アラームの停止を示す黄色いパトライトが明滅を始める。
それを確認したテッドは、コンテナを垂直に立ててハッチ部分に被せた。
外からは一切見えない状態だが、表向きはデブリ衝突痕の補修だ。
コンテナを外殻に密着させ、外殻装甲を剥がしてコンテナを食い込ませる。
これで気密を取れば、空気圧で圧着すると言う事だ。
「やっぱこの方が楽だな」
気密ヘルメットを取ったマイクは、溜息混じりに笑った。
頭を直撃で撃たれない限り即死は無い。
そんな安心があるからこそ、大胆なことが出来る。
「無線じゃ無いから話が外にも漏れないしな」
ニンマリと笑ったアレックスもヘルメットを背中にくっつけた。
余裕を見せているわけでは無く、強がっているわけでも無い。
サイボーグの現実とはこんなものだった。
「外殻ハッチは開けられるか?」
身軽な格好のエディがやって来た。
ハッチの前ではディージョとステンマルクが解錠作業に勤しんでいる。
ややあってハッチが鈍い音を立てながら開いた。
「開いたぜエディ」
「よし、じゃぁ行こうか。プレゼントを忘れるな。テッドとロニーも来い!」
緊迫の突入戦が始まった。
――――午前10時10分
――――作業開始から10分経過
「どうだ?」
先陣を切って突入したのはテッドとヴァルターだ。
501中隊の火の玉小僧コンビは、迷う事無く先頭に立った。
「通路は真っ暗です。可視光線では何も見えません」
ヴァルターの報告が静かに流れる。
その後にテッドが喋った。
「赤外で見ても何も見えないです」
テッドとヴァルターに続きジャンがスルリと入り込んだ。
ジャンの装備する身体には、実験的な装備として超音波エコーが装備してある。
暗闇に手を伸ばしたジャンは、超音波を使って真っ暗闇の中を見た。
「通路はがらんどうだな。何のエコーも無い」
「よし、テッド。ライトを付けろ。全員突入!」
ディージョやウッディが通路に突入し始めた隣では、テッドがライトを灯した。
銃の下に装着されたフラッシュライトだが、その明るさは驚異的なものだ。
収束光ではなく拡散光にしたテッドのライトは、明るく眩い威力だ。
そしてその光は、一直線に続く作業用通路を奥まで照らしていた。
「真っ直ぐだぜ……」
「……長いな」
テッドとヴァルターのふたりは、慎重な足運びで前進を開始した。
ニューホライズンの地上で経験したように、地雷を警戒する足運びだ。
じっくりと前進する二人の心は、あのサザンクロスの市街へ帰っていた。
――絶対に何かある……
そんな強迫観念染みた思考が頭の中をグルグルと回っている。
塵ひとつ見落とすまいと気合いを入れているのだが……
「エディ。ここに横通路がある」
ヴァルターは壁際に小さなハッチを見つけた。
すぐさまアレックスが状況解析を始める。
「コロニーの地上にあるビルの地下施設に繋がっているな」
「鍵でも掛けときますか?」
アレックスの言葉にテッドがそう答えた。
ビルの地下施設に繋がるそのハッチは、通路側に鍵があった。
「そのうち使うかも知れないし、ロックされていないなら開けておけ」
「いいんですか?」
エディの指示にテッドは声音を変えて返答した。
何ともその指示が微妙なモノに感じられたのだ。
「現状を変えてしまうと痕跡が残る。足跡ひとつ残らない通路だ。行動の痕跡を残さずに撤収することも大事だ」
エディの手が前に振られた。
前進の指示を受け再び進み始めたテッドとヴァルター。
通路の残りは50メートルほどだ。
「ん?」
テッドはいきなり怪訝な声を漏らした。
通路の壁際に何かがあるのだ。
「これなんだ?」
テッドのライトに照らし出されたそれは、通路の灯りを制御するパネルだった。
電源が生きているらしく、小さなパイロットランプが点っている。
熱を持たぬ光源はほんのりと光るだけで、赤外にはあまり反応しない。
だが、この究極に殺風景な通路では、そこだけが生きている様に見えるのだ。
「明かり…… つけますか?」
テッドは指示を仰いだ。
どんなに装備が良くとも、明るいのと暗いのでは致命的に差がある。
生きるか死ぬかを隔てる壁は、案外こんなモノなのかも知れない。
「どうするエディ」
マイクも判断を仰いだ。何とも微妙で難しい判断だ。
明かりが灯れば行動の制約は少なくなるが、丸見えになる。
トレードオフするこちらの条件は、丸見えになるリスクを差し出すかどうかだ。
こんな時に決断出来るかどうか。その決断に責任を持てるかどうか。
リーダーの資質とはここに尽きるし、信頼を得られるかどうかも決まる。
「……点けろ」
3秒ほどの逡巡を見せエディは決断した。
その僅かな間にどれ程のシミュレーションをこなしたのか。
テッドはそれを知りたくなった。
「イエッサー」
冷たい音を立ててスイッチが入った。
通路がパッと明るくなり、視界は良くなったのだが……
「フリッカーがヒデェぜ」
「年代モンのダイナミック点灯だな」
ステンマルクとオーリスが愚痴をこぼした。
恐らくはコロニー建設時に設置されたままな通路照明なのだろう。
LEDを使った照明は、周波数が低いらしく、フリッカーが出てしまう。
高性能なサイボーグの目には、点滅しているのがはっきり見えてしまうのだ。
「……鬱陶しいな」
ヴァルターがボソリとこぼした。
中隊の中でも反応速度に優れるテッドとヴァルターには殊更辛い。
だが……
「暗いよりマシだ。我慢しろ」
「へい」
気合と根性を旨とするマイクの一言でヴァルターは黙った。
もはや条件反射だとテッドも小さく笑うのだが。
「残り50メートル」
テッドの冷静な一言で中隊は再び気合いを入れ直した。
ここから先は毒ガス装置の突入による歪みが大きい。
「修正してないんだな」
ステンマルクがボソリと呟いた。
元技術屋としては、こういう部分のやりっ放しが気になるのだろう。
「……なんか音がするな」
「なんだこれ?」
先頭のテッドとヴァルターは足を止めていた。
耳に届く音は基本的に二種類しかない。
安全な音と、危険な音だ。
少なくともこの音は危険だ。
その認識はテッドもヴァルターも見解が一致している。
ただ、音の正体がわからない。それが困っているのだ。
何処からか聞こえてくる『シュー』という気流音。
気密が破れ空気が漏れているなら大して問題では無い。
真空中へ放り出されることを苦にしないサイボーグだ。
何も問題は無い。
しかし、これが腐食性ガスや引火性ガスの場合はトラップの危険性がある。
引火して大爆発し、運動エネルギーを秘めたまま宇宙へ放り出されると……
「重力遮断してりゃぁなぁ……」
揉み手をしてオーリスが悔しがった。
円筒形のシリンダー方コロニーは、スピンすることで疑似重力を与えている。
その疑似重力が無くなれば、気流に乗ってゲル状の隙間を埋めるパテを流せる。
この場合は煙など軽いモノを流して気流を見極めるしか無い。
だが、静止した中隊の周辺には一切の気流が無かった。
「これさぁ……」
ウッディは前方に見える毒ガス装置を指さした。
濃い灰色のコロニー外殻に突き刺さった黄色い外壁の装置。
突き破った外角の周辺には軟質ゴムのパッキンが差し込まれている。
「そろそろ劣化してきても良い頃合いだよな」
ステンマルクはそう呟いた。
時間の経過と共にどうしたって素材は劣化する。
ましてや太陽よりも遙かに強いシリウスの風に晒されているのだ。
連星系であるシリウスの重力は強く、繰り返し受ける応力は少しずつ蝕む。
数ミクロン程度の動きしか無くとも、それが天文学的な回数で行われれば……
「いきなり破断は無いだろうが注意しよう」
エディはスルスルと先頭に立ち、ジワジワと前進を再開した。
こんな時に足の止まった部下達を統率し、前進再開を促すのもリーダーの努め。
あっという間に毒ガス装置の外壁に取り付いたエディの背中をテッドは追った。
一気に50メートルを詰めたエディは、通路のどん詰まりで装置に背を預けた。
「ハッチは何処だ?」
爆発物の設置準備を始めたマイクが言う。
中隊は事前情報にあったハッチを探し始めた。
毒ガス装置で唯一の非常ハッチ的なモノだ。突入するならここしか無い。
コロニーの内部へ露出している装置の入り口には常に歩哨が立っている。
こっそり突入という作戦は、こう言う地味な作業の繰り返しだった。
「なんだか楽しくなってくるな」
ボソリと漏らしたエディの声が弾んでいる。テッドはそんな事を思った。
どんな状況でも楽しめる精神は、強い信念の裏返しな事だった。




