極秘作戦パート2
『よし。全員出てこい』
エディの声が無線に流れ、テッドは作業用のパワードスーツを纏って外に出た。
国際規格の大型コンテナは、間口が4メートル四方にもなる巨大さだ。
その中へ船外作業機が入っていって、ザクザクと荷役を行う仕組み。
宇宙という大海原で物流を支える仕組みは、高度にシステム化されたものだ。
ただ、それを支える人夫たちは、海運業の時代から待遇が大して変わってない。
滅私奉公的な待遇を前提に、危険を承知での作業に当たっていた。
『A班はコンテナを数えろ。B班は作業機材のチェックだ。掛かれ!』
それ以上の事はエディも言わない。
ただ、そんな最低限の指示でマイクチームとアレックスチームが動き出した。
コロニー『ナイル』の外壁にある暴露デッキには、夥しい数のコンテナがある。
地球から運ばれてきたそのコンテナには、コロニーの補修道具が積まれていた。
『ボス! コンテナ総数に間違い無い!』
『オーケー! そっちはどうだ!』
マイクの言った『ボス』という言葉にテッドはクスクスと笑った。
港湾作業を監視するシリウス側の立ち会い監視人は、何事も無かったかの様だ。
501中隊のメンバーは、全員が同じ仕立ての作業着を着た姿だった。
ナイルコロニーの港湾作業を一手に引き受けるポートサービス企業のモノだ。
ただそれは、シリウス側の目を欺く為の偽装に過ぎない。
中隊のメンバーはこれから行う作戦に向け、全員がしっかりと準備していた。
『ボス! 機材にも問題は無い!』
アレックスはコンテナの中身を確認してそう言った。
レッドムーン・トランスポートと大書きされたコンテナの中身は野戦道具だ。
地球にある大手宇宙運送業のコンテナに化けた連邦軍の軍用コンテナ。
だが、その中身は大英帝国の海軍宇宙連隊が抑えていた。
そして、宇宙戦闘を迅速に進める為の仕組みが整っていた。
『よし、作業準備開始! お前ら給料分くらいはキリキリ働け!』
人使いの荒い手配師のようにエディが嘯いた。
その言葉を聞いたテッドは『まんまだぜ』と近接無線に呟く。
すぐさま『全くだな』とディージョが返してきた。
そして『案外似合ってるよ』とウッディが言った。
エディはいつでも何処でもエディだった。
全員を上手く使う指揮官としての存在は、一切ぶれていないのだった。
――――――――地球西暦2250年 8月22日 午前9時
コロニーナイル 暴露デッキ付近
『作業準備整いましたぜ! ボス!』
『解った。さて、今日も元気に働こう。打ち合わせ通りだ。安全は全てに優先する。自分の身は自分で護れ!』
エディの言葉に全員が『へいっ!』と答え、エディは苦笑いした。
ナイルの暴露デッキに並んだコンテナは膨大な数だった。
そんなコンテナを中隊全員でテキパキと再整理し始めた。
――誰が見たってだらしない港湾作業者だよな
テッドは自分を客観的に見てそう思った。
父が今の自分を見たらびっくりして叱りつけるだろう。
それ位だらしない姿で、ダラダラと作業を続けている。
だが、その目だけは鋭く、辺りを観察しながら作業を進めている。
『全員安全装備を再確認したか?』
エディはあくまで作業指示者の振る舞いに徹した。
敵を欺くには味方からと言うが、エディはこう言う部分も徹底する男だ。
その抜かりの無さにテッドは舌を巻くしか無い。
――流石だよなぁ……
何処を切っても超一流という断面を見せるエディ。
その振る舞いにテッドは舌を巻くのだ。
『さて、シリウスの旦那方はそろそろ……』
エディは声音を改め、シリウス側の作業責任者に退席を促した。
危険な現場故に、何か事故があれば作業員が責任を問われる。
ただ、そもそもに責任者でしか無いシリウス側の人員だ。
危険予知トレーニングなど行った事も無ければ、労働衛生技能なども無い。
いうなれば、ただの立会人であって、見張りですら無いのだ。
故に、手伝わなくて良いから邪魔するな……と、そう言う事だった。
――――了解した
――――安全第一で作業に当たってもらいたい
退席を促した言葉に、シリウスの監視団はコロニーへと引き上げていった。
暴露デッキに揃っている501中隊は、必要なコンテナにマークを入れていた。
『立会人の旦那方は全員コロニーに戻りやした』
ロニーはお調子者らしい声で報告を上げた。
まだ迷いはあるが、前進する意志は捨てていないらしい。
そんな姿を見ていれば、若者らしいやる気溌剌っぷりに目を細めるしか無い。
経験を積み重ねて青年は大人になる。その階段をロニーも登り始めた。
かつては自分が辿った道だ。だからこそ、黙って見ているのだ。
ロニーの辿る道のりを見ながら、テッドもまた一つ大人の階段を登った。
『では、所定の手順を開始する。Bチームはスタンバイしろ』
エディはアレックスチームに準備を指示した。
テッドは積み上げられたコンテナの開封を行い、その中にアレックス達が入る。。
中に入っているのは戦闘装備一式と、脱出用の小型コミューターだった。
無重力環境の暴露デッキ中で戦闘装備を整えるのはかなり難しい。
シミュレーターの中で時間を掛けて準備してきたのだが……
『やっぱリアルだと難しいな』
『シミュレーターで計算しきれねぇ事もあるんだな』
ディージョの言葉にジャンがそう応えた。
シミュレーターは、ひとつひとつの装備やアイテムを物理計算して漂わせる。
だが、実際には複雑な重力の影響を受ける事になる。
そして『この辺りに……』と、思った場所にソレが無い。
そんなもどかしさを覚えつつも、10分ほどで装備を整えていた。
『どうだ?』
心配そうに覗き込んだテッドは、コンテナ内部で進む戦闘準備に驚く。
面倒だの難しいだのと声を漏らしつつも、5人全員が完璧に準備していた。
『ボス。Bチームはいつでも仕事に取り掛かれる』
『よし、じゃぁAチームもスタンバイしてくれ』
エディに促されスタンバイ用コンテナの中からBチームが出てきた。
全員がつや消しの黒い装甲服を身に纏っている。
先の誘拐戦で経験した通り、至近距離で9ミリを受けても貫通しない代物だ。
点打撃を面で受け流してエネルギーを分散させる代物。
生身ならば骨の一本も折れるところだが……
『こいつは本当に丈夫だよな』
フフフと笑って装甲をコンコンと叩くステンマルク。
ニマニマと笑っているが、完全フルフェイスのヘルメットは中身が見えない。
そんな5人を他所にテッドたちマイクチームがスタンバイを始めた。
無重力空間では確かに支度し辛いのがテッドにも解った。
ただ、準備は入念に抜かりなく行なうのが基本だ。
『ボス。こっちも支度できた。朝まで働けそうだ』
そんなマイクの軽口に皆が笑う。
すっかりと肉体労働者になりきっているが、実際は接近戦を行う支度だ。
至近距離で撃ち合う為の準備は、まず防御力を高めることからだ。
『よし、では打ち合わせ通りだ。作業に掛かってくれ』
マイク率いるAチームは、コンテナを動かす作業機に跨った。
コンテナを再配置し、毒ガス装置への道筋にある監視カメラの影を作っている。
その影の中をアレックス率いるBチームの陣取るコンテナが前進し始めた。
Aチームの作業機は、実入りのコンテナを押して前進していく。
その目的地は、コロニー外壁に突き刺さった毒ガス装置だ。
手順は抜かりなく、想定したトラブルを全て乗り越えられる体制。
そんな中、エディは最後にコンテナへと入った。
戦闘へ向けた準備を整える為だ。
数分の間に前進出来る状態へと切り替わったエディはコンテナを出た。
戦闘服の上には、自動小銃や手榴弾などの戦闘兵器を重装備している姿だ。
全く持って油断無く抜かりなく、何処でどう戦闘になっても生き残れる装備。
それはつまり、エディという人物の用心深さと思慮深さの象徴でもあった。
『ボス! 作業地点へ到着した』
『解った。少し待て』
エディは声音を変えて広域無線へアクセスした。
一切の乱数暗号変換を切った、ただのアナログ通信だ。
『こちらレッドムーントランスポート作業チーム。ナイル外殻管制応答されたし』
――――こちらナイル外殻管制。どうした?
『えぇ、本日開始予定の外殻補修工事ですが、所定手順に従って開始します』
――――えぇっと…… あぁ、ちょっと待って
何処かの抜け切ったセールスマンみたいな声音で話をしているエディ。
その姿にテッドは笑いを堪え切れなかった。
――――あぁ、確認した。エリア32のC-6ブロックだな
『そうですそうです。外壁部分のデブリ衝突痕部分を交換します』
――――作業予定初を確認した
――――3分後に突入警戒アラームを切る
――――交換作業は45分になっているが、まちがいない?
『そうですね。恐らくもうちょっと早くに終る筈ですね』
――――了解した
――――間もなく非常警戒センサーが切れる
――――手早くやってくれ
『了解しました。完了したら連絡しますので、よろしくお願いします』
――――あぁ……
――――よろしく
――――安全第一でやってくれ
――――あとで安全管理委員会に呼び出されると面倒だから
無線の向こう側から返ってきた声は、なんとも抜け切った油断した声だった。
中隊の面々は、近接無線だけで会話し、クスクスと笑っている。
そんな中、エディは至って真面目な声で返答を返した。
『了解した。安全第一で作業を完了させる』
――――あぁ、そうしてくれ
『以上、交信を終了』
オープン無線を切った直後、メンバーは全員が大笑いを始めた。
余りにも油断している風な管制担当の無警戒ぶりがおかしいのだ。
『よし!やるぞ!打ち合わせどおり、45分で全てを終らせる。全員抜かるなよ』
エディは渋い声音で言った。
ゾワゾワとしながらその言葉を聞いたテッドの中のスイッチが入った。
船外作業機でコンテナを押し出し、外壁レールに乗せて滑らせていく。
コンテナの中ではBチームが突入体制になっていた。




