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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
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狂信者たち

~承前






 いま目の前におきている現実を、テッドの脳は理解する事が出来なかった。

 夥しい数の人間が文字通りに肉の壁となって立ちはだかっていた。

 5人や10人ではない。100人200人の単位で……だ。


 ――――ノワリー海の空に輝く一等星!

 ――――聡明なる無敵の鋼鉄将軍!

 ――――シリウスに変わり我々を照らす偉大なる太陽!

 ――――全シリウス人民の父である民族の太陽!

 ――――地球抵抗の英雄!

 ――――同志スラッシュ・ボーン万歳!


 その目を一言で表現するなら『狂気』だ。

 男も女も、真剣な表情で腕を組み、肩を寄せあい、壁となって立ちはだかった。


 3階を奥へと進んでいったとき、中隊はこの壁に遭遇していた。

 視界に浮かぶ建物内の構造図では、バルコニーへと出る直前の辺りだ。


 ――――地球人め!

 ――――シリウス人民の恨みを知れ!

 ――――民族自決の決意は揺るがない!


 狂気に駆られた人間の行いは、言葉で説明できる合理さなど欠片もなかった。

 盲目的な狂信状態に陥った人間は、それを諌める言葉ですらも敵と認識する。


 或いは、敵以上に危険な存在だと思い込む。

 そうすることによって自分自身が狂っていないと思い込むのだ。


 一から十まで、表も裏も、森羅万象の全てから敵が間違っている。

 だから、それをバカにするのも罵詈雑言を浴びせるのも正義なのだ。

 狂っている側には、傍目にそれがどれ程滑稽なのか、理解出来ないだけ……


「マジやっかいだな!」


 遠慮なくその壁を撃ち始めたマイク。

 血飛沫が飛び散り、肉の破片が中を舞う。


 次々と絶命する肉の壁は、しかし一切に狼狽える姿を見せないでいた。

 笑顔まで浮かべ、喜んで果てていた。穴の空いた壁は後方からすぐに塞がれた。

 それは、狂信的な人間が見せる痴態でしか無いのだが……


「効率よくやれ!」


 エディは不思議な指示を出した。

 ただ、それの意味する所は嫌でも解る。


 個人の手持ちマガジンは10個。つまり、450発しか弾丸が無い。

 12名全部合わせても6000発無いのだ。そして、ここまで結構使っている。


 テッドは銃を肩付けにし、単発で肉の壁のヘッドショットを始めた。

 的に向かって撃つだけの簡単な連続作業だ。

 人を殺すという感覚はとうに無くなった。


 目の前で壁を作るそれは、どう良心的解釈をしたって人間には見えない。

 特定の目的の為に自らが壁となる事を選んだ人間達だ。壁のように殺すだけ。

 泣いて喚いて命乞いをするなら、まだ良心の呵責があったのだろう。


 だが……


「ほぼ全滅か?」


 テッドがポツリと漏らした。

 効率よくバンバンと撃ち続ければ、あっという間に壁は排除された。

 うづ高く積み上げられた死体の山は、ダラダラと血を流しながら痙攣している。

 力一杯に仲間の腕を引き合っていた死体なのだ。


 死んで血液循環が止まった後、酸欠になった筋肉が痙攣するのだ。

 余り気持ちの良い光景では無いが、そんな光景など地上で散々と見てきた。


「奥へ行こう……」


 不機嫌そうに銃を構えたまま、ヴァルターが前進を始めた。

 テッドもそれに釣られ、横一線になったまま中隊が進んでいく。

 それ程横幅のある通路では無いが、大の男が6人並べば左右に隙間は無い。


 たった今、散々と殺し続けた死体を踏み越え、テッドは通路の奥へと進んだ。

 正面が突き当たりとなっていて、通路は右へ一度折れ、すぐに左へと折れた。


 ――手榴弾対策か……


 そう直感したテッドだが、それはあながち間違っていない。

 クランク状になった通路を進み、そこを抜けると、視界がパッと開けた。

 エディの予想通り、バルコニーの上だった。


 つい先ほど散々と撃った筈で、その死体があったはずだが……


「目障りなものは先に肩付けておいたよ」


 低く轟く様な声が響いた。

 バルコニーの中央部には、瀟洒なテーブルと椅子がセッティングされてた。

 そしてそこに、スラッシュボーンが居た。純白のスーツに身を包んで。


 ただ……


「余り良い趣味とは言えませんな。常任委員殿」


 エディは渋い声音でそう言った。

 ボーンの手には飼い犬の首へと付けるリードがあった。

 そして、その反対側には全裸にされた女たちが後ろ手に縛られて立っていた。


「なに。弾避けくらいには使えるだろう……とな。だが、そなたらのを見れば」


 フッと笑ったスラッシュボーンは、リードを手放し手近な女を蹴り飛ばした。

 バランスを崩して斃れたその女は、正体が抜けた放心状態で床に転がり笑った。


 5人ほどの女たちだが、転げている女を見ながら、残りの4人も笑っていた。

 笑いながら転がっている女とたったまま笑っている全裸の女。

 その全てが人間的に壊れていた……


「オーバードーズは命に関わるのだが、それを承知でやっているのか?」


 エディの声に怒気が混ざった。

 そして、刺す様な殺気もだ。


「当たり前さ。代わりなどいくらでも居る」


 ハッと笑ったボーンは、転がった女の頭を銃で撃った。

 ズバッと頭蓋が弾け、脳漿が飛び散った。


「人口を抑制せねば全員共倒れだ。それとも何かね。こんな汚れ役までヘカトンケイルは引き受けてくれるのかね」


 ハハハ!と大声で笑ったボーンは、その裸の女の死体を踏みつけて言った。


「シリウスの食料生産力ではシリウス人口を賄えない。計画的な戦力の増強と人工総数調整こそが肝要なのだ。食料生産コロニーの存在がシリウス市民の生命線である限り、シリウスの人民は地球の奴隷であり続ける!」


 そんな事……

 テッドの頭脳は怒りと憤りで今にも爆発しそうだった。

 確かに地球の支配からは脱せないだろう。

 だが、だからといって、女を殺して良いとは限らないはず。


「それならば女を殺して良いのか?」


 テッドの声はまるで取り調べを行う保安官だった。

 冷徹で高圧的な言葉がその口から出てきていた。


「人工抑制の為の行為だ。これは人道的な行為なんだぞ」


 何処までも小馬鹿にするようにボーンは言った。

 それはまるで、綺麗事を抜かすなと言わんばかりに……だ。


「何をバカなことを……」


 吐き捨てるように言ったテッド。

 だが、ボーンは何処までも倣岸な笑みを浮かべて言った。


「ならばお前さんならどうする? 全員仲良く飢え死にを選ぶか? レプリまで含めれば30億も人口がいるのに、賄える食料はトータルで25億人少々だ。それともなにか? レプリを殺してその肉でも喰らうかね? まぁ地球人には解るまい。シリウスの地上がどれ程食糧難に苦しめられていたか」


 テッドの脳内で何かが繋がった。

 それこそ『あっ……』と小さく漏らすほどに。


 何故片道切符での特攻出撃が行なわれたのか。

 帰還してきた仲間を撃ち落とす非情な戦闘が行なわれたのか。

 レプリだけでなく、地上軍でもそれがあった。


 食うべき食料がなかったのだ。だから、それが必要だった。

 どれ程崇高な理想であっても、それで腹は膨れない。

 人は喰わねば為らないのだ……


「さんざんと市民の食料を奪ったお前らがそれを言うのかよ……笑えねぇジョークだぜ、糞野郎!」


 ボーンを指差してディージョがそれを言った。

 怒りに震えるほどの姿で指差すディージョ。

 テッドにはその背中に修羅が見えた。


「バカを言うな。奪ったのではない。再分配に必要なのだ」

「そのおかげで農民は雑草まで食ったんだぞ!」


 ディージョに続きヴァルターも声を荒げた。

 そんなふたりに『君らはシリウス人か』とボーンは呟く。

 そして、肩を落とし俯いて、溜息混じりに言った。


「喰えるだけ良いでは無いか。都市部の工場労働者は、午前中ともに働いたレプリを昼に殺し、その肉を喰って午後も働いた。雑草を食っただと? 都市部には雑草すらなかった。喰えるだけでもありがたいと思え」


 ボーンは手にしていた拳銃で次の女を狙った。

 自らの頭に銃口が突きつけられているのに、女はウットリとした表情だ。

 その銃口を口にくわえ、いとおしそうに舐め始めた。


 ―― ……クソがッ!


 テッドは瞬間的に燃え上がるほど沸騰した。

 何をしていたのか、させていたのかが分かったからだ。

 そして、論理的なあれこれを考える前にコルトを抜いた。

 先ほど一発撃っていたので、残りは5発だ。


 悪党よりも一発多いシェリフのコルトは、法と正義を執行する弾丸を放った。


「ふざけんじゃねぇぞクソ野郎!」


 テッドの放った銃弾はボーンの右手首を貫通した。

 その衝撃と痛みにボーンが拳銃を落とす。


 銃口を咥えていた女は愛しい様に拳銃を取り上げ、その銃口を再び咥えた。

 その筒が吐き出すのは一撃で絶命せしむる銃弾だと言うのに……だ。


「愚かな若者よ…… お前はこの女の救済を奪った」

「なにが救済だ。勝手なこと抜かしてんじゃねぇ」

「ただ死ぬのを待つのと、快楽の中で己を無くし風の様にこの世を去るのと……」


 ボーンは血を噴出させる右手首を押さえながら、笑顔でそう言った。

 痛みを感じて無いんだとテッドは気がついたのだが、ボーンは遠慮がなかった。


「ただただ、家畜の様に殺されろとお前は言うんだな」

「そもそも殺さないで済む方法を考えるのが先だろ! 勝手なこと抜かすな!」

「ならば全員で飢え死にだ。奇麗事抜きな救済策をお前は持っているのか?」


 クククと笑ったボーンは楽しそうに言った。

 勝ち誇ったような笑みでだ。

 それすらもテッドは面白く無いのだが……


「テッド。こういう時はな、相手のペースに乗ったら負けだ。あくまで自分の主張を貫け。そして、胸を張って言えば言い。自分の信じる正義をだ」


 呆れたような口調でそう言ったエディは、腰に下げていたマグナムを抜いた。


「ほぉ、やっと殺す気になったかね」

「あぁ。弾の無駄かと思ったが、これも必要な行為だな」


 エディは腰に下げていたM29を抜き、迷わずに銃弾を放った。

 次の瞬間、ボーンの周りにいた笑っているだけの女達が頭蓋を弾けさせた。

 5発の銃声が響き、ボーンただ1人が残された。


「まだ一発残っている。心配する事は無い」

「ほぉ…… なにかね。私に跪いて命乞いでもしろと?」

「いやいや。滅相も無い。仮にも――――


 クククと笑いを噛み殺しエディは顔を上げた

 ヘルメットを取り素顔を晒したエディ

 その姿を見たボーンが息を呑んだ


 ――――シリウス人民を支配すると言う野望に身を焦がした人物だ」

「……そうか。お前だったのか」

「身に余る野望に身を焦がすなら、終り方も華々しくありたい…… だろ?」


 エディは『やれ』と言うように手を前へと振った。

 アレックスとマイクが動き出し、スラッシュボーンを拘束した。

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