人民の英雄の真実
~承前
岩場を横切って歩いて行った中隊は、ヘリポートに続く正門前に陣取った。
マイクとアレックスの二人が工作を行い、スラッシュ島の中が大混乱し始めた。
「さて、少々強引だが、パーティーにエントリーさせてもらおう」
エディは自らに携帯式のロケットランチャーを構えた。
正門は固く閉ざされていて、招かれざる客は入れないつもりのようだ。
「そろそろお邪魔しようか」
エディがぶっ放した一撃は正門の扉を全てぶっ壊した。
一切の容赦無く行った攻撃は、派手な光と音を撒き散らしていた。
「ダイナミックエントリー!ってな」
ヘラヘラと笑ったマイクだが、その身体は泥と草切れにまみれていた。
電源を断つべく行った工作により汚れきったマイクだが……
「おぃマイク 少しは身綺麗にしろよ」
ヘラヘラと笑ったマイクは肩を竦めた。
「小汚い姿は工兵の勲章だぜ」
「まぁ、それは否定しないが」
余り感情に起伏を作らないはずのエディだが、この夜はやたらに上機嫌だ。
すっかり暗くなった敷地へ突入した中隊メンバーは、視覚を赤外に切り替えた。
生身は嫌でも身体から熱を発する。
墨を流したような暗闇の中だが、サイボーグには昼間と変わらない。
「正面に3名! 右奥手に8名!」
「排除!」
ディージョの報告に排除を通達したエディ。
その声にジャンが素早く発砲した。
距離は300メートル近く有るが、高初速大口径弾ならば豆腐の如しだ。
「クリア!」
「前進!」
ディージョの報告にエディは前進を指示する。
隊列を組み突入戦に入った中隊は、見える敵全てをヘッドショットで排除した。
あっという間に死体の山が積み重なり、広場もバルコニーにも人影が消えた。
「建物へ突入する!」
「イエッサー!」
エディの指示にマイクが素早く建屋に取り付いた。
一糸乱れぬ統制は、積み重ねた訓練の賜物だ。
不意にマイクが後方を振り返った。
不透明な防弾バイザーなのでヘルメットの中は見えない。
だが、マイクの意志は嫌と言うほど全員に伝わった。
マイクの前には大きな一枚ガラスがあったのだ。
――蹴り破って良いか?
そう問うたマイク。
エディは何も言わずに手を前に振った。
――やれ
瞬間的にマイクが首肯し、同時にフルパワーでガラスを蹴り破った。
相当な風圧にも耐えられる丈夫なモノだろうが、ほぼ一撃だった。
「厚さ…… 30ミリって所か?」
「まぁ、俺たちには紙みてぇなもんさ」
感心したように言うウッディだが、ヴァルターは軽い調子だ。
一気に前進し建物の内部へと突入すると、ブルパップタイプが威力を見せる。
長い自動小銃を構える防衛隊に比べ、取り回しが圧倒的に楽なのだ。
「前方に銃列!」
「グレネード!」
ディージョとウッディが同時に叫んだ。
空中を舞っているハンドグレネードがテッドにも見えた。
――よしっ!
テッドは瞬間的に銃を降ろし、腰のホルスターからコルトを抜いた。
シングルアクションの分だけ命中精度が良い拳銃だ。
――オヤジが得意だったな……
テッドの父は、空に投げたコインを銃で撃ち抜く腕前だった。
あのシーンが瞬間的にスローで再生され、テッドはそれをトレースした。
「撃ち落とす!」
叫ぶと同時にテッドが初弾を放った。
弾丸は見事にグレネードを撃ち抜き、空中で炸裂した。
破片を撒き散らして守備側に死傷者が出ているようだが……
「行け! 突入!」
エディの声に背を押され、マイクが一気に建屋の奥へと突入した。
その後ろにはマイク率いるAチームが付き従っている。
マイクはテッドを引き連れ、建屋の中で飛び出して来る者全てを撃った。
男も女も、大人も子供も、一切の矛盾無く例外なく容赦なく……だ。
――なんてこった……
テッドは一瞬だけ唖然としていた。
ただ、ここで排除していかないと禍根を残すことになる。
シミュレーターの中で教え込まれたのは、実技だけでは無い。
それと同時に戦術と戦略を教育され、後腐れ無くやる事をもテッドは覚えた。
――まぁ、仕方ねぇ
敵に情けを掛けないこと。
結果的にそれが自分と自分の仲間を守る事になる。
下らない博愛主義や友愛主義は、次の戦いの種になる。
時には非情に徹することも、また情なのだった。
「メインフロア制圧!」
アレックス率いるBチームは各小部屋を検め、敵の殲滅を確認した。
こう言う部分でオートマチックに連動出来る様になって、初めて一人前だ。
「よろしい! 2階へ移れ」
エディの指示が飛び、マイクのAチームが階段部分へと取り付く。
大きくゆったりした構造の階段は、大きな曲線を描いて2階へと続いている。
一事が万事、広く大きく作ってある建物だが、垂直方向にはそうでも無い。
「なかなかデカイな」
「無駄な施設だぜ」
ディージョはステンマルクと顔を見合わせぼやく。
シリウス市民の血税で作られた施設だが、それは市民の施設ではない。
シリウスを支配しようと目論む者達の宮殿。
私腹を肥やし、人民を虐げてきた者達の城塞。
虐げられた奴隷達は、最後には自らを縛る鎖の綺麗さを自慢すると言うが……
「全部ぶっ飛ばしてやろうぜ」
「あたりめぇだぜ!」
テッドは殊更不機嫌そうに言った。
だが、それ以上に不機嫌な声音でヴァルターが応えた。
シリウス人民の持つ恨みは深いのだとテッドは改めて気が付く。
――ゆるさねぇ……
そんな気持ちが腹の奥底で、グツグツと音を立て煮えたぎっている。
何があっても許さねぇと怒りを噛み殺して階段を上がっていくのだが……
「すげぇ……」
ぽつりと漏らしたテッドの言葉に、ヴァルター達Bチームがやって来た。
階段を駆け上がって昇った2階は巨大な吹き抜けになった大広間だ。
「なんだこれ……」
正面のやや見上げたところには巨大なバルコニー。
その前には巨大なホールが広がっている。
ワスプのシェルデッキよりも更に広くて天井も高い。
このサイズであれば、大規模なパーティーも平気だと思わせる大きさだ。
「王の間…… だな」
最後に階段を上がって来たエディは、吐き捨てるようにそう言った。
精一杯に気を使い、丁寧な声で『王の間って?』と聞き返したテッド。
エディは渋い声音で呟くように言った。
「あそこのバルコニーから見下ろすのさ。臣民が自らを讃える声を聞く為に」
ウンザリ気味なエディは数歩前へと歩み出てホールの中に立った。
グルリと周囲を見回せば、そのホールの壁には巨大な壁画があった。
「見ろ」
エディに指さした先には見上げるようなサイズの壁画があった。
そこには、シリウス開発の歴史その物が描かれている。
遠く地球から入植してきた者達の話。
その物達が王となって人民を虐げている話。
その中で、支配に抵抗し立ち上がった人民の話。
やがて、その抵抗してきた者達が独立闘争組織として纏まる話。
そして、最後には闘争委員が王となった者を倒す話に繋がっている。
打ち倒される王権の座にはヘカトンケイルをシンボライズしたマークがあった。
彼らはヘカトンケイルを地球支配の傀儡と見なしている。
そして、それらを打ち倒す事は、彼らにとって階級闘争その物だ。
「……結構な連中だね。実に――
エディの声音は凍り付きそうなほどに冷淡だ
声を聞いていたテッドはそんな印象を持ったのだが……
――実に横柄な連中だ。不愉快極まる……」
その声が無線に流れた瞬間、ホールの中に大量の親衛隊が飛び込んできた。
マイクは間髪入れず『応射!』と声を張り上げ、全員が一斉に応射を始めた。
猛烈な収束射撃が降り注ぐのだが、アーマースーツを纏っていれば被害は無い。
――これ、すげえな
声を失って感心しているテッドだが、考える前に身体が反応していた。
腰を落として射撃を加え、ホールを見下ろす桟敷やバルコニーの上を排除する。
その間も全身に小口径高速弾の着弾を感じるのだが……
「結構いてぇ!」
ジャンが情けない声で叫んだ。
全身に当る弾丸は内部へ飛び込んでくる事こそ無いものの……
「一撃で死なないだけありがたいと思え!」
激しく火花を散らせながらも応射するマイクは、そう叫んでいた。
巨大な薬莢が床に飛び散り、少々の薄い壁や床などを貫通して銃弾が飛ぶ。
身を隠す遮蔽物が役に立たないと知った親衛隊がジリジリと後退し始めた。
「アレックス! 花火だ!」
「ヤー!」
銃を降ろしたアレックスは装甲ポーチの中から主榴弾を取り出す。
そのピンを抜き、後方へと後退し始めた各所へ力一杯投げ込んだ。
間髪いれずに爆発が続き、親衛隊の応戦射撃が収まる。
「これは便利だ。兵器管理センターに有効申請しておこう」
明るい声のアレックスが言ったそれは、サイボーグが使える無線発火式だった。
時限信管ではなく投げ込んだ先で爆発を実行できる代物だが……
「なんと言って申請するんだ? 突入戦に使いましたってか?」
「……そうだな」
極秘任務で来ているのだから、実戦で有効だったと申請は出来ない。
そう言う部分でも隠密行動は制約が大きいのだとテッドは気がつく。
だが、有効だと申請しておかなければ、試験投入機材は日の目を見ない。
「まぁ、それは後で考えよう。奥へ行くぞ」
エディは先陣を切って突入していく。
マイクとアレックスを従えて進む姿は、本当に王のようだとテッドは思った。




