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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
201/425

突入!

今日二話目です

~承前






「さぁ行くぞ! 訓練の成果を見せてくれ!」


 エディが発した言葉に皆が頷く。

 パラシュートユニットを背中に背負ったクレイジーサイボーグズの面々。

 重装備の姿だが、サイボーグならば重量はあまり関係ない。


「高度二万からの超高々度降下だ。出来れば低高度から順繰りに経験を積みたかったが、いきなり高高度降下なのは…… まぁ、私の中隊に来たことを恨んでくれ」


 随分と乱暴な物言いだが、エディはとにかく笑っていた。

 もはや恨む気持ちも怒る気持ちもテッドにはありはしない。

 任務のために全てを犠牲にするスタイルは、エディの真骨頂だ。


「いきなりのフリーダイブだ。全員抜かるなよ。うまくやってくれ」


 信頼を見せたエディに対し、全員が了解を叫んだ。

 恐れも迷いも見せない中隊の姿に、エディは満足そうな笑みだった。


 ──降下まで三分!


 艇内の案内放送がながれ、エディは降下用のヘルメットを被った。

 だが、全く中の見えないバイザーを上げ、もう一度艇内を見回す。

 僅かに心配そうな顔になったエディだが、皆は平然としていた。


「一分前!」


 野太い声でマイクが叫び、同時に指を一本立てた。

 それに応えるように全員が指を一本立てて一分前をコールした。

 間髪いれず全員が輪になってそれぞれのパラシュートをチェックする。


「「「チェックパラシュート!」」」


 基本に忠実な降下手順は、自分の身を守るためだ。

 何度も何度も繰り返した訓練降下は、墜落する悪夢の回数だけ技術を身体に染み込ませていた。


 そして、気が付けば無意識レベルで降下手順を正確に行えるようになっていた。

 自分の命を護るのは、全て自分の注意力と集中力だ。

 他の誰でもない、自分自身の双肩に全責任があった。


「いくぞ!」


 エディの声と同時にハッチが開いた。

 青く大きな海が眼下に見えていた。


 全くのフリーダイブとなるHA(高高度降下)LO(低高度開傘)をいきなり行うのは、自殺行為そのものとも言える。

 だが、この日に向け中隊は幾百回とフリーダイブの訓練を積み重ねてきた。


 その実績と経験が支えているのだ。

 迷うことなく中隊全員が空中に飛び出していく。


「いやっっっっっほぉぉぉぉ!!!!!!」

「飛んでけぇぇぇぇ!!!!!!」


 テッドもヴァルターも奇声を発しながらのダイブだ。

 その後ろを飛ぶロニーやディージョもまた、妙なことを喚きながら飛んでいた。


 視界一杯に海は夕暮れの斜光線で立体的に見える。

 その中に小さな点がいくつか見え、降下目標となるスラッシュ島が見えた。


 ご丁寧に矢印で示された降下目標は、高度二万ともなれば驚くほど小さい。

 だが、風を読み身体を滑らせる中隊の面々は、見事に予定進路を維持していた。


「高度一万!」


 アレックスの声に導かれ、テッドは予備パラシュートを広げた。

 メインパラシュートを展開した際の速度制限を越えないよう予備減速するのだ。

 傘事態は耐えられても急減速に身体が耐えられない。

 その為だ。


「降下速度注意!」

「予備減速よし!」


 なんだかんだで速度は落ちるも、実際には自分が落っこちているのだ。

 死なないための命綱は、しっかり管理しなければいけない。


「高度5000!」


 大気密度が上がり降下速度がグッと下がる。

 夜のエリアに入ったスラッシュ島は、物々しい警戒だと上空からでもわかる。


「無音降下!」


 エディの指示が飛び、全員がいきなり高難易度の無音モードに入った。

 レーダーで警戒されれば丸見えなのだが……


「地上から見えねぇっすかね?」


 ロニーは不安そうな声を出した。

 だが、その問いにアレックスが即答する。


「ボーンもヘッキーも体内のマイクロマシンの関係でレーダー波を嫌がる。従って対空レーダーも水上レーダーも確認されていない。基本は赤外監視だが、我々は熱を発さないからな」


 クククと籠もった笑いをこぼしたアレックスの言葉にロニーがホッとする。

 だが、ここから先は警戒を厳にせざるを得ない。


 言うまでも無く、地上の明かりを写してしまい、肉眼で見える可能性がある。

 降下中に地上から撃たれるのは悪夢でしか無いのだが……


「おぃ……」

「あそこに居るの!」


 視界をズームアップ出来るディージョとジャンが鋭い声を発した。

 スラッシュ島の海辺にあるバルコニーに、スラッシュ・ボーンの姿があるのだ。

 その向かいにはフィット・ノアらしき影がある。

 もちろんライカ・オデッセイアも同席していた。


「へぇ……」


 テッドは抜けたような声で笑った。

 間違い無くヘカトンケイルがお膳立てしてくれているのだ。

 全てはエディの手の上なんだとテッドは確信した。


「さて、目標は確認したぞ。我々は北側の岩場に降りる。抜かるな!」


 エディは予備パラシュートをたたみ、メインパラシュートを広げた。

 一気に速度が落ち、コントロールしやすくなる。


 一列に並び地上へと降下する中隊は、見事な統制を見せ岩の浜へ降りた。

 素早くパラシュートをたたみ、海に沈めて証拠隠滅を図る。


「戦闘準備! 前進開始1分前!」


 エディの無茶振りが来たのだが、文句を言う前にテッドは戦闘装備を調えた。

 素早く銃を構え前進体勢になって仲間を待った。


「テッド準備良し!」

「ヴァルター準備良し!」

「ロニー準備おっけぇっす!」

「ウッディよし!」


 皆が順次戦闘準備完了報告を上げていく。

 そして、最後にジャンが『お待たせ』を報告すれば、55秒が経過していた。


「上出来だ。先ずは岩場を登る」


 強い海流に洗われる北側の岩場は、低気圧ともなれば直接波に叩かれる場所だ。

 荒々しい岩が露頭している場所だが、逆に言えば警戒が緩い場所でもある。


 先頭に立ったマイクは両翼にテッドとヴァルターを従え斜面を登る。

 非常に希薄ながら、かろうじて踏み跡らしきモノが残っていた。


「これ、何に使ってるんだろうな?」


 不思議な踏み跡にヴァルターが首を傾げる。

 人が定常的に通れば、草を掻き分ける踏み跡はかなり色濃く残るもの。


 だが、この踏み跡は定常的とは言いがたい密度だ。

 推定では1週間に一度程度しか人が通らないのかも知れない。


「これさぁ、定期的に死体でも捨ててたら嫌だよな」


 ウッディはいきなり変なことを言い出した。

 ある意味で身の毛もよだつ言葉だが、足を止めたウッディは草むらを指さした。

 全員が固唾を飲んで見守る中、ウッディは草むらから女物の靴を取り上げた。

 エナメル仕立ての真っ赤なハイヒールだ。そして、傷が殆ど入ってない。


「……室内で使われたな」


 低い声でジャンが言った。

 傷の入りやすいエナメル仕立てならば、外で履けばすぐに傷が入る。

 絨毯敷きの室内であれば、擦れて光を増すことはあっても傷は入らない。


「……ボーン親子は女好きってな」


 ジャンと同じくラテン系なディージョが囃すように言う。

 だが、その言葉に応えるように言ったテッドの声は怒気に満ちていた。


「あの…… クソ共……」


 テッドの脳裏に浮かんだのは、あのボーンがリディアとキャサリンにした事だ。

 薬漬けにして正体を無くした女を、気が触れるまで犯し続ける悪行だ。

 薬物投与による強制絶頂で高負荷状態になった心臓は簡単に破裂する。


 破裂せずとも大動脈瘤破裂からの心タンポナーデに陥れば、人は簡単に死ぬ。

 適切な処置をしなければ、人間の身体は簡単に機能停止してしまうのだ。


「……テッド」

「あぁ……」


 テッドは気が付いていた。

 普通の人間に比べ身体の各所が大幅に強化されているレプリカントだ。

 ボーン親子は面白がってオーバードーズをし続けたのかも知れない。


 そして、結果として身体では無く心が持たなかった……


「殺すんじゃ無いぞテッド。あくまで攫うのが目的だ」


 エディは釘を刺すようにテッドへと言った。

 僅かに厳しい物言いになっていたその言葉だが、テッドも解っていた。


「……解ってます。任務を果たします」

「それを踏み越えるなよ」

「はい」


 エディは手を振って前進再開を指示した。

 中隊は再び斜面を登り始め、崖の上の壁に取り付いた。


「さて、どうしますか?」


 壁に穴を開けて突入するかと構えたマイク。

 だが、エディは明るい声で言った。


「マイク。もう少し行儀良くやろう」

「……って言うと?」


 エディは小さく笑ってから言った。


「客人は玄関から入るモンだ」

「……なるほど」


 エディも腹を立てている。かなり腹に据えかねている。

 テッドはその様子が手に取るように解った。

 そして、任務の中身が微妙に変わったのにも気が付いた。


 ――皆殺しだ……


 テッドはそう言う人間だ。

 例え味方でも人道を踏みにじる者には一切の容赦が無い。


 ましてやここに居るのは全てが敵だ。

 エディにとっては委員会派の全てが敵だ。


 ――何の配慮がいるものか……


 ヘルメットの中で笑ったテッドは、一人残らず()()すると決めた。

 同じシリウス人を殺す裏切り者など、生かしておくだけ無駄なのだ。

 街の治安を担ってきたシェリフの息子は、それを嫌と言うほど理解している。


 市民を散々と私刑にかけていた自警団を思えば、中身は推して知るべしだ。

 生かしておく理由など一切無いのだとテッドは気が付いた。


「アレックス。通信系統を切れ。マイク。電源を殺せ。突入したら全て殺せ」


 エディは冷え切った北風のような声で言った。

 その言葉には、一切の慈悲や許容が消え去っていた。


 ――やる気だ……


 テッドは腹をくくった。

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