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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
200/425

特殊任務

「さて、準備はいいな?」


 砲艦『ドーヴァー』はニューホライズンの周回軌道を回っている。

 そのデッキでは、クレイジーサイボーグズが降下突入の最終点検をしていた。


「へい、バッチリっす!」


 ガッチリと地上戦装備を決めてはいるが、相変わらずロニーの調子は緩い。

 つや消し漆黒のアーマープレートを装備した面々は、傍から見ればロボットだ。


「この重装備なら戦車とだってやり合えるぜ」

「シリウスロボもぶっ飛ばせそうだな」


 ニコニコと笑うヴァルターにテッドが軽口を返した。

 膂力に余裕のあるサイボーグ故の重装備。

 それは、文字通りに『機械人』である強みだった。


 身に纏っているアーマーウェアは100キロ以上ある。

 各関節部にはアクチュエーターが仕込まれ、動きをサポートしている。

 電源を独立させているので、身体の電源を食われる事も無い代物だ。


「しかし、この装備はビビるね」


 苦笑するウッディは、手にしていた大口径突撃銃に目を落とした。

 12.7ミリの銃弾をたたき出す大口径なオートマチックライフルだ。

 ブルパップスタイルの銃には巨大なバナナマガジンが装着されている。


「45発か」

「あっという間に撃ち尽くすから注意しないとな」


 一息吐いてからそう呟いたオーリスとステンマルク。

 電源系に余裕があればレールガン式にして装弾数も増やせるのだが……


「これからのサイボーグ専用装備開発に期待しよう」


 現状では、生身の兵士向けに作られた兵器を使わざるを得ない。

 サイボーグ向けにあれこれとブラッシュアップはされているのだが……


「上手く使って実績を積み上げ改善要望を出す。それが軍隊の常だ」


 全員が落胆しないよう慎重に言葉を選んだエディ。

 ある意味で器用貧乏でもある面々なのだが……


「そのための訓練だったしな」


 明るい声で言ったテッドの言葉に全員がニヤリと笑った。

 ニューホライズンの地上へ向け降下する突入艇は、小型艦用のランチを使う。


 準備を整えた惑星再突入機の中は、完全武装のサイボーグで充満していた。











 ――――――――地球西暦2250年 8月12日 午後6時

           ニューホライズン周回軌道上 高度800キロ











 シリウスに戻ってからの一ヶ月、501中隊は徹底した訓練を受けた。

 シミュレーター上で過ごした時間は、実に1年に及ぶモノだった。


 教官役に就いたエディやマイクやアレックスは、特殊部隊並の能力がある。

 それを再確認した訓練だったが、リアル(現実世界)で2週間の訓練を終えた時、テッド達はみな物腰から変わった。


「さて、これから楽しい地上降下だ」

「全員抜かるなよ?」


 アレックスとマイクが楽しそうに呟く。

 これから卒業試験を行なうと唐突に言われ、テッドたちはデッキに集合した。

 いきなりリアルで戦闘を行なうと通達されたのだ。


 だが、中隊メンバーは誰一人としてそれに異論を挟まなかった。

 徹底的に行った訓練の成果を発揮してみたい。


 そんな顔をした面々は、嬉々として降下艇に乗り込んでいた。

 まるでこれからご馳走を食べに行く子供たちの様だとエディは思う。

 気合十分になって気を昂ぶらせている。


「では、行こうか」


 エディが合図すると、大気圏再突入艇がドーヴァーを離れた。

 ニューホライズンの重力に引かれ、地上へ向けて一気に降下して行く。

 ガタガタと揺れる降下突入艇の中、エディは全員に作戦説明を始めた。


「さて、そろそろ話をしておこうか」


 全員がいっせいに注目する中、エディは静かに切り出した。


「今回の主目的は…… ある人物を拉致することだ」

「拉致……ですか?」


 怪訝な声音でテッドが言葉を返した。

 だが、その顔には笑みが張り付いていた。


 凡そ1年にわたる訓練の間に、テッドとヴァルターはピンと来ていたのだ。

 クレイジーサイボーグズは、特殊任務をこなす中隊へと戻るのだ……と。

 そして、今回の任務となる敵は……


「つか、攫うだけじゃないですよね?」


 テッドに続きヴァルターがそう言った。

 やはり同じように、ニマニマと笑う状態だ。


「おいおい。説明の腰を折るんじゃねぇ」


 マイクは二人を咎める。

 だが、そんなマイクだって気持ち悪いくらいに笑っている。


「まぁいい。話を進める。黙って聞けよ?」


 ガタリと大きく揺れた艇内で、エディは楽しそうに笑っていた。

 中隊の誰よりも楽しそうにしている姿がテッドには不思議だ。


「降下先はニュ-ホライズンの南半球。ノワリー海に浮かぶノースノワリー群島のシャイニング諸島で、降下目標は主島となるスラッシュ島だ」


 スラッシュ島……

 その言葉を聞いた瞬間、テッドはニヤリと笑ってヴァルターを見た。

 そのヴァルターもニヤリと笑い、ポンとテッドの背中を叩いた。


「殺すんじゃねぇぜ」

「解ってるって。生け捕りにしてやるよ」


 クククと噛み殺した笑いで二人が笑う。

 火山諸島であるノワリー群島だが、活火山な地域はサウスノワリーだけだ。

 ノースノワリー諸島は休火山とされ、その主島スラッシュは事実上死火山だ。


 ただ、問題は火山では無い。

 スラッシュ島はノースノワリーの中でも一番の軍事拠点な島だ。

 過去には何度か艦砲射撃を受けていて、地対空兵器の殆どが無力化している。

 しかし、だからと言って基地機能がなくなった訳ではなく、むしろ……


「現状のスラッシュ島は、再開発が進む建設中の島だ。そして、スラッシュの名が示すとおり、ここは独立闘争委員会常任委員であるスラッシュボーンの統べる島である事が確認されている」


 いきなり問題発言を行なったエディは、ニヤケた表情でテッドを見ていた。

 その姿には言葉では表現出来ない喜色の色が滲んでいる。


 長年追いかけてきた敵が手の届くところに居る。そんな笑みなのだろう。

 テッドは勝手にそう解釈したが、実際は正鵠を得ていた。


「クロス・ボーンの積み込みに立ち会った始まりの8人とウルフライダーたちは、ニューホライズンの地上へ降りたあと、数名が直接スラッシュ・ボーンと会談の席を持ったらしい。あくまで伝聞だが、レイブン・ウッドとレオ・フィッシャーの2人はフィット・ノアの依頼もあって、直接スラッシュ・ボーンの居るところまで出向いたそうだ。その際、スラッシュの居場所が特定された」


 テッドの見せたトップシークレットのスタンプつき画像。

 それは、海辺のバルコニーで談話するフィットとスラッシュのふたりだ。

 連邦軍艦艇の艦長直筆による『責任もって預かる』の手紙を手渡したらしい。

 スラッシュはそれに謝意を述べ、涙を流して喜んだのだとか。


 かつてはビギンズ抹殺の急先鋒だったスラッシュ・ボーンだが……


「人の子の親とはありがたい存在だな」


 エディが吐き出したそんな言葉は、重くて複雑な意味を持っていた。

 テッドはその言葉の意味が複数に解釈できる事を知っている。


 自分自身の肉親である始まりの8人の子供たちの誰か……だけでは無い。

 地球への脱出を手引きし、教育を施し、一人前に育て上げた者もいる。

 それら全てへの敬意と感謝とを内包した、深い深い言葉だ。


「で、そのスラッシュ・ボーンが居やがる島ってこってすね?」


 ロニーは相変わらずの調子だ。

 エディも薄笑いでウンウンと頷く。


「したっけ、例のサノバビッチ(クソ野郎)攫って、どうやってトンズラっすか?」


 恐らくは誰もが知りたいであろう話をロニーは切り出した。

 そんなロニーをビシッと指差したエディは、満足そうに何度も首肯した。


「良い質問だ。跳ねッ返りで手を焼く小僧もそろそろ卒業だなロニー」

「……なんすかそれ」


 僅かに口を尖らせてむくれたロニー。

 だが、皆は軽快に笑っていた。


「実はまだヘカトンケイルがここに滞在している」

「マジっすか?」

「あぁ。現状ではフィット・ノアとライカ・オデッセイアの二人がここに居る」


 ふと気がつけば再突入艇の窓から見える外の様子が真っ赤になっていた。

 猛烈な断熱圧縮による機体加熱により、うっすらと光始めていた。

 強力な磁力反発力を使うブレーキを掛けているが、それでも嫌でも速度がのる。


 機体外部は数千度の炎に焼かれているのだが、機体内部は涼しいままだ。

 高度に発達した科学は、実際には魔法と見分けが付かないと言う。

 テッドはこの魔法のような科学の結晶に心から感謝した。


 ――ボーンをこの手で殺してやる……


 愛するリディアを手篭めにしようとしたスラッシュはあのザマだ。

 だからその親を殺すのが目的に変わっていた。


「……おぃテッド。聞いてるか?」


 怪訝な顔でテッドを呼んだエディ。

 テッドは朗らかに言った。


「もちろんです」

「……ならいいが」


 意識が艇内に戻ったテッドを他所に、説明は続いていた。

 ややあってシリウスの光が艇内に差し込み始めた。

 その眩い光にテッドは目を細める。


 冷静に考えれば、物凄く久しぶりの事なのだ。

 地上へこそまだ降りていないが、その大気圏内でシリウスの光を受けた。

 青く気高く光るシリウスの光が一瞬だけテッドを照らした。


 ――奇麗な星だ……

 ――地球より奇麗だ……

 

 大気圏内へと降りてきた再突入艇は、自力飛行を開始した。

 その機窓には、ニューホライズンの青い海が広がっていた。


「おぃテッド。何度も言わすな」


 今度のエディは怪訝な表情だった。

 一瞬だけヤバイと思ったテッドだが……


「黄昏時の浜辺で物思いにでも耽ってるようだったな」


 アレックスの文学的な冷やかしにテッドは肩を竦めて見せた。

 その内心はエディにも良く分かることだ。だが……


「物思いに耽るのは作戦を終えた後だ。そうしたら止めないから、好きなだけ耽っていて良いぞ。ただ、今は集中しろ。何かしら思惑があったとしても……な?」


 エディの物言いは優しかった。

 それが嬉しくて、テッドは笑みを浮かべ首肯していた。

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