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黒い炎  作者: 陸奥守
第二章 後退の始まり
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立場逆転

 ――――リョーガー大陸 ニューアメリカ州 サザンクロス北東100キロ

      シリウス標準時間 5月4日 0800





 州都サザンクロスとルドウを結ぶ街道は、片側2車線の立派な道路で、平時であれば両都市を結ぶ物流の波が切れず繋がらずの様相を呈している。

 だがこの日、街道の途中にある名も無い小さな峠付近では、地球連邦軍が戦闘車両を幾つも集め、進軍してくるシリウス軍を食い止めるべく準備を続けていた。何時ぞやこの辺りで戦闘を行った501中隊だったが、サザンクロスを目指して移動していた彼らは防衛線の指揮官に捕まって戦力に組み入れられてしまった。

 シリウス派遣軍令部からの通達でいかなる指揮監督下であろうと防衛戦力に組み入れる権限を持っていた指揮官は、501中隊の装輪戦車に期待したのだった。サザンクロス防衛本部は退避途上にある全ての連邦軍戦力を吸収し、進軍してくるシリウス軍に対し遅滞行動を行うよう指示を出していたのだった。


「……しかし、酷い話だな」


 防衛線となった塹壕を眺めているマイク大尉がぼやく。深夜の戦闘でやりあった相手を思い出し、塹壕が何の役にも立たない事を理解しない防衛本部を呪った。間違いなく一方的に撃破される事になるのは目に見えている。足を止めて塹壕に立て篭もり、チャンスを待って一撃を加える戦闘は自殺行為でしかない。


「必要なのは機動力だな。動き回って相手の背を取らなきゃ意味が無い」


 アレックスもまた痛烈な言葉を回避しつつ、敵の情報を掴みきれて居ない本部の愚鈍さを呪った。戦闘映像などが一切無い関係で実体を掴めない本部だが、ルドウ中心部戦闘の生き残りが上げた『二足歩行ロボットによる波状攻撃』を装甲パワーローダーの見間違えと一笑に付した指揮官は、生き残りによる事態説明を『虚を突かれ一方的敗北を喫した事を誤魔化しているだけだ』と逆に批判しだす始末だった。


「バカが権力を持つとろくな事にならないな」

「全くだ。何時の時代もやってる事は変わらない」


 マイクとアレックスが愚痴をこぼすなか、エディは前線本部で行われた打ち合わせの席から戻ってきた。ドッドを連れて出席したエディだが、さえない表情で歩いてくるのを見れば、その討議の中身は大体察しが付く。

 しかも、エディの横に居るドッドが誰彼構わず悪態をつきながら荒れているのを見れば、その席で生き残った501中隊がどんな扱いだったか解ろうかと言うものだ。怪我を圧し勇敢に戦った筈なのに……と、妙に悔しがるドッドをアンディー中尉が宥めている。

 そんなシーンを見つつ、ジョニーはヴァルターたちと一緒になって、装輪戦車の車台を隠すまで土嚢を積み上げ、その土嚢の山のルドウ側に土砂や岩を詰め込んで装輪戦車のターレだけが見えるように偽装を行っていた。

 全身の筋肉を酷使するキツイ肉体労働そのものだが、こんな作業でもやるとやらないでは大きく差がつくのだとリーナー少尉は説明していた。


「アレと戦うならこんなの作るより走り回ったほうが良くねぇか?」


 土嚢を担いで運ぶドゥバンは手足を動かしつつ愚痴も言い続けていた。半ばウンザリ気味の皆だったが、その胸中を代弁しているドゥバンに言葉に頷いていた。


「戦闘は機動力だよな。装甲は無いより有る方が良いって程度で」

「全くだ」


 ヴァルターの言葉にジョニーもそう答えた。

 土嚢詰みは士官候補生の二人が指揮を続けていて、経験を積むならこんなポジションからというエディのスタンスが透けて見えている。


「しかし、アレ相手に足を止めるのは自殺行為だよな」

「俺もそう思う。むしろ動き回って、連携戦闘したほうが良い」

「あのロボットを挟んで左右に分かれながらバックを取れれば……」

「どっちかが生き残れるな」

「俺とジョニーとどっちが運が良いか勝負だぜ」

「でもそれじゃ勝負にならねぇよ。なんせ、俺の車にゃエディ少佐が乗ってる」

「あそっか。あの人はとにかく運が良い」


 新兵達がふと目をやった人だかりにはエディを中心に士官と高級下士官が集まっていた。言葉こそ聞こえないが、その話の内容はなんとなくわかる。暗く沈んだ表情から読み取れるのは一つしかない。つまり『撤退禁止』であり『死守』だ。

 街道は続々と脱出していく市民の長い行列が続いている。機動力を持ったトラックなどがサザンクロスからやって来て兵を下ろし、ここで市民を積み込んでサザンクロスへと帰っていく。そんなピストン輸送を幾度も繰り返しつつ、防衛線はだんだんと重厚さを増していった。


「何とかなるんじゃね?」


 戦車や野砲やパワードスーツの揃った防衛線上を見ているヴァルター。

 いつの間にかがっちりと喧嘩装備が整っていた。


「いや、昨日の夜のアレを見る限りだけど、たぶん無駄だと思う」


 ドゥバンは妙に悲観的だった。

 ただ、冷静に考えればそれも仕方が無い部分がある。あの恐ろしい戦闘能力は普通にやり合って勝てる相手ではなさそうだし、勝てないと肌感覚でもわかっているのだから。


「ところでアレなんだ?」


 ジョニーが指差した先には濛々と砂塵を上げる物があった。街道を外れ荒地の上を走ってくる何かが見える。巻き上げる砂塵の高さから見れば、かなり大きなものを積んだドーリーだ。

 

「案外アレに例のロボットが積んであったりしてな」


 何と無くそんな軽口を叩いたジョニー。

 だが、新兵の中で一番目の良いドゥバンは首を振っている。


「どうやら悪い予感が当たったらしいぜ」

「マジで?」


 かなり遠いところだが、リフターで屹立させられたロボットがドーリーから降り、大地へと立ち上がった。その周囲には続々とロボットが立ち上がっていて、見た限りでは50近い数で並んでいた。その姿はパワーローダーなどでは無く、もはや完全な戦闘用ロボットそのもだった。


「おいおい! シャレになってねぇぞ!」


 警報を鳴らしつつ中隊の面々を呼んだヴァルターは、すぐ近くにあった装輪戦車のメインスイッチを投入してエンジンを起動させた。同じ様にジョニーやドゥバンも各車のエンジンを起動する。


『各車まだ動き出すな。接近して来てから一撃を入れる!』


 問題を全く理解していない前線本部はそう通達した。エディの表情が若干引きつり気味になり、ドッドは最初から荷電粒子砲モードにして射撃準備を整えた。彼我距離一万メートルでは、戦艦の主砲並みな荷電粒子砲でも無い限り、磁気バリアに弾かれるだろう。


「あのノータリンどもが居座る場所に一撃入れてぇ……」


 ボソリと呟いたドッド。

 その直後にエディが言う。


「余り問題発言してくれるな。俺にも色々都合がある」


 ヘッヘッへ……

 ちょっと気色悪く笑ったドッド。エディもつられて笑った。敵を待ち受ける最中では、車内に居ても息を殺してしまう。極限の緊張と恐怖。そして焦燥感。マルチセンサーでスキャンを掛けているのだから、視覚的に誤魔化せても機械の目がこっちを捕らえているはずだ。

 僅かに震える膝頭をパンッと叩いたジョニー。ゆっくりと深呼吸してモニターを見ていた。高精細モニターの向こう側に見えるシリウスのロボットは、左腕をかざして何かを狙った。


「ほぉ……」


 エディが感心したように呟いた直後、シリウスのロボットは距離9000で初弾を放った。センサーの捕らえた砲のスペックはM-1重戦車と同じ135ミリのライフル砲だった。

 真っ赤な光の点が流れて行き、待ち構える501中隊の頭上を越えて前線本部がある岩陰の辺りに着弾した。榴弾が炸裂し前線本部が一瞬パニックを起している。


「やるなぁ!」


 楽しそうに笑ったマイクの声が中隊無線に響いた。その声に中隊各車では笑い声が沸き起こる。挨拶代わりの一発で前線本部も目を覚ましたことだろう。ややあって戦域指令無線の中に調子の外れた笛の音が響いた。


「各車戦闘開始! 押し返せ!」


 戦況指揮官の金切り声が流れ戦車や装輪戦車の主砲が一斉に火を噴いた。ロボットに向かって吸い込まれていく真っ赤な点は、赤く尾を引いて飛んでいって、そして装甲に弾かれた。各車が一斉に砲撃を加える中、501中隊の各車はだんまりを決め込んでいる。正面から撃ったところで効果が無いのは、昨夜の時点で経験済みだからだ。


「しかし……」


 溜息混じりにアレックスがぼやく。


「学習しないもんだな。人間というモンは」

「そりゃしょうがないだろう。愚者は経験からしか学べない」


 アレックスの愚痴にそう応えたエディは、モニターの中に移る圧倒的な暴君の存在に表情をゆがませた。夥しい数の砲弾が直撃しているにもかかわらず、全くといって良いほど影響を感じさせない強靭な機体。その撃たれ強さにドッドが歯軋りをして悔しがる。


「シリウスの新兵器は化け物か!」


 照準モニターの中に捕らえたシリウスのロボットは、全身がぶ厚い装甲に覆われた騎士のようだとジョニーは思う。滑らかに仕上げられた各部の仕上げは美しいほどで、戦闘兵器ではなく一つの工業製品としてみても、そこらに展示して美しいと思うレベルだった。


「だけど、あの晩には撃破できたんだ。化け物には近いが無敵って事じゃ無いし倒す方法も知っている。何も問題ない」


 エディはそんな言葉で皆を鼓舞した。指導者であり指揮官という生き物に必要な姿勢は、常に自分が全体を引っ張っていく姿勢だ。そんなエディの姿を見ながら、ジョニーは気が付けば震えが止まっている事に気が付いた。


「さて、距離4000まで来たぜ!」


 マルコの声が僅かに震えた。

 砂塵を上げながら接近してくるロボットたちに総力射撃を続ける戦車たち。


「……あれで撃破出来んなら苦労しないんだけどな」


 無線の中に流れたリーナーの言葉が妙にクールだとジョニーは思った。5秒で1発ずつ射撃し続ける戦車たちは順次後退を始めた。戦車同士の撃ちあいでもかなりの至近距離レベルだ。怖気付いた各戦車の車長が後退を命じ、土塁に守られていた部分が顕わになる。だが、その全てが悪手だった事を彼らは知る事になる。


「アハッ! 突っ込んできやがったぜ!」


 変な声を上げたロージーは戦況モニターを眺めつつ叫んだ。僅か12機しか居ないロボットだが、左腕にはライフル砲を装備し、そして右の手には巨大な鈍器の如きハンマーを装備していた。


「まるで大錘だな」

「なんですかそれ」


 モニターを見ていたエディの呟きにジョニーが反応する。

 大錘(だいすい)と表現したエディは身振り手振りで説明した。


「膂力に余裕があるなら、切断系武器より打撃系武器のほうが威力が期待できる場合がある。装甲で守られた物体に砲弾を当てるより、巨大な質量の物体へ運動エネルギーを加味して内部破壊したほうが良いって事だよ。もともとは銃や砲が登場する前。地球の古い時代で使われていた武器の発展だ」


 エディの手には見えない武器が握られているように見える。そんなジェスチャーでジョニーは説明を受ける。


「装甲が強靭なら、装甲ごとぶっ叩けば良い。ガワは無事でも中身はえらい事になるだろ?」

「……そうですね」


 そんな説明を証明するようにシリウスのロボットはその巨大なウォーハンマーを使って戦車をブッ叩いていた。真上から叩きつけられた衝撃で一瞬車体が沈む。砲塔が旋回不能となり、射撃を続けていた砲が沈黙した。

 パッと見では大した影響が無さそうに見えるのだが、車内は大変な事になっていた。不鮮明な画像しかないのだが、ジョニーが見た友軍戦車の中では、搭乗員が身体中から血を吹き出して気絶していただけでなく、車内の各所が破壊されていて、戦闘を続行する事など不可能だとすぐに解るレベルだった。


「すげぇ……」

「ボケッとしている暇は無いぞジョニー!」


 エディの声が響くと同時にマルコは装甲車を発進させた。と言っても、ジョニーたちが積み上げた土塁がある関係で前には進めない。一旦バックさせたマルコはアクセルを床まで踏み込んでロボットの背後へと躍り出た。

 501中隊の装甲車たちが一斉にロボットの背後へ回り込んだ関係で、何機かのロボットがその姿を追って戦車たちの方へ背中を向けている。だが、それほど数が居なかった戦車は殆どが叩き潰されていて戦闘を続行する事など出来ない状況だった。


「こりゃやばいぜ!」


 ヒャッヒャッヒャと変な笑い声を上げながら走るマルコは、急ハンドルを切って車体をロボットの側へと向けた。それと同時にドッドが制圧射撃を開始し、割と至近距離という事もあってロボットの背面装甲を貫通させ一機破壊した。同じような要領で各車が1機ずつ破壊し、そのまま分散逃走を図る501中隊。前線本部は沈黙を続けているが、最初の砲撃で壊滅したとしか思えない状況だ。


「とにかく逃げろ! 戦力を温存する!」


 エディの声に励まされマルコが必死に装甲車を走らせる。後方からライフル砲で撃たれてはいるが、際どい所で全て交わしていた。真横に着弾する砲弾が爆発する都度にジョニーは肝を冷やし、ロージーは笑っていた。


「アンディー! 今どこに居る!」

「防衛線の後方1500メートルです」

「集合ポイントをシュトラウスにして送る。遅れるなよ!」

「了解です!」


 ブルーサンダーズが搭乗していたM223装甲車も行動を開始した。ロボットの隙間を抜け戦域からの離脱を最優先に走る。だが、戦闘可能な戦車を含め、皆がてんでバラバラに脱出を始めると、そんな装甲車ですらもロボットの攻撃対象に格上げされてしまっている。付近には強力な砲弾が次々と降り注ぎ、その都度に車体が大きくゆれた。車内ではアンディー中尉がゲラゲラと笑いつつも、脱出の準備を整えているのだった。


「全員脱出しろ! 戦闘は必要ない! エディ少佐の送ってくる集合地点へ集まれ! 勝手に死ぬんじゃないぞ! 俺たちの死に場所はもうちょっと向こうだ!」


 5号車からブルーサンダーズが飛び立ち、もぬけの殻になったM223装甲車が明後日の方向へ突進して行った。一部のロボットがそれに釣られて追跡し、その隙を付いて生き残っていた戦車から砲撃を受け大爆発を起こしている。

 実際問題として、僅か30分少々の戦闘だったのだが、連邦軍は数少ない戦闘車両の大半を失い、生き残ったのは戦車5輌と装輪戦車3輌。そして装輪装甲車が2輌だった。兵員200名以上を失い、防衛線戦闘は壊滅的敗北を喫していた。


「だから言わんこっちゃ無い……」


 荒地の中を走りながら後方を振り返って呟いたエディ。ロボットたちは追跡を止めてドーリーへと帰っていくのが見えた。無能な前線本部のバカ采配で犬死した兵士たちは浮かばれまい。ふと、そんな事を思ったジョニーがエディを見ていた。


「アレと戦うなら頭を使わなきゃならないな」


 無線の中にアレックスの声が響いた。

 縦横無尽に走り回って戦い続けたのだが、終わってみれば一方的な負けと言って良い状況だった。だが、負けて良かった部分もある。少なくとも連邦軍の上層部は敵ロボットの招待についてキチンと把握した筈だ。


「そうだな。どちらかと言うと死なない為に芸が居るな」


 エディも軽い調子で無線の中にそんな言葉を流した。

 気が付けば時計の針は午後になっていて、揺れる装甲車の中でジョニーは空腹感を感じていた。油断をすれば腹の虫が鳴いてしまい、その音をエディの耳が捉えていた。


「どんな時でも腹が減るのは若者の特権だ」

「……すいません」

「食える時にがっちり喰って、そして油断無く戦うんだ」

「はい」

「勝ちたいだろ?」


 験す様に言葉を掛けたエディ。そんな言葉にジョニーは力強く頷いている。


「勝ちたいです」

「なら、努力することだ。強くなるよう努力するんだ」

「はい」

「もう少し進んだら集合地点だ。そこで昼飯にしよう」


 そんな言葉をジョニーへと掛けたエディは腕を組んでモニターを見ていた。

 広域戦闘情報に表示されている戦闘結果には、前線本部に詰めていた将校に戦死者が出ていると表示されていた。


「まぁ、これも自業自得だな。無能な働き者は先に死んでもらったほうが良い」


 恐ろしい言葉を吐いてエディは笑った。

 後退戦の真実をジョニーは気付きつつあった。

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