自警団
――――ニューアメリカ州 タイシャン地域
グレータウン
「あれが俺の家だ」
ジョニーの指差した先にあるのは、半分崩れかかったような納屋だった。
「車もボロだが家もボロだ」
自嘲気味に笑ったジョニーだがエディは小さく溜息をついた。
「俺が言えた義理じゃ無いが、苦労してるな」
「……あんたのせいじゃ無いさ。シリウスは貧しいんだ」
「何とかしてやりたいがなぁ……」
「地球人にも親切な奴が居るって知っただけでも俺は儲けたよ。気にしないでくれ」
車列を止めて皆でジョニーの車を下ろす。
その作業をエディはジョニーと並んで見ていた。
「ロージー! グーフィー! 可能な限り車を整備しろ」
「……多分そう来るって思ったよ。りょーかい!」
楽しそうな声をあげてグーフィーが道具を取り出し始めた。
「奴はグッドフィールド。俺を含め皆はグーフィーと呼んでる。機械整備専門だ」
「……あ、自分でやるから良いよ。俺、金無いし」
「金なんか気にすんな。どうせ俺達の活動予算はシリウスから巻き上げたもんだ」
「巻き上げた?」
「そうだ。三次移民の時に地球がシリウスから巻き上げた莫大な金を還元するようなもんさ。ジョニーや君のオヤジさんが稼いだ金が帰ってくるって寸法だ」
ジョニーの肩をポンと叩いて歩き始めたエディ。
「グーフィー どうだ?」
さっそくアチコチ調べていたグーフィーはちょっと渋い顔だ。
「エンジンは問題ないね。むしろこれは当たりだな。2200年ごろの日本製だろう。寸法公差や仕上げが段違いだから整備すればあと百年は使える上に、どうもこれは当たりだな。フレームは多分アセアンだろうけど、こっちは最終仕上げが悪いのかサビが酷い。でもまぁ、シリウスの乾燥した空気なら問題ないだろう。ただ、電装系が弱いな。明らかにチャイナだ。どこそこ仕上げがいい加減だ。これは全部外して絶縁を切り直さないと……」
何処か楽しそうに車を弄り始めている。
その隣でリーナーとロージーも道具を並べていた。
「ロージーはローズブローって言うんだが、奴も専門は機材整備だ。ほっとけばいつまででも機械いじりしてるから心配ない」
楽しそうに説明しているエディをジョニーが不思議そうに眺めている。
「どうした?」
「こんな親切な人間って居るんだな」
「人は信用しろよ。裏切られても信用すると良い。人間不信に陥ると魂が腐る」
「……オヤジに叱られてるみてぇだ」
「じゃぁきっと」
ちょっと首をかしげたエディは優しげな表情を浮かべる。
「君のオヤジさんが物を言いに来たのさ。俺の口を使って」
「え?」
「きっと今も君を見守っているって事だ」
一瞬黙ったジョニー。
だが、ちょっと鼻を啜ってから恥ずかしそうに顔を背けて歩き出す。
「こんなボロ屋だけど歓迎するよ。コーヒーくらいは飲める。俺に取っちゃ大事な我が家だからさ」
建て付けの悪いドアから中へ一歩足を踏み入れたエディは驚いて足を止めた。
部屋の中。ちょっと汚れたソファーの上に少女が一人座っていたのだった。
怯えた表情で茶色いクマの縫いぐるみを抱きしめる少女。彫りの深い顔立ちと金色の髪。白い肌。そしてシリウスの空を映したような蒼い瞳。一目でスラヴ系とわかる人種的特長だった。
「君は?」
「……リディア」
エディに続きリディアと同じスラヴ系の顔立ちをした長身痩躯の男が部屋へと入ってきた。リディアはその立ち姿をジッと見つめた。
「リディアか…… 良い名前だね」
「え?」
「ボルゴグラード…… スターリングラードの白百合と称えられたエースだ」
ポカンと見上げて座るリディア。
「こっちはアレックス。君と同じスラヴ系人種だな」
「アレクセイだ。仲間からはアレックスと呼ばれている。よろしくな」
アレックスはリディアに手を差し出し握手を求めた。その灰色の瞳をリディアはジッと身と見つめていた。その隣に座ったジョニーはリディアの肩を抱いた。
「ジャフムの街から帰ってくる途中に車がとうとう動かなくなってさ。どうしたモンかなって思案に暮れていたら自警団の連中に会ったんだ」
「また撃ち合ったの?」
「あぁ。だけど、今回も無傷だよ」
ジョニーは上着の下からホルスターを外してテーブルへ置いた。
「……君は銃を持っていたのか」
「あぁ。親父の形見だ」
「見て良いか?」
ジョニーはエディに向かって『どうぞ』と手を差し出した。
ホルスターから抜き取られた拳銃は随分と古いデザインのリボルバーだ。
古の銘銃。コルト、シングルアクションアーミー。
「オヤジはシェリフだったから、これとバッジを大事にしてたんだ」
「地球のアメリカ西部開拓時代そのまんまだな」
「アウトローから開拓民を護る役を親父は引き受けてた。ピースメーカーだ」
「この銃のニックネームもピースメーカーって言うのは知ってるか?」
驚いたような顔をするジョニーとリディア。
エディはそんな二人の表情に優しい気持ちを思い出す。
「元々は軍用向けや法執行機関向けに作られたもんだが…… 遠い遠い昔。1872か73年辺りの年代モンだ。もっとも、今でも地球じゃ同じものが作られている。なんせ、部品が最小点数しかないもんで壊れないんだよ。軍用品としちゃ高性能も大事だが壊れないってのはもっと大事なんだ。拳銃は歩兵にとっちゃ最後の御守みたいなもんだからな」
シリンダーを倒し中を確かめるエディ。
数発撃ったようで空の薬莢が挟まっていた。
フレームには2155の文字が打刻されている。
全体的に良く整備されているが、微妙にシリンダーにガタツキがある。
そして、ハンマーは左右に遊びが出ていた。
「だけど、そろそろ寿命だな。シリンダー周りを交換しなきゃならない」
「やっぱりそうか。今日は相手に当たらなかったんだ」
「じゃ……」
エディは弾を全部抜き取った。
「そろそろ使うのを止めるんだ。暴発だけでなく爆発の危険がある」
「撃てないのか?」
「いや。撃てない事は無いが危険だって事さ」
「そうか……」
右手のひねりでシリンダーを本体に叩き込み、指一本でスピンさせてからグリップを握ったエディ。その流れるような動きにジョニーは釘付けだった。
「オヤジも良くそれをやってた」
「カッコイイだろ? ジョンウェインみたいに」
「それ誰?」
「……いや。なんでもない。ところで」
エディは壁際の物体を指さした。
黒くて大きなその箱には足下にいくつかペダルが付いている。
「あれは?」
「……ピアノです」
「ほぉ!」
感嘆するような言葉をアレックスが上げた。
ピアノへと歩み寄って鍵盤のカバーを開ける。
使い古されたアップライトピアノの鍵盤には、人の指の跡が残っていた。
「誰が弾いたんだい?」
「リディアの母さんだ。ただ……」
「もう音が出ないんです」
ジョニーとリディアは少し悲しそうだ。
アレックスはいくつか鍵盤を叩いてみたが、僅かな数のキーしか音が出ない。
「直せるモノなら直したいが、さすがにピアノはなぁ」
肩をすぼめたアレックスは申し訳なさそうに言う。ワザと気安い会話を演じていたエディとアレックス。だが、リディアは少し安心したらしい。ふと椅子から立ち上がってキッチンへ向かった。
「コーヒーくらいなら淹れられますけど、飲みますか?」
「じゃぁ頂こうか」
「ちょっと待ってくださいね」
そんな会話をしていたエディ達を窓の外から部下が覗きこんでいた。
「リディア。悪いんだけど外にも連れが居るんだ。ちょっとだけ振舞ってくれないか」
「カップが足りるかな…… でも、多分大丈夫です」
「頼むよ」
キッチンでお湯を沸かし始めたリディア。
その後姿を見ているジョニーとエディ。
「妹さんかなにかか?」
「いや……」
ジョニーが恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。
若者らしいはにかんだ笑みにエディは何かを悟った。
「良い奥さんだな。しかも美人だ」
「うん。でもまだ、正式には結婚してないよ」
「まだ?」
「あぁ。俺も彼女も未成年だから」
「シリウスでは十五歳で成人だろ?」
「いや、ニューアメリカ州では二十一歳で成人だから」
「そうか」
もう一度リディアの後姿を見てからジョニーをジッと見たエディ。
まだ若いはずなのに、その佇まいには老練な男の臭いを感じる。
「俺も彼女も天涯孤独なんだ。おふくろは俺が五歳の時に流行り病で死んでしまったし、親父は三年前にアウトローと決闘して……勝ちはしたんだけど胸を撃たれて助からなかった」
だまって頷くエディ。
ジョニーはリディアの後姿を見た。
「彼女のおふくろさんは彼女を生んだ時に亡くなったらしい。だから俺は見た事が無い。オヤジさんは五年ほど前に農耕機械の下敷きになって亡くなった。オヤジが彼女を預かったんだ。誰も余裕がなかったから」
「じゃぁ。孤独な二人と言う事か。でも、彼女が居れば頑張れるだろ?」
「あぁ。実は姉が一人居るんだけど、サザンクロスの親戚に預けられているんだ」
「州都か」
「あぁ」
「でも、何故預けられて?」
「ここじゃ何も勉強できないから、州都の親戚に預けられて学校へ行ってる。俺はオヤジに色々教わったけど馬鹿だったから」
言葉に詰ったジョニー。
何かを言いかけたエディだったが、そこにリディアがプレートを持って現れた。
「何も無いけど、せめてこれ位は」
コーヒーカップの隣には小さなビスケット。
ポットには多少のコーヒーが残っている。
「あぁ。ご馳走様。ありがたく頂くよ」
コーヒーカップからは豊かな香りが漂っている。
その香りを心行くまで吸い込んでから、口を付けたエディ。
「あぁ。美味いな。シリウスの豆だね」
「解るの?」
「あぁ、地球の豆と違ってシリウスの豆は甘みが強い。土壌の違いだろうね」
美味そうにコーヒーを飲むエディ。
その姿を確かめてからリディアはプレートを持って外へ出て行った。
――――おっ! コーヒーだぜ!
お調子モノの弾んだ声がジョニーの耳に届いた。部屋の中で楽しそうに外の声を聞くジョニーとエディ。貧しくとも満ち足りた空間がそこに有った……
だが
突如、家の外から鋭い銃声が響いた。
「リディア!」
焦って立ち上がったジョニー。
慌てて窓の外を見たとき、既にエディとアレックスは家を飛び出していた。
「マイク! なにがあった!」
「わからねー! だけどいきなり発砲を受けた!」
マイクはリディアを自らの影へ入れていた。
鋭い音を立てて銃弾が飛び交い、その背に数発当たって鈍い音を立てる。
「大丈夫ですか!」
「平気だよ! アーマーベストを着てるからこれ位なら問題ない」
ニッと笑ったままリディアを抱きかかえて走リ始めたマイク。
慌てて外へ出たジョニーは状況を飲み込めず立ちすくむ。
だが、そこへリディアを押し付けたマイクは大声で叫んだ。
「坊主! あいつら何もんだ!」
「自警団だ!」
「自警団?」
「ただのギャングだ!」
大声で言い切ったジョニーは父親の形見であるピースメーカーへ弾を込めはじめたのだが、それを見たエディはジョニーを制止する。
「ジョニー! それは使うな。これを使え」
エディは腰に挿していた拳銃をポンと投げ渡した。
スミス&ウェッソン製のM29リボルバーガン。
「44マグナム弾を撃ち出す世界最強の拳銃さ。悪党の頭くらい簡単に吹っ飛ばせるぞ」
ジョニーは渡された銃を構えるが、ピースメーカーより一回り重い銃に戸惑う。
「ドッド! 家を護れ! ロージー! グーフィー! 車を何とかしろ! マイク! 行儀良くやれ! 面倒を残すな!」
全員が大声で『イエッサー!』と叫び一斉に動き始めた。訓練された兵士の動きは自警団のそれを完璧に圧倒していた。リディアを自分の背に入れたジョニーが銃を握り締めるが、その前にエディが腕を組んで立っていた。
「エディ! 野郎どもズラかる腹だ!」
装甲車の影に居たマイクが叫んだ。
「生かして帰すな! ペイバックが面倒だ!」
「ビッグママ使って良いか?」
マイクの声にエディがサムアップした。
「構わずやれ!」
装甲車の屋根に有ったターレを廻したマイクはボルトを引いて初弾をチャンバーへ叩き込む。三百年以上使われている最高の信頼性に溢れたブローニングの歴史的な名銃が猛然と火を噴いた。
約十三ミリの巨大な弾丸が音速を超える速度で自警団のテクニカルへ注ぎ込まれ、巨大な火柱が上がった。
「ウェイド。被害は?」
「いや。なんもねぇな。車を修理してたロージーが頭をぶつけてコブをこさえた位だ」
銃を構えていた兵士から指を挿されて笑われるロージー。
エディはリディアの淹れたコーヒーを持ってロージーを見舞う。
「大丈夫か?」
「あぁ。車の方がやばそうだ」
「ならいい」
エディの所へやって来たジョニー。
右の手にはエディのM29を、そして左の手にはリディアの手を握っていた。
「これ、俺の車か?」
「そうだ。手持ちのスプレーで軽く色を塗っておいた」
軍用グリーンの色に塗られたジョニーの車。
ロージーがイグニッションさせるとエンジンが目を覚ました。
「これでしばらくは乗れるはずだ。サススプリングなどは溶接しておいた」
「スゲー!」
ドアを開けて中を見たジョニー。
「乗って良いか?」
「どうするんだ?」
「牛を見てくる」
「牛?」
「俺の仕事は牛飼いだから」
「正真正銘のカゥボーイか!」
エディへ銃を帰したたジョニーは車を走らせて行った。
それを見送ったリディアにエディが声を掛ける。
「リディア。あいつらは何者なんだ?」
「自警団?」
「そうだ」
ちょっと困ったような表情のリディアは何事かを考え始めた。
「仕事の無いゴロツキがジョニーみたいな農民とか街の商店とかを回って、何にもしてないのに警備代を集めて回ってるの。お金が無い時は食料とか、あと……」
リディアは何処か言い難そうにしている。
だけど、女性が言い難そうと言えば話はわかる。
「君も?」
リディアは俯いて首を振った。
「ジョニーが……」
「そうか」
エディはM29をホルスターごとリディアへ手渡した。
ズシリと重い拳銃にリディアは驚くのだが。
「ジョニーが帰って来たらこれを渡すと良い。好きに使えと俺が言ってたと」
銃と一緒にエディはスペアの弾を渡す。
二百発ほどの44マグナム弾がそこに有った。
「さて。じゃぁ自警団のアジトを潰しに行くか」
エディの言葉にメンバーが撤収準備を始めた。
「リディア! ジョニーによろしく言ってくれ。コーヒーご馳走さん」
手を上げて数歩進んだエディはふと何かに気が付いた。
「そうだ」
ポケットから取り出したのはシリウスドル紙幣。
「ここにシリウスドルで五百ドルある。何かに使うと良い」
「こんなにもらえません!」
「……コーヒー代だよ。多分だけど、君の家のコーヒーを飲み尽くしたろ?」
紙幣を手渡したエディは、もう一度手を上げて装甲車へと歩いていった。
銃と現金を持ったまま、リディアはその背中を見送っていた。