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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
198/425

反省会 そして次の目標

~承前






「これはロニーの映像だが……」


 シミュレーター上での戦闘を終えた中隊は、再び食堂へ集合した。

 それは、この手の訓練についての最も重要なイヴェントの為だ。


「ここで狙いに迷いがある。何処を撃つか?を一瞬だけ考えている」


 マイクはロニーの視野映像をモニターに映しながら解説している。

 長年の験しでマイクは手に取るように戦闘心理を理解していた。


 サイボーグ化した兵士を鍛える上で最も効果的な行為。

 つまり、視界情報を記録しておいて、後からそれを見直すのだ。

 全員が改善点を共有出来るし、問題点を同じ目線で考えられる。


「今回の戦闘相手は銃を持ってないからな。実にチョロい相手だった。しかし」


 モニターから目を切りロニーをジッと見たマイク。

 ブルとニックネームが付いているその迫力は、睨まれた時に良くわかる。

 真正面から見れば、その顔は文字通りのブルドッグだ。


 グッと顎を引き相手を睨み付け、力一杯に噛み付く。

 たったそれだけの為に品種改良を施された品種そのものだ。


 ふと、テッドは自分自身がそんな()()その物なんじゃ無いかと思った。

 どこかの誰かが戦闘に勝てるよう、生き残れるよう、心血を注いだ存在。

 機械の身体を与えられた士官ではあるが、その身体はただの戦闘マシーンだ。


「迷ってる間に撃たれるケースもある。昔から兵は拙速を尊ぶって言うんだ。土壇場の土壇場に立ったときは先ず行動する。黙って撃たれるより、先に撃て」


 それは本来、多くの兵士が仲間の死や自らの負傷の後に覚える事だ。

 痛い目に遭った時にしか人間は学ばないことが多いのだから仕方が無い。

 それもまた必要な事であり、同じ事を繰り返し、堂々巡りのようにも見える。


 だが実際は螺旋を描き確実に前進している。

 そして戦場という所は前進している者しか生き残れない。

 そんな淘汰のシステムを拒否すれば、待ち受けるのは絶望的な死だけだ。


 マイクの説明にロニーが納得出来ないという表情を浮かべた。


「それ、どういう意味っすか?」


 口を尖らせるロニーの態度は、ふて腐れていると言って良いものだ。

 まだまだ幼い精神なロニーの場合は、心の形が態度にそのまま出てしまう。


「要するに、今回のケースで言えば、何処を撃とうか考えてる暇があったら、とにかく先に撃てって言う事だ。何せ死体は反撃してこない。先ずは銃弾を当てろ」


 マイクはそう説明したのだが、エディはロニーを見て笑っているだけだった。

 中隊の中で末っ子ポジにいるロニーは、他のメンバーと比べ我が儘が許される。


 ある意味ではネコのような自由奔放さを許されていると言えるのだが……


「殺しちまえば良いって事ですか?」

「まぁ、一切の道徳的な表現への配慮をしないなら…… そう言う事だ」


 マイクでは無くエディがそう返答した。

 それは戦場における一大原則でもあるのだ。

 つまり、死体は反撃してこないし、口も割らない。


 先ずは勝つ事。勝って生き残る事。死んでしまっては何の意味も無いのだ。

 敵を打ち倒して命永らえ、その後の事はそれから考えれば良い。


「なんか…… なんだか……」


 何かを言おうとして言葉を飲み込んだロニー。

 ただ、それが何を言おうとしたのかは、テッドとヴァルターには良くわかる。

 つまりソレは、ニューホライズンの地上で散々と経験した事だ。


 それは、命のやり取りの現場に立った時に、決してやってはいけないこと。

 言い換えれば、一切の綺麗事抜きな環境に立った時にだけ通用すること。

 社会的な責任だの組織の中の義務だの、そう言った小面倒な事を一切抜く時。


「ロニー」

「はい」

「それは、テッドもヴァルターも経験した事だ」


 エディの言葉にロニーは驚いてテッドを見た。

 その目が何を言いたいのかは、テッドだって良くわかる。


 他人を殺してでも自分が生き残る。

 自分の代わりに誰かの命を死神に差し出してでも生き残る。

 何よりもそれが要求されるケースで、迷わずそれが出来るかどうか。


「ロニーの言いかけた事をやってきたから、俺はここに居る」

「俺だってそうだ。テッドだけじゃねぇってな。大なり小なり……」


 テッドもヴァルターも、消え入りそうな声でそう言った。

 口には出来ない事を沢山経験し、ヴェテラン兵士は育って行く。

 とてもじゃないが口外できない事を幾つも腹に抱えて……だ。


 自分の目の前に手榴弾が落ち、仲間の死体を被せたとかは、まだ序の口。

 銃口を向けられ、咄嗟に仲間の影に隠れたなんてのは良くある話でしかない。


 勇猛果敢な兵士なんてものは虚像に過ぎない。

 多くのヴェテランは、臆病で卑怯で消極的なものだ。

 そして、落ち着いた時にそれを思いだし、恥て悔いてのたうち回る。


 退役後の兵士が陥るPTSDの根幹はここに有る。

 敵では無く味方を殺して自分が生き残ったという引け目だ。

 ほんの僅かな偶然の産物だが、仲間を見殺しにした事実は揺るがない。


「自分が撃たれて仲間の足を引っ張るのが目的なら、それでも良いぞ?」


 マイクはあまり笑えないジョークでロニーを冷やかした。

 ただ、その眼差しが注がれていたのはディージョだ。


「……スイマセン。足手まといでした」


 肩を竦めて小さくなったディージョに皆が笑い声を上げた。

 マイクは続けてディージョの見ていた視野映像を展開し始めた。


「これは…… あぁ、斜面を登っているのか」

「アレックスのチームはマイクのチームとは違う動きだな」


 マイクとエディがそんな言葉を交わし、アレックスは僅かに笑みを浮かべた。

 全体を見て必要な動きを考え行動するために隊長が居る。

 チームを率いるキャプテン(大尉)は、広い視野と柔軟な発想が求められるのだ。


「女が逃げるのが見えたので、追跡する敵が居るのではと考えたのだが」


 アレックスが戦術詳細を述べ始めた。

 場面場面における戦闘の手順は、チームリーダーの裁量の内だ。


 ふと、テッドはこれが将来教育なんだと気が付いた。

 エディはテッド自身を含め、501中隊の面々に指揮官としての知見を与えているのだと気が付いたのだ。


 ――深謀遠慮ってこういう事か……


 黙って推移を見つめていたテッド。

 マイクに代わりアレックスが戦術解説を始めた。


「マイクチームは平面戦闘だったが私のチームは斜面を駆け上がる戦闘だった。ディージョのズッコケは予想外だったが――


 再びチームが大笑いした。もちろんディージョも苦笑いだ。

 和やかな雰囲気だが、失敗の指摘だけは容赦が無い……


 ――ここでディージョは致命的なミスを犯している。それはなんだ?」


 アレックスの声が僅かに強くなった。

 それは叱責と共に深い思考を促すモノだ。


「……戦列を乱した事ですか?」

「それも問題だが、この場面では2番手か3番手だ」

「っていうと……」


 ディージョは首を捻って考え込む。

 急斜面とはいえ、サイボーグならば息一つ切らす事無く這い上がれる。

 追撃戦など敵を面で圧する戦闘ならば、この能力は本当に恐ろしいモノになる。

 疲れも恐怖もなく淡々と追撃してくる敵が、手強くないわけが無い。


「正解は、武装を失った事だ」

「……あっ」

「武装を失えば戦線を維持出来ない。戦列に穴が開く事になる」


 小さな声で『そうだよな……』と呟いたディージョ。

 シェルでの戦闘ばかりしてきた結果として、減耗する事に抵抗が無いのだ。

 三次元運動と違い平面での戦闘では点と線が何より重要だ。


 敵を押し出し、圧し包み、包囲して殲滅する。

 そんな戦闘戦術では、武装を失って穴を開ける事は許されない。


「それだけじゃないぞ?」


 アレックスに続きマイクが口を開いた。

 ディージョを指差し、思考を促すようにジッと見た。

 考え込んで答えを探すディージョだが、テッドは先に答えを見つけた。


 ――銃を取られる……


 地上戦を経験したものなら、それがどれ程の悪夢かは言うまでも無い。

 自分が丸腰になり、敵の手には必殺の武器が残る。

 それを最悪といわずして何を最悪と言うのだ……と。


 どう表現しようかと思ったテッドだが、その前にディージョが小さく呟いた。


「……銃だ」

「その通りだ」


 マイクが満足そうに笑ってディージョを見た。

 良く分かったなと、そう言わんばかりに……だ。


「さて、ディージョも問題に気が付いた事だし、話を先に進めよう」


 エディは場を切り替えるように話を変えた。

 問題を自己認識できれば、あとは自己変革も勝手に行なうだろう。

 士官に要求される能力とは、結局ここに尽きるのだから。


「今回の訓練では、白兵戦の戦闘童貞卒業が目的だった。筆下ろしも無事に済んだ事だし次はもう少し落ち着いてジタバタせずに事に当ろう。立派に男になったんだからな。それに、相手だって落ち着いて無いと嫌がるものだろう?」


 微妙な言い回しに全員が困ったような笑みを浮かべた。

 ただ、テッドは思わずニヤリと笑って思い出した。

 頚椎バスを設置したリディアを相手に、シミュレーターの中の熱い夜を。


「明日、もう一度シミュレーター訓練を行なう。次はもう少し専門的なモノだ」


 エディはアレックスに目配せして何かを合図した。

 アレックスは僅かに頷き、モニターの表示を切り替えた。


「我々最初の攻撃目標はこれだ」


 モニターに映ったのは、コロニーの外壁に突き刺さる毒ガス発生装置だった。

 それほど大きいモノではないが、かといって無視していいものでもない。

 食堂にいた全員が小さく声を漏らし、エディはその声がおさまるのを待った。


「内部構造は大体判明しているが、実際に中に入ってみないと解らない事も多い」


 再び表示が切り替わり、三層構造になった装置の内部透視図が表示された。

 装置自体は宇宙船の構造そのものだが、その中心部はエンジンではない。

 リキッド状の薬剤を反応させて毒ガスを生み出す装置だった。


「これを無力化し、場合によってはコロニーから切り離す。喉元に突きつけられたナイフを外すのが最初の一歩だ。まだまだネタは続くが、今回最も重要なのは、とにかく速やかに、迅速に、手際よくやることだ。シリウス側にこっちの動きが漏れるのを警戒する事が重要だ」


 解るか?とそんな表情で室内を見たエディ。

 なんとなく空気が違うと誰もが思うのだが、その真相はまだ見えない。


 ただ、なんとなくテッドには予想が付いていた。

 エディの最終目的は、ロイエンタール伯を獄死させた首謀者を捻り殺す事だ。

 他の誰でも無い、自らの手で確実に捻り殺す事だけを考えているのだ。


 だからこそ、直接の部下だけを集め、念入りに訓練を施している。

 そしてそれは、特殊訓練に近い状況へと変貌するのがわかっていた。

 問題点を自分たちで考えさせ、自己変革させるのだ。


 ――最終ターゲットは誰だ?


 なんとなくそんな事を思ったのだが、それを聞くのは憚られた。

 そのうち教えてくれるだろうと思ったのだが……


「もう一つ重要な目標がある。毒ガス装置の中に例のゲル化した野郎を捨ててくる事になっている。今は特殊ケースの中に密封されているが、困った事に近くにある生命体なら何でも襲い掛かって喰ってしまう困りモノだ。今はもう知能も無い単細胞生物状態だが、やつらにとっては重要なものだろう。故に……」


 エディはニヤリと笑ってテッドを見た。

 その顔にテッドはエディが考えている最終ターゲットの存在を気が付いた。


 ――ボーンの父親のほうだ!


「エサを撒いて奴らをおびき寄せ、その隙を突く事にする。場合によっては毒ガス装置ごとゲル野郎を放りだし、宇宙のチリになってもらう算段だ。テッドはさだめし面白く無いだろうが……」

「……そんな事無いですよ」


 完全な棒読みになったテッドの言葉で皆が再び笑った。

 隣にいたヴァルターは指差してまで笑った。


「まぁいい。作戦を貫徹させる事に努力してくれ。あとは各自振り返って反省し、問題点を考えて欲しい。実力を磨き、事に当るんだ。良いな」


 全員が『イエッサー!』と返答する。もちろんテッドも返答した。

 ただ、そんなテッドの眼差しはロニーに注がれていた。

 なんとなく納得出来ないと言う空気のロニーは、沈んだ表情だった。

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