気合と度胸と根性と(後編)
~承前
再び草むらへ飛び込んだテッドは、まるで犬のように駆け抜けた。
エディと同じように着込んでいる艶消しに仕上げられたアーマースーツは軽量だ。
無意識に確かめた銃の残弾はわずかで、これまた無意識にマガジンを代えた。
──弾なし野郎はモテねえんだよな
すっかり遠い日になってしまった暑い日。
ヴェテラン歩兵なロージーに、そう教えられていた。
『オーリス!』
戦闘中と言うこともあるが、テッドは構わず呼び捨てにしたいた。
それについてオーリスも何かを言うことはなく、『なんだ?』と聞き返した。
『マガジンに残っている弾を把握しておいた方がいい』
『あぁ、そうだな』
『肝心なときに弾なしは辛いから』
ソフトな表現で切り抜けたテッドだが、後から思い返せばヒヤリとする。
オーリスは中尉なのだから、言葉遣いに気を付けるべきだった。
──油断したな
戦闘中の油断は死に直結する。
改めて気合いを入れ直したテッドは草むらを飛び出して河原へと姿を表した。
あの黒尽くめの連中は、命からがらに走って逃げていた。
『生かして帰すな! 面倒を残すな!』
エディの指示は簡単だ。
テッドはオーリスのポジションを確かめ、前進体制に入った。
追跡するなら速度が命だ。モタモタしている場合ではない。
『一気に畳み掛ける!』
テッドの言葉には冷徹な意思が滲んだ。
この状況では、自分とヴァルターが積極的に動くべきだと思ったのだ。
まずは、戦闘処女な六人に戦闘手順を見せる必要がある。
その上でエディ達の批評を聞く事に成るのだろう。
『ロニー!ウッディ!オーリス!後方につけ! チャンスだと思ったら撃て!』
『死体は反撃してこないから、迷わず撃った方がいい!』
マイクはテッドと並んで前進を開始した。
酷い荒れ地の上だが、サイボーグの脚力は問題なく走る事が出来る。
『距離を詰めろ! ガンガン行け!』
後方を振り返る事無くマイクとテッドが走る。
走行中でも銃は撃てるのだから、次々と射撃が行われている。
黒尽くめの集団はバタバタと斃れ、極少数が逃げ続けた。
『シェルでやりあうのと一緒だ! 逃げ切られたら負けだぜ!』
グンと加速したテッドは一気に速度に乗った。
その時、視界には戦闘支援情報が浮いていた。
それは、シェル戦闘でも支援情報として浮いていたものだ。
だがそれは、視覚に直接送り込まれているモノだった。
――へぇ……
自らが完全に機械である事に違和感を感じなくなっている。
実際、荒地の上を時速50キロ近い速度で走っているのだ。
生身ではそもそもこんな事が出来るはずも無い。
『距離を詰めろ! 収束射撃だ! 線を引いて面で圧しろ!』
マイクは次々と指示を出し、後続のロニーたちに展開を促した。
まるで網をかけるように押し包んで行くマイクチームは敵を包囲しつつあった。
『ロニー! 何処だ!』
『こっちっす!』
戦域情報を視界に呼び出したテッドは、敵と味方の位置を再確認した。
やる事は一つだ。迷う事は無いし躊躇う事も無い。
出会い頭に全部殺すだけ。それ以上の事は考えない。
『行くぞ! 押し包め!』
マイクの声に弾かれ、それぞれがまるでシェルの様に突入した。
息を切らせて逃げている敵は、次々と後方から撃たれた。
高速で飛翔する大口径弾を受ければ、あっという間に肉塊と化す。
――シミュレーターとは言え……
あまり言い気分じゃないとテッドは内心で呟いた。
ただ……
『前方300メートル! 新手だ!』
オーリスがそれを捉え視界を転送してきた。
先ほど見ていた馬の群れだとテッドは気が付いた。
横一線に並び、統制の取れた動きでこちらへと突っ込んでくる。
馬上にいる騎手は胸当てをつけていて、槍を構えていた。
――なんだよそれ……
まるで歴史物の映画やドラマに出てくる騎兵だと思った。
そろいの馬具を装着し、同じ甲冑に身を包んだ姿だ。
ただ、そのどれもが二足歩行する獣人と言う点がおかしいのだが。
――随分と悪趣味なAIだな
そうは言いつつも状況は良く無い。
掛けてくる騎兵は10や15ではないのだ。
『銃列! 全員集合! 収束射撃だ!』
マイクが大声を張り上げ、テッドは慌ててマイクへと接近した。
同じようにロニーやオーリスが駆けつけ、ウッディもそこに加わった。
『至近距離まで接近させろ! 銃弾の威力は距離に反比例する!』
ドッドッドッと地面を揺らし馬が隊列を組み突っ込んでくる。
視界に浮かぶ距離計は100メートルを切った。
『まだだぞ! まだだ! この半分だ!』
マイクは50メートルまで接近させろと叫んだ。
AIが作るシミュレーターだけに、そんな事も出来るのだろう。
テッドの心は不思議と平穏そのモノだった。
『撃てッ!』
マイクが叫んだ。
ロニーやオーリスが先陣を切って撃ち始めだ。
一瞬送れてウッディも撃ち始め、それにマイクが加わった。
猛烈な銃撃が加えられ、騎兵はバタバタと倒れ始める。
だが、テッドはその向こう側を見ていた。
――2列目がアブねぇよな……
予想通り、仲間を死体を踏み越えて2列目が突っ込んできた。
驚いた顔をしているのは、銃撃の威力を知らなかったからだろう。
落ち着いて敵の動きを読み、オートではなくシングルで銃撃を加えた。
巨大な薬莢がボンボンと跳ね回り、騎兵の頭が次々と弾けとんだ。
20騎程の騎兵があっという間に全滅し、マイクはそっと立ち上がった。
『後列を襲え! 突撃!』
マイクが先頭に立って走り出した。
テッドはそれに続いて走り出すのだが……
『マイク! 戦術も教えろよ!』
エディの軽やかな声が響いた。
戦術ってなんだ?と一瞬だけ考えたテッド。
その直後に『あぁ、そうか』と気が付く。
『全滅させなくて良いか?』
『もちろんだ。弾丸をセーブするのも重要だ』
エディの教えは尤もだとテッドも思う。
いつでもどこでも全滅させるばかりが戦闘では無い。
『あいつら逃げますぜ!』
ロニーは大声で叫びつつ遠くを指差した。
河原の川面に程近い場所へ陣取っていた獣人たちは、いっせいに川に入った。
馬に乗ったままの突入だが、川の流れは速くあり、馬が次々と流されて行く。
『溺死しますね』
『銃弾をセーブして敵も倒すってか』
ウッディの言葉にオーリスが応える。
何も銃撃だけで全滅させるばかりが戦闘じゃない事を全員が学んだ。
テッドは僅かにホッとしつつも、マイクを見た。
『後退?』
『あぁ、スタートラインへ戻る』
やや不機嫌そうなマイクだが、それは戦闘狂の習性の様なモノだ。
戦って死ぬ、或いは、全部この手で殺す。
地上戦における血なまぐさい現実をテッドは嫌でも思い出すのだが。
『あれ?』
スタートラインへ戻ったウッディは最初にソレに気が付いた。
さっきまでここに居た女や病人が居なくなっている。
それだけではなく、足元にはコンバットブーツの跡がある。
『そういえばアレックスのチームは?』
首を傾げてそう漏らしたオーリス。テッドは無意識に足跡を辿った。
その足跡は山並みへと続き、アレックスチームが追跡したらしい。
『アレックス! 何処まで行きやがった!』
『ここだここだ! あと数分で戻る!』
何処からか声が響き、15分ほどで山の上からアレックスチームが戻った。
全身を泥だらけにしたディージョが混じっていて、銃を持っていなかった。
『おぃディージョ! どうしたんだよ!』
『いやぁ~ 足を滑らせてよぉ 斜面を30メートルほど滑落した』
『……おぃおぃ』
テッドは思わず笑い出し、泥まみれのディージョは肩を竦めた。
そのやり取りに中隊全員が大笑いし始めた。
ややあってエディがその場に現れ、全員をグルリと見回した。
その立ち姿はニューホライズンの地上で見た姿だった。
『さて、最初の地上戦をやったわけだが、反省会は戻ってからにしよう』
エディは空を指差した。
上空から光の柱が伸びてきて、眩いばかりに照らし始める。
その光の柱に全員が入ると、テッドは不思議な温かさを感じた。
――え?
――なんだこれ……
ややあってフワリと身体が浮いた。
まるで強い磁力に引き上げられるように、テッドは宙を舞った。
『ログアウトする。名残惜しい地上を良く拝んでおけ』
なんとも嫌な言い回しでエディが笑った。
ただ、そんな事を気にしている場合では無いとテッドは思う。
地上には夥しい死体が転がり、幾つもの足跡が残された。
そして……
――あの女は何処へ行ったんだ?
ふと、そんな事を思った。
大きな犬耳が頭に付いた紫色の瞳の女だ。
『しかし…… あの娘、可愛かったな』
ボソリとウッディが呟く。
ロニーは不思議そうな顔で言った。
『なんて言ってたかわかんねぇっすけどね』
『あれは東洋系の言語だよ。殺さないでくれって懇願してた』
『へぇ……』
なんとも気の抜けた言葉をロニーが言う。
次の瞬間にはシミュレーターの中に意識が戻っていた。
身体に汚れはなく、清潔なままだった。




