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黒い炎  作者: 陸奥守
第八章 遠き旅路の果てに
196/425

気合と度胸と根性と(前編)

~承前






『侵攻点に着いた!』

『こっちもだ!』


 マイクとアレックスは攻勢開始の合図を待った。

 そんな中をエディが着地した。地上ではリーナーが待っていた。


『良し! 状況を開始する! 先ずは前進射撃! 攻勢の基本だ!』


 エディの声が無線に流れた。

 マイクは低い姿勢を維持したままテッドに前進を指示した。


『攻勢の基本姿勢はこうだ。ツーマンセルで片方が支援に着く』


 マイクは援護射撃の体勢となり、その間をテッドが前進した。

 50メートル程躍進し、テッドはそこで腰を落として支援体制になった。


『いまテッドが座り込んだ辺りで50メートルだ。今度は俺が躍進する』


 マイクは銃を構えたまま低い姿勢で突進した。

 その距離は凡そ100メートル。テッドから50メートルほど進んだ位置だ。


『コレを繰り返して前進する。射撃は面で行う。点を狙う必要は無い』

『相手の足を止め、頭を下げさせれば良いんだ。狙って撃ち殺したって意味ねぇ』


 マイクに続いてテッドが説明した。

 サザンクロス攻防戦や小さな拠点での銃撃戦を思い出していた。


『何発撃ったか凡そで良いから勘定してないと後で困る。あんまり気前良くやるとすぐ弾切れになる。その辺りのさじ加減は経験しなきゃ覚えない』


 マイクとテッドが見せる尺取り虫の動きをロニーやウッディが真似始めた。

 徐々に前進を繰り返し、ジリジリと前進していく。


『敵が見えてきたぞ』


 超高速で飛ぶシェルとは違い、地上戦は足で距離を稼ぐ事になる。

 したがって、考え肩を根本から変えねば為らない。


 ただ、速度が遅いのは向こうも一緒。

 ならばシェル先頭と同じようにフォーメーションを調整してやるのが良い。


『逃げる者は撃つな。追跡してきた奴らを全部排除しろ』


 エディはそう指示を出し、リーナーを連れて前進を始めた。

 巨大な中洲を持つ浅い河が流れる、広大な氾濫原の荒れ地だ。

 全身の障害となるものは少ない。


『左右両翼を閉じ気味にし、ジリジリと前進しながら敵の動きを封じる』

『シェル戦闘と同じだ。敵の稼動領域を削り、逃げ場を奪い、殲滅する』


 アレックスとマイクの両翼が幅を狭めながら前進している。

 その両翼の付け根となるエディは、徐々に前進しながら銃を構えていた。


『エディ! そろそろ接触する!』

『あぁ、見えている。行儀良くやれ』

『イエッサー!』


 マイクが嬉しそうに返事をした。

 ただ、そのマイクが撃つ前にテッドが中腰になって銃を構えていた。

 腕に構えていた自動小銃の攻撃軸線は弓を構える男だった。


 ――くたばれ!


 ドドドと鈍い衝撃が肩に伝わった。

 生身の頃に何度も経験した反動だが、装甲服越しに感じるそれは随分鈍い。

 ただ、13ミリ弱な口径を持つ銃弾の威力は十分なモノだ。


 遠くで断末魔の悲鳴が響き、鮮血を頭から噴出させて男が倒れた。

 弓を構えていた者たちがいっせいに驚くなか、マイクが立ち上がって銃撃した。


『俺より先に撃ちやがって!』

『お膳立てっすよ! なんなら昔みたいにここで腕立てしましょうか?』

『そりゃドッドの役目だ!』


 無線の中に笑い声が流れた。ただ、遊んでいる訳ではない。

 マイクとテッドの二人は相互フォローを行ないながら前進した。

 敵とされる戦闘集団までの距離は200メートルを切っている。


『あの弓じゃこっちには攻撃出来ない。良い的だな』

『射撃の練習にはちょうど良いってこった』


 テッドの言葉にマイクが明るい言葉を返す。

 そしてその両翼にロニーやウッディが付いた。

 テッドの隣にはオーリスが居た。


『ツーオンスリーだ! テッド支援しろ!』

『サー!』


 テッドが銃を構え、オーリスはその様子を見ていた。

 基本的な銃のうち方は士官教育で教えられることだ。

 オペレーションやメンテナンスも、基本的には問題ない。


 だが、座学では絶対学べない、戦場に必須の能力がある。

 今ここで覚えるべきは……


『実戦での生き残り方って座学じゃ覚えないから』


 テッドは小声でオーリスへ言った。

 かつてテッドがマイクから言われた事だった。


『戦場で生き残る一番の秘訣は絶対に油断しないこと。そしてもう一つは、迂闊なことをしない。これに尽きるって教えられたけど、まんまそれだったんですよ』


 テッドの視線が草むらの向こうに注がれた。

 その眼差しはヘルメット越しのため見る事は出来ない。

 だが、オーリスは間違いなく感じていた。


 ――テッドは落ち着いている


 全く浮き足立っている様子がなく、じっくりと距離を詰めて行く姿だ。

 501中隊へ配属になりどれくらい経ったのか、あっという間の日々だった。

 ただ、その中で感じていたテッドとヴァルターの纏う空気の異質さ。


 言い換えるなら、年齢にそぐわない落ち着き方や冷静さの理由が理解出来た。

 テッドやヴァルターは、こんな修羅場を幾つも潜ってきてるのだ。

 あっという間に人が死ぬ異常な環境で、幾つもの死を見てきたのだ。


 だからこそ、慌てたり喚いたりする事無く、冷静に事態を見つめられるのだ。

 そして、その時点で最善の方法をとり、後からそれを後悔したりしない。


『とりあえず前進しましょう』


 テッドの手が前へと振られた。オーリスは我に返って銃を構え前進した。

 前方に一定の距離を開けてマイクとロニー、それにウッディがいる。

 テッドとオーリスはその隙間を突破し、100メートル近くを躍進した。


『そろそろ見つかるな』

『その時は撃つんですよ』

『よし』


 オーリスは足下の草むらを踏みつけた。ガサリと乾いた音が響いた。

 咄嗟にテッドは腰を落とし、草むらの中に埋まった。

 視界を赤外に切り替え、草の中で熱源を探した。


 降り注ぐ日差しは強く、草いきれに蒸れる状態だ。

 風の無い草むらの中は蒸し風呂だった。

 生身なら、前進汗だくになっている筈だが……


『いたっ! 見つかった!』


 テッドは素早くオート(連射)に切り替え射撃を開始した。

 乾いた音がタタタタと続き、草むらに気前良く薬莢が撒き散らされた。


 草むら越しにブツブツと着弾音が響き、ビシャベシャと血のこぼれる音がした。

 ただ、その姿は一切見えないし、血の臭いもしない。死の姿が無いのだ。


 ――この死は清潔だ……


 オーリスはそんな事を思った。

 その思考に具体的な理由など無かった。


 ただ、なにかこう、汚いモノを撒き散らして死に絶えるのでは無いのだ。

 誰にも死の瞬間を見せる事無く、ゆっくりと滅んでいく様なモノだった。

 それこそ、遙か彼方で撃墜した敵のシェルが崩壊していくようなシーンだ。


 ――――#$%&@*@+>&%$#!!!!


 どこかで誰かが叫んだ。何語かは分からない未知の言語だった。

 ただ、確実にそれは言語だと理解出来たのだ。根拠など無いが、理解出来た。

 そして、最も近いニュアンスは『助けてくれ』だと直感した。


 ――そうもいかないんだけどな……


 オーリスは腰を沈めたままテッドの存在を探した。

 赤外に視界を切り替えたのは無意識だった。


 サーモグラフィで草むらの中の熱源を探すと、高熱のモノが浮かび上がる。

 それは、テッドが射撃した銃の銃身だった。


『テッド! オーリス! もう少し前進しろ!』

『ヤー!』


 テッドは短い言葉を返して一気に前進した。

 草むらを進んだテッドは、気が付けば草むらを突破して、開けた所へ出た。

 そこには全身を疱瘡に包まれた正体不明の生物がいくつか存在していた。


 二足歩行する四本足の獣。そうとしか表現できないモノだ。

 犬か狼かは解らないが、ピンと伸びた耳に長いマズルを持ち、犬歯が存在する。

 アニメや創作絵本に登場する、少女を襲うオオカミの擬人化そのものだ。


『なんだこれ?』

『どうせAIが作り出した幻だ!』


 素っ頓狂な声を出したテッドにマイクが言い返す。

 それと同時にマイクも草むらを飛び出し、銃を構えて射撃した。

 至近距離で猛烈な銃撃を喰らった全身黒尽くめの男達は、血を流して死んだ。


 ただ……


 ――こっちも同じ姿だ!


 テッドもオーリスもそう思っていた。

 身体中に墨染めのような黒い生地を巻き付けた男達は、弓を構えたままだ。

 疱瘡に冒される者を射殺して歩いていた男達は、至近距離で銃撃を受け続けた。


『さっきの女はどうした?』


 エディの声が無線に流れる。

 テッドは周辺をキョロキョロと探してみたのだが見つからない。


『見当たりませんね! 良く出来たAIです!』


 皮肉混じりにそんな言葉を発したテッド。

 ただ、そんな言葉が終わった直後、視界の中に緩い衣装を着た女が姿を現した。

 頭の上に犬の耳が付いているような姿の女だ。耳以外は違和感が無い。


 ただ……


 ――――#&%! #&%! #&%*+@!!


 明らかに何らかを訴えている。

 その表情も仕草も、命永らえる事を望んでいるのだと解る。

 その女性は余りに痩せた姿だ。完全な栄養失調状態だ。


 スリムでスレンダーとはほど遠い、病的に細い姿。

 何らかの病に冒され死を待つだけなのだとすぐにわかるのだが……


『逃げたというのは考えにくい』


 エディは突然妙な事を言い出した。

 どういう事だ?とテッドは思考を加速させるのだが、結果は出ない。

 逃げる事が無いってどういう事だろうかと頭を捻るテッド。


 しかし、そんな事を考えている理由は唐突に消え去った。

 先ほどまで弓を構えていた連中が、闇雲に弓を放ちつつ草むらへと飛び込んだ。


『奴ら逃げる腹だ!』


 テッドはついカッとなって草むらに向け銃を乱射した。

 各所から鈍い声が漏れ、同時に倒れ込む音が響いた。


『同士撃ちに気をつけろ!』


 マイクの声が響き、テッドは我に返った。

 新兵教育で散々やったIADを思い出すのだが。


『よし! ターンオーバーだ! とにかく全滅させるぞ!』


 エディはそう指示を出し、全員が一斉に向きを変えた。

 攻勢進行方向がひっくり返ったのだ。


 とにかく銃を撃ちながら、点では無く面で圧して前進する。

 散々と繰り返された面接触、面圧倒の技術を全員がシミュ上で学ぶのだった。

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