小型艦のブルース
~承前
「あ~ぁ……」
呆れたように呟いたヴァルターに、テッドはニヤリと笑いかけた。
「変な声出すなよ」
「そうは言ったってよぉ」
ふたりの眼前には、母なるニューホライズンが見えていた。
艦内の体感時間では、まだ5日しか経過していない筈だ。
だが、ふたりの視界に浮かぶ時刻表示は、シリウス時間に切り替わっていた。
「もう10月だってよ」
「しかも11日だぜ」
顔を見合わせてウンザリ気味なテッドとヴァルター。
ただ、ウンザリしているのはこのふたりだけではない。
中隊全員が乗り込んだドーヴァーはとにかく小さいのだ。
結果論として艦内の一体感は強く、全員が家族のような船だ。
そんな船に乗り込んだ501中隊は、全員がお客さんのようなものだった。
「乗組員総数288名だってよ」
半ば呆れたような物言いのオーリスは、艦内食堂でそうぼやいた。
キチンとしたオフィサーデッキもあるが、501中隊には食堂が宛がわれた。
「艦長以下、士官は30名。下士官以下258名。こじんまりとしてるね」
食堂の中で紅茶など飲んでいるウッディは、ぼやく訳でもなくそうこぼした。
決して文句がある訳ではない。ただ、今までとは余りに落差が酷すぎるのだ。
個室を宛がわれているのは、艦長と副長である戦闘班長のみ。
航海長や機関長は二人部屋をシェアし、それ以下の士官は四人部屋をシェアだ。
一般の下士官は三段ベッドを2交代で使い、水平たちは無重力な休眠室で眠る。
壁にフックされた寝袋は、慣れさえすれば快適な寝床とも言える。
全てが効率的に配置され使われている船だ。
艦の何処を探しても、全くと言って良いほど無駄が無い。
ただそれは、乗組員の献身的な自己犠牲と忍耐によって維持されていた。
「七つの海を制し、太陽の沈まない王国になった大英帝国の海軍さ」
自嘲気味に言ったエディは、優雅な仕草で紅茶に砂糖を入れた。
その姿は紛れもなく、意地と心意気で生きるジョンブルだった。
「俺たちはあくまでお客さんだからな」
「しかも、ある意味じゃ招かれざる客かもしれねぇぜ」
オーリスのボヤキにジャンがそんな言葉を返した。
好むと好まざるとに関わらず、巨大な意志の歯車に組み込まれていた。
「で、これから戦闘っすかね」
軽い調子のロニー。
全く気負っていないのは、頭が軽いからか性格か。
その両方かもしれないとデッドは思うのだが。
「その前に訓練さ」
アレックスもまた気負っていないのだが、緊張とは違う空気だった。
艦内食堂にあるモニターには、艦の位置が表示されている。
ドーヴァーはシリウス側の高速船をエスコートしてシリウスへ帰ってきた。
ワスプを含む連邦軍艦隊は超光速でグリーゼへ向かった。
それを見届けたシリウスの高速船は、ニューホライズンへ戻ってきたのだ。
「まさか俺たちがここに居るとは思ってねぇよな」
「ヘカトンケイルなら気付いてるんじゃないのかな」
マイクもまた軽い調子で言ったのだが、ウッディはそんな言葉を返した。
普通では考えられない超常の力を持つという者達ばかりだそうだ。
それこそ、なにか魔法のような千里眼で、全てお見通しかも知れない。
「まぁ、ヘッキーにばれていても、闘争委員会が把握していなければそれで良い」
緩い調子でそう切り出したエディは、全員の視線を集めるように手を上げた。
艦内食堂に集合している501中隊が注目する。
「さて、先ずはシミュレーターで訓練する」
エディはそんな言葉を吐きつつ、モニターを切り替えた。
そこには、艦内のカーゴデッキに設置されたコンテナが映っていた。
「最後に積み込んだコンテナには、我々向けのシミュレーター機材があらかじめ設置されている。その目的は、忘れてしまった地上戦の勘を取り戻す事だ」
エディの言葉を聞いていたテッドとヴァルターは、思わず顔を見合わせた。
あの地獄の底のような地上戦は歓迎しない。したくない。しようとも思わない。
その日の最後にまだ生きている事を神に感謝した日々だった。
同時に、何故楽に殺してくれなかったと悪態の一つも吐きたくなった。
来る日も来る日も、爆発物の炸裂音と高サイクルな銃撃音を聞いた。
時には断末魔の悲鳴や、世を呪う最期の言葉を聞いたりもした。
それら全てが渾然一体となって奏でられていた、地獄の戦場交響曲だ。
「あの……」
ウッディが怖ず怖ずと手を上げた。
「自分は地上戦の経験がありません」
「俺も無いです。というか、歩兵経験すらありません」
ウッディに続きディージョもそんな事を言った。
そしてそれにロニーが続いた。
「生身の頃に戦闘なんかした事ねぇっす。マジでやるんすか?」
軽い調子の言葉だが、テッドもヴァルター笑うだけだった。
考えてみれば、現状の501中隊では地上戦経験者の方が貴重だ。
おまけに、百戦錬磨な下士官上がりのドッドもまだ復帰してきていない。
この状況で激しい地上戦は行いたくないのだが……
「未経験な者が居るのも折り込み済みだ。地上戦経験者であるテッドとヴァルターに手本を見せて貰えば良い。なーに。すぐに慣れるさ」
エディの言葉にテッドは戦慄した。
そして、口数が極端に少なくなったジャンやステンマルクやオーリスを見た。
エディ率いるマイクとアレックス、そしてリーナーは地上戦経験者だ。
だが……
――あの3人も地上戦経験が無いんだ……
つまり、エディ直下の3人以外だと、地上戦経験者はテッドとヴァルターのみ。
ロニーやジャンはシェルから始まっているに過ぎない。
そしてステンマルクもオーリスもエンジニア上がり。
「ヴァルター……」
隣に座っているヴァルターと顔を見合わせたテッド。
ふたりとも酷く引きつった顔をしているのだが……
「ロケットランチャーでシリウスロボをぶっ壊して歩いたお前達が役に立つ」
マイクはテッドとヴァルターを指さしてから笑った。
正直、勘弁してくれと泣き言のひとつも言いたくなるタイミングだった。
「まぁいい。話を先に進めよう」
エディはモニターの画像を切り替えた。
「シミュレーターの中はこうだ。シェルのコックピットとは…… まぁ大して変わらない構造だな。頸椎バスのコネクターはここに有る。これでバスリンクしてシミュレーター世界へと落っこちる。架空世界だが脳に送られる情報はかなりリアルなものだ。全員一度は経験しているだろう」
ニヤリと笑うエディの笑みは、凶悪な色を帯びていた。
それはつまり、酷い事になるぞ?という脅しのようなものだった。
「なに、難しく考えることはない。ビデオゲームで遊ぶようなものだ」
そうは言ってもエディの事だ。
録な事にはならないトラップを、しれっと用意してあるはずだ。
困難が人を鍛えると信じているのだから、そんな仕掛けが無いわけがない。
「無駄話をしている時間はないぞ。事態は進んでいるんだ。サクサクやって先に進もう。なにせ我々は――
エディは両手を広げて全員に注目を促した
――敵の目を欺いてここに居るんだ。それを一秒たりとも忘れないでくれ」
エディの言いたい事はひしひしと伝わってきた。
敵を欺くだけでは無い、敵だけを欺くわけでも無い。
そしてそもそも、敵はシリウスだけでは無い。
エディが立っているポジションは、想像するだけで目眩を覚える様な所だ。
シリウスにも地球にも、敵と味方の両方がいる。そしてその中間も。
そんな環境でエディは綱渡りをし続けているのだった。
「じゃぁ、はじめよう」
エディに促され全員が席を立った。
事態は動いているのだから、それに合わせるしかないのだ。
「さて、状況を楽しもう」
珍しくリーナーが口を開いた。何となくそれが嫌な予感を増幅する。
背筋に寒気を覚え表情を曇らせたテッドは、微妙な顔でヴァルターを見た。
その言いたいことを理解したのか、ヴァルターもウンザリ気味な顔になった。
ふたりしてドーヴァーのカーゴデッキへと向かうのだが……
「気がのらねぇな」
「全くだぜ」
小さく溜息を吐きつつカーゴデッキのハッチを潜ったテッド。
目の前に積み上げられたコンテナには、幾つも太いケーブルが繋がっていた。
莫大な電力を使うらしいのだが、それはシミュレーターを動かすスパコン用だ。
ステップを上がってシミュレーターシートに座る。
その椅子から見える景色は、まるでシェルのコックピットだ。
頸椎バスへハーネスを繋げば、視界にはログインするか?と文字が浮かぶ。
「全員ダイブを開始してくれ。上空で会おう」
――上空?
エディの言葉を理解しきらなかったテッドだが、構わずログインした。
世界がグルグルと回り、一瞬だけオールブラックアウトを起こす。
だが、その直後……
――えっ……
パッと切り替わった視界の中は、ガタガタと揺れる小型の航空機内部だった。
野戦準備を整えているエディが目の前にいた。ただ、その姿は余りにも異形だ。
全身を覆う鎧のようなアーマーウェアは、つや消しな漆黒だ。
片手に持っているヘルメットは、バンデッドなど航空機用のモノにも見える。
だが、そのヘルメットにバイザーは一切無く、外が見えないとテッドは思った。
背中に背負っている兵器は、かつて地上で使った自動小銃とは全く違う。
12.7ミリの大型高速弾頭を使った高性能ライフルだ。
かなり重量があるモデルで、生身ならば取り回しに苦労すると思われた。
「全員揃っているな?」
エディの最終確認に全員がそれぞれ返答を返した。
僅かに頷いたエディは、片手を上げて全員の視線を集めた。
「コレより地上戦訓練を行う。先ずは地上降下だ。我々は空挺降下を行う。いくらでも失敗して良い。普通は失敗すれば地面に叩き付けられ即死だが、シミュレーターの中では死ぬ事は無い。せいぜい、全身に痛みを感じて激しく後悔する程度だからな。出来る様になるまで繰り返す事になる。これがサイボーグの強みだ」
事も無げにそう言いきったエディ。
激しい日々になるんだとテッドは覚悟を決めた。
ただ、そんな覚悟など全く役に立たなかった。
それを理解するまで、それほど時間も掛からなかった。
地上戦は甘くない。
まぎれもないその現実が、容赦なく襲い掛かってきたのだった……




