表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
190/425

人が使えるたった一つの魔法

長くなりましたが、今章は次で終ります


 コロニー『ナイル』の1番ポート。

 そこは外宇宙向け超光速船専用の岸壁だ。

 重要な機能を持つその岸壁にはこの日、ワスプの姿があった。

 続々とナイルから物資を集め、その船倉へと荷物を積み込んでいる。


 そして、ワスプに積み込んでいるのは食料や補修物資だけでは無い。

 宇宙の彼方への片道切符になりかねない危険な航海へ志願した乗組員達もだ。

 まだフレッシュなナゲット(ひよっこ)からヴェテランまで、様々な人種が揃っている。


 ――こりゃスゲェや……


 その作業を見守っていたテッドも感嘆の言葉を漏らすほどだ。

 夥しい物資が続々と運び込まれ、巨大な船倉がみるみると満ちていく。

 その作業の整理に当たっているのは、ビゲンを使うウッディとディージョだ。

 船内ではオーリスとジャンが作業に当たっていた。


 ――コレが正しい使い方だよな


 かつてのニューホライズンで見た光景と一緒だ。

 作業用のパワーローダに装甲を施したのがシェルなのだから、これで良いのだ。

 人間の限界を遙かに超える速度で飛び、戦闘を行う為の兵器では無い筈だ。


 ――先祖返り……ってな


 ブツブツと呟いているテッドは、胡乱な目でその作業を見守っていた。

 本来は安全確保の為の見張りなのだが、そんなのはただの大義名分でしか無い。


 前夜、テッドはリディアと()()()()を過ごした。

 実際は眠くて仕方が無い。だが、胡乱な眼差しの理由はそこでは無い。


 ――リディア……


 テッドの見つめる先にはリディアが居た。

 リディアだけでは無く、ウルフライダーの全てが揃っていた。


 そして、ウルフライダーの向こうには、白い衣装の男女が立っていた。

 ヘカトンケイルの始まりの8人がそこに居た。

 クロス・ボーンの積み込みに立ち会っていたのだ。


 ――チキショウ……


 悔しさをどうにも御せないテッドはイライラとしている。

 そんな状態では作業などさせられないと言う事だ。

 地上クルーが怪我でもされたらたまらない。


 そんな配慮が働いていた。全てはエディの手配だった。

 己の至らなさに身を焼かれながらテッドは思った。

 何処までも冷徹で無ければならない……と。









 ――――――――コロニー『ナイル』外宇宙向け岸壁。

           シリウス協定時間 2250年4月28日











『作業は終わったか?』


 エディの声が無線に流れた。中隊の面々が各々に返答を返す。

 各セクションで便利に使われていたメンバーは、大半が作業を終えた。

 シェルが身体の一部ではなく身体その物な連中だ。その作業は早い。


『よし。こっちも今、クロスの準備を終えた。順調だ』


 エディは地球連邦側の代表として積み込みに立ち会っていた。

 ヘカトンケイルの面々と顔を合わせるのも重要だったのだろう。

 それを遠目に見ていたテッドは小さく舌打ちして頭を掻いた。


 ――チキショウ……


 どれ程悔しがっても……

 どれ程嘆き悲しんでも……

 解決しない事態は確実に存在する。


 ならば上手く付き合うしか無い。

 大人の分別で上手く諦めるしか無い。

 先々を見越して、ジッとチャンスを待つしか無い。


 ――上手く振る舞え……か


 エディが常々っている事をテッドは実感した。

 どれ程の困難を乗り越えてエディはあそこに居るのだろう?

 そんな事を思ったテッドは、小さく溜息をこぼす。


「………………………………ッチ」


 もう一度舌打ちして、そして岸壁の壁を蹴った。

 やり場所の無い苛立ちが容赦なくテッドを攻め立てた。


 もう最後の別れを済ませたはずなのに……


 そんな己の至らなさもまた、テッドの心の傷を膿ませた。

 人は流した涙の数だけ精神的に強くなると言う。

 だが、サイボーグは涙を流せない。

 だから、強くなれないかもしれない……


 ――こんなに弱い人間だったんだな

 ――俺は弱い……

 ――弱すぎる……


 もう一度小さく溜息をこぼし、テッドはグッと奥歯を噛んだ。

 焦燥感に身を焼かれ、どうにもそれをかわす事が出来ない。

 きっとエディはこんな状況を幾度も経験した筈だ。

 手を出したくとも出せない状況を乗り越えてきたはずだ。


『あと2時間後にセレモニーだ。全員正装で準備しておけ』


 エディの指示が飛んだ。

 ワスプの出発を見送るささやかなセレモニーにはシリウス側も同席するという。

 確実な出発を見届け、厄介払いを確実なものにしたいのだろう。


 ――なんともケツの穴の小せぇ連中だぜ


 無線の中に『了解』の言葉を返し、テッドはワスプの私室へ向かった。

 士官向けの礼装は私室においてあるのだ。


 ワスプ艦内へと入る途中、テッドはリディアと目が合った。

 リディアはまるで他人のフリでもする様にそっぽを向いた。


 ――それでいい……


 テッドも反応らしい反応を返さなかったし、見せなかった。

 同じ失敗は繰り返さない。もう二度と繰り返さない。

 そんな思いがテッドの内心を埋め尽くしていた。


 ――チキショウ……


 小さな声で呟いて艦内へ入ったテッドの耳に泣き声が聞こえた。

 怪訝な顔で辺りを確かめても誰も居ない状態だ。


 テッドは無意識に気配を殺して空気の様になった。

 ニューホライズンの地上で何度も経験した事が役に立った。

 己の気配を殺し、相手に油断を誘わせるのだ。


 ――なんだ?


 一息あって、どこかからギターの音が聞こえてきた。

 音を押さえているが、それは間違い無くギターの音だ。


 ――――泣くなよ

   ――――だけどよぉ……

 ――――仕方ねぇ 金の為だ

   ――――あぁ、分かってる 分かってる

 ――――フードスタンプじゃ娘の()()()も買えやしねぇ

   ――――家に帰ってよぉ 娘と姪っ子の見分けがつかねぇんだよ

 ――――じゃぁ おめぇ……

   ――――ん……

 ――――Look(こっちを見ろ)……

   ――――

 ――――いま全てを手に入れるたった一度のチャンスが目の前にある

   ――――あぁ

 ――――トンデモねぇ大金が手に入るんだぜ?

   ――――あぁ

 ――――それを前にしてお前は戦うのか? それとも逃げ出すのか?


 ギターの音は単調なリズムを刻むばかりになった。ラップだとテッドは思った。

 あまり好きなジャンルの音楽では無いが、それを好む者達は確実にいる……


 ――――俺だってびびってる

 ――――膝だって笑ってる

 ――――掌は乾いてからからだ

 ――――喉だってからからだ

 ――――パンツの中にはちびっちまって

 ――――油断すりゃでっけぇ奴が出てきかねねぇ

 ――――余裕ぶってる様に見えるけど

 ――――ぶっちゃけ俺だって余裕はねぇ


 間を持たせる『YO』が聞こえた。

 テッドは無意識にリズムを取っていた。


 ――――飛んじまえばそれで終わりだ

 ――――気がつきゃみんな歳を喰ってる

 ――――俺の分は誰かに喰われて

 ――――いつまで経ってもガキのままだ

 ――――未来がねぇのは俺も一緒だ

 ――――時間はドンドン過ぎてきやがるし

 ――――俺たちゃジジィへ一直線だぜ

 ――――家族と離れりゃ本気でつれぇ

 ――――金がねぇのはもっとつれぇ

 ――――今さら地上で仕事なんかねぇ

 ――――人生やり直すにゃもうおせぇ

 ――――何をするにももうおせぇ


 気が付けばテッドはその音に引かれて歩いていた。

 デッキから入った階段の隅で黒人の若い男がふたり、うずくまっていた。

 ひとりはめそめそと泣いていて、もう一人は必死で励ましていた。


 ――――当たりのカードがやっと来たんだぜ

 ――――ポーカーなら一発逆転

 ――――勝ち札が目の前にあるんだぜ

 ――――全てを注いで勝負に勝とうぜ

 ――――今やらなきゃいつやるんだ

 ――――手遅れなのを取り返すなら

 ――――デカイ勝負が必要なんだぜ

 ――――このチャンスは絶対手放すな

 ――――この一発でケリを付けてやれ

 ――――人生で何度も出来る事じゃねぇ

 ――――チャンスは一度きりなんだ……


 ここまでラップを刻んでいた男がテッドに気が付いた。


「すっ! すいません! 少尉!」

「あ、いや、邪魔して悪い」

「……いっ いや…… あの……」

「サボってたんじゃ無いのは解ってる」


 相手を落ち着けさせる為にテッドは精一杯の言葉を並べた。

 頭の中が真っ白になって、普段なら口を突いて出る言葉がスッと出てこない。

 場数と経験を積み重ねていない若者だから……で済む問題ではない。

 士官は寝ても起きても士官であって、統率の義務を負うのだ。


「申し訳無いが…… 始めてラップを良いと思ったよ」


 率直な言葉がテッドの口から出た。

 体当たりでぶつかっていく姿勢は、当たり外れが大きいモノだ。

 だが、この時は吉と出た。緊張していた若い黒人の男は笑顔になった。


「奴隷の音楽です……」

「それなら俺だって歌えるぜ?」

「え?」

「おれはシリウスで奴隷だったのさ」


 ギターを取り上げたテッドは近くのステップに腰を下ろした。

 そして、ギターを足に乗せ、音を押さえて弾き始めた。


 ――――夢見た未来はどこへ行ってしまったんだろう?

 ――――夢の欠片をけってみなよ ほら魔法なんて無いのさ

 ――――君は言う いつも青空ばかりじゃ無いって

 ――――君は言う たまにはやる気だってどっかに消えるって

 ――――そんな君をみていたら

 ――――ボクもやる気を失っていく


 シリウスの地上を耕した農夫達が誰とも無く歌い出した唄。

 これと言った伴奏が決まっているわけでも無く、皆が思い思いの音階を付けた。


 ただ、シリウス開拓のはじめの頃から歌い継がれている農夫の歌だ。

 開拓に汗を流した、拓殖に夢を見た者達の唄……


 ――――君は死ぬ順番を待って生きてるんじゃ無い

 ――――君は作り笑いで強がる為に生きてるんじゃ無い

 ――――時には泣いたって良いんだ

 ――――時には大笑いするときのために

 ――――人生がずれてしまったって良いじゃ無いか

 ――――進んでさえいればどこかへ辿り着く

 ――――望んだモノじゃ無いかも知れないけど

 ――――何もないよりかは余程良いだろ


 テッドは笑顔で歌っていた。

 全てを忘れ、この一瞬が楽しいと感じた。


 ――――今日はたまたまついてない日だ

 ――――君は酷く落ち込んでるけど

 ――――今日はたまたまついてない日だ

 ――――そんな日だってあるさ


 黒人のふたりがハッとした表情になった。

 その歌を思い出したのかも知れない。

 気がつけば人だかりができて居て、誰とはいわず手を叩いていた。

 リズムを取って一体になっていた。


 ――――どんなに酷い雨だって

 ――――雲上には青空があるのさ

 ――――きっと順番なんだよ

 ――――休日に青い空を見上げる為だ

 ――――泣き言を言って泣いたって良いんだ

 ――――ついてない日なんだから


 何も無いシリウスで生きていく者たちの悲哀。

 歌っている張本人のテッドは、初めて歌の意味を知った。

 どうやっても逃げられない厳しい現実は確実にある。

 だからそれをどうやり過ごすか。


『音楽は人間が使える魔法なんだよ』


 いつか何処かで誰かが言った言葉。

 テッドはそれを実感した。


 ――――時々は全てが上手くいかなくて

 ――――そして世界が上手く行かなくなる

 ――――元に戻すなんて出来ないさ

 ――――だけど君なら、きっと強くなれるよ

 ――――そうだろ?

 ――――僕は間違ってなんかないさ


 明るい声で歌ったテッドはハッと気がついた。

 十重二十重に取り囲んでいた兵卒の向こうにヘカトンケイルが立っていた。

 やや離れた場所でテッドの歌を聞いていたのだ。


「……あなたがなぜその歌を知っているの?」


 やさしい女性の声だった。

 うら若い女性の声にも聞こえるモノだった。


「あ…… あの……」


 やや取り乱したテッドの姿を見て、多くの兵卒たちがそれに気がついた。

 すぐ目の前にシリウスの象徴が立っていたのだ。

 自然に人込みが割れていき、テッドは数歩あゆみ出た。


「テッド君。紹介しよう。こちらは私の妻、ライカだ」

「はじめまして。テッド・マーキュリーと申します」


 テッドが言った『マーキュリー』の言葉にライカの表情が僅かに変わった。

 注意して見ていなければ分からないレベルの変化だったがテッドは確信した。


 ――この人がエディの母親だ!と……


「僕は…… シリウス人です」


 テッドがキッパリと言い切った言葉に兵卒の間からドヨメキが起きた。

 だが、テッドはそれを気に止める事も無く話を続けた。


「本当の父はニューアメリカ州の片田舎の保安官でした。カウボーイをしながらでしたが。シリウスを牛耳る者たちの横暴に耐えかね、連邦軍に志願しました」


 迷う事無くキッパリと言い切ったテッドは、最初に歌っていた二人を見た。

 そして、自らもそうであると言わんばかりに胸を張って言った。


「シリウスを変えるチャンスだと思ったんです。だから、逃げ出したくなかった」


 全ての音がそこから消えた。

 堂々とヘカトンケイル批判をしたようにも受け取れる言葉だった。

 だが、テッドは迷う事無くその言葉を口にした。


「シリウスの貧しい農夫でした。その日食べるものにも事欠く少年時代でした。何も無い毎日の中で育ちました。だから、チャンスを掴んだと思ったんです」


 迷う事無くそう言いきったテッドの言葉は、聞いていた者たちの胸を打った。

 ラップを刻んでいた黒人の若者も、取り囲んでいた兵卒たちも。

 もちろん、ヘカトンケイルの男女も。


「そうか……」


 フィットは一言だけ、そう言った。

 その後ろに居たリディアが涙を流していた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ