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黒い炎  作者: 陸奥守
第二章 後退の始まり
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甘き死の訪れ

 ――――リョーガー大陸 ニューアメリカ州 サザンクロス北東200キロ

      ルドウシティ シリウス標準時間 5月2日 0300





 疲れ果てて泥の様に眠るジョニーの意識を何者かが叩き起こした。

 野戦テントの中。兵員ベッドの上で熟睡していた筈なのだが、その『何か』を理解視した瞬間、ジョニーは圧縮されたバネが延びるように飛び起きた。


「なんだよいきなり!」


 何処からか聞こえる爆発音と激しい銃撃音。下っ腹に響く重低音の衝撃は戦車砲か野砲のどちらかだ。慌てて野戦アーマーを着込みヘルメットをかぶってテントを飛び出したジョニーが見たモノは、シリウス軍の装甲パワーローダーより一回り大きな姿をした、全身にライトを取り付けてある二足歩行ロボットだった。


「おいジョニー! アレなんだ?」


 一息遅れてテントを飛び出したヴァルターが叫ぶ。だがジョニーだってその正体を理解できる訳でもない。ただ、一つだけわかる事は、その『眩い姿』をした巨大二足歩行ロボットが『敵』だと言うことだけだ。


「じょーだんじゃねーぞ!」


 最後に出てきたドゥバンが叫ぶ。どう見たって作業用パワーローダーなんかじゃ無い。最初から『戦闘兵器』として作られた、巨大なパワードスーツだった。


「とりあえず車に行こうぜ!」


 ヴァルターが叫んで新兵三人が走り出す。その直後、3人が寝ていたテントに砲弾が打ち込まれ爆発を起こした。テントの中に爆発物が無かったのだから榴弾なのは間違いない。最初から兵員を殺す気で攻撃を始めたそのロボットは、手当たり次第にテントの破壊を始めた。


「あっちもマジになりやがった!」


 ドゥバンの叫びに怒気が混じる。戦車砲並みの威力を持つ砲を乱射しつつ、ロボットは手当り次第に戦闘車両を破壊して行った。ややあって連邦側の戦車が始動し始め、ビルの隙間を縫ってロボットに対し攻撃を始めるのだが、胴体部に着弾した戦車砲は見事に弾かれてしまっている。


「おいおい! なんだよそれ!」


 息が上がり始めた3人はようやく装甲車のところへとたどり着いた。すでにエディ達が装甲車を起動し始めていて、その隣ではブルーサンダーズが出撃準備を整えつつあった。


「散開陣形で事に当たる。全員ぬかるなよ!」


 アレックスが檄を飛ばし、それぞれに車輌へと乗り込んだシリウス義勇軍の新兵3人は、自分の持ち場について出撃を待つ。


「全員その場で聞け」


 ジョニーの被ったヘッドセットの中にいきなりエディの声が響いた。


「今から戦う相手は、おそらくヘカトンケイルの50人が昼間の演説で漏らしたシリウス側の新兵器だろう。甘き死がどうのこうのと高飛車だったが、実際にはもっとヤバイ相手だろう。全員絶対に抜かるな。我が中隊は敵の撃退よりも脱出を優先する。行くぞ!」


 エディの声が終わり1号車を戦闘に全車が動き始めた。狭い路地を走り回り、構わず瓦礫を踏みつけ、そしてロボットの裏を取った。


「砲弾は効かないだろう。荷電粒子砲モードだ」


 エディの指示でドッドは砲弾を抜き砲の口径を絞って出力を目一杯に上げた。エンジンが唸りを上げ、加速器が鈍く唸る。自動装填機の脇で陣取るジョニーは、振り回されないようにグリップを握り締め衝撃に備えている。


「ぶっ放すぜ!」


 ドッドの声と同時に初弾が放たれた。

 口径88ミリ、内圧255倍の最大出力だった。


「よっしゃ!」


 弾着距離80メートルほどでロボットの胸部を捕らえた荷電粒子の塊が装甲を打ち抜いたようだ。ロボットは膝を付いて動かなくなった。全高5メートルほどの見上げるようなサイズだが、人が乗り込んでコントロールするなら胴体上部以外にコックピットは考えられない。


「次だ! 次!」


 エディが叫びマルコが車を発車させる。各所で荷電粒子砲を持つ戦闘車両が善戦しているが、ロボットの正面側には強い磁場のバリアがあるようで、荷電粒子の塊は完全に弾かれてしまっている。そして、実体弾頭である砲弾はぶ厚い装甲に阻まれていた。


「裏を取らなきゃダメだって事だな!」


 アクセルを床まで踏んだマルコは崩れ掛けたビルとビルの隙間を縫って裏を取りに掛かる。戦域情報モニターを見ながら敵ロボットの攻撃範囲を避け、とにかく有利な位置を取らねばならない。


「なんだかあっちも高機動型だな」


 ボソリと漏らすたドッドの声に不安さがにじみ出ている。結構な速度で走っている装甲車だが、ロボットもまた驚くほどの俊敏さで大地を走っていた。それはまるで巨大な兵士が地上を走っているかのようでもあり、また、巨大な死神が次の獲物を探しているようでもある。


「あんまり楽しい戦闘じゃねーな!」


 ロージーの言葉にジョニーは表情をゆがめた。楽しい戦闘とはどんなのだろうと考えたのだが、一方的に敵を屠る戦闘を楽しいとは思わない。少なくとも楽しんで人を殺すのは間違っていると、そんな事を思っていたのだが。


「アンディーより1号車!」


 無線の中にブルーサンダーズのアンディー中尉が連絡を入れてきた。

 エディはすかさず返答を返すのだが。


「敵ロボットに肉薄戦闘を仕掛けます。周りから見ている分には、おそらく頚部裏手よりエントリーする構造に見えますので、そこをパイルバンカーで叩いてみますので」

「了解した。ただ、無茶はするな」

「はい!」


 ロボットの正面側へハンドルを切ったマルコ。その意図は間違い無く囮だとジョニーは思った。何も言わずにナビゲーターシートのトップハッチを開け、M2を使って気を引き始める。


「ジョニー! ヤバイと思ったら引っ込めよ!」

「イエッサー!」


 エディの言葉に返答し、ジョニーは遠慮なく打ち続けるのだが、ロボットの装甲はそんな事を問題にしないほど頑丈なようだった。まるで蚊が煩いとでも言わんばかりに左腕をかざし、そこに装備されていた砲を1号車に向けている。


「マルコ! 直撃を貰うなよ!」

「おっけー!」


 広場を横切りつつ急制動を掛けてターンし、砲の照準を外そうとランダムな機動を繰り返すマルコ。しかし、照準がそう簡単に外れるわけも無く、マルコが陣取る運転席にもエディが座るコマンダーシートにも、レーザー照準の受光警告が浮かび上がっている。


「アッハッハ! ピンチだな!」


 引きつった笑いを浮かべるドッドはターレを廻し、HEAT弾を選択してロボットの腕を狙った。その弾道を僅かな動きで交わしたロボットだが、砲の照準を一旦切るには十分な時間だった。

 そしてその僅かな隙にアンディー中尉は背後に取り付いた。コックピットハッチにパイルバンカーを密着させ、その中へ向かって一撃を加える。その直後、ロボットは糸の切れた操り人形の様に前へと倒れ、その動きを止めてしまった。


「よしよし! 絶対無敵って事ではなさそうだな!」


 上機嫌になったエディは戦況情報モニターに弱点を挙げていく。そして、戦域モニターへ目をやった時、不自然に20近い敵の表示が固まっている場所を見つけ、そこの情報を拡大した。そこは、戦車整備大隊が陣取る戦闘車両の修理作業エリアだった。


「全車! 戦車整備大隊を支援する! 急げ!」


 金切り声を上げたエディ。マルコはアクセルをべた踏みにして急ぐ。途中、偶然にもロボットの背後を取ったのでドッドが一機破壊し、1号車のスコアは2機になった。リーナーの陣取る2号車が1機破壊。3号車と4号車も2機ずつ破壊しているので501中隊だけで7機を破壊した事になるのだが……


「ルドウに侵入したのは全部で何機だ?」


 エディはモニターを苛立たしげに操作しながら、戦術支援情報を探した。同じタイミングでロージーもその情報を探していたらしく、ほぼ同時に同じ情報を掘り当てたようだった。


「エディ!」

「あぁ。俺も見ている」

「全部で65機とか洒落にならないぜ!」


 怒鳴り声に近いロージーの声が響き、ジョニーは肩を窄めた。トップハッチから身を乗り出していると視界が素晴らしく良い。その中では連邦軍戦車と打ち合っているシリウスのロボットが見えていた。


「あっちは1000メートル以上の距離からこっちの戦車を破壊しています!」

「だろうな」


 コマンダーシートの映像を見ているらしいエディが唸った。


「向こうは戦車の上面を文字通り上から叩ける。正面装甲なら弾き返せても上面装甲では撃ち抜かれるだろう」


 その言葉ど同時に複数の戦車が砲等部分の上部を撃たれ爆発を起こしていた。一方的な蹂躙といえる攻撃に歯軋りをして悔しがるジョニー。エディはそのジョニーのケツを叩いて頭を引っ込ませた。


「ジョニー! こっからが根性の見せ何処だぞ!」

「ここから?」

「そうだ!]


 街の中心部。広大な広場に出た1号車は目を疑う光景に出くわした。

 なんと、広場を囲むようにして円環状に並んだロボットは、広場の中心でクレーンを組み立て戦車を整備していた整備大隊の人間を皆殺しにしていたのだった。一人も逃がさんとばかりに砲だけでなくガトリング砲まで使った一方的な攻撃は、凄惨という表現ですら生ぬるいシーンだった。


「お背中ばっちりだぜ!」


 怒り狂ったような声のドッドが次々と砲撃を始めた。

 全く警戒していなかったらしいロボットを立て続けに3機破壊し、4機目の背中に荷電粒子砲を叩き込んだところで周囲のロボットが気が付いたらしい。だが、違う角度から攻撃を開始した501中隊の装甲車によって、シリウスのロボットが次々と破壊されていく。


「ザマーミロ! 七面鳥ウチだぜ!」

「ぶっ殺せ!」


 マルコとドッドの息が合って、次々とシリウスのロボットを破壊していくも、敵の数が多すぎて埒が明かない。立て続けに8機を破壊したところで、シリウスのロボットは一斉に回れ右をした。


「ヤバイぞ! ズラかれ!」


 エディはそう叫びつつ、戦域モニターに敵影を探した。西側エリアに敵の姿は無く、これなら行けるだろう!とマルコに指示を飛ばした。


「全車! 勝手に死ぬんじゃ無いぞ! 西側荒地に集合しろ! 生き残る為にだけ戦え!」


 周辺に次々と砲弾の雨が降る中、1号車は街を飛び出し荒地へと向かった。ふと振り返ったジョニーは見た。街が燃え盛っているのを。そして、その炎の中に間違いなく連邦軍兵士がいて地獄の業火に焼かれているはずだった。


「この仇は必ず俺が取る。先にヴァルハラへ行っているといい」


 ジョニーと並んで後部を振り返ったエディ。

 腰に下げていた拳銃を抜き、頭上へ数発発射した。

 ジョニーはハッと気が付く。これはエディの礼砲だと。


「ジョニー。よく見ておくんだ」

「なにをですか」

「コレが戦争だ」


 奥歯をグッと噛んだエディは、瞬きすらせずジッと紅蓮の炎を見ていた。まるで自分の責任だとでも言うかのように、目をそらす事無く、見守っているのだった。



 そして、やく1時間後。

 脱出に失敗した6号車を現地で処分したブルーサンダーズは、5号車の屋根に乗って集合場所へやって来た。全部で5輌となった501中隊は、ルドウ郊外で現状を確認する。中隊のメンバーの欠員は居ないが6号車を失った。ただし、戦闘力は余り変わっていない。


「ありゃ間違いなくシリウスの新兵器だったよな?」


 何かを確認する様にマイクが呟く。アレックスはゆっくり頷きつつデータを整理していた。


「簡単な計算だが、少なくともあれを一機破壊するのに戦車が3輌要るだろうな」


 大尉二人が零した言葉に、隊員は身を堅くした。

 少なくとも、今までにような勝ち戦は期待出来そうに無い。

 ここから先は縮小後退戦を繰り返す事になるのだろう……


「もしかしてシリウスの連中ってアレを使うために…… 俺たちを足止めして、ついでに多少でも数を減らしておく為に、あんな無茶な、減耗前提の戦闘したんじゃ無いだろうな」


 ロージーは忌々しげに砂を蹴りながら吐き捨てた。

 だが、それはどうやら皆が思っていた事らしい。

 グーフィーも相槌を打って呟いた。


「あぁ。古い兵器を処分する都合もあってあんなひでぇ戦闘しやがったんだな」


 ウンザリとした表情で零し、そして押し黙った。

 そんななか、ブルーサンダーズのブルー特務曹長は戯けるように言う。

 場の空気を入れ換えようと頑張ったと言う所だろうか。


「味方にロケット段打ち込むとか狂気の沙汰だぜ」


 消耗品のように使われるブーステッドの生き残り達だ。

 その言葉には迫真の重みがあった。そして、ブルーに続き皆が口々に零し始める。まるで堰を切ったように本音で語る言葉は、苛立ちと諦観に染まっていた。


「しかも、中身は殆どレプリと着たもんだ」

「レプリに生き残りが出ると面倒だったんだな」

「情報の封鎖も重要だったんだろう」

「要するに、デモンストレーションだな」

「あぁ。シリウス側の反撃のために」


 皆がヘカトンケイルを呪う中、エディは砲撃せず静観を決め込む。2時間ほどの戦闘でルドウ中心部の連邦軍臨時前線本部は完全に沈黙し、夥しい犠牲者が出ていた。


「ルドウの街に流れる赤い血ってのはこっち側だったのかよ」


 マイクの言葉を最後に皆が黙ってしまった。

 ふとジョニーはそんなマイクの横顔を見た。怒りと苛立ちに包まれた横顔には、悪魔のような厳しい表情が浮かび上がっていて、復讐に燃える士官の怒れる姿に、背筋が薄ら寒くなる思いだった。


 ふとジョニーはヴァルターを見た。同じように微妙な表情だった。

 シリウスとニューホライズンを巡る苦闘の第2クォーターが始まった。

本日分より2日おきに公開となります。

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