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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
189/425

黒い炎の誕生

今日2話目です

~承前






 地球連邦軍の参謀本部は文字通りに人種の坩堝だった。

 厳しい会議を終えたエディは、ワスプのガンルームへ中隊全員を呼んだ。


 独立闘争委員会のひとりであるクロス・ボーンの治療から3日目の昼。

 その異変は始まったのだった。


「諸君。ちょっと長旅に出る事になった」


 そう切り出したエディは、心底残念そうな顔をしていた。

 忸怩たる思いに焼かれ、口を真一文字に結んだエディ。

 その立ち姿に全員が()()()()()()イメージを持った。         


「……アレックス」


 エディ専任の戦務幕僚状態なアレックスは、書類を広げ全員に見せた。

 真っ赤な持ち出し禁止(アイズオンリー)の文字があるその書類には……


「我々はグリーゼ581へ行く事になった。本来であれば既に往還船が地球へ帰還しているはずだが、未だに返ってきていない。したがって、何らかの事情によりグリーゼが危険な状態に有るか、さもなくば船が故障したかのどれかだ」


 全員がポカンとした顔でアレックスの言葉を聞いているが、そのアレックスもまた苦虫を噛み潰したような表情になった。


「これは非公式な情報だが……」


 そう前置きをしたアレックスは、一つ息を吐いてから言った。

 全身から無念さを滲ませるような、そんな調子でだ。


「先にヘカトンケイルにより治療されたフレネル・マッケンジー少将が思わしくない状況だ。脳構造に深刻なダメージが残っており、その治療をするのだが、先ずそのための技術開発が必要になった」


 ――あ……


 テッドは頭の中で全てを理解した。

 マッケンジー少将の件はただの理由に過ぎない。

 理由など存在すれば良いのだ。


 大切なのはシリウスからエディ達を遠ざける事。

 つまりは、これからシリウスで何かの動きがあると言うことだ。

 それも、シリウス側にとって都合の良い、地球側には都合の悪いことが。


「我々はマッケンジー少将の護衛としてグリーゼへ同行する。併せて、消息を絶った往還船を捜索し、グリーゼの状況を確かめる。そもそもグリーゼは――


 アレックスは機密事項である書類を裏返した

 そこには最重要機密(トップシークレット)の文字があった


 ――シリウスにおける旧先史文明を築いた者たちが向かった先の公算が高い」


 シリウス人なら誰でも知って要る御伽噺だ。

 セントゼロに残されていた巨大な壁画からヘカトンケイルが創作したモノだ。


 遠い遠い昔、複数の国家に別れていた旧先史文明の住人は巨大戦争を経験した。

 その時、多くの国が後先考えずに強力な兵器を使い、地上は荒れ果てたようだ。

 生き残った者達は国家の垣根を越え、地上を脱出して新たな星を目指した。


 巨大な宇宙船が描かれたその壁画には、地上再生のプロセスが残されている。

 何も無い所から生物が生まれる様が描かれ、やがてそれは地上を覆いつくす。

 幾万年もかけて汚染物質を分解し、世界は清浄となる予定らしい。


 ただ、その壁画はヘカトンケイルによって封印された。

 誰にも見せられない結末があると言うが、ヘカトンケイルは黙して語らない。

 一説には、その清浄な世界とは誰も住めない世界だと言われている。

 或いは、浄化の終了がシリウスの寿命に間に合わないとも。

 ただ、最も支持されている説はこうだ。


 ――――()()はここへ帰って来る……


 そんな可能性のある先へ行こうとしていると言うのだ。

 それは事実上の死刑宣告に等しい事だった……


「グリーゼへの往還船は過去4度出航し、そのどれもが帰ってきていない。全てが軍艦艇ではなく一般の超光速船ばかりだった。今回はそこに軍の艦艇を投入すると言うことだ。行った先で戦闘になる可能性が高いので、我々に白羽の矢が立った」


 アレックスは肩を落として笑った。


「要するに、厄介払いだ」


 吐き捨てた言葉に、全員が自嘲気味の笑いをこぼした。

 その理由は言うまでも無いことだ。


「……例の、あの野郎の事で……ですか?」


 不機嫌そうな声をテッドは出した。

 フィット・ノアが治療したのは、フレネル・マッケンジーだけではない。

 同じように宇宙へ曝されたクロス・ボーンもまた治療を受けた。

 だが……


「……あぁ。恐らくはそうだろうな」


 椅子に腰掛けていたエディは三白眼の上目遣いでテッドを見た。

 その眼差しは『察しろ』と言うニュアンスを含んでいた。


 フィット・ノアはキャサリンの件の報復を行なったのだ。

 自らの身体にあるマイクロマシンをクロスへ分け与えた。

 だが、さらにそこへ珪素を取り込んだキャサリンのそれを追加したのだ。


 その結果、クロスの体内で自己増殖を始めたマイクロマシンは暴走した。

 キャサリンと同じく、クロスの体内の抗体を取り込み続けたのだ。

 そして……


「現状、クロス・ボーンの身体は組織の大半がゲル化してしまっている。本人の意識は戻っているようだが、身体を動かす事も喋る事も出来ない状況だ。そして、最も深刻な問題は――


 エディは楽しそうな表情でテッドを見た

 その表情の意味をテッドは掴み損ねて要るのだが……


 ――本人がそもそも体内に持っていたマイクロマシンと激しく衝突していて、脳構造自体をマイクロマシンで強化したクロス・ボーンは、本人の脳がフィットの・ノアのマイクロマシンにより攻撃されてしまっている。つまり、その全てがゲル化するのは時間の問題と言うことだ」


 誰かが『ハッ!』と笑った。テッドももちろん笑っていた。

 ただ、この手で殺せなかった悔しさは残る。

 憤懣やるかたないのだが、時には上手く諦める事も必要だ。


「ただな、クロスを消し去った代償は大きかった。そう言うことだ」


 エディはそう言ってからアレックスへ目配せする。

 そのアレックスは首肯して別の資料を見せた。


「地球連邦軍は地球国家の中での国際連合派ではない国家群が集まった組織だ。それは君らも良く知っていることだろう。ここで問題になってくるのは、地球連邦に参加しない国家たちの意向だ。彼らは独自にシリウスへアプローチしている。そんな国家たちは多くがヘカトンケイルではなく独立闘争委員会を支援しているが……」


 ――え?


 テッドは内心で呆れた声を出した。

 そして、多くの謎だった部分が繋がり始めた。


 地球系企業がシリウスへ武器を輸出する理由。

 ヘカトンケイルに対し独立闘争委員会が強気な理由。

 地球連邦軍がどこか及び腰に対処してきた理由などだ。


 ニューホライズンの地上に居る地球連邦ではない地球人への配慮。

 逆に言えば、地球で起きている闘争の代理戦争がシリウスで起きている。

 つまり、シリウス人たちはそのとばっちりを受けている事になる……


「地球の国際連合を中心とした国家群はその統一意思として、彼らのビジネスに対する補償を求めている。独立闘争委員会に死者が出れば、彼らのビジネスが阻害される。その為、そっち側の勢力は責任者をシリウスへ引き渡し、合わせてビジネスの妨害をしないでくれと言ってきた」


 ――そう言うことか……


 ここに来てテッドは、エディが慎重に慎重に事を進めている理由を知った。

 迂闊な事をすれば地球側から切り捨てられると言うことだ。


 そして、地球連邦軍の中にいた反ロイエンタール卿集団が、そう言った国家群から支援を受けていたんだと理解した。つまりそれは逆説的に言うと、超絶に難しい立ち位置で事に当っていたエディの強い精神力を裏付けるモノだった。


「つまり、我々はそう言う思惑の集団から疎まれていると?」


 ウッディは微妙な言い回しで現状を分析した。

 大きな声では言えないが、連邦軍の中にもその意見があるのだろう。


 ロイエンタール派のサイボーグ中隊が活躍するのは望ましく無い。

 地球連邦側国家と鍔迫り合いを続ける地球国連派国家からの圧力だ。


「まぁ、要するにそう言うことだろうな。そして、疎んでいる元は何も国連派国家ばかりじゃない。連邦国家派からも色々と軋轢がある。要するに、純粋に暴れまわってしまうと後で色々調整が必要になるって事さ」


 アレックスのそんな言葉に『調整ってなんすか?』とロニーが言った。

 それに答えたのはマイクだった。


「お前ンとこの親父さんとか、地球上で派閥を超えたビジネスを営んでる者にすれば、連邦側国家が勝ちすぎると支障が出るって人もいるだろ?」


 マイクの言葉にロニーは『あー』と気の抜けた声を出した。

 ただ、現実には仕方が無いことだ。


 世の中と言うモノは、単純に白黒付けられる事の方が少ないのだ。


「まぁ、いずれにせよ、数日後にここを離れ一旦地球へ向かい、その後でグリーゼへの長旅となる。現状では片道10年を予定しているが、我々が体感するのは1週間だ。短距離な超光速飛行(ワープ)を何度も行い、リアル世界にワイプインする都度に辺りを調査して宇宙船を探す。飽きない旅になるだろう」


 アレックスの言葉に全員がヘラヘラと笑った。

 その微妙な笑いの最後にエディが立ち上がり、グッと右手に力を入れて言った。


「恐らくはシリウス側の時間稼ぎだ。荒廃しきった地上を何とかしたいのだろう。併せて、シリウスとビジネスライクな付き合いをしたい連中が金儲けに必死になるんだろう。我々はその邪魔をせず、ついでに言えば、第2ラウンドまでじっくり休むと言うことだ。最終目的がシリウス開放である事に些かのぶれも無い」


 室内をグルリと見回したエディは、ニヘラと嫌な笑いを浮かべた。


「シリウスと地球の勝負は第2クォーターに入る。ここで重要なのは次のクォーターに向けて力を蓄えると言うことだ。そして、新たなプレイヤーが登場する次のクォーターに我々は経験と技量を引き継いで参戦できる。一切老いる事も無しに」


 この時テッドは内心で驚いていた。

 場合によってはこれがエディの作戦かも知れないと思った。


 エディがビギンズである事を知る者は、シリウス側にも一定数でいる筈だ。

 そんな者達からエディを隠し、最終目標へと至る道を踏み外さないで済む。

 深謀遠慮とは言うが、その周到さに舌を巻いた。


 ただ、それはエディの都合であって……


 ――リディア……


 ワスプではなくナイルの中に居る筈のリディア。

 物理距離は僅かだが、ふたりを隔てる距離は広く大きい。


 内心で憤懣やるかたないテッドの背中には、寡婦男の哀愁が漂っていた。

 仲間達もそれを感じていたのだが、どう声を掛けて良いのか分からなかった。


「まぁいい。グズグズ考えても始まらん。状況を楽しもう。先ずは昼だ」


 沈みきった場の空気をかき混ぜるようにエディは言った。

 落ち込んだところで事態は改善しないのだから前へ進むしかない。

 頭では分かっているが、それでも割り切れない事はある。


 乗り越えがたい困難を前に前進せねばならない辛さを感じたテッド。

 その経験が導く成長は、本人が最も感じていないのだった。










 ――――打ち合わせから数時間後




『テッド! 何処にいる?』


 中隊無線の中に明るい声が流れた。

 声の主はジャンだ。


『アッパーデッキで星を見てる』

『そんな事してる場合じゃねぇ! 大至急シェルデッキへ来い!』

『シェルデッキ?』


 テッドは裏返った声で返した。

 ジャンの声は弾んでいて、少なくとも戦闘出撃では無さそうだった。


『そうだ! スゲーぞ!』


 一方的に無線をきられたテッドは、首をかしげながらシェルデッキへ向かった。

 巨大な船体を持つワスプだが、艦内移動はスムーズだ。


 艦のデッキを縦に貫く通路を通りシェルデッキへ出たテッド。

 そこにはいつの間にか集まっていた仲間たちがいた。

 肩を並べて見上げる先には、見覚えのあるドラケンがあった。

 だが……


 ――えっ?


 そこに居たドラケンは見覚えのあるモノではあったが……


「これ…… どうしたんだ?」


 見上げるドラケンは青み掛かった灰色だった。

 そして、その足元から頭に向けて暗く沈んだダークグレイの炎が描かれていた。


「例のワルキューレが書いたらしい」

「書いた?」

「あぁ。デッサンを書いて色見本をつけて置いてったって言ってたぜ」


 ヴァルターはそのデッサンをテッドへ見せた。

 見覚えのある純白のドラケンにカラーリングが書き込まれていた。


「……嘘だろ」

「いや、真実(マジ)だぜ」


 右の足元に書き込まれているのはコメットのサイン。

 そして、ワルキューレの文字と狼のマーク。

 ただ、その狼の牙には真っ赤な雫が付いていた。


「オオカミマークのバトルドールを喰う存在ってか?」


 ディージョが囃し立てるが、テッドは数歩進んでそのドラケンを見上げた。

 耳の中にソフィーの声が蘇る。


「ドラゴンライダーか……」


 各部のアクチュエーターやバーニアノズルを強化したドラケンは迫力満点だ。

 背中のマウントに装着された140ミリとあわせ、凶悪な雰囲気をかもし出す。


「テッド専用機だな」

「使い込んでるしな」


 ディージョとヴァルターはニヤニヤ笑いながら並んで言った。

 もちろん、ウッディやロニーだってそれを見ていた。


「サブコンもテッドを前提に学習してるし」

「けど、こんだけのシェルを使いこなすんすから兄貴はさすがっす」


 仲間達の声に苦笑いを浮かべるしかないテッド。

 黒い炎の書き込まれたそのシェルに、テッドはなんとなく高揚感を覚えた。


 ――やってやるさ……

 ――何処へ行かされるのか見当もつかねぇけど……


 旅立ちのときは迫っていて、後戻りは出来ない。

 覚悟を決めるしか無い状況にあって、テッドは腹をくくった。


 ――必ず帰って来る……


 と、そう決意を込めて。

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