ドラゴンライダー
今日3話目です
推奨BGM:https://www.youtube.com/watch?v=EptSSXNHIfg
Dragon Rider (Long Version) - Two Steps From Hell
~承前
――よし……
インパネに仮想計器が浮かび上がり、テッドの眼球ユニットに写りこむ。
ドラケンの戦闘支援AIに戦闘出撃を宣言したテッドは、機体ロックを外した。
各部のアクチュエーターが機能を取り戻し、コックピットがエア込めを受けた。
――音が聞こえる
音波伝達を行なう空気が満ちた事で、テッドはシェルの様子を理解する。
まるで逸る気持ちを押さえきれない子供の様に、シェルは細かく振動した。
――――テッド少尉!
――――カタパルトへ!
黄色いベストを着た発艦管制スタッフの誘導に乗り、テッドの乗ったドラケンは発進カタパルトの上に乗った。両手で保持する140ミリは、先ほど撃たれたのと違う高初速な高威力タイプだ。
『ドラケンTB901。テッド少尉。発艦準備良し』
テッドは無線に返答を帰し、140ミリをグッと握った。
チラリと見やったデッキには、黄色いベストのクルーが右手を振っている。
そして、身体をかがめて膝を付き、左手でサムアップして右手は宇宙を指した。
カタパルトにたたき出されるまでの数秒は、毎度の事だがとても長く感じた。
テッドは無意識にレーダーパネルや戦域情報パネルに目をやった。
近隣に展開する味方シェルは7機。シリウスシェルは20機に増えている。
その多くが展望デッキ付近へと集まっていて、全員が奮闘していた。
――今行くぜ!
シェルがたたき出される数秒間はAIによる全自動発進だ。
テッドな戦域情報パネルを走査しクロスを探した。
――――テッド少尉!
――――GO!
それは、パネルの上にクロスの輝点を見つけたと同時だった。
テッドの乗ったドラケンは猛烈な勢いで宇宙へとたたき出された。
今までとは一味違う強烈な加速が襲い掛かってきた。
テッドの心は流星の速度で宇宙へと飛び出て行った。
――行けッ!
機体がガタガタと震動する。
強烈な推力を生み出す核反応エンジンが暴れていた。
――暴れるんじゃねぇ!
極僅かにエンジンを絞り振動を抑えたテッドは、視界の中の敵機を探した。
大きく網状に広がったシリウスシェルが複数見えていた。
その動きはどれも手練で、生半な腕では無いとすぐに分かった。
だが……
――修羅場を潜った数なら負けねぇさ……
テッドの乗った純白のドラケンは、白く輝く流星となって宇宙を飛んだ。
速度計の表示は秒速48キロを示していた。
間違いなくシェルの最高速度記録を更新した。
ただ、これはレースではないし、曲芸でもない……
――おまえからだ!
シリウスの赤いバラを背負ったシェルには狼のマークがあった。
それは、コックピットハッチの上に重ねられているモノだ。
テッドは迷わずそこを狙った。超高速ながら、140ミリは安定した性能だ。
――行けッ!
真っ赤な線が延びていき、コックピット部分を一気に打ち抜いた。
ドラケンの進行方向へ向けて放たれた一撃は、砲弾自体が超高速になる。
人間の生理的反応では一切回避出来ない速度での一撃だ。
――よしっ!
一発でシェルのコックピット部分を貫通した砲弾は、やや進んで自爆した。
どんなに固い素材で作ったとて、ユゴニオ弾性限界を超えてしまう速度だ。
運動エネルギーが猛烈な熱へと返還され、素材は瞬時に蒸発してしまう。
だが、打撃力は確実に伝わるのだった。
そして、砲弾が命中した部分が砲弾のベクトル方向へ叩き出される事になる。
回避出来ない確実な死を伴って。
『やったぜテッド!』
『まだまだぁ!』
ヴァルターの声にテッドは叫び声を返した。
そして、機体をひねり強烈な急旋回を掛けて次の獲物に襲い掛かった。
超高速のドラケンに狙われたら、実際問題逃げ切れない。
徐々に追い込まれていき、確実な一撃を受ける事になる。
――くたばれ!
狼のマーク目掛けて放たれた一撃により一瞬にしてシリウスシェルが爆散した。
見事なシーンだと全員が息を呑む中、テッドは再びトンデモ旋回を決めた。
『スゲェ! スゲェぜ! このドラケンはスゲェ!』
テストの時から分かっていた事だが、実戦に持ち出したときに意味を理解した。
この機体こそサイボーグでなければ手なずけられない物だと言う事に。
凶暴なまでのエンジンが機体を振り回し、理屈としての操縦は受け付けない。
操作を考えて要る時間が無いのだ。だから、感じるしかない。
機体が何処へ行きたいのか。敵機がどこに行くのか。自分が何処にいるのか。
――もういっちょう!
そもそも高速なシェルのバトルフィールドだが、このシェルなら盆の中だ。
敵機も味方も追いつき追い越し、必殺の140ミリを叩き込んで撃墜できる。
正面モニターに捉えた敵機の姿に丸いインジケーターが重なった。
緑のマークが赤に変わる。丸の中に十字が浮かぶ。その線がスッと広がった。
――悪いな……
鈍い衝撃と共に砲弾が放たれた。
超高速で力一杯に装甲を叩く一撃がシリウスシェルを貫いた。
一瞬だけ9038-11と言う数字が見えた。
――ソフィア……
01を背負っていたのはソフィアだ。
つまり、これはソフィアが育てた子供たち……
――せめて……
――迷わず殺す……
テッドはシリウスシェルをターゲットインジケーターに捉え、次々と撃墜した。
時にはテッドのシェルに挑む者が現れ、機体をひねって果敢にも迫ってくる。
だが、相対速度を殺すように進路を変えて放った一撃により撃墜されていた。
――ちきしょう……
――ちきしょう……
――ちきしょう……
シリウスのシェルは純粋な敵意で襲い掛かってくる。
機体の能力差を知りつつ、一切躊躇していない。
勝てないと分かっていて突っ込んでくる。
負けるのを承知で突っ込んでくる。
パッと眩く鉄火の輝きに変わっていく。
そして……
――儚い花のようだ……
柄にも無い事をテッドは思った。
だかそれは必要なことだった。
――――どうせ枯れるのに花は何で咲くの?
遠い日、ジョニーは父にそう問うた。
その時、父はこう答えた。
――――花は次の世代のために咲き
――――次の世代の為に散るんだ
テッドは思った。
彼らはシリウスのために咲く花だ……と。そして、シリウスのために散り往く。
無駄に見える死を積み重ねて、経験と言うモノを残して逝く。
戦域情報図に表示される敵機の残数がいつの間にか13になった。
機械の様に冷静な部分がテッドにあって、思考の外で戦闘を継続していた。
そんな自分自身に気が付き、自分自身が機械であるとテッドは思った。
ただ……
――居やがった!
ナイル沖合いに停泊するシリウス船の周囲には、複数のシェルがいた。
そのうちの一機がクロス・ボーンを抱えたシェルだ。
『逃げるなぁ!』
思わず叫んでいたテッドはエンジン推力を全開にして突っ込んで行った。
シリウスのシェルは着艦体勢だが、ハッチは閉められたままだ。
――受け入れないのか……
それがヘカトンケイルのあの男の指示だと気が付く余裕はなかった。
シリウスのシェルは、巨大な船体の陰に隠れようとする。
そのシェルを追いかけるテッドは、速度計を見ないまま突っ込んで行った。
『待ちやがれ!』
速度が乗りすぎていて、宇宙船の丸い船体に沿った旋回は出来ない。
どんな機体でも、その強烈な横Gには耐えられないだろう。
だがテッドは、全部承知で突っ込んで行った。
機体がギシギシと軋み、各部のアンテナやマジックハンドが引きちぎれた。
テッド自身、脳殻無いの脳液が偏り、視界がブラックアウトした。
――いけるさ!
その時、目の前にシリウスシェルが立ちはだかった。
9038-25とナンバーが見えた。
テッドの進路上に割り込み、文字通り物理的に立ちはだかった。
……え?
相対距離と速度を考えれば回避は出来ない。
140ミリを構える時間も無い。
機体の姿勢を変え、キックを入れるようにしたって……
……死ぬ
恐らくはコンマ数秒だろう。
1秒の半分の半分の、その半分のレベル。
だが、テッドは全てを悟った。
無理だ……と。
――リディア……
視界一杯にリディアの笑顔が広がった瞬間、そのシリウスシェルが爆発した。
幾多の破片を浴びながら、テッドはその中を突っ切った。
そしてその直後、視界の彼方にリンギングベルを見つけた。
ワルキューレがそこに居たのだった。
――なん…… だと……
リンギングベルの隣にはツインソードとティアラが居た。
さらにはその周辺に残り7機が居て、次々とバトルドールを撃墜していた。
『どういう事だ!』
『わからねぇ!』
ジャンの声にヴァルターが叫ぶ。
あっという間に残り10機少々のバトルドールはワルキューレに駆逐された。
そして、クロスを持つバトルドールのシェルが押さえ込まれた。
『テッド少尉』
――この声は!
リンギングベルのマークを背負うワルキューレのリーダー。バーニー少佐だ。
『こちらテッド少尉。少佐殿。その男を引き渡してもらいたいのですが』
『それは拒否する』
『え?』
『私達はヘカトンケイルの命により、裏切り者の粛清に来た』
――冗談じゃねぇ!
――そいつはこの手で殺してやる!
テッドの目の前には、モダンガールとコメットが立ちはだかった。
慌てて逆噴射を掛けたテッドは、コックピットの中でつんのめる。
一気に速度を殺し、急制動を掛けたのだが、その目の前の光景は許容しがたい。
リンギングベルはバトルドールのシェルからクロス・ボーンを毟り取った。
腕ごとねじり落とされたバトルドールのシェルは一瞬だけ動きを止めた。
その直後、ツインソードが持っていた砲により処分された。
――まじかよ……
怒りと歯痒さと悔しさが綯い交ぜになり、テッドはコックピットの中で震えた。
だが、そんなテッドを考慮する事無く、事態は着々と進んで行く。
リンギングベルはクロス・ボーンを捉えたまま、コロニーへと飛んだ。
――待て!
テッドは一気にエンジンを吹かして急加速した。
強烈な推力を生み出すそのエンジンは、ワルキューレのシェルを振り切った。
一気にリンギングベルに迫ったテッドだが、バーニー少佐は自らの影に入れた。
『テッド少尉。気持ちはわかるけど…… 堪えて』
『ですが!』
『私だって今ここでこの男を殺してやりたいけど……』
グッと言葉を飲み込んだバーニーに、テッドは悔しさのあまり呻いた。
だが、バーニーの言いたい事は良く分かる。
今は一時の感情で振舞う事が許されないのだ。
『チキショォ!!!!』
力一杯にシェルのコックピットを殴ったテッド。
その時、ふとロイエンタール伯の言葉が耳に蘇った。
いつ聞いたかは思い出せないが、ニューホライズンの地上で聞いた言葉だ。
――――苦しいこともあるだろう
――――言いたいこともあるだろう
――――不満なこともあるだろう
――――腹の立つこともあるだろう
――――泣きたいこともあるだろう
――――これをじっと我慢していくのが……
――――男の修行だ
コックピットの中でガタガタと震えながらも、テッドは思った。
ここで一時の感情でクロスを殺した場合、その後が困るんだと。
――いつか必ず……
テッドは心にそう誓った。
そして、怒りを噛み殺した声で言った。
『分かりました。少佐殿に一切を預けます』
『……ありがとう』
気がつけばテッド機の周囲に仲間達が集まっていた。
ビゲンと比べドラケンはやはり勇壮な風貌だ。
『やっぱりドラケンの方が格好良いな』
ヴァルターが率直な言葉を口にした。
そしてウッディとディージョが言う。
『あぁ。全くだ。それに』
『そうだよな。強そうに見えるよな』
それは怒りに我を忘れそうなテッドへ向けた、仲間達の心遣いだった。
テッドもそれを十分に理解している。ありがたく思っている。
『悪いな……』
この日、テッドは僅かに大人になった。
小さなステップを一段上がって、大人の分別を知った。
『テッド少尉よね?』
突然無線の中にかわいい系な女の声が流れた。
『誰?』
油断しきったテッド声に導かれたのか、青い鳥のワルキューレが接近してきた。
ブルーバードと呼ばれるワルキューレ……
『えっと…… ソフィーって言ったっけ?』
『そう。良く知ってるわね』
『……リディアと姉貴に聞いたんだ』
『……そうなんだ』
一瞬の沈黙が流れた。
テッドは僅かに警戒するのだが……
『あなたは飛竜の騎士ね』
『え?』
『まるで炎を吐く竜のようだった』
『……そうか?』
『黒い炎を吐く漆黒の巨竜』
気が付かない内にテッドの内心が落ち着いていた。
ただ、本人はそれに気が付いていないのだが……
『もしあなたが良いと言うなら、その白い機体にイラストを描かせて』
『……俺の一存じゃ出来ないから上に聞いてみる』
『有難う。楽しみにしているから』
離れて行ったブルーバードを見送りながらテッドは首を傾げた。
だが、間髪居れずヴァルターが言った。
『今日からテッドのコールサインはドラゴンライダーだな』
その言葉に『それ良いな!』とディージョが叫んだ。
ロニーは『格好良いっす!』と言い、『似合ってるわ』とウッディも言う。
仲間たちが盛り上がっている中、エディの声が無線に流れた。
『全員ご苦労だった。ワスプに帰投しろ。それと――
――ん?
テッドは僅かに怪訝な表情になったが……
――ドラゴンライダーは直接ナイルへ来い。良いな』
美味しいところを持って行ったエディに仲間たちが叫ぶ。
直接呼び出されたテッドだけが怪訝な表情だった。




