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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
186/425

真空との戦い

今日2話目です

※:14:35に大幅追記しました。

※コピペミスで最後辺りの100行ほどが抜け落ちてました

~承前






 ――あの野郎!


 テッドは全てが繋がった。

 ここに居る全てを殺してやろうと、あの男が一芝居打ったのだ。


 ――ぶち殺してやる!


 精神が燃え上がり、テッドは熱く沸騰する。

 だが、その前にコレを何とかしないといけない。

 リディアの頭が破裂する前に……だ。


 ――緊急閉鎖!


 ガラス張りの展望デッキならどこにでもある安全装備だ。

 しかし、いまその装置がちゃんと動くかどうかは未知数だ。

 激しい衝撃で全てが木っ端微塵になっている可能性がある。


 その場合は……


 グッと奥歯を噛んだテッドは、最悪の事態を想像して動き出そうとした。

 だが、その刹那、リディアの所にエディがすっ飛んできた。

 激しいストリームの中を泳ぐ様にしてだ。


『テッド、リディアをよこせ!』

『え?』

『論議しているヒマは無い! 今すぐ放せ!』


 テッドは1秒に満たないわずかな時間だけ、激しく逡巡した。

 ただ、エディもまた無条件の信頼を寄せる人間の一人だ。

 フッと抱き締める手を解いたテッドに、リディアはわずかに驚いた。


「――――――!」


 何かを叫んだらしいエディだが、殆ど気密の抜けた室内では音が通らない。

 エディはリディアをくるりと回し、首裏の襟元辺りから何かを取り出した。

 それは、薄膜状になった袋だ。


 それを首裏からグルリと回し、顔をすっぽりと覆ってしまった。

 襟元辺りへピタリと張り付いたその薄膜は、わずかな内圧でパンパンに膨らむ。

 そして、小さな酸素生成カプセルを弾けさせると、その内部が純酸素で満ちた。


『コレで大丈夫だ。聞こえるか?』

『あ…… 聞こえる! 凄い! これ凄い!』


 何が起こった?と驚くテッド。

 エディはリディアへ薄膜を被せる直前、頸椎バスへ通信端末を押し込んでいた。


『これがサイボーグ同士の会話の秘密だよ』

『便利ですね!』


 エディとリディアが楽しそうに会話している。

 だがそんな時、テッドは気が付いてしまった。


 部屋の隅で低圧条件に動けなくなっているフレネル・マッケンジー少将に。


『少将が!』


 リディアをエディに預け、テッドはマッケンジーへと走った。

 展望デッキの中はもはや10%も気圧が残っていない。

 対艦攻撃用のバズーカは、冷静に見れば地球製の140ミリだ。


 ――あいつらっ!


 カッとなりつつも、不思議と冷静さを残しているテッド。

 慌ててマッケンジー少将へと走り寄ったのだが……


 ――やべぇ……


 顔の表面に薄膜状の氷が張り付きつつある。

 急激な減圧により体水分の凍結が始まったようだ。

 そして、コレが発生していると言う事は、血管に窒素の空気血栓ができる。


 ――どうすりゃいいんだ!


 ここで見殺しにする事は容易い。

 だが、何があっても仲間を護ると言う意識は、深層心理に焼き付けられている。


『テッド! 緊急避難ボックス!』


 エディが指さした先には、壁際に赤い線で囲まれた緊急避難箱があった。

 瞬間的に士官教育の中で学んだ『宇宙での緊急事態(エマージェンシー)』を思い出す。


 ――間に合えっ!


 その扉を慌てて押し開けたテッドは、マッケンジー少将を乱雑に押し込んだ。

 壁の奥でバウンドした少将の身体から、氷の幕が剥がれて漂った。

 それを無視し、壁際にある制御パネルを確かめる。

 パネルには灯りが点っていた。


 ――よしっ!


 電源がまだ生きている事を神に感謝しつつ、作動ボタンを押してドアを閉めた。

 内部へ純酸素が大量噴出し、その圧でドアが閉まって開かなくなった。

 気圧差によりドアは完璧に密着し、機密が保たれていた。


 ――これで良いか……


 心臓や肺など、毛細血管が張り巡らされた臓器の損傷は確実だろう。

 なにより、脳の内部奥深くに発生した窒素の空気血栓は死への最短手だ。

 ただ、こればかりは宇宙にいる者の宿命でしかない。


 それが嫌なら地上から出てくるな。

 結局はここに尽きる事になる。


 マッケンジー少将は自らの運と神の気まぐれにその運命を委ねた。

 外野が出来る事はもう何も無いのだが……


『リディア。頭は痛くないか?』

『問題ない。レプリカントの脳殻は独立してるから』

『……あ、そっか』


 ホッと一息ついてから展望デッキをグルリと見回したテッド。

 ヘルメット無しでも普通に過ごしているエディやブロッフォ提督は良い。

 問題はキャサリンだ。


 そして……


 ――なんで平気なんだ?


 そこに立っていたフィット・ノアは、涼しい顔で辺りを見回していた。

 間違い無く真空中の筈なのだが……


『エディ…… あれ』

『ヘカトンケイルは人間じゃ無い。気にするな』


 エディは平然とした声で言った。

 その声を聞いているのだろうか、フィット・ノアは僅かに笑みを浮かべた。


 ――すげぇ……


 フィット・ノアは自らを繋ぎとめていたキャサリンの手をポンポンと叩いた。

 キャサリンはその合図で手を解くと、床に打ち込んだらしいスパイクを抜いた。


 その頭に手を触れたフィット・ノアは『ありがとう』と言うように撫でている。

 キャサリンはまるで従順な犬の様に笑った。


 ――姉貴……

 ――あれじゃ……


 テッドの内心に忸怩たる想いが沸き起こる。

 そして、手を下したクロスを殺してやりたいと強く願ったのだが……


 ――ん?


 全く声の通らない状況だが、エディとブロッフォはハンドサインで会話した。

 おそらくブロッフォ提督とは通信プロトコルが違うんだろう。


 そして、ガラス部分の緊急閉鎖隔壁を作動させ、外宇宙と遮断を試みる。

 現状では周囲に隔壁があるだけで、外宇宙と変わらない環境だ。


 エディは窓際にある操作パネルをタッチしている。

 ブロッフォ提督もそれを眺めた。

 フィット・ノアはキャサリンの頭に手を乗せたままで、リディアはエディの隣。


 ――今がチャンスかも知れない……


 テッドは誰も見ていないと確認してから銃を抜き掛けた。

 腰のホルスターにはこの日もピースメーカーがあった。

 だが。


 ――え?


 クロス・ボーンは突然走り始めた。

 重力補償装置が効いているので、展望デッキは1G環境だ。


 一気に加速をつけ、割れている展望デッキのガラス部分へと走ったクロス。

 そのまま割れ目からから宇宙へと飛び出し、無重力空間へ躍り出た。


 ちょうどそこへやって来たのはシリウスのシェルだ。

 狼のマークを付けたバトルドールのシェルに回収を受けていた。


 ――アイツが黒幕か!


 この場をセッティングして全てを殺そうとした真犯人はクロスだ。

 もちろん、地球連邦側の関係者も一網打尽にするつもりだったのだろう。

 そして、あわよくばヘカトンケイルのひとりを亡き者に出来る。


 そんな算段だったのかも知れない。


 ――チキショウ!

 ――あの糞やろう!


 手近にあった礫を拾い、思い切り力を入れて投げたテッド。

 慣性運動を伴って飛んで行く礫は、シェルへと流れて行くのだが……


『テッド! そんなものでシェルが落とせるか!』

『……え?』

『今すぐワスプに行け! ここが全滅する前に!』


 ――あっ!


 そうだ。

 その通りだ。


 クロスはそれが出来るポジションだ。

 ふと見れば、バトルドールのシェルは3機か4機だ。

 展望デッキを完全破壊するには申し分ない数だ。


『急げ!』

『はい!』


 テッドは慌てて展望デッキの緊急ハッチから外に出た。

 コロニーの外部には、作業員向けのトラクターレバーが走っているのだ。

 内部を通って行く事は出来ない。

 コロニー内部の1気圧で各ハッチが外に向かって押し付けられているのだ。


 ――間に合え!


 トラクターレバーを幾つか乗り継ぎ、テッドは先を急いだ。

 係留されているワスプは目の前だが、現実問題として距離がありすぎる。


 ――えぇい!

 ――ままよ!


 テッドはトラクターレバーのスイッチを切り替え、重量モードに増力した。

 そして、そこへ足を引っ掛け作動させる。


 サイボーグをカタパルトで押し出す要領だ。


 ――いけっ!


 まともな方法では間に合わない。

 無茶をしていると自分でも思うのだが、なにより時間が重要だった。


『テッド少尉よりシェル整備デッキへ! 今すぐ例のドラケンを用意してくれ!』


 無線でそう叫びながら、テッドは身体一つで宇宙の虚空を飛んだ。

 すでに開いているハッチの奥には、カタパルトに据えられたシェルが見えた。

 ビゲンが一つ二つと数えていって、全部で7機だ。


「おいテッド!」


 ブルーランプが点灯する直前でディレイの掛かったヴァルターが叫んだ。

 黄色の回転灯がクルクル廻る中、シェルパイロットが気が付いたらしい。


「なんか楽しそうっすね!」

「無茶してんなぁ」


 ロニーもウッディも気楽な調子だ。

 ただ、外宇宙でマッパになった事のある面々は、今さら驚かない。

 もっと言えば、テッドじゃ仕方が無いと割り切っている。


「わりぃわりぃ!」

「おまえも行くか?」

「あたりめぇだ!」


 テッドはつい今さっきの出来事を映像で転送した。

 それを見た全員が一斉に叫んだ。


「ぶっ殺してやる!」

「塵に変えてやるぜ!」

「生かしてかえさねぇ!」


 こうなるともはやなぶり殺しモードになるのが目に見えている。

 シェルハッチへと飛び込んだテッドは、ヘルメット無しのままデッキを飛んだ。

 そして、スタンバイの進むドラケンに搭乗した。


『少尉! ドラケンの燃料は満タンです。武装は140ミリと65ミリ。荷電粒子砲は使えません』

『あぁ、あいつは要らねぇ それよりチェーンガンは?』

『横Gの関係で必ずジャムるから外しました』

『良いね! あれはぶっちゃけ必要ねぇ』


 地球から持ってきた高機動型のドラケンは固定武装まで削ったテスト機だ。

 だが、それゆえに武装の自由度があり、尚且つ発展性が残されている。

 基本的にはタイプ01ドラケンだが、その中身は全面的に再設計されていた。


 タイプ02ビゲンの設計経験や実戦運用におけるフィードバック。

 さらには、着々と改良が進むバンデッドなどのデータ(経験)も生かされている。


 発展性を考慮して作られたドラケンの機体は、こういう部分で柔軟だ。

 技術の進歩に併せて中身を入れ替え使い続けられる兵器だ。

 なにより、使い勝手と言う部分でパイロットの負担が少なくなる。

 使い込んで癖を知り尽くし、良い面も悪い面も把握しているのだ。


 出来ない事を潰して行き、出来る部分をさらに延ばす。

 着実な進歩を実現する柔軟性は、まるで生き物の進化だった。


『実戦デビューですね!』


 整備大隊のヴェテラン曹長はヘルメットのなかで笑っていた。

 タツジロウ・ホンダ上級曹長は、御歳50になるヴェテラン中のヴェテランだ。


 若い頃から艦艇の中で機材整備を行なってきたヴェテランの勘は外さない。

 こんな時にはその落ち着きが浮き足立つ若者をシャンとさせるのだ。


『ホンダ曹長。率直に言って欲しいんだけど』

『なんでしょうか?』

『これ、何Gまで急旋回できると思う?』


 テッドの質問に曹長は一瞬だけ考えたのだが……


『データでは少尉が行なった22G旋回までです。しかし』

『しかし?』

『恐らくは30Gまで行けるじゃろう』

『そうですか』


 整備中隊が気を効かして持って来たヘルメットだけを被ったテッド。

 同じタイミングでヴァルターが搭乗するビゲンがカタパルトで打ち出される。

 その後も続々とクレイジーサイボーグズが出撃して行くのだが……


 一瞬だけそんなシーンに見とれたテッド。

 その頭をポンと叩いた曹長はサムアップした。


『無茶は若者の特権だ。おもっきり暴れてこい。機材は俺が直すから』

『えぇ。そうします。たのんます!!』


 ヘルメットの中でニヤリと笑ったテッドもサムアップした。

 そして内心で叫んでいた。


 ――生かして帰さねぇからよ!


 無音のままハッチが閉まり、テッドはストラップを身体に巻いた。

 シートの上に自らの身体を縛り付け、そして、ハーネスを接続する。

 メインシステムが起動し、従来とは大きく違うコックピットに明かりが灯る。


 高機動型だけあって大型スクリーンが正面から左右へ5枚設置されている。

 さらにその上には4枚設置され、下にも3枚があった。


 この広い視野は超高機動戦闘で役に立つ代物だ。

 その画面にフローティング表示されるデータは、出撃可能を示していた。


 ――行くぜ……


 グッと力を入れてシェルを立ち上げたテッド。

 その双眸には、狂気の炎が燃え盛っていた。

 全てを焼き払って無に帰すような、煉獄の炎が……

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