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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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『敵』との対峙

今日2話目です

~承前






 その部屋に一歩入るなり、テッドは足を止めて驚いた。隣にいたリディアもだ。

 コロニー『ナイル』の展望デッキは、自転軸から延びたトラスの先端にあった。

 その展望デッキからは、彼方に輝くシリウスとニューホライズンが丸見えだ。


「凄い……」


 ボソリとこぼしたリディアは、地球連邦軍が用意した首元まですっぽりと覆われている()()()状な捕虜向けのワンピースを着込んでいる。

 一種独特なその服装には、特殊な機能が込められているのだが……


「さて、始まるぞ」


 テッドとリディアの後ろに立っていたエディは、ニコニコと笑って楽しそうに話を切り出した。まもなく地球側の代表団とシリウスの代表団がここへやってくる。

 話のテーマはリディアの引渡しだが、その中身は大きく違うモノだ。この場で確実に、文字通りに一網打尽な処分を行なう。そんな目的を持ったエディは、じっくりと時間を掛けて準備をしてきたのだった。


「いよいよか……」


 寂しそうに呟いたテッドは、ギュッとリディアの肩を抱いた。

 その力が思いのほか強かったのか。リディアは少し驚きつつも、テッドを見上げて嬉しそうに笑った。仮想空間の中とはいえ、夢のような一夜を思い出していた。


「さて……」


 エディが呟くと同時、展望デッキのドアが開き、最初のゲストが部屋へと入ってきた。展望デッキへ入ってきたのは、フレネル・マッケンジー少将だった。


「少佐。待たせてすまないね」

「いえいえ。急な事ですから」


 地球連邦軍のシリウス派遣軍団において、連邦軍を構成する各国の参謀達をまとめた参謀本部は、それ自体が一つの議会の様に振舞っていた。軍を派遣した各国の利益を代弁し、国連軍が進む道を取り決めるのだ。

 その中にあって実績を積み上げ、この5年で少佐から一気に少将まで上り詰めたマッケンジー少将は、黒人と言う事もあって言葉には出来ない様々な()()()()()を積み重ねていた。


「ロイエンタール将軍の件は…… 実に残念だった」

「恐れ入ります」

「将軍は立派な方だった。黒人である私を差別せず、能力を評価し、使ってくださった。私自身がそう感じるほどに、能力以上の働きを期待され、そして鍛えてくださった。育ててくださった」


 困難が人を鍛える。試練が能力を育む。

 幾多の難問を前にして、逃げず、恐れず、退かず、勇敢に戦った。

 その結果として、マッケンジー少佐は将軍と呼ばれる立場になった。


「その恩を返さねば成らない」

「きっと伯父上は、将軍の義理堅いところを評価していたのでは」

「それならばそれでよいのだ。卿の無念は必ず果たす」


 出世欲に取り付かれ上昇志向の塊となってしまった人間は、往々にして義理を欠く事になる。恩を忘れ、仁義を知らず、情に乏しい。


「で……」


 マッケンジー少将はリディアの前にやって来た。

 見上げるような黒人の大男だが、その身体から発せられる気は優しかった。


「君が、リディア・マーキュリーだね? ミセス・マーキュリー」


 マーキュリー夫人と呼ばれリディアは僅かにはにかんだ。

 そして、テッドの袖を摘んで引っ張った。


「お世話になりました」

「いや、テッド君には申し訳ないが、君の存在は我が軍にとって重要な政治的カードだったよ。君の頭越しに様々な交渉を行なってしまった。ゆえに、むしろ我々は君い謝らねばならないくらいだ」


 それが本意かどうかは分からないが、マッケンジー将軍は朗らかに言った。

 敵意らしき物を感じさせない姿だった。


「さて、話を戻すが……」


 マッケンジー将軍は襟元まできっちりと閉められた詰襟の姿だ。

 その立ち姿には些かの油断も無い状態だった。


「地球連邦軍の中にいるシリウス融合派と呼ばれる者たちを粛清する事になった。併せて、シリウス側の強硬派もまとめて死んでもらう事にする」


 ニヤリと笑うマッケンジーは、リディアの肩をポンと叩いた。


「穏やかにシリウスと共存する為に、我々は地球連邦軍としてここにいる。最初に掛け違えたボタンの結末と言うことだ。地球から不穏分子を追放したのは間違いだった。それを嫌と言うほど理解したんだよ。だから……」

「シリウスが安定する為と言うなら、幾らでも協力します」

「申し訳ない。よろしく頼む」


 柔らかな言葉を交わした2人だが、ややあって展望デッキに近づく足音が複数聞こえてきた。スッと緊張感を溢れさせたマッケンジーは、背筋を伸ばして来客を待ち構えた。


「マッケンジー閣下。連邦軍宇宙艦隊指令エドワルド・ブロッフォ提督がお見えです」


 副官はドアを開けて口上を述べた。その直後、一歩部屋に踏み入れたのは、ガッシリとした体格で赤毛碧眼の男だった。エドワルド・ブロッフォ大将。国連軍のシリウス派遣艦隊の全てを預かる大ヴェテランのドイツ人提督だった。


「君がエディ・マーキュリー君か」

「お初にお目にかかります。提督」

「いや、そうでも無いぞ?」


 僅かに笑った提督は、左手の手首部分から先を腕から外して見せた。

 それはサイボーグでもなければ出来ない芸当だ。そして、地上には降りず宇宙で生活する提督ならではのシーンだった。


「私も宇宙海戦でこのざまでな。スタッフォードで一度顔をあわせている。もっとも、君はまだ目覚める前だから知らなくても仕方が無いが……」


 ブロッフォ提督は()()()()()()()()()()()()握手を交わした。

 その事実にエディは驚くのだが……


「君が背負っている運命は余りに過酷だな」

「……ご存知なのですか?」


 ブロッフォは幾度か頷いて笑った。


「エリオットとはNATO軍にいる頃からの付き合いでな。あやつの家族がまとめてテロで犠牲になったときは、朝まで飲み明かしたもんだ」


 ハッハッハと軽快に笑ったブロッフォ提督はエディの肩を叩いた。


「自慢じゃないが私も色々と面倒な身の上でな。遡って行くと、世界で一番有名なちょび髭ドイツ人と関わっているのさ。だからな、色々と気苦労が多い。まぁ、君ほどでは無いと思うが……」


 どこか緩さを感じさせる提督はチラリと視線を送り、テッドとリディアを見た。

 その眼差しは緩くで厳格なモノだった。


「君たちも含め、エリオットには前々から頼まれていたんだ。何かあったら息子と孫を頼むとな。私もいまは天涯孤独な身だ。長い付き合いになるだろうが、上手くやって行きたいと思うよ。いつの日か、君らが母なる星へ帰れるようにな」


 振り返ったブロッフォ提督は、エディ達を誘って歩き始めた。


「宇宙軍艦隊の面々を紹介して置こう」


 ブロッフォは一緒にやって来た船乗りたちの紹介を始めた。

 その言葉を聞いていたテッドの眼が、展望デッキのガラスから向こうを見た。


 遥か彼方に点のような光が見える。

 その点をグッと拡大したテッドは、それが宇宙船である事を理解した。


 ――来た……


「まぁ、こんなメンツで艦隊をコントロールしておるよ。色々と調整が必要な事もあるだろうが、遠慮なく言ってくれ」


 ハッハッハと豪快に笑った提督は、不意にデッキの入り口を見た。

 そして、表情をスッと落とし、まるで射抜くような鋭い眼差しになった。


「……来たな」

「そうですね」

「我が軍を蝕むクズどもめ」


 小さな声で囁いたブロッフォ提督は、ドアの所に立っていた歩哨へ『扉を開いておけ』と指示を出した。その指示に歩哨が慌てて扉を開くと、その向こうにはいきなり開いたドアに驚いたらしい、幾人かの地上軍高級将校が立っていた。


「あなたがおいででしたか。ブロッフォ提督」

「あぁ。ロイエンタール将軍とは古い仲でな。あやつのやり残した事は、ケツを拭いてやらねばならん」

「しかし…… 驚きますな」

「何を言っているんだ。本来はこれこそ大将の仕事だ」


 そうだろ?と言うような目でマッケンジー少将とエディを見たブロッフォは、部屋へと入ってきた地上軍側交渉責任者の肩をバンバンと強く叩いた。


「そういえば君はアジア系だったな」

「覚えていてくださり光栄です」


 ブロッフォ提督の言葉にやや不機嫌な返答をした男は、リチャード・グォウェイ中将と名乗る黄色人種だった。


「私の祖先は確かにアジア系ですが、いまはアメリカ人です」

「いや、現在の国籍はどうでも良いのだよ。やはり根本的な思考回路で齟齬があると実態を見失うからな。能力のある人間は現場にあっても活躍する。君の評判は私も大層聞いているものでね」


 グォウェイを誘って歩いたブロッフォはニコニコと笑みを浮かべて言った。


「紹介しておこう。私の…… まぁ、要するに刎頚の友だ。アジアではそう言うそうだな。エリオット・ロイエンタールの養子であるエディ・マーキュリー少佐だ」


 エディを紹介したブロッフォはにこやかにしている。

 その笑みが文字通りに『合わせろ』と言う脅迫だとテッドは感じた。


「提督にご紹介いただきましたエディ・マーキュリーです。よろしくお願いします」

「君がマーキュリー少佐だったか。以前より話しは聞いていた」

「大体良い噂では無いと思いますが、お耳に入っていたなら光栄ですな」


 ニコニコとしているエディは不意に横を向いてテッドとリディアを見た。

 ブロッフォ提督と同じく、調子を合わせろと言う意思表示を垣間見た。


「で、今回のシリウス人捕虜である少尉と言うのは…… こちらの女か」

「そうです。まぁ、もっとも彼女の場合は、そもそも我が軍の少尉の妻です。そして……」


 エディの目は射貫く様に鋭くなってグォウェイを睨み付けた。

 その眼差しの強さはグォウェイが一瞬だけ狼狽するほどに……だ。


「連邦側の一方的な艦砲射撃でザリシャの基地を焼き払った際、彼女は基地の中にいて焼け出され重傷を負い、結局シリウス側へ収容されたって事です。で…… あぁ、そういえば、あの時の支援砲撃要請を出したのはグォウェイ将軍でしたな」


 エディの言葉に恐ろしく怪訝な目つきとなったテッドとリディアは、内心穏やかならぬと言った表情でアジア系の中将を見た。いや、睨み付けた。


「……そうだったか」


 あたかも『それは言うなよ』と言わんばかりのグォウェイ中将は、やや不機嫌そうな顔でエディを見ていた。だが、そのエディもまたかなりきつい表情を浮かべていた。


「申し訳ないとは思うが友軍の被害を防ぐ為だった。私の判断は間違っていなかったと今でも思う。そう確信している。軍隊とは時に如何なる非道をも肯定する。すまないが私の責任ではないから、割り切ってくれ」


 グォウェイはそれ以上の言葉を吐く事もなく、話を打ち切って展望デッキの大面ガラスへと歩み寄り外を見た。遠くに点で見えていた宇宙船がゆっくりと接近していた。


「さて、そろそろ到着するな」


 全く悪びれる事無く振舞うグォウェイの後姿に、テッドは今にも殴りつけたい衝動に駆られた。だが、それをここでしてしまえば後々に響く事になる。


 ――チキショウ……


 グッと奥歯を噛み締めたテッドの手から、ギュイと手を握り締める音がした。

 そんなテッドの袖を摘んだリディアは、クイクイと引いてテッドを呼んだ。

 驚いてリディアを見たテッドは、その双眸に激しい怒りを纏っていた。


 だが……


 ――――怒っちゃダメ


 リディアは優しい眼差しでテッドを見上げて首を振った。

 その姿は『怒って無いよ』と言わんばかりだ。


 ――俺の方がよほどガキだな……


 己の至らなさに肩を落としたテッド。

 段々と接近していた宇宙船は、既に指呼の間に入っていた。


「彼らは時間に正確だな」


 エディと共に歩いてきてテッドたちに近寄ったブロッフォ提督は、ポンとテッドの肩を叩いてから窓辺に立った。眼下の船には一際大きな赤いバラのイラストが描かれていた。


「さて…… どういう展開になるか……」


 揉み手をしながら様子を伺うブロッフォ提督は、ニヤリと笑ってエディを見た。

 そのエディもまた静かに笑みを湛えて、シリウスの船を見ていた。


「やっと…… 現れましたな」

「あぁ。やっと会えたよ」


 2人が見下ろす先。

 シリウス船の大きな窓には、真っ白な服を着た若い男が立っていた。

 幾人もの側近を従えるその男は、神々しいまでのオーラを放っていた。


「ヘカトンケイルか?」

「えぇ。蒼回廊の主。フィット・ノアです」


 エディは静かな声で人物紹介を行なった。

 細波のような驚きがナイルの展望デッキに広がった。


「……そうか」


 ブロッフォ提督は静かに帽子を取り、目上の者に対する礼を送った。

 その姿が見えるほどの距離だ。シリウス船の中に居たノアは、胸に手を当てて会釈を返した。

 すでに鞘当が始まった。展望デッキにいる者達はそう理解した。


 だがその時、テッドの目は捉えていた。

 フィット・ノアの後ろに立つ、軽金属の輝きを放つロボットの存在に……


 ――姉貴……


 その顔は間違いなくキャサリンだった。

 だが、その身体は薄青な色に染まる、ロボットのような姿だった。

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