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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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着々と……

今日2話目です

~承前






「まただぜ」


 ディージョの手によりばさりと音を立てて置かれた新聞の表紙には、無人車の暴走事故が取り上げられていた。リョーガー大陸北東部。キーリウス州の州都キーリウス市街地での事故だ。


「交通事故は足の付かない暗殺手段ってな」


 その新聞を広げて眺めるジャンは、乾いた笑いをこぼしながら文章を目で追っていた。市街地の中心部にある企業の本社ビル前で、自動運転な筈のエレカーが暴走し、歩道部へと乗り上げ歩行者を次々と跳ね上げて轢き殺した。

 最終的に本社ビルのエントランスへと飛び込んで止まったらしい。そのエントランスには運悪くちょうど出社してきた役員が2名ほどいて、その役員は壁にぶつかって止まったエレカーにより頭を潰されて即死した。


「……えげつねぇなぁ」


 実際問題、()()()が手を下したのかは分からない。

 ただ、間違いなく()()()()()にとって()()()()()()()だったようだ。


「エディはなんだって?」


 ガンルームの中でデスクワークに勤しむウッディは、ヴァルターにそう問うた。

 テッドとならびエディに可愛がられているヴァルターだから、何か知っているかも知れない。そんな期待を持ったのだろう。


「……いや、俺は聞いてない。多分テッドもな」


 ヴァルターは一瞬だけ思案してからそう言った。

 実際問題として適応率の関係でヴァルターとテッドは特別なのだ。

 サイボーグの身体を自在に使いこなす関係で、各種実験に参加する事も多い。


 ヴァルターにしてみれば少々不本意だが、他に適任がいないのだから……


「ところでそのテッドは?」

「あぁ。奴は……」


 ディージョに問われヴァルターはニヤリと笑った。


「彼女の首に頚椎バスを設置するオペをやるらしいけど、それに立ち会うって」


 ヴァルターの言葉に全員がわずかならぬ怪訝な表情を浮かべた。サイボーグで無くとも頚椎バスが設置出来るなら、生身でも有機リンク的な形でシェルと同調できるかも知れない。

 つまりそれは、地球連邦軍内部におけるサイボーグのレゾンデートル(存在理由)喪失を意味する可能性が高い。


「しかし…… なんでまた」


 不機嫌そうにそう言ったディージョは、何故止めなかったと言わんばかりにヴァルターを見た。そのヴァルターは相変わらず笑っていたのだが……


「エディが言うには、これで独立闘争委員会の息の根を止められるらしい」


 その言葉をにわかに理解出来ない面々は、一斉に『ハァ?』と言った表情だ。

 だが、ヴァルターは嬉々とした表情で言葉を続けた。


「テッドの彼女が元ウルフライダーなのはみんな知ってる事だけど、その彼女が独立闘争委員会によって人形みたいな扱いをされていたのは、この前の記者会見で暴露したわけだろ?」


 ヴァルターは身振り手振りを交えて説明を続けている。

 その言葉は驚くほど雄弁だった。


「その後で彼女の手記が報道各社とネット上にばら撒かれたらしい。結果、委員会の息が掛かったところは必死になってもみ消そうとしたわけさ。色んな圧力掛けて情報が拡散しないように封じ込めを図ったんだろうな。だけど――


 ヴァルターは情報端末のスイッチを入れて画面を起こした。

 ネット上の言論空間では、報道各社の内容とリディア自身がネット上に落とした手記の比較が盛んに行なわれていた。そして、結果的に委員会寄りなマスコミ各社が一斉に民衆からの批判を浴び、今度はその火消しに追われていた。


 ――ご覧の有様って事さ。恐らくは明日にでもそっち系で手記の完全公開が行なわれるだろうけど」

「それで、どうして委員会の連中が死ぬんだ?」


 不思議そうな顔で言うディージョは、まだ全体像が掴めていない。

 実際の話として楽観的過ぎる部分が多いからだ。


「それは、エディの言によると、独立闘争委員会とシリウス人民を切り離す手段って事らしいんだ。で、ついでに言うと、彼女に地球系の制御アプリを持たせておいて、シリウス系企業の作った兵器とコンサート(同調)出来るなら、それは採用を決めた担当者がキックバックで儲けてたって疑惑を生む事になって、んで……」


 ヴァルターの続けた言葉に全員が納得したような納得しないような、そんな表情になった。ただ、実際の話として、ヴァルターだってエディの深謀遠慮全てを理解しているわけではない。

 エディが何処を見てどんな手を打っているのか。その全てを理解しているのはアレックスとマイクだけだろう。


「まぁ、そのうち形になるんじゃないか?」


 どこか呆れたような口調でジャンはそう言った。


 自らの手に負えないときは、一歩下がって様子を眺める。

 無理に動けば事を仕損じる事だってあるのだ。


「……だな」


 相槌を打ったオーリスは、ジャンが持っていた新聞をとって広げた。

 顔中に保護バンテージを巻いたクロス・ボーンが紙面へ写っていた。






 ――――同じ頃






「凄い……」


 頚椎バスへケーブルを挿したリディアは、視界に浮かぶ表示に驚いていた。


「実際問題としてシェルに乗れるわけじゃない。サイボーグならサブコンが受け持っている機能的なフォローが無いからね。だけど」


 端末をいじっているアリシアは、ニコニコと笑いながら作業を続けていた。

 生体工学の専門家で博士号持ちの秀才は、サイボーグ技術とレプリカントの融合に興奮を隠しきれなかった。


「あなたの脳殻内部に僅かに残っているマイクロマシンを、磁力線で再結合し固定しました。これで時々発生していた酷い頭痛が解消するはずです」


 アリシアが眺めている端末には、リディアの脳の立体構造が表示されている。

 青いアウトライン状の脳構造には、部分的に赤いレイヤーが掛かっていた。


 コンピューターが処理した『リディアの思考の映像化』は、同時に痛みの発生源やその鋭さをも可視化している状態だった。


「頭が痛かったのか?」

「うん。実は時々酷かった」


 テッドの言葉に頷くリディア。

 その口角が僅かに切り上がっていた。


 ――――もしかしたら私のせいかも知れない


「それは無いよ。だってソフィアの声がしない時だって痛かったもの」


 ――――私も痛みを感じていたけど、リディアもだったのか


「うん」


 事情を知らなければ理解出来ない光景だろう。リディアは独り言で自らと会話しているのだ。

 だが、アリシアが眺めているリディアの脳は、黄色とオレンジと緑に色分けされている状態で、しかも、活発に活動している事を示す、透明度の低い状態だった。


「凄い…… これ、多分世界初だと思う」


 不思議そうにアリシアを見たテッド。

 その眼差しはやや怪訝なモノだった。


「テッド少尉のその機体。本当に凄いわ」


 根っからのエンジニアで研究者肌なアリシアは、他人の感情というモノをあまり理解しているようには見えない。どちらかと言えば『物』でしかなく、しかもそれは研究対象になるような代物だ。


「地球製なんだよね」


 アリシアの凄いという言葉に反応したのか、リディアもどこか嬉しそうに言う。

 ただ、それはアリシアとは違う部分があって、鈍いアリシアもそれには気が付いている状態だ。


「不気味の谷を完全に飛び越えましたね」

「今は作り物っぽさが全然無いもの」


 アリシアとリディアの会話は、どこか女性的な視点を交えたモノだ。

 つまり……


「惚れ直した?」

「もちろんです」


 顔を見合わせて幸せそうに笑うリディアに、アリシアがどこか嫉妬めいた言葉を吐き出す。


「サイボーグとレプリカントの恋とかで恋愛小説書けますよ」

「両方とも中身は人間なんですけどね……」


 その僅かならぬ心の機微に気が付いたのか、リディアは少しだけ小さくなった。

 だが、アリシアは黙って笑うばかりだ。


「まぁ……」


 その場を仕切りなおしにしたテッドは、リディアの手を取った。

 名残惜しいと振る舞うテッドに、リディアは胸が高鳴っていた。


 別れの時は迫っているのだった……


「これでマイクロマシンの影響は完全に排除できますし、シリウス系に垂れ流されてる毒電波を受信して再度の電源化により自立してバスが動き続けます」


 アリシアは端末を操作して、モニターに表示されている情報を切り替えた。

 大型モニターの中央部に別窓が開き、リディアの見ている視界が再現された。


「何らかの手段で新たなマイクロマシンが注入されても――


 リディアの視界には脳殻内を動く雲状の塊があった


 ――この様に警告が浮かび、すぐさま磁力線の網に引っかかって動けなくなります。そして、マイクロマシン群は新たな脳神経のバイパス化され、破壊活動などの動きを完璧に封じる事が出来ます」


 テッドは目の前で起きている事を理解できなかった。そして、高度な科学は魔法と見分けが付かないと言う古いSF作家の言葉を思い出した。

 ただ、そんなテッドのたりない頭でも、この施術がリディアにとっては良いことなんだと理解できていた。


「しかし、リディアがバス持ちになるとはなぁ……」


 黙って様子を眺めていたエディがやっと口を開いた。ジッと押し黙って様子を伺う様は、まるでロイエンタール伯のようだとテッドは思った。


「なんか、やっと対等になったかなって感じです」

「そうだな」


 リディアのあっけらかんとした言葉にエディが微笑む。

 ただ、テッドはなんとも微妙な表情だ。


「あのシェルに乗ってみたかったなぁ」


 ボソリとこぼしたリディアは、笑みを浮かべたままテッドを見た。

 その眼差しがまるで脅迫の様に見えて、テッドはゾクリと寒気を覚えた。


「テッド。ワルキューレに連れて行かれるなよ?」

「リディアなら喜んで連れて行かれてやっても良いんですが……」

「おまえがシリウスへ寝返ったら、俺が直接粛清してやる」


 腕を組んでニコリと笑うエディ。テッドは益々寒々しい顔だ。

 そんな2人を見ながらリディアは言う。


「テッド。あれに乗せてよ」

「バカ言うな。あれは単座だぞ」

「隙間に納まるから大丈夫!」

「おいおい……」


 リディアはいつの間にか活動的な女になっていた。

 テッドはそれが嬉しくもあり、また、知らぬ間に変質したことへの後悔もある。

 だが、その芯は何も変わっていないと感じた。

 自分が興味を持ったものには徹底的にのめりこむ部分だ。


「それに付いては対処方を考えてあげるわ」


 アリシアは明るい声で言った。

 それはまさに研究者としての顔だった。


「よろしくお願いします!」


 楽しそうに返事をしたリディアだが、そんな彼女にアリシアは小さな機材を手渡した。それも、()()()()を浮かべて……だ。


「シェルに繋がる前に彼と繋がってみたら?」

「え?」

「これが実用化できたら大儲け出来そうだから、試してみて」


 それは、コーヒー缶程度の機材に頚椎バス用ケーブルが2本出ている代物だ。


「これは?」

「それはね……」


 アリシアはリディアを引き寄せて、耳元で何かを囁いた。


「……うそ」

「多分出来るはず」


 アリシアの笑みにリディアも()()()()を浮かべた。


「実用化できたら、私は実用新案で大儲け出来るから」

「少しくらいはバックしてくださいね?」

「以外に抜け目無いわね」

「これでも主婦でしたから」


 ウフフフと笑ってテッドを見たアリシアとリディア。

 その顔をみたテッドはゾクリと寒気を覚えた。


 ――なんか碌な予感がしねぇ……


 そう思っていた。

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